第785話 『妃』にと推す人は想像以上に多いらしい…
クコさんに妃になって欲しいと懇願したオベルジーネ王子だけど、当のクコさんの方は全然乗り気じゃないみたい。
全く意に介さずといったクコさんの対応に、王子は話を聞いて欲しいと食い下がるけど…。
「話なら幾らでも伺いますが…。
現実問題として私が妃の座に収まるのは難しいと思いますよ。
農民出身の私では宮廷の皆さんが納得しないでしょう。
大蔵卿や軍務卿のご令嬢みたいに支援してくださる派閥もございませんし。」
端から問題外だとして、クコさんは真面に取り合おうとしなかったんだ。
ところが…。
「クコ様、殿下の求婚をお受けしちゃいましょうよ。
私、クコ様が次代のお后様になった姿を見てみたいです。
全力で応援しますから、お妃様になってください。」
後ろに控えていたメイドさんがクコさんに妃になるように勧めたんだ。このメイドさん、クコさんのおかげで貴族身分に留まれたもんだから、熱狂的な信奉者になっているって話だったね。
「そうですよ、大蔵卿や軍務卿の派閥なんて怖れるに足りません。
俺達、クコ様親衛隊が身を挺してでもお護りしますから。
安心してお妃様になってください。」
メイドさんに相槌を打つように、信奉者その二の護衛騎士が妃になるよう勧めてたよ。
「何ですか、そのクコ様親衛隊ってのは? 初耳ですよ。」
「ああ、あれだね~。騎士ってのは基本脳筋が多いしねぇ。
クコちゃんが指導して『図書館の試練』をギリ合格できた人達の半数近くは騎士なんだぁ~。
その騎士達が自発的に集まったグループだねぇ。」
親衛隊と言っても別に何する訳でもなくて、普段はクコさんの話題を肴に酒を酌み交わす程度みたい。
だけど、一度クコさんにことがあれば、万難を排してでも駆け付ける誓いを立てた者の集まりなんだって。
貴族籍剥奪の危機をクコさんに救われた若手騎士が中心らしいけど、子息の貴族籍維持を半ば諦めてた幹部クラスの騎士もいるそうでその数は三百人近くに上るらしい。
因みに酒の肴となる話題を提供しているのが、今クコさんの後ろに控えている信奉者その二らしい。
月に一度、クコさんの日常生活での出来事をまとめて親衛隊の世話役に報告しているらしい。『クコ様通信』って。
クコさん、自分の日常が王都に居る騎士達に筒抜けになっていると知り、心底嫌そうな顔をしてたよ。
クコさんは『クコ様通信』に関して護衛の騎士に釘を刺してた。今後、その報告書を検閲するって。
「まあそんな訳で、クコちゃんは王都の貴族に根強い人気があってね。
クコちゃんをお妃にと期待する声が少なくないんだぁ~。
それに、クコちゃんはボクちんの最愛の女性だしぃ。
是非ともボクちんの妃になってちょ。」
信奉者二人の援護射撃を受けて再度、クコさんの説得を試みる王子。
「また調子の良いことを…。
私が『最愛』なのは、私の前でだけですよね。
ウルピカさんの前では、ウルピカさんが『最愛』なのでしょう。」
クコさんは、王子の言動を見てきたかのように言い当てたよ。
図星を指された王子は「ギクッ!」とか言って顔を強張らせてたんだ。
「今の言葉。ウルピカさんやフルティカさんの前でも言えますか?
それなら信じてあげても良いですよ。」
意地悪な笑みを浮かべて王子の痛いところを突くクコさん。
「ゴメン、ボクちんが悪かったから、そんな意地悪を言わないでちょ。
ボクちん、三人とも等しく愛しているからそんなことできないしぃ…。」
弁明のしようもないようで、王子は平身低頭クコさんに謝ってたよ。
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「それで、どうして今頃になって私を妃になんて蒸し返すのですか?
妃の座は大蔵卿か軍務卿のお嬢様に絞られているのでは?」
王子が土下座したところで、クコさんはそんな問い掛けをしたの。
「まあ、一番、大きな理由はあの二人よりクコちゃんの方が可愛いからなんだけどぉ…。」
土下座した姿勢のまま上目遣いで媚びを売ったオベルジーネ王子。
「旦那様、真面目にお答えください。」
でも媚びは通じなかったみたいで、クコさんは王子に冷ややかな視線を向けて言ったの。
「だから、さっき言ったじゃん。
王都の貴族の間でクコちゃんは根強い人気があるって。」
「例えそうだとしても、…。
私が懇意にさせて戴いてるのは、下級貴族の方が殆どですよ。
大蔵卿や軍務卿は侯爵ですもの。
幾ら数が多くても太刀打ち出来ないでしょう。」
下級貴族が束になって掛かっても、侯爵の威光には敵わないだろうとクコさんは言うんだ。
「その下級貴族達に宰相と何人かの有力貴族が付いたんだよぉ~。
国の予算を握る大蔵卿や騎士を束ねる軍務卿。
そのいずれかの令嬢が皇后になったら、大蔵卿もしくは軍務卿の力が強くなり過ぎるって。」
方や、国の予算の作成や執行に関する権限を掌握する大蔵卿。
方や、その気になれば王宮なんて難無く攻め落とせる力を持つ騎士団を配下に置く軍務卿。
職制上は宰相一番偉いらしいけど、実際の影響力ではこの二つの地位が最も強いらしい。
その令嬢が皇后となれば、輩出した方の家の権勢が強くなり過ぎると懸念する人達が居たみたい。
実際、時の大蔵卿や軍務卿のご令嬢が王家に嫁いだ例は極めて稀なことなんだって。
「そんなの最初から分かってたでは無いですか。
それなら、しかるべき家から妃候補を選んで育てないと…。
なんで大蔵卿令嬢と軍務卿令嬢で一騎討ちの構図にしてしまったのですか。」
なんで他の有力貴族から候補を出さなかったのかと呆れるクコさん。
「そうは言っても、上位貴族の中で歳のつり合うご令嬢は二人だけだったしぃ。
宰相なんかはずっと気にしていたんだけどぉ。
ボクちんだって、十歳年上とか、十歳歳下とかは遠慮したいしぃ。」
どんな不幸か、王子と歳が近い有力貴族の子供は全て男性だったそうで。
今、独身で残っている有力貴族のご令嬢は十歳以下の幼女だけらしい。
クコさんと知り合った当時なら二十五歳というご令嬢が居たそうだけど、王子がそんな歳上は嫌だとゴネてる間に他に嫁いでしまったみたい。
幾ら歳が近いからと言って下級貴族の娘さんを未来の皇后にって発想はその時点では無かったんだって。
大蔵卿もしくは軍務卿の権勢が強くなり過ぎることを苦々しく思いつつも、誰もが仕方が無いと諦めていたそうなの。
クコさんが現れる前までは。
「大蔵卿や軍務卿の派閥に属さない有力貴族にとってクコちゃんは格好の御輿なんだよぉ~。
平民出身とは言え『図書館の試練』の最年少合格者にして、第一王女の筆頭補佐官だしぃ。
僅か二年半の間に、ドロップアウト寸前だった貴族の子女子息を数百人単位で救ったのだから。」
特定の派閥や閨閥を持たないクコさんは、宰相他の有力貴族にとって都合の良い駒らしい。
しかも、クコさんを妃に祭り上げればクコさんを信奉する数百の下級貴族がオマケに付いてくるのだから、支持基盤を維持するにも都合が良いらしい。
更に言えば、農民出身と出自を気にしているけど、クコさん自身は現在子爵とのことだから。
子爵本人と本人は爵位を持たない侯爵家令嬢のどちらが格上かと言えば、この国ではクコさんの方が偉いらしい。
その辺りも宰相や有力貴族がクコさんを推す理由にもなっているみたい。
「それは私にお飾りの妃になれと言うことですか?」
「ボクちん、そんなことは言わないよぉ~。
予算と費用対効果が許す範囲で好きにすれば良いじゃん。
クコちゃんが圧政なんてするとは思えないしぃ。
むしろ、ジャンジャン仕事してボクちんに楽させて貰えれば助かるよぉ~。」
そしたらウルピカさんやフルティカさんに会いに行く時間が増えて助かるなんて、王子は臆面もなく言い放ったよ。
「…もう隠そうともしないのですね。
でも、お手付きした女性には責任を持つという旦那様の姿勢は好感が持てますよ。」
呆れた顔をしながらも、寛容さを見せるクコさん。
あんまり寛容すぎるのもどうかと思うよ。こいつ、甘やかすと際限なく他所で子供を作りそうだし。
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「旦那様の言い分は理解しました。
もし、旦那様の希望を容れるとするとロコトはどうなるのでしょか?
まさか、連れ子を王族に入れる訳にはいきませんよね。
ロコトはまだ五歳、この領地に一人置き去りにする訳には参りませんが。」
ロコト君は王子の血を引く子供には間違いないけど、婚外子だから連れ子扱いになるのではとクコさんは尋ねたの。
「それは心配ないよぉ~。
王宮生まれのロコト君だけは特別だしぃ。
だって、女医さんがボクちんの子だと証明しているじゃん。
クコちゃんと正式に婚姻した時点で、ロコト君はボクちんの嫡子だよ。」
ロコト君も安心して王宮へ連れてくれば良いと言ったオベルジーネ王子。
王子の部屋に泊まった初日から、クコさんは毎日女医さんの恥ずかしい検診を受けていたそうだけど。
ロコト君出産までの検診記録一式が、ロコト君が王子の嫡出であることの証明書類になるんだって。
女医さんの嫡出証明がないと、王位継承権が発生しないみたい。
クコさんに女医さんをつけたのは、もしかしたら妃になるかも知れないという王様の配慮だったらしい。
「肝心の王様やお后様、それにペピーノ様はウンと言いますか?
何度も言うようですが、私、農民の子ですよ。
この領地を戴いただけでも畏れ多いのに。」
「父ちんも母ちんもちゃんと承諾を取り付けてきたよぉ~。
父ちん、最近、早く身を固めろって煩くてねぇ。
クコちゃんの名を出したら一も二も無く賛成してくれたよぉ。
ペピーノなんて端からクコちゃん推しだしぃ。」
オベルジーネ王子は、そう言ってジャケットの内ポケットから一通の封書を取り出したんだ。
開封するとそこには直筆で、「すまん、諦めて嫁いで来て欲しい。王宮で待っている。」と一言、そして王様の署名が添えられたよ。
王様はクコさんが王族に嫁ぐことを渋っているのを知っているらしいからね。拒否されるのを見越してこんな文面になったみたい。
手紙を見たクコさんは呆然として肩を落としてたよ。王命とあれば断れないと悟ったみたい。
お読み頂き有り難うございます。




