第781話 良く考えられた領地だね、さすが宿屋の娘さんだ
ウルピカさんの領地周辺を隈なく見て回り、一匹残らず魔物を狩り終えたらお昼近くになってたよ。
いつも通りオベルジーネ王子は、配下の騎士と二人で天秤棒にぶら下げてた魔物を担いでるのだけど。
この日はウルピカさんの領地の正門からではなく、側面に造られた門から領地に入ったの。
保安上の理由から街道に面してポツンとある領地の出入り口は一ヶ所にしていることが多いから、側面にも門があるのは珍しいみたい。
正面を通る街道から側面の門まで、堀に沿って道が造られているんだ。
「この領地は何のために脇門があるの?」
「うん、何でだろうねぇ? それは入って見てのお楽しみだねぇ。」
おいらが尋ねてもチャラ王子ったら勿体ぶって教えてくれないんだ。
そうこうするうちに脇門が近付いて来て…。
「何やら、妙に賑やかなのじゃ。
正門の静かな佇まいとは随分と違うのじゃ。」
オランが脇門の方から聞こえてくる喧騒を耳にしてそんな呟きを漏らしたんだ。
賑やかな声の出所を探ると、それはちょうど脇門を潜ろうとする幌馬車から聞こえているみたいなの。
それも幌馬車は一台じゃなく、見えるだけでも三台連なっていたよ。
「おっ、ちょうど、王都からのお客さんのご到着みたいだねぇ~。」
そんなことを言いながら歩く速度を速めるチャラ王子。おいら達もそれに合わせて速足で歩くことになったよ。
そして、脇門を潜ると…。そこは別の町みたいだったの。
門を潜った先はいきなり広場になっていて、幌馬車からはちょっとおめかしした市井の人達が沢山降りてきた。
すると、お客さんの降車を待ってたかのように。
「お客さん、昼時で腹が減ってるだろう。
『馬鹿』の串焼き、一本買って行かないかい。
王都じゃ口にすることが出来ない高級肉だぜ。
それがなんと一本銀貨一枚だ。」
広場に面した串焼き屋の窓口から、大振りの串焼きを手にしたおじさんが声を掛けたんだ。
「こっちは、焼いた『酔牛』ミンチ肉のサンドウィッチだよ。
酔牛なんて、王都じゃ口に出来ないだろう。
こんなに分厚い肉の塊が挟んであって一つ銀貨一枚だよ、」
別の場所ではサンドイッチに挟む肉の塊を見せ付けるようにして、食堂のおばさんが声が掛けてたの。
どうやら、幌馬車で他所からやってくるお客さん目当てのお店らしい。
どのお店も調理スペースが広場に面した場所にあり、お店の中で食べることも、屋台よろしく持ち帰ることもできるように工夫されているみたい。
そして、広場の一画にはオープンテラスみたいに幾つものテーブルを並べた場所があったよ。
テーブルは自由に使えるようで、お店で買った食べ物をそこで食べるらしい。
正門から入るとシックでお洒落な街並みなのに、脇門から入るとまるで王都の繁華街みたいな街並みだったの。
本当に、同じ領地とは思えないくらい。
「やっぱり、貴族だけを相手にしてる訳にもいかないからねぇ~。
庶民的なエリアも作らないと。
この一画は森の中ならではの高級食材を手頃な値段で楽しめるお店を配置したんだぁ。」
王子は広場に面して並ぶ飲食店の説明をすると、広場の奥に立つに一際大きな建物を指差し。
「あれが、この街一番のセールスポイント、公衆浴場だよ。もちろん、天然温泉。
やっぱり、庶民の生活にも潤いが必要だからね。
王都の民から一度は行ってみたいと思われる保養地を目指しているんだぁ~。」
誰でも気軽に利用できて、一回銅貨十枚と格安料金で入浴できるそうだよ。
更に、この領地の宿屋の宿泊客ならその入浴料すらタダで、何回入浴しても良いんだって。
しかも、この公衆浴場、お客さんがゆったり寛げるよう、ここの領民は利用禁止なんだって。
領民の居住区画に領民専用の公衆浴場がちゃんとあるそうで、領民は無料で使えるそうだよ。
温泉が豊富に湧いているこの街ならではの大盤振る舞いだと王子は言ってた。
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ちなみに公衆浴場の側に宿屋が三つあるそうで、予算に合わせて宿屋を選べるそうだよ。
それも全てウルピカさんが直接経営している宿らしい。
「流石、宿屋の娘だよね。
ボクちん、最初はここを貴族の保養地にしようとしか考えつかなかったんだぁ~。
そしたら、ウルピカちゃんが言うんだよぉ~。
貴族に頼り切りになるのは危ないって。
貴族は流行に左右され易いみたいなので、飽きられたら終わりだってぇ。」
元々、貴族自体、数が限られているので幾らボレると言っても限度があるだろうって。
その点、市井の人々は数が多いから、一人のお客から上がる利益は大したこと無くとも数で稼げるんじゃないかと、ウルピカさんから指摘されたみたい。
「そこに停まっている幌馬車だって、ウルピカちゃんの提案で始めたものだしぃ。
往復の幌馬車代と途中の宿泊代、それにここの宿泊代をパックにして王都で売り出したんだぁ~。」
幌馬車は護衛付きで早朝王都を出て途中一泊してこの領地までやって来るみたい。
王都からこの領地までは途中二泊するのが普通のところ、安い値段で提供するため一泊に抑えたらしい。
その分、一日目は早朝出発し日没直前に途中宿泊地へ到着というスケジュールになっているんだって。
途中宿泊は当然、ウルピカさん・フルティカさんの両親が営む宿屋だよ。
ウルピカさんのお父さん、商売繫盛でご機嫌らしい。
オベルジーネ王子を王子だと知らないお父さん、「よい婿さんを貰った。」と大絶賛なんだって。
ウルピカさんの実家は宿を増築改装したり、貴族向けの離れを造ったりで大分羽振りが良いみたい。
そんな訳で、庶民の親子四人分の料金を、年に一度の贅沢って感じの値段に抑えたことが功を奏し。
幌馬車は毎回三台連ねて運行してるらしいけど、常に満席なんだって。
「それでねぇ、この街、街区によってドレスコードを設けてるんだぁ。
例えば、この広場。貴族とわかる服装じゃ入れないしぃ。
一方で貴族向けの宿に面した大通り。あそこは庶民の服装じゃ歩けないんだぁ。
街路ごとに雰囲気を大事にしていると言えば良いのかなぁ?」
別にこの広場は貴族立ち入り禁止という訳じゃ無いし、大通りが庶民立ち入り禁止という訳じゃ無いよ。
そういう服装が禁止ってこと。
この領地が完成して二年程になるらしいけど。
最近では、それを逆手に取った遊びが流行っているみたい。
庶民の若い娘さんが、ご令嬢のようなお洒落をして、表通りでウインドウショッピングするとか。
貴族のご夫婦が庶民の服装で広場のオープンテラスや大道芸を楽しむとか。
王都では体験できない非日常を楽しんでいるみたい。
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ウルピカさんの館に戻ると、狩りの汚れを落とすことを勧められお風呂を使わせてもらったよ。当然、館のお風呂も天然温泉。
汚れを洗い流してリビングルームへ戻ると…。
「おとうちゃま、しゅてきなどれしゅあいがとうごじゃいました。」
「若旦那様、私にまでこんな素敵なドレスを賜り感謝致します。」
どうやら、ここでもオベルジーネ王子はドレスをお土産にしたらしく、カレンちゃんとネネちゃんが可愛いドレス姿を披露してたよ。
「おおっ、とっても可愛いよぉ~。
まるでお姫様みたいだしぃ。
えっ…。」
自分が与えたドレスを纏った二人の可愛さにご満悦の様子の王子だったけど、誉め言葉の最後で言葉に詰まったよ。
何かあったのかと、思っていると。
「もしもし、ウルピカちゃん。カレンの頭に乗ってるアレ、一体何かな?」
チャラ王子が指差したのは、カレンちゃんの頭に輝く意匠を凝らしたティアラ。とっても高級品に見えるけど、おいら、目の前の親馬鹿がプレゼントしたものだと思ってたよ。どうやら違うみたいだけど…。
「ごめんなさい。昨日、言い忘れましたね。
先日、あなたから勧められたと国王陛下がお泊りにいらして。
その際、誕生日のお祝いとのことで下賜して下さいました。」
「陛下が来られた?」
「はい、あなたに勧められたと仰せでしたよ。
カレンの顔を見たかったとも。
本来、謁見の間で爵位を授けるところ、略式で済ませたからとのことでした。
貴族には国王陛下が三歳の誕生日に記念品を下賜する習慣があるのですね。」
そう答えたウルピカさん。庶民にはお祖父ちゃんが孫に三歳のお祝いを送る習慣はあるけどとか小声で呟いてたよ。
おいらは父ちゃん以外の身寄りが無かったから知らなかったけど、世間では三、五、七歳の誕生日を盛大に祝う風習があるらしい。
すると、後ろに控える二人から、「貴族でもそうじゃない?」、「絶対に孫娘へのプレゼントですよね。」って囁きが聞こえてきた。
そして、王子は二人に近付き、カレンちゃんの前に屈むと。
「このペンダントも国王のおじさんから貰ったのかな?」
と尋ねてカレンちゃんが首から下げたペンダントを手にすると、裏側を見てたの。
そのペンダントはおそらく金製で、表面に花柄の彫金細工が施され、その中央に大振りな赤い宝石らしきものが据えられたよ。
「うん、おうしゃまのおじしゃんがくえたの。
ネネおねえちゃんとおそろい。」
そう、外見は全く同じペンダントがネネちゃんの胸元にも輝いていたんだ。
王子は、ペンダントを見て少し渋い顔をすると。
「二人とも良く似合っているよ。
これは無くすといけないから大切にしまっておこうね。
無闇に他人に見せたらいけないよぉ~。」
二人の頭をナデナデしながら、そう言い含めていたよ。
確かに国王陛下から下賜されたものなら、無くす訳にはいかないから大事に保管しておかないとね。
ただ、チャラ王子の表情はそんなありきたりのものじゃなかったんだよね。
気になったので後で尋ねてみたら…。
「まさか、父ちんがこんな所まで来るとは…。」
「ジーネが呼んだのかと思ってたよ。この領地の箔付けに。
国王陛下が行幸あそばせた保養地となると、知名度が上がるでしょう。」
「そうなれば良いとは思ったけどねぇ~。
実際問題、国王はそうそう簡単に動けないからねぇ~。
それにアレは拙いしぃ。
アレはボクちんに早く妃を決めろと急かしてるんだよぉ~。」
このチャラ王子、外でポンポン子供を作るくせして、一向に妃を決めようとしないので王様が焦れているらしい。
カレンちゃんが頭に乗せていたティアラ。
あれ、王の孫姫が三歳になった時、国王が送るティアラなんだって。
王家にしか使用を許されていない文様を模っているらしく、あれはカレンちゃんを王家の姫だと認めたに等しいらしい。
それとペンダント。あれは表面よりも裏面が重要で、ある文様をバックに三段に文字が刻まれているそうだよ。
一番下に所有者の名前、その上に両親の名前、そしてその上に刻まれているのは祖父である国王と祖母である王妃の名前。
更にその背景として刻まれてるのは王家の紋章らしい。
で、表の花柄の意匠も含めてこのペンダントは王家の縁者にしか持つことを許されていないものみたい。
これこそ、おいそれと世間様に見せることが出来ないシロモノなんだって。何と言っても二人を現王の孫娘だと認めるものだから。
「これはボクちんに対する脅迫だよぉ~。
早く、王宮の中に子供を作らないと二人を王家に召し上げるぞってぇ。」
そう言って怯えるチャラ王子。
そうかなぁ? おいらは違うと思うんだけど。
平民から領主に成り上がったカレンちゃんや『お持ち帰りできるお姉さん』の娘さんであるネネちゃん。
そんな二人が貴族社会で肩身の狭い思いをしないで良いように、王家が後ろ盾になるって証を与えたんじゃないかな。
お読み頂き有り難うございます。




