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第774話 立っている者は親でも使えと言うけど、妹なら尚更のことらしい…

 レモンイエローの絹糸が取れる繭を、アルトはその繭から織れる布地の相場で譲って欲しいと申し出たんだ。

 養蚕をしてるフルティカさんはそれだと貰い過ぎだと遠慮気味だったのだけど、オベルジーネ王子は遠慮する必要は無いと助言したの。


「それでは、お言葉に甘えて繭玉一つ銀貨千枚でお譲りします。

 現状、加工が間に合って無いので、繭玉なら相当数お譲り出来ますが。

 如何ほどお持ち帰りになりますか。

 因みに、繭玉二つで成人女性のドレス一着分の布地が織れるかと。」


 オベルジーネ王子の言葉を受けて、フルティカさんはアルトの申し出を受け入れることにしたみたい。

 欲しい数を尋ねられたアルトはと言うと…。


 しばらく、檻の中に転がる繭玉を眺めた後で。


「余ってるなら、この檻の中の繭玉全部貰っていくわ。

 後でマロン達と分けるし、滅多にない機会だからなるべく多く確保しておきたいの。

 幾つあるか数えてもらえるかしら。」


 優に百個以上は転がる繭玉を全て購入すると告げたんだ。箱買いならぬ檻買いだって…。

 アルトの言葉にフルティカさんは目を丸くしてたよ。


「ええっと…。この檻一つ分お譲りするのはやぶさかではありませんが…。

 よろしいのですか? 結構な金額になりますけど。」


 フルティカさんがそう言いたくなる気持ちも分かるよ。

 百個あれば銀貨十万枚、ちょっとした貴族の年収以上だもの。

 第一、アルトがそんな大金を持ち歩いている訳無いと思っているだろうしね。


 でも、当のアルトはと言えば。


「そのくらい大したことないわ。即金で支払ってあげるから安心して。」


 なんて、ことも無げに言ってたよ。

 まあ、アルトは人間のお金に執着しないし、その割には定期的に大金が入ってくるからね。

 ひまわり会に対する『ゴムの実』の売上代金。新開地レジャーランドが出来てから一段と売上げが増えたらしいし。


 結局、数えるのにも時間が掛かるし、お金のやり取りも出来ないってことで屋敷に戻ってから受け渡しをすることになったの。


            **********


 繭玉の取引が済むと。


「マロンちゃん、良かったら工房を見て行きなよ~。

 ボクちん、自慢の工房なんだぁ~。」


 オベルジーネ王子が得意気に勧めるものだから、おいら達は工房を見物することにしたんだ。


 工房だと言う建物の前まで来ると、『工房』って言葉とはおよそ似つかわしくない光景が見られたよ。


「なにこれ、牛小屋? 飼牛に運動でもさせているの?」

 

 小屋の外では木の柱に繋がれた牛が4頭、ただぐるぐると円を描いて歩いてた。


「牛小屋ちゃうって、この建物はボクちん自慢の製糸工房だしぃ。」


 牛小屋と言われて少しだけ気分を害した感じに見えた王子の後について工房に入ると。


「これ、繭玉から糸を紡いでるの?」


 何やら、繭玉が沢山並べられていて、そのてっぺんから糸が巻き取られていく様子が目に入ったんだ。

 同時に十個以上の繭玉から糸が紡がれているように見えたよ。


「そだよ~。

 今までは糸車ってやつで、人が手回しで一本一歩糸を紡いでたんだよ。

 この紡績機は画期的なんだよ~。

 一度に二十本同時に糸が紡げるしぃ、牛が回してくれるから人手に頼らなくてすむしぃ。」


 王子の説明によると、外の牛たちは円を描いて歩くことにより中央に立つ柱を回転させているらしい。

 その柱の中ほどに取り付けられた歯車が、垂直方向に交わるように歯車が取り付けられた棒に回転を伝えているそうで。

 それも、大きな歯車から小さな歯車へ何度も嚙合わせることで棒の回転速度を上げているらしい。

 牛が一回転すると、機械に伝わる回転数は何百回転にもなるみたい。

 そうやって木の棒に回転運動を伝えながら、紡績機の位置まで引っ張って来て人力に代わる動力としているんだって。


「これ、ペピーノに作ってもらったんだぁ。

 何でも、『図書館の試練』を試練を三つクリアした後に隠し試練があるみたいでぇ。

 それをクリアすると、『禁断書庫』って書庫に入れるって言うんだぁ。

 そこに収蔵された文献にこれの設計図があったそうだよ~。」


 そう言えば、イチゲさんが言ってたね。

 ペピーノ姉ちゃんがおそらくこの大陸で初めて禁断書庫に入った人間だろうって。

 『禁断書庫』というのは、惑星テルルにあった技術のうち軍事転用できる技術に掛かる知識を収めた場所らしくて。

 惑星テルルからやって来たマロン(マリア)さんが、大陸の各地に図書館を造った時にそう決めたんだって。

 軍事転用に走らない自制心と高いモラルを持つと認められた者にだけ立ち入ることが出来る書庫らしい。

 加えてその知識を正しく理解できる能力も求められるとマロン(マリア)さんは言ってたっけ。

 誤った理解で利用すると悲惨な結果を招くこともある技術が多いらしいから。 


「でもねぇ、ペピーノが言うんだ。

 『禁断書庫』の文献は、明らかに動力に関する記述が削除されているって。

 設計上、何千もの糸が同時に紡げるらしいけど。

 今、この大陸にある動力源じゃ、絶対に無理だってぇ。

 ボクちん、ペピーノに叱られちゃったよ~。

 なんでこんな場所で工房をやろうと思ったんだって。

 せめて川があれば水車を動力源に使えたのにって。」


 オベルジーネ王子はこの近くの森で繭玉を発見して、喜び勇んでここに領地を造ったそうで。

 その時は、繭玉から生地を作る工程までは考えていなかったんだって。

 ペピーノ姉ちゃんに相談したら呆れられたそうだよ。


 そんな話をしているうちに一つの繭から糸の巻き取りが終わり、ごろんとキモい蛹が転げ落ちたよ。

 その蛹は工房の人が何処かへ運び出していたよ。


「あのキモくて大きな蛹はどうなるの? まさか、羽化して蛾になるとか?」


「まさか、あれは既に死んでるしぃ。繭玉は紡績機に掛ける前にいったん茹でるからねぇ~。

 あの蛹は良く乾燥させたら、粉々にしてイモムシの餌となる葉っぱを育てる肥料になるんだぁ~。

 あれで、良い肥料になるんだからお得じゃん。」


 そっか、あのイモムシ、自分の先祖が肥やした葉っぱを食って育って、やがて自分も肥やしになるんだ。因果な宿命だね…。


 次に向かったのは製糸工房の隣の建物、やっぱり牛がぐるぐる回っていたよ。


「こっちが織布工房ね。

 機械はやっぱりペピーノに作らせたよ。

 これも動力の記載が無くて、牛で動かしてるんだぁ。

 ペピーノの話では、こっちは動力だけじゃなくて制御にも問題があるみたいでねぇ。

 速度を上げると上手く織れないらしいよ~。

 まあ、人手でバッタンパッタン織るよりはマシだしぃ。

 牛さんに頑張ってもらってるんだぁ~。」


 こいつ、妹だと思ってペピーノ姉ちゃんを使い倒しているな…。 

 とは言え、織布の方は経糸を揃えたり人手に頼る作業も多くて、全てを機械任せには出来ないらしい。

 主にこの工房の生産能力がネックになっていて生産が追い付かないそうだよ。

 まあ、それでも普通の織布工房よりは段違いに沢山織り上げることが出来るみたい。


 実際、ここの絹地の生産能力は従来の工房の何倍もあるらしいけど、貴族のご婦人方からの引き合いが多過ぎて生産が追い付かないんだって。

 貴族のご婦人方の衣服に掛ける熱意は凄いと、フルティカさんは呆れ半分で感心してたよ。


                **********


 工房の裏にはちょっとした林があって、それが全部イモムシの餌となる葉っぱの木なんだって。

 イモムシを育てるために、村の中に植えて育てているらしい。ちょうど根元に蛹の肥料を撒いてたよ。


 屋敷に戻ると繭玉が用意してあって、全部で二百三十一個あったとか。

 フルティカさんは余剰な繭玉を大量に買い上げてもらうのだから、銀貨二十万枚にオマケすると言ってた。

 アルト『積載庫』から出した銀貨を積み上げ、繭玉を『積載庫』に仕舞うと、フルティカさんは驚きで目を丸くしてたよ。


「私も生まれ育った町からここに引っ越す際、リュウキンカ様に乗せて戴きましたが。

 妖精さんが持つ『不思議な空間』って、本当に凄いですね…。」


 どうやら、フルティカさんはリュウキンカさんと『積載庫』について知っているらしい。

 まあ、宿に宿泊していたチャラ王子がちょくちょく『馬鹿』を手土産にしたと言ってたものね。

 あんな大きな魔物を人一人で担げる訳無いし、隠し通すことは出来ないか。


 繭玉の売買が終わったのを見計らうように…。


「パピー、おしおとおわったぁ?

 みてぇ~。パルチェ、おきがえしたよ~。」


 王子がお土産に持って来たドレスに着替えたパルチェちゃんが部屋に飛び込んできたよ。


「ああ、パルチェおじょうさま、ノックしないとダメですよ。」


 おっとりとした注意と共にリンカちゃんが後を追って来たの。

 こちらも、王子のお土産に着替えたのか、淡い空色が印象的なドレスを纏ってた。


 タタタと駆け寄ってきたパルチェちゃんは王子の膝の上に陣取ると。


「パルチェ、どれす、かわいい?」


 ホメテ、ホメテと目で催促しながら尋ねたの。


「御屋形様、こんな素敵なドレスを下さり有り難うございました。」


 パルチェちゃんを追ってきたリンカちゃんは、王子の前に立つとドレスを見せるようにスカートの裾を持ち上げ嬉しそうに一礼してた。

 そんな二人を目にして、王子は相好を崩して。


「おお、二人共可愛いな。良く似合ってるよ。

 一生懸命に選んだ甲斐があったよ。」


 二人を褒めながら、パルチェちゃんの頭を撫で回してたよ。


 それから、パルチェちゃんは王子に最近あったこととかを話し始めたんだ。

 相槌を打ちながらパルチェちゃんの言葉に耳を傾けていた王子だけど、リンカちゃんの話しも聞かせて欲しいようで。

 パルチェちゃんの話の合い間に、リンカちゃんにも話を振ってたんだ。

 それを眺めていると、やっぱりパルチェちゃんとリンカちゃんは姉妹に見えるし、三人とっても仲の良い親子に見えたよ。


              **********


 夕食も済んで、王子の膝の上でパルチェちゃんがウトウトと舟をこぎ始めていたよ。

 リンカちゃんの方は睡魔が襲ってきた様子で既に自室に下がってた。


「あら、パルチェったら、ダーリンが来た嬉しさではしゃぎ過ぎたのね。

 もうすっかり、おねむになってる。

 そうそう、ダーリン。最近、パルチェが強請るんですよ。

 妹が欲しいって。

 今晩あたり如何ですか? パルチェに妹をプレゼントしましょうよ。」


 それは、もう一人子供が欲しいと言ってるのかな? クコさんみたいに。


「パルチェのご要望とあらば、断れないねぇ。

 ボクちん、頑張っちゃうよ。

 そうだね、レイカちゃんも一緒にどう? 久し振りに三人で寝ようよ~。」


「あら、御屋形様、私にもお情けを戴けるのでして?

 それでしたら喜んでご相伴に与らせて戴きます。

 私ももう一人くらい産みたいと思っていましたので。」


「それじゃ、早速、寝室へレッツゴーといこうじゃん。

 マロンちゃん、ボクちんたちはお先に失礼するよ~。

 夜、うるさくするかも知れないけど、赦してちょ。」


 チャラ王子の奴、お客さんのおいら達を残してさっさと寝室へ行っちゃったよ。

 フルティカさんとレイカさんの肩を抱いて…。


 もちろん、おいら達はその晩もアルトの『積載庫』の中で眠ることにしたよ。

 寝不足になるといけないと、アルトが言うし…。

お読み頂き有り難うございます。

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