第760話 この人も意外と出来る人だった…
その後は村の大人みんなで宴会の準備になったよ。
男衆がキングボアを捌いて、処理されたお肉を女衆が料理するの。
オベルジーネ王子も率先してキングボアの解体作業をしてた。
手慣れた手付きで巨大なキングボアを捌く姿はとても王族とは思えなかったよ。
子供の頃から魔物狩りに勤しんでたってのは伊達じゃないみたい。
また厨房の中では、領主のクコさんが村の奥さん方と和気あいあいと料理の下拵えをしてて。
率先して動く領主夫妻は、領民からとても慕われているように見えたよ。
もっとも…。
「しばらく見ないうちに、美味しそうに育ったじゃん。
すっかり食べ頃だね~。」
オベルジーネ王子ったら、料理の手伝いをしている十五、六の娘さんのお尻を触りやんの。
すると、『ペシッ!』って叩く音がして。
「うちの娘になにしてるんだい。
娘はまだ嫁入り前なんだよ。」
母親と思しきおばちゃんが、お尻を触る王子の手を振り払っていたよ。
知らないって恐ろしいね。おばちゃん、第一王子の手の甲をマジで叩くんだもの。
「良いじゃん、減るもんじゃ無いしぃ。
ちょっと、育ちの具合を確かめただけなのにぃ。」
叩かれて赤くなった手の甲をもう一方の手のひらで撫でながら、不満をもらす王子。
「呆れた、まだ若い癖に中年のスケベ親父みたいな口を利いて…。
他の娘にちょっかい出してる暇があるなら、ご領主様と子作りに励みな。
きっちり子種を植え付けるのも婿養子の務めだよ。」
「分かってるって。
ボクちん、クコちゃん一筋だもん。
これから精の付くモンたらふく食べて。
今晩は子作り頑張っちゃうよ。
だけど、ほら、今、ここでって訳にはいかないじゃん。
だから、おやつにチョットだけ…。」
そう言って、オベルジーネ王子はまた娘さんのお尻に手を伸ばそうとしたの。
「だ・ん・な・さ・ま。」
「痛い、痛い。」
手のひらが娘さんのお尻に触れる寸前、王子の耳がギュッと引っ張られたの。
もちろん、クコさんの仕業だよ。
「旦那様、おイタしたらダメですよ。
そういうことをして良いのは私だけです。
わ・た・し・だ・け。
浮気は赦しませんよ。」
王子の耳を引っ張ったまま、笑顔でそう告げるクコさん。笑顔が怖いよ…。
「クコちゃんが一番だから、勘弁してちょ。
ただ、メインディッシュの前に、ちょっとオードブルを…。」
「ダメです。
オードブルもメインディッシュも私にしてください。」
そんな二人のやり取りに、厨房に居た女衆は大爆笑だったよ。
どうやら、この手のやり取りは領民達にとって見慣れた光景みたい。
「ご領主様は夫婦仲が良くていいね~。
これならすぐにでも次の御子が期待できそうだね。」
おばちゃんの中からそんな声が聞こえてたよ。
うん、領民のみんなから慕われているのは間違いないと思う。
オベルジーネ王子の人間性がどう認識されているのかはともかくとして…。
**********
キングボアのお肉をメインとした宴はとっても大盛況だったよ。
王都へ出稼ぎに出ているって設定となっているオベルジーネ王子は、里帰りと称して時々ここを訪れるそうだけど。
来訪の度に魔物を狩って間引きをし、大猟の時はこうして領民に振る舞っているんだって。
お酒にしても、こうして領民に振る舞うためにわざわざ大量に備蓄してあるみたい。
領主のクコさんは勿論のこと、領主館に仕える人も余り酒好きは居ないそうで本来はそんな備蓄は不要なんだって。
美味しい料理とお酒に舌鼓を打った領民達は皆大満足で帰って行ったよ。
ロコト君も久し振りに帰ってきた父親と過ごす時間が嬉しかった様子で、宴の間大はしゃぎだった。
はしゃぎ過ぎて疲れたのか、五歳児には起きているのが辛い時間になったのか、宴が終わる頃には王子の膝の上で寝ちゃたよ。
宴の後、領主の館に戻って来て。
その部屋に集まったのは、オベルジーネ王子と領主のクコさん、それに領主館に仕える五人の男女だった。
実はこの五人、オベルジーネ王子の腹心で、王子の命で派遣されて来た人達らしい。
男性三人は、クコさんの護衛、新米領主クコさんの教育係、そして領地の実務担当者。
女性二人はクコさんのお世話係とロコト君の教育係なんだって。
オベルジーネ王子は森での魔物の大量発生とその原因であるヒュドラについて報告してたよ。
おいらと二人でヒュドラを倒したことを伝え、入手したヒュドラの卵の活用方法を相談してた。
その相談が一段落付くと、オベルジーネ王子は同じソファーに座るクコさんの肩を抱き寄せたの。
その仲睦まじげな二人の姿を目にして、おいら思わず聞いちゃったよ。
「クコさんは、ジーネとどうやって知り合ったの?」
するとクコさんは「話して良いのか?」と問うような視線を王子に向けたの。
王子が頷くと、クコさんは少し照れた様子で顔を赤らめて話し始めたよ。
「私、夜道で暴漢に襲われた時、旦那様に助けて戴いたのです。」
クコさんは王都の近郊にある農村の住民だったそうなの。
王都へ来ていたクコさん、いつもなら日暮れ前には農村に帰り着くようにするそうだけど。
その日はたまたま王都を出るのが夕暮れ間近になってしまい、帰路の半分も行かないうちに陽はとっぷりと沈んでしまったらしい。
その頃は街道沿いの治安は現在ほどは良く無くて、追い剥ぎや強姦などの犯罪が当たり前のように発生してたそうなの。
そしてクコさんも、運悪く三人組の暴漢に遭遇し、街道脇の茂みに連れ込まれたんだって。
「遅くならないようにと、父からは再三言われてたのですが…。
まさか、あんなことになるとは思いもしませんでした。
乱暴な男二人掛かりで服を剥がれ、両手両足を地面に押さえつけられて…。
残る一人が、汚らわしいモノを晒した時にはもうダメかと思いました。」
助けを呼ぼうにも、日没後の街道を往来する人など居なかったそうで。
三人の暴漢に散々弄ばれた後、殺されるか、娼館に売られるか。クコさんはそんなロクでもない結末を覚悟したらしいよ。
「そんな時です。
街道を通り掛かった旦那様が助けて下さったのは。
その時には、抵抗を諦めて。
固く目を閉じて、身を強張らせていたのですが…。
何もされないまま、不意に拘束が解かれたものですから。
恐る恐る目を開くと。
そこには倒れ伏した暴漢達と血染めの剣を下げた旦那様の姿があったのです。」
「タイミング良過ぎるんじゃない?
それまさか、仕込みとかじゃないよね?
ジーネが金で雇って襲わせたとか。」
こいつならやりかねないと思うよ。クコさんの気を引くために。
何てったって、息をするように若い娘さんのお尻を触りにいく奴だから。
おいらが王子をジト目で睨んでいると。
「マロンちゃん、それ、酷くね。
ボクちん、女性に対してそんな卑劣なまねはしないよ~。
その日はたまたま魔物狩りに手古摺って、帰りが遅くなっただけだしぃ。
ご婦人が襲われていたから、慌てて助けに入ったんだ~。
助けてみたら顔見知りだったので驚いたよ。」
「あれ、クコさん、それ以前からジーネと顔見知りなの?
もしかして、クコさんって、その農村の領主の娘さん?」
おいら、クコさんにどうやって知り合ったのか尋ねたつもりだけど。それ以前から面識はあったんだね。
「いえ、いえ、顔見知りだなんて畏れ多い。
私、しがない農民の娘ですし。
領主の娘なんて高貴な身分じゃありませんから。
旦那様が私の顔を覚えていてくださるとは夢にも思いませんでした。」
「ふむ、これはますます怪しいのじゃ。
おぬし、何処かでクコ殿を見初めて執心しておったのじゃろう?
そして手籠めにするため一芝居打ったと。」
「オランちゃんまで、酷っ。誤解だってば~。
普通、誰だって気に掛けるじゃん。
クコちゃん、まだ小さいうちから図書館で黙々と本を読んでいるしぃ。
平民が図書館に居るだけでも珍しいのに、小さな女の子だよ~。」
貴族の子弟は『図書館の試練』に合格する事が義務付けられているので自然と出入りすることになるのだけど。
平民の子供で図書館に出入りするのは、大店の後継ぎ息子くらいのものらしい。
商いに関する知識を学んだり、商いや税に関する法を学んだりと色々と知らなければならないことがあるから。
ただでさえ平民の利用は珍しいのに、それがまだ幼い女の子と言うことで、クコさんは周囲の目を引いていたらしいよ。
何でも、オベルジーネ王子が初めてクコさんを目にしたのは六歳の頃らしいから。
「それは、年の離れた兄を見ていて羨ましいと思ったから…。」
クコさんには十歳以上年上のお兄さんがいるそうなんだけど。
生まれた頃から病気がちで体が弱く、農村では全くの役立たずになるのが目に見えてたんだって。
なので、父親は早々に王都の商家へ奉公に出そうかと考えていたそうなんだけど、野菜を卸している商人に忠告されたらしいの。
帳面付けの知識も無く商家に奉公に出てもロクな仕事は無いと。
丁稚と同じ扱いにされて安い給金でこき使われることになるから、農村に居るより悲惨な生活をすることになると。
それなら、早いうちに帳面付けやら税やらの知識を付けさせて、年頃になってから奉公に出した方が良いって。
王都の図書館へ行けば必要な知識が書かれた本をタダで読めると、父親は商人から教えてもらったそうで。
毎朝、野菜の出荷に王都へ行く時、父親はお兄さんを図書館に放り込んだんだって。
「兄は書物を読むのが性に合ったようで。
父に指示されたこと以外の知識も貪欲に吸収していったのです。
そして、兄が十五の時でした。
偶々欠員が出たとのことで、下級官吏の募集がありまして。
兄がダメもとで応募したところ採用されたのです。」
十五で官吏に採用されたお兄さんは、王都に住むことになり…。
時折、休暇で帰省するお兄さんは、農村の誰よりも綺麗な身なりをしているそうなの。
農村では役立たずのお荷物扱いされてたお兄さんが、あんなに立派になるなんて。
クコさんは子供ながらにそう思ったらしい。そして、自分もお兄さんのようになりたいと。
ぶっちゃけ、クコさんは生まれ育った農村で一生を終えるのは嫌だと常々思っていたらしい。
子供心に、鼻水垂らした同じ村の小僧に嫁ぐのは真っ平ごめんだと。
「そんな訳で図書館通いを始めたのです。
毎朝、野菜の出荷に行く父に付いて王都へ来ていました。
それが五歳の時です。」
その時点ではお兄さんのようにお役人になるか、大店の使用人になるかを夢見ていたそうだよ。
まさか自分が領主になるなんて、その時は夢にも思わなかったって。
あわよくば、大店の息子か高級官吏の嫁になって、玉の輿に乗れればとは考えていたみたいだけど。
お読み頂き有り難うございます。




