第752話 王様も自分の目を疑っていたよ
レクチェ姉ちゃんが家宰の爺やさんを呼び、ピーマン王子と婚姻を結ぶことを報告すると。
「な、なんと、姫様が婿殿を取られる…。」
その報告を耳にした爺やさんは感極まった様子で、言葉を詰まらせては目に涙を浮かべてた。
「失礼しました。
あの男嫌いの姫様が結婚すると決意されたと聞き。
喜びの余り、言葉に詰まってしまいました。」
爺やさんは続けて言ってたんだ。
父親や二人の兄貴、側に居た男が人間のクズばかりだったから、レクチェ姉ちゃんはすっかり男性不信になっちゃったらしい。
特に最近、ラフランさんと親密な関係になってしまい、このままでは跡継ぎが見込めないかもと気を揉んでたんだって。
「心配を掛けました。
世継ぎを残すことは当主としての当然の務め。
わたくしとて、その義務から逃れるつもりはございませんわ。
幸いにもこんな素敵な殿方が求婚してくださいました。
爺やが元気なうちに、世継ぎを儲けて安心させてあげられそうです。」
レクチェ姉ちゃんはピーマン王子の腕を抱きしめるようにして、殊更に『素敵な殿方』と強調してたけど…。
おいら心の中で突っ込みを入れてたよ。それ、『素敵な』なじゃくて、『都合の良い』だよねって。
そんな訳で、レクチェ姉ちゃんは王様から婚姻の承諾を得るためにウニアール国へ行くことを爺やさん伝えたのだけど。
すぐにでも出発したいと主張するピーマン王子を、爺やさんは色々と準備が有るのでせめて一晩待ってくれと説得してた。
すると、レクチェ姉ちゃんは「では、今晩、さっそく味見を。」なんて言ってたけど。
それだけはやめてくれと爺やさんはレクチェ姉ちゃんを必死に押し止めてたよ。
縁談が流れることも無いとは限らないから、婚前交渉は拙いって。
爺やさん、色々と気苦労が絶えないね…。
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そして、翌日、爺やさんが大急ぎで用意した手土産を持ってウニアール国へ向かうことになったの。
アルトの『積載庫』に乗せてもらい、丸二日ほど掛けてウニアール国の王都ハーフェンシュタットに着いたんだ。
おいら達を降ろすことなく、アルトはアネモネさんに先導されて直接王宮の中に入って行ったの。
王宮の奥まった場所、重厚な扉を開けて部屋に入った時のこと。
「おや、アネモネ様ではございませぬか。
今日は、ピーマン達の様子でもご報告に来てくださったのですか?」
立派な執務机に着いて黙々と仕事をしていた中年男性が、アネモネさんに気付いて声を掛けてきた。
ピーマン王子を呼び捨てにしているところを見ると、このおじさんがウニアール王みたいだね。
「ええ、まあ…。
色々と複雑なことになっていてね。」
そんなアネモネさんの言葉を聞いて、王様と思しきおじさんは顔を曇らせたよ。
「複雑なこととは?
ピーマンが何か、ウエニアール国で粗相でもしましたか?」
どうやら、ピーマン王子が何かやらかしたのでは心配したみたい。
元々はピーマン王子とその取り巻き連中に最後の機会を与えるために領地開拓を命じた訳だけど。
早々に逃げ出した挙げ句、おいらに無礼なことをして矯正施設に放り込まれたと聞かされたのだろうからね。
ペピーノ姉ちゃんから期待以上に更生したと報告を受けているはずだけど、やはり実物を確認してないと心配らしい。
「それは大丈夫。
マロン陛下のご助力で、連中、とても真っ当になったわ。
まあ、自分の目で確かめて頂戴。」
そう伝えると、アネモネさんはその場でピーマン王子達を積載庫から降ろしたの。
現れたのは健康そうに日焼けしたピーマン王子と五人の男達。
せっかく開拓した土地に盗賊でも住み着かれると拙いので、残りは警備のために置いて来たんだ。
「ふむ? その者達はいったい?
何処かの現場作業員だろうか?
その者達がピーマンとどんな関係があるのだ?」
王様は首を傾げて、疑問符だらけのセリフを吐いたよ。
ボケをかました訳じゃ無く、本当にピーマンとその取り巻きだとは露ほども思っていない様子だった。
まあ、無理もないね。王様が知っているこいつ等は全員不健康に肥え太っていたのだから。
「父上、ご無沙汰しております。」
そんな王様にピーマン王子が挨拶すると。
「誰が父上だ、儂はそなたのような者に…。
って、そなた、もしや、ピーマンか?」
父上と呼ばれる覚えは無いと言い掛けたけど、どうやら途中で気付いたみたい。
「はい、ピーマンでございます。
今までの怠惰な自分は、贅肉と共に捨てて参りました。
長い間、ご心配をお掛けしたことを心からお詫び申し上げます。」
ピーマン王子は改めて謝罪の言葉を口にすると深々と首を垂れたんだ。
そんなピーマン王子を目にして一瞬惚けた王様。
「そなた、本当に変わったな。
儂は自分の目を疑ったぞ。
正直、今でも信じられないくらいだ。」
実際、王様は夢では無かろうかと自分の頬を抓っていたよ。
それほどまでにピーマン王子の変貌が信じ難かったみたい。
「どお、凄いでしょう。
マロン陛下に感謝しないとダメよ。」
「お、おお、そうだのう。
マロン陛下に改めて謝礼を考えることにしよう。
して、ピーマンは何故ここにおるのだろうか?
儂は領地開拓が完了するまで、決して王都の土は踏ませないと申した筈だが。」
ピーマン王子を辺境送りにしてからまだ一年足らずだからね。
如何に更生したからと言って、そんなに早く開拓が済むなんて思いもしないようだった。
「それが終わっちゃったのよ。
しかも、ピーマンを臣籍降下させるために命じた一ヶ所だけじゃなくてね。
キッチリ堀と土壁で囲って、道も家も整然とした領地を五ヶ所も。」
「はあ?」
アネモネさんの言葉に、王様はあんぐりと口を開けて惚けていたよ。
まあ、普通、信じられないよね。
幾ら真面目になったからって、広い領地を半年ほどで五ヶ所も開拓したと言うのだから。
**********
「父上、アネモネから報告があった通りでございます。
ウエニアール国で土木建築に掛かる基礎をみっちり仕込まれたこともさることながら。
マロン陛下より、加工済みの建材及び石材を融通して戴きました。
おかげで、すこぶる短時間で建物や道を造ることが可能になったのです。」
首を傾げる王様に、手の内を明かしたピーマン王子。
家屋やお屋敷の組み立てキットが貰えたので、整地したら直ぐに建物が建ったとか。
整地した道路部分に加工済みを石材を敷くだけで立派な道が出来たとかね。
「なんと、かの国の女王には大きな借りを作ってしまったな。」
「ホント、そうよ。
このおバカがあれだけ無礼な言葉を吐いたと言うのに。
授業料も取らず、こんなに矯正してくれたのだものね。」
王様の言葉に、大袈裟な相槌を入れるアネモネさん。
いや、授業料分は十分以上に労働で支払って貰ったから…。
融通した建築資材も含めて貸し借り無しで十分だよ。
「して、アネモネ様。
今、ピーマンが申したことに嘘は無いとして。
ピーマン達をこの場に連れて来たということは。
領地開拓の出来栄えは、合格水準に達していると考えて良いのでしょうか。」
「ええ、そんじょそこらの領地より良く出来ているわ。
念のために専門の技師を派遣して確認して頂戴。」
王様の問い掛けに、アネモネさんは太鼓判を押したんだ。
すると、王様はとても満足そうに顔を綻ばせて。
「ピーマン、良くやった。
どうやら、もう儂が気を揉むことも無いようであるな。
それで、ピーマン。今後はどうするつもりであるか。
王族に残りたいのであれば、例外は認めないぞ。
あと一年程で『図書館の試練』を全てクリアするか?
それとも、今般開拓した領地に赴き領主となるか?」
王様としては辺境の領主となるって返事を期待しているのだろう。
そもそも、非行を繰り返すピーマン王子に、最後のチャンスとして領主になる道を示したのだから。
もし、それすら出来ないようであれば、ピーマン王子は不慮の事故か病気で命を落とす予定だったみたいだし。
すると、王様の問い掛けに答えたのはピーマン王子じゃなくて。
「そこのところが色々とあるのよ。
ピーマン達を立たせたまま話すのもなんだから、席を用意してもらえるかしら。」
アネモネさんは、話が長くなるので腰を落ち着けて相談するように提案したんだ。
ついでに、ペピーノ姉ちゃんとレンテンローゼンさんも呼んで欲しいと言ってたよ。
お読み頂き有り難うございます。
 




