第745話 相変わらず笑わせてくれるよ…
建設工事の実習一日目、食事当番に指名されたおじゃる達十人は何とか夕食の食材となるウサギを確保したけど。
流石に捌くことまではさせられなかったようで。
「良いか、俺が捌いて見せるから良く見ているんだぞ。
明日からは少しずつお前らにも手伝わせるからな。」
料理長は解体の手順を覚えるように命じるとウサギの解体に掛かったの。
まずは建物の裏に立っている木の枝にぶら下げたウサギの毛皮を剥いで…。
「うっ…。」
そんな呟きが聞こえた方へ視線を向けると、おじゃるが青い顔をして口元を手で覆っていたよ。
そんなおじゃるを気に留めることなく、料理長はウサギの腹に包丁を入れたんだ。
その瞬間。
「きゅう~…。」
そんな声と共に、ドシンって音が聞こえたの。
見ると、おじゃるが目を回して倒れてた。
腹を割かれて露わになったウサギの内臓を目にして、おじゃるの奴、気を失ったみたい。
確かに気分が良いものではないけど、これに慣れないと食肉の処理なんて出来ないのに…。
そんなことを考えながら、他九人の様子を窺うと、全員が地面に座り込んで口元を押えてた。
どうやら、必死に吐き気を我慢しているようで、みんな、青い顔をしてたよ。
「なんだ、お前ら、仮にも騎士の端くれだろう。
魔物の内臓を見たくらいで、吐き気を催すなんて情けない。
まあ良い、食材を捌いている場所で吐かなかっただけでも褒めてやるぜ。」
地面にしゃがみ込んだ九人を見た料理長は、「しょうがねぇなぁ。」とか言いつつも笑っていたよ。
どうやら、初めてウサギの解体を目にした人は、殆どが同じような姿になるらしい。
吐き気を催して蹲るのは、食事当番の洗礼みたいなものだって。
「しかし、臓物を目にした途端、気絶する奴は初めてだ。
ここで吐かれるよりは、マシって言えばマシだが…。
こいつ、何処まで根性無しなんだ。」
気絶したおじゃるを爪先で突きながら、料理長は呆れてたよ。
おじゃるが気絶している間にも食事の準備は進み…。
料理が完成する頃には、ピーマン王子達残り九十人の手により調理場横のスペースにテーブルが設えてあった。
テーブルもキットになっていて、天板に足を付けて簡単に組み立てられるようになってるの。
夕食は、おいら達もご相伴に与るとことにしたよ。
食事に混ぜてもらう代わりに、ベヒーモスのお肉(処理済み)を二頭分ほど提供しておいたよ。
そうして、所長以下全員がテーブルに着いて食事を始めたのだけど。
「おい、どうした食わねえのか?
陛下が貴重なベヒーモスの肉を提供してくださったんだぞ。」
目の前に座ったおじゃるに声を掛ける料理長。
その言葉通り、おじゃるは何一つ食事に手を付けてなかったの。
あの食い意地の張ったおじゃるが…。
「ウサギの解体を目にして食欲が湧く訳無いでおじゃる。
麿は肉を見ただけで、酸っぱいモノが込み上げてくるでおじゃるよ。」
涙目で不満を口にするおじゃる。
「そうか?
見て見ろ。
お前以外の食事当番の連中は全員美味そうに食っているぞ。
ほれ、お前も食ってみろ。
貴重なベヒーモスの肉を、元宮廷料理長の俺が腕に撚りを掛けて料理したんだ。」
確かに、他の九人は料理長の作った料理に舌鼓を打っていたよ。
食事の準備は二時間近く掛かったけど、その間に連中の吐き気も収まったみたいなの。
それだけでなく、内臓剥き出しになったウサギにもこの二時間で多少慣れた様子だった。
その間、ずっと気絶してたおじゃるは全然慣れることが出来なかったんだね。
「余計なお世話でおじゃる。
どんな珍味でも食欲が湧かないでおじゃる。」
「良いのか?
晩飯をしっかり取らんと力が出ないぞ。
明日から、堀と擁壁造りに入るが…。
そんなんじゃ、途中でヘタるぞ。」
食事に手を付けようとしないおじゃるに、料理長が忠告するけど。
「放って置いてくれでおじゃる。
ヘタったら、休憩するでおじゃるよ。」
「ああ、そうかい。じゃあ、良いことを教えてやろう。
食事当番は十日間のローテーションだが。
次の当番は、この十日間の労働状況を見て決めるぞ。
働きの悪い奴、下から十人だ。
良いのか? あんまりサボっていると次も食事当番だぞ。」
他の現場の食事当番は、食事の準備専門で当番の間は他の仕事はしないのだけど。
この現場は他の人と同じ仕事をしつつ、朝早起きして食事の準備をすることになってるの。
更に、夕方は少しだけ早く仕事を切り上げて夕食の準備、夕食後には後片付けも待ってるんだ。
他の人に比べて、まるまる食事当番の分の労働が付加されている感じなの。
料理長の言葉を聞いたおじゃるの顔には、「ガーン!」と書いてあったよ。
おじゃるの奴、凝りもせず疲れたらサボれば良いと思っていたみたい。
「こんなのを二十日も続けたら死んでしまうでおじゃる。
うっぷ…。」
おじゃるの奴、二回連続食事当番はごめんだと思ったようで、喉を詰まらせながらも無理して食事をし始めたんだ。
**********
そして、実習二日目。
朝食を終えて仮設建物の外に出ると、そこには三本の縄が平行に張られてたんだ。
どうやら、三人の技官が早起きをして事前に張ってくれたみたい。
ピーマン王子達が全員揃うと、技官の一人が前に出て。
「今日から街道整備の拠点を魔物から護る堀と土壁を造ることにする。
お前らの前に張られている三本の縄。
外側の二本の間が掘、内側の二本の間が土壁となる。
先ずは土壁となる部分の両側に、この板で板塀を造ってもらうぞ。」
技官は板を手にして、そんな説明を始めたの。
最初に土壁となる部分の両側に沿って、二重に簡単な板塀を造るそうなの。
ある程度の長さで板塀が出来たら、堀になる部分を掘って。
掘った土を二重になっている板塀の間に、積み上げていくんだって。
板塀の間に土が入れられると、係の者がその土を道具で突き固めるらしいけど。
その際、一定の割合で枯れ草なんかを混ぜて突き固めるそうだよ。
版築と言う工法だそうで、それによって土壁の強度が上がるんだって。
目標の高さまで土を突き固めたら、両側の板塀を外して土壁の出来上がりだって。
ばらした板塀は再度土壁を延長する方向に組み上げて、今度はそこに土壁を作るの。
そうして街道整備の拠点をぐるりと一周囲う堀と擁壁を造るそうだよ。
んで、先ずは板塀を造る係と周囲の草原から草を刈って来る係に別れたの。
もちろん、おじゃる達食事当番十人は板塀を造る係だよ。
草刈り担当にしてそこいらに散らばってしまうと、サボっていても監視の目が届かないからね。
料理長が目を光らせている前で、板塀を組み上げてもらうんだ。
板塀と言っても土を入れる枠を造るだけだから極めて簡易なモノだよ。
一定間隔に杭を打ち込んでその間に板を立てるだけだから。
とは言え…。
「ほら、もっと腰を入れて打ち込め!
そんなんじゃ、土を入れたらその圧力で杭が抜けちまうぞ。」
「無理を言わないで欲しいでおじゃる。
こんなに重い木槌なんて、振り降ろしたことが無いでおじゃる。」
おじゃるは泣き言を言いながら、でっかい木槌を振り下ろして杭を立てようとしてたけど…。
杭は先端を尖らせた角材で、おじゃるのヒョロヒョロの打撃では中々地中に埋まっていかないの。
数発振り下ろしたところでおじゃるは息を上げてたけど、料理長が触れると杭はグラグラだったよ。
おじゃるは休む間もなく、料理長から作業を続けるようにハッパを掛けられてた。
体力の無いおじゃるがやっと一本目の杭を打ち終わり、料理長の合格が出る頃には他の人達は既に二本の杭に取り掛かってた。
って言うか、杭打ち係となった人達の半数近くは既に三本目の杭に取り掛かってて、おじゃるがダントツのペケだったよ。
「これは、二回連続食事当番は決まりかな。」
「何ででおじゃる。
今日の麿は全くサボって無いでおじゃるよ。」
「いや、だって、お前、体力無いもの。
少しでも長い時間体を動かして、体力を付けんと話にならんだろう。
お前らをここで預かるのは三ヶ月らしいが。
その間に他の連中と同じくらいには働けるようにせんとな。」
どうやら、おじゃるの二回連続食事当番は決まりらしい。
その日の午前中には、街道に沿った拠点予定地の正面部分の三分の一くらい板塀が出来たので、板塀造りは一時ストップ。
午後からは堀を掘って、板塀の間に土を積み上げていくことになったよ。
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