第737話 同じ轍を踏まなければ良いね…
一人最期まで手こずっていたおじゃるが何とかウサギを狩ることが出来たので、冒険者研修は次の段階へ進んだよ。
次の研修科目は、もちろんトレント狩り。
通常なら指導役がお手本を見せて、直ぐに実戦経験を積んでもらうのだけど。
連中、いきなりやらせると怪我人続出となりそうだから、初日は他のグループの見学になったんだ。
指導役のお姉さんに先導されて、研修施設内のトレント狩り実習場にやって来たのは男女二十人のグループだった。
五人一組の小グループが四つ、女性二組、男性二組で丁度半々だったよ。
先導してきたお姉さんに尋ねたところ、今回指導している二十人はいずれも最近王都へやって来た人達らしい。
職を求めて王都へ来て、駅馬車の停留所に掲示してある冒険者研修の貼り紙を見て受講を申し込んだみたい。
二十人のうち、女性二組と男性一組は見た目普通の人なんだけど…。
残り一組の男達は如何にもサル山の大将とその取り巻きって雰囲気で、ガラの悪い連中だった。
冒険者研修制度を設けた当時はこんな連中が多かったけど、最近は減ってると聞いてたよ。
冒険者に対する監視と取り締まりの強化が、津々浦々にまで周知された結果だと喜んでいたけど。
まだ、こんな奴が居たんだね。
多少腕っ節に覚えがある井の中の蛙が、強請り集りを目論んでカモが多そうな王都へやって来るの。
そいつらったら、不真面目な態度で端から指導役の説明を聴く気なんて無い様子だった。
トレントの特徴とか、狩りのコツとか大事なことを話しているのに、おしゃべりに耽っているんだもの。
予め定められたカリキュラム通り、最初は指導役のお姉さん五人が実際にトレントを狩って模範を示すと。
いよいよ、研修生が実際にトレント狩りを体験することになったの。
最初に挑むのは、一番若そうな娘さん五人のグループ。
縦横無尽に襲って来る八本の攻撃枝に苦戦してたけど、危ない場面では指導役が助けに入ったこともあって。
誰一人として怪我をすることなく、無事にトレントを仕留めてた。
その様子を見学してたピーマン王子が。
「なあ、トレントなる魔物は余り脅威では無いのか?
娘達でも案外造作なく討伐していたように見えるのだが。」
一緒に見学してたおいらに尋ねてきたの。
「トレント自体は決して侮れない魔物だけど。
移動する事は出来ないし。
あの八本の攻撃枝さえ防ぐことが出来ればね。
まあ、教えられた注意点をきちんと守れば無理なく倒せると思うよ。」
因みにさっきの娘さん達は、最初に八本の攻撃枝を全て切り落としてトレントの攻撃手段を奪ってた。
それから丸腰になったトレント本体を五人でタコ殴りにして倒してたんだ。
「トレントなど恐れるに足らないでおじゃる。
所詮は、年端の行かない娘達ですら無傷で討伐できる魔物。
麿ら、憂国騎士団が本気を出せば容易く討ち取れるでおじゃるよ。」
おいら達の会話を聞いていたおじゃるが、そんな調子の良いことを言ってたよ。
おいら、聞いてやろうかと思った。
その年端の行かない小娘が楽勝で倒せたウサギにズタボロにされたのは誰だっけと。
その代わりと言ったらなんだけど…。
「まあ、次のグループの実習を見ていなよ。
その後でも、今の言葉が吐けるかな?」
おいらが指差したのは、如何にも山出しのゴロツキといった風体の五人組。
そう今回研修を受けている中で、一組だけ異質な連中がこれからトレント狩りに挑むところなの。
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「ふむ、先程の娘達に比べれば随分と体格が良いでおじゃる。
剣を持つ姿もさまになっておるし。
あの五人組なら、さぞかし簡単に討伐するでおじゃろう。」
すっかり見た目に惑わされてるおじゃる。
こいつ、知らないみたいだね。
少し前の冒険者は、『強いことが大事なのではなく、強く見えることが大事。』だったこと。
基本、強請り集りで生きてる連中だったから、虚仮脅しが大事だったんだ。
だいたい、おじゃるがさまになっていると評した剣の持ち方からして。
鞘から抜いた剣を無造作に片手でぶら下げてて、まんま、ならず者同士の抗争の時みたいな持ち方なんだ。
あれじゃ、多分…。
おいらが連中の末路を想像している間にも…。
「けっ、何で俺達がこんなかったるいことをしないといけないんだ。」
「そうだよな、いったい何処の誰だよ。
王都で帯剣するためには冒険者登録が必要だなんて。
そんなくだらないことを決めた馬鹿は…。」
馬鹿で悪かったね、決めたのはおいらだよ。
お前らみたいな半端者が、市中で剣を振り回すから規制が必要になったんだじゃない。
どうやら、こいつ等は王都の入り口で剣を没収されて研修を受けに来たみたいだね。
「まあ、良いじゃねえか。
研修中は美味い飯と上等の寝床がロハであたるんだぜ。
一週間、かったるいの我慢するだけならなんてことは無いさ。
それで、晴れて帯剣が認められるなら御の字だろう。」
「言われてみれば、その通りだな。
んじゃ、ちゃっちゃとあのトレントを狩っちまおうか。
なぁに、あんな小娘でも狩れるんだ。 手間でも無かろう。」
五人のリーダーと思しき男の説得で、取り敢えずはトレントを狩ることにした様子だった。
緊張感無く無造作に剣をぶら下げてトレントに近付く五人組。
「あっ、ちょっと、それ以上…。」
指導役のお姉さんは、無造作に近付くと危ないと注意しようとしたんだと思う。
だけど、その忠告が連中に届くことは無く…。
「うぎゃー!」
先頭を歩いていた男がトレントの間合いに入った途端、攻撃枝が素早く動いて鋭い先端が男を捉えたの。
油断していた男はそれを躱すことが出来ずもろに攻撃を食らってた。
その攻撃枝は、的確に太腿の付け根の腱を貫き男の動きを奪ったんだ。
そして、二撃目、三撃目と攻撃枝が繰り出され…。
「今、助けるから。
ちょっと、我慢してろよ。」
慌てて仲間が助けに入ろうとしたんだけど。
「うわー!」
そんな取り乱した声を上げながら、脚の自由を奪われた男がムチャクチャに剣を振り回したんだ。
どうやら、とにかく次の攻撃を躱そうと冷静さを欠いているみたいなの。
おかげで助けに入ろうとした男は近付けなかったよ。
でも、ムチャクチャに振り回した剣じゃトレントの攻撃を躱せなくて。
「ギャアーーーー!」
男の剣を掻い潜った攻撃枝が、剣を振る腕を的確に捉えたよ。
手首と肩の付け根に一本ずつ枝が突き刺さってた。
男は余りの痛みに意識を手放した様子でぐったっりしちゃったの。
もちろん、腕に枝が突き刺さった時点で剣も取り落としてた。
男がぐったりしたすると、トレントの根っこが地面からウネウネと這い出てきて男に絡みついたよ。
「そこ、ぼさっと見て無いで助けに入って!」
トレントの脅威を目にして放心してた残りの四人に指導役が喝を入れたんだ。
ハッとした表情を見せて我に返った様子の四人。
かなり及び腰のようだったけど、何とか助けに向かったの。
でも…。
「ギャアーーーー!」
またもや耳障りな男の悲鳴が響き渡ったよ。 本日二人目の犠牲者。
だって、最初にやられた男に無造作に近付くんだもの。
ちゃんと説明を聞いてないから…、攻撃枝は八本あるんだよ。
しかも死角を突くような位置から攻撃してくるって言ってたでしょう。
みんなで分担して四方何処から攻撃されても対処できるようにしないとダメじゃん。
結局、五人全員がトレントの根っこに捕えられるに及んで、やっと指導役のお姉さんが救助に入ったよ。
お姉さん、全く説明を聞いてなかった五人組に腹を立てていたんだね。
普通ならもっと早く救援に入るところだけど、一度痛い目に遭った方が良いと判断したんだと思う。
お姉さんは手慣れた様子で八本の攻撃枝を刈り取ると、あっと言う間にトレントを狩ってた。
救助された五人組は命に関わるほどじゃないみたいだけど、生気を吸われてゲッソリやつれていたよ。
「だから、あれほど注意したでしょう。
トレントの間合いは地面の様子をよく観察すれば分かるのだから。
間合いに入る時はいつ攻撃が来ても対応できるように用心なさいと。」
トレントの攻撃枝が届く範囲は、不自然なほど地面に草が生えてないからはっきりと分かるの。
最初の五人娘はそれを意識して、トレントの間合いに踏み込んだんだ。
何処から攻撃が来ても対応できるよう、間合いの中ではお互いに死角を作らない位置取りしてた。
そして、八本の攻撃枝の一つ一つを確実に切り落として進んでたよ。
**********
「信じられないでおじゃる。
あの屈強な男達が手も足も出なかったでおじゃる…。
トレント、恐ろしいでおじゃる。」
そんな呟きを漏らして放心するおじゃる。
おじゃるには信じられない様子だった。
屈強に見えた男達が、年若い娘さん達でも倒せたトレントに完敗したことがね。
まあ、実際には屈強に見えるだけの虚仮脅しだと思うけどね。
だいたいが田舎で弱い者虐めばかりして、自分が強いと思い込んでたお山の大将だから。
「あれ、最初の娘さん達が強い訳じゃ無いよ。
指導役の話をきちんと聞いて、指示通りにしたから狩れたの。
後の五人組は説明してる間、ずっとおしゃべりしてたもん。
多分、大事なことを一つも聞いてなかった。
だから、あんな風にトレントに蹂躙されたんだ。」
まあ、犠牲になった五人組はこいつ等にとって良い教材となったよ。
この五人組を見ていなければ、きっとこいつ等、特におじゃるがあんな目に遭っただろうからね。
「因みに、あの連中も冒険者研修を途中リタイヤすることは出来ないの。
あんな大怪我したけど、『妖精の泉』の水で完治させるからね。
トレントを狩れるようになるまで、何度怪我をしても続けさせるよ。」
「この研修所の職員は皆鬼でおじゃるか!
あのような怪我をしても続けさせるとな。」
「違うよ。
冒険者がここを出てからあんな目に遭わないように、厳しく仕込むの。
研修所にいる間は怪我をしたもすぐに治してもらえるし。
危なくなったら指導役が助けてくれるけど。
ここを出たら、誰も助けてくれないんだよ。
実際の狩場だったっら、あいつ等は確実に死んでたもの。
だから、研修期間中に狩りの仕方をしっかり覚え込ませるんだ。」
「なるほどな…。
甘やかしたのではタメにならないのだな。
ここでは冒険者が死なないように指導している訳だ。
とても良い指導の場を創ったものだ。」
どうやら、ピーマン王子はおいらの言葉を理解してくれた様子だったよ。
まあ、おじゃるの方は理解できたか怪しいけどね。
「だから、明日からの研修、父ちゃんの説明をしっかり聞いて。
注意事項はきちんと守ってね。
そうすれば怪我をすることなく、狩れるようになるから。
特におじゃる、死にたくなければ真面目にやるんだよ。」
「トホホ、何でこんなことになったでおじゃる。
荒事は性に合わないでおじゃる。
体を動かすのは球蹴りくらいで十分だったでおじゃる。
とは言え、死にたくないでおじゃるし…。
避けて通れないのなら仕方が無いでおじゃる。
きちんと指導に従うでおじゃるよ。」
おいらの言葉に不承不承頷いたおじゃる。
こいつ、本当に分かっているのかな…。
お読み頂き有り難うございます。




