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第735話 こいつ、怒らせてはいけない人を怒らせたよ…

 ピーマン王子とその取り巻き達が冒険者研修を受け始めて十日ほど過ぎたよ。

 ウニアール国での怠惰で不規則な生活習慣も正された様子で、すっかり早起きの習慣がついた様子だった。

 そして朝の日課、街の掃除にも不平を漏らすことなく真面目に取り組むようになってた。


 もっとも、皆が皆、順調に矯正が進んでいる訳でも無く…。


「嫌でおじゃる、今日は休ませるでおじゃる。

 昨日、ウサギに噛まれた傷が痛むのでおじゃる。」


 胡散臭いおじゃる言葉のゴマスリーが、父ちゃんに耳を引っ張られて広場まで引き摺られて来たよ。


「何を抜け抜けと嘘を言っているんだ。

 ウサギに噛まれた傷なんて、『泉』の水を使ったら一発で治るだろうが。

 お前の体には傷痕一つ残って無いはずだぞ。」


 冒険者研修中に負った怪我は、即座で『妖精の泉』の水を使って治療することになっていて。

 『妖精の泉』の水を使えば瞬時に傷が癒えるどころか、古傷さえ消えてしまうんだ。

 なので、おじゃるの抗弁は、すぐに嘘だとバレちゃうの。

 おじゃるの奴、ウサギに負わされた傷を口実に朝の掃除をサボるつもりだったみたい。


「体の傷じゃないでおじゃる。

 心が深く傷ついたでおじゃる。

 麿は今まで、父上にすら手を上げられたことが無いでおじゃる。

 なのに、魔物如きが麿の高貴な体に傷を負わせたでおじゃるよ。

 麿の自尊心はズタズタに引き裂かれたのでおじゃる。

 今、傷心の麿に必要なのは休息でおじゃる。」


 その自尊心なら、おいらと会う前にズタボロだったんじゃない?

 子ウサギに蹂躙されたんだし…。

 何で今更、というより、単にサボりたいだけだよね。


「何を甘えたことを。

 だいたい、昨日怪我をしたのはお前一人だぞ。

 俺の指導通りにすれば、怪我なんてする訳無いんだ。

 お前よりも年下の娘さんが、単独でウサギ狩りをしてるのを見てただろう。」


 おじゃるが怪我をしたと言うのは、単独でのウサギ狩り実習でのことらしい。

 父ちゃんが教えるウサギを単独で狩る方法は、あらかじめ巣穴の周りに罠を仕掛けるもので。

 指示された通りにきちんと罠を張れば、ウサギの動きを封じて難無く狩ることが出来るんだ。

 なので、ウサギの単独狩り実習で負傷する研修生は皆無だと報告を受けているよ。


 今まで数件の事故報告を受けているけど、いずれも負傷したのは研修態度が悪い人物で。

 指導役の説明をいい加減に聞いてて、罠の設置がちゃんと出来ていなかったらしいの。

 その結果、罠で拘束できずにウサギが突進してきたんだって。

 因みに過去の負傷者は全員男性、しかも判で押したように『俺様タイプ』の性格だった。

 自己主張ばかりで、他人の言うことを全く聞かないタイプ。

 一方で、指導者の言い付けを律儀に守る女性研修生に怪我人は一人も出ていないよ。


 そんな訳で、父ちゃんの指示にきちんと従ってれば怪我なんてしないはずなんだ。


「麿を山出しの小娘と一緒にしないで欲しいでおじゃる。

 麿は今まで屋敷内で優雅に過ごしていたのでおじゃるよ。

 野山での活動などという雅さがない仕事は苦手でおじゃる。

 特にあんな細かい罠を張るなどと面倒くさい作業は御免でおじゃるよ。」


 何の自慢にもならない主張をするおじゃる。

 案の定、無精者のおじゃるは罠をいい加減に張っていたらしい。 


 おじゃるが、心の傷が痛むから朝の掃除をサボらせろなんてしょうもない駄々を捏ねていると。

 おいらと一緒に連中の様子を見ていたペピーノ姉ちゃんに動きがあったの。


「あら、あら、約一名、己の立場を理解できない愚か者が居るようですね。」


 なんて言ったかと思えば、ツカツカとおじゃるに向かって行ったよ。


         **********


「おはようございます。グラッセ伯爵。

 我が国の貴族がご面倒をお掛けしまして恐縮です。」


 ペピーノ姉ちゃんは父ちゃんに向かい頭を下げて謝罪したんだ。


「いえ、頭をお上げくださいペピーノ殿下。

 殿下に頭を下げられると困ってしまいます。

 このように研修生を指導するのは日常茶飯事でして。

 殿下の頭を下げて戴くほどのことではございません。

 どうぞ、お気になさらなさらず…。」


 隣国の王族に頭を下げられて、父ちゃんは慌てていたよ。

 するとペピーノ姉ちゃんは、いつもながらの捉えどころのない笑顔で…。


「寛大なお言葉に感謝いたします。

 ですが、このお馬鹿さんの言動は少々目に余ります。」


 と言うと、おじゃるをキッと睨んだよ。

 いや、正確にはキッと睨んだような気がしたよ。

 相変わらずの笑顔で、表情からはその感情の動きが全然窺えないんだもん。


 そして。


「イチゲちゃん、あのセットを出してもらえるかしら?」


 常にペピーノ姉ちゃんの横に浮かんでいるイチゲさんにそんな頼みごとをしたんだ。


「はい、これね。」


 そんな言葉と共にイチゲさんの『積載庫』から現れたのは木製の大きな空箱だった。

 どのくらい大きいかというと、体つきの良い成人男性が中で寝そべることが出来るくらい。

 それに続いて、その笑顔に不似合いな武骨な剣と紙束がペピーノ姉ちゃんに手渡されてた。


 一体何を始めるのだろうと眺めていると…。

 ペピーノ姉ちゃんはおじゃるの襟首に手を掛けて。


「よいしょ。」


 なんて、おっとりとした口調の掛け声と共におじゃるを箱の中に放り込んだよ。

 襟首を掴んだ片手だけで、肥満体型のおじゃるを軽々と…。

 このお姉さん、どんだけレベルが高いんだ。


 木箱の中で尻もちをついて呆気に取られていたおじゃるだけど。


「何をするでおじゃる。」


 やがて、そんな不満を口にしたんだ。

 すると、ペピーノ姉ちゃんは手にした紙束を捲り、そこから二枚の紙きれを抜き出したの。

 それをおじゃるに突き付けて…。


「こちらが私が陛下から賜った勅令です。

 そして、こっちがあなたのご尊父ゴマスリー子爵から戴いた承諾書です。」


 その笑顔を少しも変えることなく、おっとり口調で告げたんだ。


「この紙きれが何だと言うのでおじゃる。」


 不満気な顔で二枚の紙に目を通すおじゃるだけど、見る見るうちに顔色が悪くなったんだ。

 キモイ脂汗もダラダラと垂らし始めるし…。


「先ほどから窺っていると、休みたいとおっしゃっていましたから。

 ご希望通りお休みになって戴こうかと、…永遠に。

 そちらに記載がある通り。

 あなた方の生殺与奪は、陛下よりわたくしが一任されておりますし。

 わたくしの下した処分に一切異議を唱えないとの、ご尊父の承諾書も頂いております。」


 休むって、それ…。

 いきなりの死刑宣告に、おじゃるは泡を食った様子で。


「ここで麿を亡き者にすると言うでおじゃるか?

 そんな話は聞いて無いでおじゃる。」


「えっ? わたくし、ここへ来た初日にピーマンへ伝えましたわ。

 ピーマンから聞いてませんか?

 更生の見込み無しと判断したら、速やかに処分せよとの勅命を受けて来たと。」

 

 ペピーノ姉ちゃんは首を傾げていたよ。「おかしいな、言ったはずなのに。」とでも思っているみたい。


「その話は無くなったと、殿下から聞いたでおじゃる。

 ペピーノ殿下は麿達の更生振りに感心しておられ。

 気乗りがしない殺しをせずに済んだと安堵してたと。」


「あら、随分と都合の良い解釈をしてましたのね。

 わたくしが何故、この街に滞在しているかと思ってらっしゃるのかしら?

 あなた方を監視するために決まっているでしょう。

 ここへ来た初日に、皆さんから大分更生の兆しが窺えたので。

 このまま矯正が進めば、わたくしが手を汚さずに済むと喜んだのは確かですが…。

 あの時点で、全員を不問にするとは言ってませんわ。」


 そう告げたペピーノ姉ちゃんは、紙束をイチゲさんに預けると手にした剣を鞘から抜き…。


「毎日、あなた方の様子を観察していました。

 心の内までは定かではございませんが。

 皆さん、不平を漏らすことなく真面目に取り組んでいるので安堵してました。

 その中であなたはとても目立ってましたわよ。…そのやる気の無い態度がね。

 四ヶ月が過ぎるまで最終的な判断は下さないつもりでしたが。

 今日のあなたの態度を目にして、その方針を変更しました。

 あなたの態度は、更生しようとする他の方々に悪影響を及ぼしかねませんから。」


 ペピーノ姉ちゃんに左手の親指と人差し指で顎を掴かまれ、開口させられたおじゃる。

 開いたおじゃるの口に、ペピーノ姉ちゃんは右手で剣先を差し入れ…。


「そんなに怯える必要はありませんわ。

 このまま一気に脳まで剣を突き立てますから。

 痛いと感じる間も無いと思います。

 心を落ち着けて、動かないでくださいね。

 暴れると手元が狂い、一息に逝けずの苦しみますよ。」


 相変わらずの笑顔で、そんな怖いことを伝えるペピーノ姉ちゃん。

 どうやら大きな空箱は棺桶のようだね。

 せっかく掃除した広場を汚さないように棺桶の中で処刑することに決めたみたい。


「正直、丁度良かったのです。

 マロンちゃんのおかげで手を汚さずに済めば、とても嬉しいのですが。

 あなた方は、王宮が匙を投げた問題児たちですし。

 全員、無事に更生したなどと報告すれば、疑う人が出て来ることでしょう。

 わたくしが人を殺めるのを忌避して、王族の務めを放棄したと。

 人を殺めるのは気が乗りませんが、やはり、一人くらいは実績が必要でしょう。

 王宮は本気だと、残りの皆さんに対する戒めにもなるでしょうし。」


 全員更生したと報告したら、慈悲深いとされる王様ですら信用しないだろうとペピーノ姉ちゃんは言うの。

 そのくらい、連中はウニアール国の鼻つまみ者だったそうなんだ。

 ペピーノ姉ちゃんの職務怠慢ではないかと疑う人が出てきたら、それはそれで面倒臭いと思ってたんだって。

 そんな中で、唯一人、更生の兆しが窺えないおじゃるは都合の良い標的だったみたい。


 このお姉さん、マジで怖いよ。これから人を殺めようってのに笑顔のままなんだもの…。

お読み頂き有り難うございます。

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