第730話 串焼き屋のおばちゃんから感謝されてたよ…
ピーマン王子とその取り巻きが冒険者研修を受け始めて五日目の朝。
その日もトレント狩りを終えて中央広場を通り掛かると…。
「毎朝、ご苦労だね。
冒険者見習いの子達が広場の掃除をしてくれて、本当に有り難いね。
おかげでここ数年、広場は見違えるようにキレイになったよ。」
屋台の串焼き屋のおばさんが、目の前で掃き掃除をするピーマン王子に声を掛けたんだ。
そして。
「ほら、持って行ってみんなで食べな。
朝早くから働いてお腹空いただろう。」
感謝の気持ちにと、ごそっりと焼きたての串焼きが入った紙袋を差し出したの。
「あっ、いや…。」
普段、屋台の食べ物など口にしたことが無いんだろうね。
毒見もしてない食べ物を口にして良いものかと思案しているみたい。
ピーマン王子は戸惑った様子で、差し出された串焼きを受け取らずにいたんだ。
すると、おばちゃんはピーマン王子が遠慮していると思ったみたいで。
「若い子が遠慮するんじゃないよ。
食べ盛りなんだから、研修所のメシだけじゃ足りないだろう。
持って行って、お仲間とでも食べなよ。」
目の前のニイチャンが隣国の王子だなんて知る由もなく、遠慮は要らないから持ってけと勧めたんだ。
「そっ、そうか、では、有り難く戴くとしよう。
かたじけない。」
お礼を言ったピーマン王子は、おばちゃんから串焼き肉が詰まった紙袋を受け取ってたよ。
好意から差し出された物を無碍に断るのも如何なものかと考えたみたい。
ただ、ピーマン王子は紙袋の中の串焼き肉を眺めたまま、それを食べようとはしなかったんだ。
「おばちゃん、串焼き肉十本ちょうだい。」
おいらが銀貨一枚を差し出しながら注文すると。
「おはよう、マロン陛下。 今日も早いね。
何時も贔屓にしてもらって有り難うよ。」
「おばちゃんの串焼きは美味しいからね。
毎朝、早くから店を開けてくれて助かるよ。
狩りをした後は、いつもお腹ペコペコでね。
王宮の朝ごはんまで我慢できないもん。」
「女王様に美味しいって言ってもらえて光栄だよ。
はい、串焼き十本。
美味しいって言って貰えて嬉しいから、これはオマケさね。
いっぱい食べて、早く大きくなるんだよ。」
おばちゃんは串焼き十本を詰めた紙袋を差し出すと、もう一本オマケに串焼きをくれたんだ。
おいらはお礼を言ってオマケの串焼きを受け取ると、さっそく齧りついたの。
串焼きをハムハムしながらオランの許に戻り、護衛の皆と食べるようにと串焼きが入った袋を手渡したよ。
そして、おいらはオラン達の側を離れ。
「どうしたの? せっかくのご厚意だから冷めないうちに食べたら?」
紙袋の中を眺めたまま固まっているピーマン王子に声を掛けたの。
「おう、チビ女王か。
お前、仮にも女王だろう。
露店で作ったものをよく口に出来るな。
毒とか、食中りとかを心配しないのか?」
やっぱり、そんなことを気にして貰うのを躊躇してたか。
「えっ、何で?
目の前で焼いてるんだよ。毒なんて仕込める訳無いじゃない。
それに食中りなら常に気を付けているよ。
ヤバそうな屋台のモノは食べないもん。
おいら、ずっと屋台のモノで食事を済ましてきたからね。
その辺は鼻が利くんだ。
あのおばちゃんの屋台は清潔だから大丈夫だよ。」
毎朝、この屋台ともう一つの屋台を交互に利用しているけど。
おいら、一度も食中りしたこと無いし。
「そうなのか?
余は幼少の頃から言われてきたものでな。
素性の怪しいモノを口にしてはならないと。
滅多なことでは外でモノを口にすることはなかったのだ。
まあ、お前が大丈夫と言うのであれば…。」
おいらの言葉で安心したのか、ピーマン王子は串焼きを一本取り出すと恐る恐る口を付けたの。
「ふむ、中々、いけるではないか。
何の肉かは知らんが、香ばしく焼けていて美味いな。
焼きたての肉がこんなに美味いとは。」
どうやら、ピーマン王子も温かいご飯はあまり口にしたことが無いようだね。
毒見役が毒見したり、広い宮殿の中を炊事場から運んだりする間に冷めちゃうそうだしね。
そのせいで王侯貴族には猫舌が多いとか聞かされたよ。
「それ、ウサギのお肉だよ。
最近、女性冒険者が沢山狩ってくれるから。
美味しいウサギのお肉が手頃な値段で手に入るようになったの。」
真面に働く冒険者が増えて、ここ数年でウサギのお肉が大分値下がりしたらしい。
特に力の弱い女性冒険者が、手軽に狩れる収入源としてウサギを沢山狩ってくれるの。
おかげで安い屋台でも大分良質な部位が提供できるようになってるんだ。
おいらの説明を聞いて、ピーマン王子は微妙な顔をしてたよ。
今口にしたお肉が自分達を蹂躙したウサギのもので、供給元が主に非力な女性冒険者だものね。
ここ最近の悪夢のような出来事が脳裏を掠めたんだと思う。
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「それでどう、冒険者研修は?
五日目になるけど、もう慣れたかな?」
広場の隅に置かれたベンチに座って、ピーマン王子に尋ねると。
「おう、まともな寝床はあるし、三食温かい食事も出してもらえるからな。
食事なんて、想像していたよりも遥かに良いもので驚いている。
ゴマスリーの奴は監獄みたいな宿舎に不満を漏らしているが…。
開拓現場の天幕で寝ることに比べたら、随分と恵まれていると言うものだ。」
何でも、初日に鉄格子付きの百人部屋に通されて、おじゃるは父ちゃんに食って掛かったらしい。
貴族の自分を罪人みたいな部屋に入れる気かと。
まあ、父ちゃんから鉄拳制裁を食らって黙ったらしいけどね。
「そう、待遇に不満が無いようでなによりだよ。
研修の内容については問題ないかな?」
「ああ、それもモリィシー殿の気配りに助けられておる。
本来は初日からウサギ狩りをして実践感覚を養うらしいが。
余達が余りにひ弱なものだから、基礎体力作りから始めてもらったのでな。
この四日間は、ウオーキングと剣の素振りで鈍った体を慣らしておる。」
父ちゃん、百人全員に目配りして大丈夫と確信するまでウサギ狩りをさせないつもりなんだって。
連中が他国の貴族だからと言って気遣っている訳じゃ無くて、ここまで体力の無い連中は初めてらしい。
今までの冒険者研修に回されてきたならず者連中だって、本質的に怠け者ではあったけど。
ならず者同士の抗争とかでそれなりに体は動かしてたらしいよ。
「この清掃作業についても、ゴマスリーはまだ不満のようだが…。
正直なところ、余は少々楽しく感じておる。
先程の屋台の店主に限らず。
毎朝清掃作業をしていると、誰かしら労いの言葉を掛けてくれる。
余はそれが無性に嬉しいのだ。
民に感謝されたことなど、今まで無かったからな。」
そう言った時のピーマン王子はとても嬉しそうな顔をしていたよ。
優秀な第一王子や王女と自分を比べて、卑屈になってしまったピーマン王子。
殊更に王族の血筋に自分の拠り所を求めて、民を下賤の者と見下していたようだものね。
民と積極的に関わろうとして来なかったんだから、感謝される機会も無かったろうね。
「市井の人々から感謝されることが、これほど嬉しいなどとは思いもしなかった。
兄上や姉上が民から慕われていると聞いても、余は関心が無かったし。
民のご機嫌取りなど王族のすることでは無いと、二人を軽蔑さえしとったのだ。
しかし、どうやら軽蔑されないといけないのは余の方みたいであるな。」
随分と遠回りしたようだけど、そこに気付いたのならまだやり直しは効くと思うよ。
おいら、感心したよ。出会って十日足らずで随分と考え方が変わったと。
すると…。
「あら、あら、隣国の女王に粗相をしたと聞いて慌てて駆け付けたのだけど…。
少し見ない間に、随分と顔つきが変わったこと。
矯正施設に入れられたと聞きましたが、とても効果的な治療が施された様子ですね。」
おいら達の背後から、おっとりとした口調でそんな言葉が紡がれたんだ。
後ろを振り返ると、そこにはいつからいたのか二十歳前後と思しきお姉さんが立っていたよ。
その横にはアネモネさんと一緒に見知らぬ妖精さんが浮かんでた。
お読み頂き有り難うございます。




