第68話 お酒を飲むのも命懸けだね
『ゴキブリ』が死肉に群がると聞いたおいらは、コッソリ、ノイエに尋ねてみたんだ。
「ねえ、ノイエ、おいら、ワイバーンの死体を丸々一匹分持ってるんだけど。
それで、『ゴキブリ』を引き付けられないかな。」
すると、ノイエは声を弾ませて言ったんだ。
「マロン、あんた、ナイスよ!
良いもん持ってんじゃない。それ、使いましょう。
上手くいけば、明日以降がとっても楽になるわ。」
どうやら、ワイバーンの死肉で、『ゴキブリ』を引き寄せることは出来るみたいだ。
「今日はもうここにいても出来る事は無いわ。
撃ち漏らしはないとは思うけど、町に入り込んだ虫けらがいないとも限らない。
あんた達、先に帰って町を見回っておきなさい。
アタシはマロンと一緒に、アルトお姉さまにここまでの事を報告しに行くから。」
ノイエが、タロウとクッころさんに先に町に戻るように指示を出してる。
おいらがワイバーンを倒したことや『積載庫』を持っていることは秘密だから。
アルトに報告に行くと言う口実で、二人には先に町に戻るように仕向けてもらったんだ。
「そうですわね。
わたくし達の迎撃をやり過ごして町へ向かった『虫』もいるかも知れませんね。
民が危険に晒されるのを見過ごす訳には参りません。
タロウ、わたくし達は先に町に戻りますよ。」
「おう、わかったぜ!
やっと、『俺、TUEEEEEE!』が出来るようになったんだ。
ここで、カッコイイところ見せて、町の女の子の好感度を上げないとな。」
二人が単純で良かったよ。
一緒にアルトの所へ行くって言われたらどうしようかと思ってたんだ。
クッころさんは使命感に燃えているようだけど、…タロウは欲望を隠しもしないんだね。
でもタロウ、この時間に外を出歩いている若いお姉さんはいないと思うよ。
ましてや、今日は魔物が襲ってくるかもしれないって警告したんだから。
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町に戻っていくタロウとクッころさんを見送ったおいら達は、早速ワイバーンの死肉を町の周囲に置くことにしたんだ。
ノイエと相談して、取り敢えず手持ちのワイバーンの死肉の半分を置くことにしたの。
ノイエの説明では、そのくらいの量があれば、十分に『ゴキブリ』を引き付けられるだろうって。
『ゴキブリ』の襲来が一回で収まるか分からないので、一度に全部出してしまう必要はないだろうとも言ってた。
それに、
「マロン、ワイバーンの死肉だけじゃなくて、内臓も持ってるんじゃない。
『ゴキブリ』は肉以上に、死体の内臓も好物なの。
ワイバーンの内臓なんて持ってたって何の役にも立たないから、今使っちゃいましょう。」
ノイエの提案で、大量にある内臓を先に使うことになったので、使う肉が減ったこともあるんだ。
おいら達は町を囲むようになるべく等間隔でワイバーンの死肉と内臓を置いていったの。
出来る限り人目に付かない場所を探して置いて行ったら、結構時間がかかっちゃった。
終わった時には、おいらもう半分寝てたよ。
おいらのような幼児にはお眠の時間になっていたからね。
夜も大分更けた時間に、ウトウトしながら町へ戻ってくると平穏そのものな様子だった。
これなら、被害はないようだねと思って安心して家路を急いでいると…。
あったよ、平穏で無いところが…。
この町でたった一ヶ所、夜でも煌々と明かりが点いている場所。
しかもその入り口は、バネがついて両方へ開く、胸からひざの高さまでのドアときている。
まるで、『蚊』でも、『ゴキブリ』でも、入って来てくださいと言わんばかりだよ。
まさか、スタンピードの襲来が予想される日でも平常営業だとは思わなかったよ、…冒険者ギルト直営酒場。
そうここは、冒険者ギルドの一角にあるギルド直営の酒場。
早朝から深夜まで営業していて、いつでも飲んだくれてる冒険者がいると悪評高い酒場なんだ。
おいら達がその前を通りかかった時、そこは『あびきょーかん』の地獄絵図になってたらしい。
らしいと言うのは…。
「マロン、あんたはこっちを見ちゃダメよ。
こんな光景を見て、あんたが心に傷を負っちゃったら。
アタシがアルトお姉さまに叱られちゃうわ。」
ノイエがそう言って酒場の中を覗かせてくれなかったから。
「こいつら、バカなの。
マロンがあのオバチャンに、『ハエ』、『蚊』、『ゴキブリ』が襲ってくるってちゃんと言ったじゃない。
『蚊』の魔物が酒を飲んでいる奴を好んで襲ってくるなんて、子供でも分かるような常識なのに。
こんな日に酒をかっ食らっているなんて信じられないわ。
しかも、何この扉、上も下もがら空きだし、『蚊』がぶつかっただけでも簡単に開くじゃない。
自殺願望があったとしか思えないわ、こいつら。
まっ、こうなったの自業自得ね。」
周囲が暗くなって、おいら達が撃墜を諦めた後に襲来した『蚊』がここを襲ったみたい。
今でも、酒場の中には『蚊』がうじゃうじゃいて、そこにいた冒険者の血を吸っているみたいなの。
やっぱり、『ゴキブリ』も町に侵入しているようで、冒険者をかじっているみたい。
「見た感じ、もう手遅れね。人はみんな、こと切れているようだわ。
ちょうど良いから、ここにいる『蚊』と『ゴキブリ』を殲滅しておきましょう。」
ノイエはそう言うと、青白く火花を上げている光の玉を酒場の中に放り込んだの。
バリ!バリ!バリ!
稲光のような青白い閃光が酒場の中を満たした瞬間、耳をつんざく雷鳴のような音が響いたんだ。
光と音が止むと、酒場からプスプスと白い煙が立ってた。
「いっちょう上がり、『蚊』と『ゴキブリ』は病原菌をまき散らすから回収するとして…。
人の死体は入れたくないわね…。
病原菌がついてるだろうから、『泉』の水を掛けとこうかしら。」
酒場の中を覗いて、そう呟いたノイエ。
ノイエは、魔物の遺骸を『積載庫』に収めると、酒場に大量の水を撒いてたよ。
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ノイエの放ったビリビリの閃光と大音響で、目が覚めたおいらは一通り町の様子を確認してから家に戻ったんだ。
家には、クッころさんの他に、タロウとにっぽん爺が待ってたよ。
「おっ、遅かったな。
無事だったか。
こっちは町を見回ってみたが、町の人が襲われている様子はなかったぜ。」
タロウがおいらを見て、そう報告をして来たよ。
話しを聞くと、タロウ達が返って来た時、ギルドの酒場はまだ襲われていなかったみたい。
ギルトの酒場が『蚊』と『ゴキブリ』に襲われて大変なことになっていたと教えると。
「俺、ちゃんと言っておいたぞ。
『蚊』が襲ってくるから、灯りを落として、店を閉め切った方が良いって。
あんな西部劇みてえな扉じゃ、『蚊』を防げる訳ねえしな。
そしたら、冒険者の奴ら、俺を睨みつけて『うるせい!』とか言って取りあわなかったんだ。
やっぱり、襲われちまったか。まっ、言っても聞かない奴までは面倒見切れないぜ。」
タロウは冒険者ギルドの前を通りかかった時にちゃんと注意をしてくれたみたい。
初めて冒険者ギルドの中を覗いたらしいけど、そのスジの事務所みたいでビビったとかぼやいてたよ。
ノイエは、冒険者ギルドの酒場が『蚊』や『ゴキブリ』を引き付けてくれたんだろうって言ってた。
冒険者ギルドの酒場では、何十人もの冒険者が酒を飲んでいたんで、餌場になったんだって。
おかげで、他に被害が出ないで済んだみたい。
ロクでもない連中ばっかりだけど、最期は町の人の役に立ったということかな…。
お読み頂き有り難うございます。




