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第677話 もちろん、『イチゴ牛乳』もあるよ!

 広場で噴水を楽しむちびっ子を見て和んだ後、おいら達は公衆浴場へ向かったの。

 王都の南西側の街外れ、先日まで空き地だったその場所には宮殿かと見紛う立派な建物が建ったよ。

 地下貯水池のために掘り出した花崗岩で造ったそれは、期待以上に良い雰囲気に仕上がったんだ。


 公衆浴場の建物は二階建で、一階に入ると広いロビーになっていて市民が自由に寛げるようになってるの。

 浴場はロビーの奥にあって、男女別の大浴場と脱衣所が造られてるよ。

 そうそう、タロウがサウナと呼んでたけど、ヒマワリ会が経営するいかがわしい『風呂屋』に造った蒸し風呂。

 お客さんに好評みたいなので公衆浴場にも造ってみたよ。男女それぞれの大浴場の一画に小部屋を造ってね。


 お風呂に使うお湯は建物の外に造ったお湯焚きスペースで沸かしたものを男女それぞれの浴場に引いているの。

 噴水と同じく貯水池との高低差を利用して屋外に造った巨大な釜に水を溜めて。

 釜はこれまた巨大なカマドの上に設えてあり、薪を燃やして沸かしているんだ。


「何ともはや、とても豪華な施設になりましたな…。

 これがほぼ人件費だけで建てられたとは、誰一人として想像だにしないでしょうな。」


 おいらの隣で完成した公衆浴場を見上げて、宰相がそんな呟きを漏らしてた。

 まあ、人件費だけってのは大袈裟だけど。

 公衆浴場の躯体をなす石材は全て地下貯水池を造る際に掘り出した岩だからね。


 それに買えば幾らかかるか想像もできない巨大な鉄の釜、これもタダだから。

 ヌル王国や武装商船から奪ってきた大砲や鉄砲に使われていた鉄が材料なんだ。

 沢山奪って来たからね。

 お湯を沸かす釜だけじゃなくて、熱過ぎるお湯を冷ますための水を溜めておく巨大な樽も。

 更には釜から浴室までお湯や水を引く鉄の管まで。

 全てヌル王国から奪って来た大砲や鉄砲に使われてた鉄で賄えたよ。


 そんな訳で、公衆浴場の建設に掛かった資金の大部分は人件費だったわけ。

 王宮の工務部門の役人を総動員したけど、浴場の配管等王宮の役人では難しい工事があったんだ。

 栓を捻ればお湯が出て来る仕組みとか、熱すぎるお湯を冷水と混ぜ合わせて適温にして使える仕組みとか。

 タロウやマリアさんがそんな提案をしてくれたんだけど。

 王宮の役人ではそんな複雑な仕組みを造ることは出来なかったの。

 それを解決してくれたのが『山の民』の工房主チンだけど、『山の民』は技術を安売りしないからね。

 妥当な額なんだろうけど、結構な銀貨を要求されたよ。

 それと短期間で宮殿もどきの大きな建物を造ったものだから、もの凄い人数の作業員を募集することになり。

 最終的には人件費だけで、銀貨二百万枚も必要となったの。


 まあ、その人件費にしても殆ど王宮の予算に手を付けずに捻出できたんだけど。

 おいらが切り出した『花崗岩の石材』、王都の人口を一月以上賄える真水を溜められる空間を切り取った岩石だからね。

 目の前に建つ宮殿もどきの公衆浴場をあと二つ、三つ建てられるくらいの余剰石材があったんだ。

 良い値で売れる石材らしいから、それを換金して公衆浴場の建設に充てることにしたんだ。


 余剰と見込まれる石材の半分くらい売却したら、人件費だけじゃなくて細々とした建設資材や備品費までほとんど賄えたよ。

 宰相が頭を悩ませていた予算の問題は、おいらが穴掘りをする事で全て解決しちゃったの。


        **********


 宮殿みたいな公衆浴場の裏側に回ると…。


「ほら、急いでカマドに薪をぶち込め。

 開業まで時間が無いぞ!」


 タロウの指揮で数人の男が、大きな焚口に次々と薪を投入していたよ。


「タロウ、ご苦労さん。

 準備は捗ってる?」


「おう、マロンか。

 予定通りに水が来たからな。

 今、タンクが満タンになって焚口に火を入れたところだ。

 開業までには間に合うから、安心してくれ。」


 タロウはおいらに返答すると、薪を投入している男達に向かい。


「それじゃ、後は頼んだぞ。

 俺は公衆浴場の内部に女王陛下を案内して来るから。

 くれぐれも沸かし過ぎに注意するんだぞ。

 グラグラに沸かして客が火傷したら大事だからな。」


「へい、会長、任せてください。

 お湯に手を入れて少し熱いくらいの温度を維持ですよね。」


 男達は額に汗をかきながら、頼もしい返事をしていたよ。

 ヒマワリ会に登録している冒険者なんだけど、真面目に働いているみたいだね。


 タロウと共に公衆浴場の正面に戻り、ロビーに足を踏み入れると…。


「あっ、マロンちゃん、いらっしゃい。

 視察かしら?

 こっちは開業準備、整っているわよ。

 あとは湯船にお湯を張るだけ。」


 開業準備の手伝いをお願いしたマリアさんが、おいらに気付いてそんな報告をしてくれたよ。

 マリアさんの言葉に頷いたタロウは、そのままロビーを通り過ぎてまずは浴室の方へ案内してくれたの。


 ロビーの一番奥にはタロウが『のれん』と呼ぶ布が垂れさがった出入口が二つ。

 真ん中で割れた二つの布、青い布には『男湯』、赤い布には『女湯』と記されていたよ。


 『女湯』と書かれた暖簾を潜った先には広々とした脱衣所があり、脱いだ服を入れる棚が並んでた。

 脱衣所の先が浴場になっていて、大人五十人が一度にゆったり浸かれる湯船を造らせたよ。

 もちろん、洗い場も湯船の隣に十分な広さで確保してある。


 最初にタロウは浴場の一番奥、湯船の端まで進むと。


「ほら、これがチンに依頼した蛇口だ。

 先ずは湯船に湯を張るための蛇口だな。」


 壁から湯船に向かって突き出ている管をタロウは指差したの。

 壁から突き出した管は二つ。

 一つはお湯を沸かしているタンクにつながり、もう一つは冷水を溜めたタンクにつながっているらしい。

 タロウが管の上に付けられた取っ手を回すとお湯が出て来たよ。

 お湯と言ってもまだ沸かし始めたばかりなので、生ぬるい水だったけど。

 

「この取っ手を捻ってお湯を湯船に注ぐんだ。

 それで湯が熱過ぎるようなら、こっちの取っ手を捻って水を入れて適温に冷ますと。

 この蛇口、チンが造れて良かったぜ。王宮の役人は言っても理解してくれなくてよ。」


 そう、捻るだけでお湯や水を出したり止めたりという仕組みは従来無かったんだ。

 水が貴重な街だからこんな風に管を使って大量に送るなんてしてなかったし、当然と言えば当然なんだけど。

 この仕組み、タロウは『蛇口』と呼んでるけど。捻るだけで、出したり止めたりするだけじゃなくて、水量も調整できる優れモノなの。

 ただ、タロウも仕組みそのものは詳しくなくて。

 どんなものかを口頭で伝えても役人は作ることが出来なかったんだ。

 それを作ってくれたのが『山の民』の工房主チン。

 結構な代金を請求されたけど、タロウの拙い説明を聞いただけで満足のいく物を作ってくれたんだ。


「それで、こっちが洗い場の蛇口な。

 こっちは、お湯と水を混ぜ合わせて自分で水温を調節できるんだ。」


 洗い場にズラリと並んだ蛇口。タロウはその一つを動かして水を出して見せたよ。

 これ、お湯と水の二本の管につながっていて、二つを混ぜて一つの蛇口から出すようになっているんだけど。

 お湯と水の量を調整して、好みの水温にすることが出来るんだ。

 湯船にお湯や水を注ぐ蛇口より複雑な仕組みになっていて、チンが居なければお手上げだったよ。


「ほお、これは便利な仕組みですな。

 『山の民』に随分な代金を支払うと仰せられので、何を作らせるのかと思えば。

 手許で水温が調整できるなんて、想像すらしませんでした。」


 蛇口から出て来る生温い水に手を当てて、宰相が感心してたよ。

 おいら、チンに何を依頼したかちゃんと説明したんだけど、実物を目にするまでピンとこなかったみたいだね。


      **********


 一通り浴場を見てロビーに戻ってくると。


「陛下、お疲れさまです。

 どうです、良かったら『イチゴ牛乳』味見してくださいませんか?」


 顔馴染みの『ひまわり会』の職員が、カップに入ったピンク色の飲み物を差し出して来たの。

 例によって宰相は良い顔をしなかったけど、おいらは受け取って味見することにしたよ。


 ロビーに設えたソファーに腰を落ち着けてカップに口を付けると…。


「うん、美味しい。

 タロウの故郷では、これが公衆浴場にお約束の飲み物なんだって?」


 イチゴ果汁と砂糖と牛乳を混ぜたものらしいけど、甘くてとても優しい味がしたよ。


「ああ、こっちの方が数段上等だけどな。

 俺の故郷じゃイチゴが高くて、ほんの少ししか入ってなかったよ。

 イチゴの風味が付いた牛乳って言った方が正確だったぜ。

 まあ、味はほぼこんなものだったぞ。

 やっぱり銭湯のあとはイチゴ牛乳かコーヒー牛乳が無いと物足りないからな。」


 タロウもイチゴ牛乳を飲んで、その出来栄えに満足したようだった。

 タロウはコーヒー牛乳って飲み物も作りたかったらしいけど。

 肝心のコーヒーってモノが手に入らなかったんで、泣く泣く諦めたらしいの。


「陛下、いつも申し上げているではございませぬか。

 毒味をしてないものに口を付けられたら困りますと。

 毒が入っていないにしても、市井の物は何かと信用が置けませぬ。

 質の悪い腹痛など起こされましたら大事で御座いますぞ。」


 おいらがイチゴ牛乳に舌鼓を打っていると、宰相がまたお小言を言ってきたよ。

 市井の物が信用できないとは失礼な、市井の民はみんなそれを食べているのに…。


「いつも言ってるじゃない。

 『妖精の泉』の水があるから心配いらないって。

 それより、宰相も飲んでみて。

 凄く美味しいよ。」


 宰相のためにと渡されたカップを差し出すと、宰相はまた苦い顔をしたけど。

 おいらに勧めらたものを嫌とは言えなかったようで、渋々口を付けたんだ。


「ほお、これは中々いけますな…。

 このような飲み物があるとは存じませんでした。」


 渋々口を付けた宰相だけど、その味がお気に召した様子で結局全部飲み干してたよ。

 

 さて、おいらが建てさせた公衆浴場なのに、なんでタロウが案内しているかと言うと…。

お読み頂き有り難うございます。

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