第67話 そんな伏線が張ってあったなんて…。
おいらの不安をよそに始まったスタンピードの迎撃だけど。
さすがに、『ハエ』は何とか対処できたよ。
『ハエ』は数が多いのと、厄介な病原菌を持っているだけで、魔物としての戦闘能力は皆無だからね。
最初は力んで空振ったタロウも、ハエに怖気て目を瞑ったクッころさんも、慣れてくれば平気で倒していたよ。
ノイエから注意されたのは、『ハエ』は死体からも病原菌をまき散らすということ。
本当は、焼き払うのが良いけど、そんなことをしている暇はないから『積載庫』へ入れておけって。
おいらの『積載庫』がバレると拙いとノイエに伝えると。
タロウとクッころさんには、妖精の不思議な力で死体を処分すると、ノイエが説明してたよ。
『妖精の不思議な力』って、便利な言葉だね。
『ハエ』の襲撃が一旦止んだ頃には、陽はそろそろ傾きかけてたよ。
「『ハエ』は夜は行動しないから、今日はもう来ないでしょうね。
でも、これからが、本番よ。
夕方から完全に陽が沈むまでは、一番戦闘能力の高い『蚊』の時間よ。
奴らの槍のように鋭い口ばしは本当に厄介よ。
しかも、突き刺さると瞬く間に血を吸われるからね。
ほんのちょっとの油断が命取りになるから、気を引き締めるのよ。」
しかも、この『蚊』、攻撃力が強いだけでなく強力な熱病の『病原菌』まで持っているという。
『蚊』の口ばしに刺されたら、命がないモノと思えってノイエが注意してたよ。
『蚊』の群れに対しても、ノイエが上手く引き付けてくれて。
最初においらが、何体か倒すとおいら達を敵と認識して群れ全体がこちらに向かってきてくれたよ。
タダね…。
『蚊』の奴らときたら、何体も群がって襲ってくるの。
おいらは、『完全回避』があるから、五匹でも、六匹でも躱して反撃できるけど。
「あっ、あぶねぇーーー!
いっぺんに四体で襲ってくるって、そりゃ卑怯だろうが!」
そんな悲鳴のような声を上げて、タロウが無暗矢鱈に剣を振り回している。
いや、『蚊』に卑怯だなんて言っても通じないから…。
剣を振り回して、『蚊』を近付かせないようにするのがやっとといった感じ。
「ふん、虫けら如きに後れを取ったら騎士の名折れですわ。
何匹でも、まとめてかかってらっしゃい。」
そう言って気を吐いているクッころさん、意外と上手く立ち回っている。
『ハエ』の時は、キモいと言って引き気味だったけど。
『蚊』の鋭い口先を前にしたら、気が張り詰めたみたい。
凄い集中力で、『蚊』の突進を避けると、横に回り込んで鋭い口ばしを剣でへし折ってるよ。
おいら、てっきり、クッころさんは逃げ出すんじゃないかと思っていたけど。
クッころさんの方が、タロウよりよっぽど肝が据わっているみたいだ。
クッころさんが、上手く『蚊』の攻撃を躱して反撃を加えていると。
「調子に乗ったら、ダメよ!
ほら、背中がお留守になっている!」
そんな注意と共に、ノイエが、クッころさんの背後から襲って来た『蚊』を、ビリビリで撃ち落としてくれたの。
ここへ来て、ノイエが、タロウやクッころさんを上手くフォローしてくれるようになったの。
さっきは、一斉に群がってきた『蚊』に悪戦苦闘していたタロウだけど。
ノイエが、周囲の『蚊』をビリビリで一掃してくれたんだ。
それで、何とか体勢を整え直したタロウは、一匹、二匹と少しづつだけど『蚊』を撃退し始めたよ。
おいらが、襲ってくる『蚊』を撃退しつつ、他の二人の戦い方を見ていると。
タロウは、剣の振り方が無茶苦茶。
レベル十の身体能力と『妖精の剣』の軽くて鋭い切れ味のおかげでやっと一匹を相手にしている感じ。
一方の、クッころさん、全然体を鍛えてない割には剣の振り方がキレイ。
無駄のない動きで、正面から向かってくる『蚊』ならば、三匹くらいを相手にして引けを取ってないの。
なんちゃって騎士の割には、意外と口先だけじゃないのかも知れない。
ノイエも、その辺りはちゃんと観察していたみたい。
タロウに『蚊』が群がって来ると、ちゃんと間引いて一対一になるように調整しているし。
クッころさんの死角から『蚊』が襲ってくると、ビリビリで撃墜してくれるの。
おかげで、二人も危なげなく戦えるようになってきたよ。
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ノイエの支援のおかげで、何とか『蚊』の襲撃を乗り切り、迎えた日没。
「『蚊』は夜は基本、活動しないわ。
ただし、灯りがあるとそこを襲ってくるの。
だから、あんた達もここで火を焚いたらダメよ。
真っ暗闇でも我慢するのよ。」
そんな注意を口にするノイエ。
だとすると、灯りのある町が『蚊』の襲撃を受けるとのではと尋ねると。
「灯りがもれていても、奴らの口ばしに木製の扉や窓を突き破るだけの力はないわ。
ちゃんと戸締りをしていれば、町の人が襲われることはないと思う。
スタンピードが起こってるって、一応警告したのだから。
のうのうと飲み歩いていたり、戸締りもしていない人がいたら襲われても自業自得よ。
マロンがそこまで心配してあげる必要はないわ。」
それもそうだね、おいらの住む町じゃ、日が暮れたら窓や扉を開け放っている家はないもんね。
日が暮れても窓を開け放っている場所なんて、冒険者がたむろする酒場くらいだね。
あいつらなら、襲われても自業自得か…。
そう返答したノイエだけど浮かない声で言ったんだ。
「とは言うものの、正直言ってこれからが一番ヤバい時間なのよ。
夜は奴らの動きが一番活発になる時間よ。
今回のスタンピードで一番厄介な敵、『ゴキブリ』の時間なのよ。」
『ゴキブリ』、感染すると、激しい下痢や下血、それに脱水症状を起こして死に至る厄介な病気をまき散らす魔物。
それだけじゃなくて、雑食性でその強力なアゴで人間すらかじるんだ。
で、こいつが厄介なのは空を飛べるだけじゃないんだよ。
体調は人間の大人より大きいくらいなんだけど、平べったくて体長に比して凄い薄い体をしてるの。
しかも、体表が柔らかいときていて、『蚊』と違って隙間があると家に入り込むんだって。
そこで、人をかじり殺したり、保存してある食物をかじって病原菌を擦り付けたり、やりたい放題らしい。
更に、こいつら、必ず三十匹くらいの単位で群れを成して行動するらしい。
体表が柔らかいので、剣で簡単に退治できるけど…。
カサカサと素早く動くので攻撃が当たり難い上に、集団で反撃してくるので質が悪いんだって。
『ゴキブリ』の主な活動時間が、人が寝静まった後というのが余計質が悪いんだよね。
朝起きたら村が一個全滅してたなんてこともあるみたい。
そして、今回何にも増して質が悪いのは…。
「『ハエ』や『蚊』と違って、アルトお姉さまでも迎撃できないのよね。
幾ら、アタシ達妖精でも夜目は利かないから、…。
夜、森の上を通過する『ゴキブリ』を撃墜するのは無理だわ。
ほとんどの『ゴキブリ』が森を抜けて町を襲撃することになると思う。
何千匹という数の『ゴキブリ』がね。
マロンの町の建物が隙間のないモノが多いことを祈るわ。」
いや、祈るわって、今更そんなことを言われても。
せっかく、頑張って『ハエ』と『蚊』を撃退したのに意味ないじゃん。
「ねえ、ノイエ、何とか『ゴキブリ』の襲撃から町を守る手立てはないの?」
おいらが尋ねると、ノイエが思案顔で言ったの。
「そうねえ、奴ら、嗅覚が鋭くて、大好物の死肉に敏感に反応するのよ。
魔物って、闘争本能も強いけど、それ以上に食欲に忠実だから。
何処か町とは違う方向に大きな死肉の塊でも置いとくことが出来たら。
そっちへ、スタンピードを誘導できるでしょうけどね…。
何千と言う『ゴキブリ』を引き付けるような死肉を用意するのは現実的じゃないわね。」
おいら、思ったよ。
そういう『オチ』ですかって。
お読み頂き有り難うございます。




