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第668話 やればできる娘さんだったみたい…

 『塔の試練』を既に最後まで突破していた近衛隊長のジェレ姉ちゃん。

 てっきりジェレ姉ちゃんは脳筋だとばかり思っていたんだけど、実はとても賢いと知り驚いたよ。

 試練の後のマリアさんとの会話で、そのことが話題に上ると。


「元はと言えば、ムースが『塔の試練』のことを聞いて来たんだよ。

 『試練』と聞いた時、俺の血が騒いだね。

 きっと、門番みたいのを倒しながら、先へ進むんだと思ったからな。

 思う存分、暴れられると思ったんだ。」


 どうやら、ジェレ姉ちゃんもおいらと同じこと想像していたみたい。

 『先へ進みたければ我を倒して行け。」って、展開を期待していたみたい。

 何だ、やっぱり脳筋じゃない…。


「でも、最初の試練で、予想と違うと気付いたでしょう?

 何で、最後まで試練を突破しようと考えたの。

 おいらみたいに、最初で躓いて止めれば良かったのに。」


 想像していたものと違うと分かった時点で、リタイアすれば良いだけだよね。

 何も、律儀に最後まで挑戦する必要は無いはず。


「それがさぁ、ムースの奴、言うんでさぁ。

 俺には無理だからやめておけって。

 人を見下したような目で見て…。」


 ジェレ姉ちゃんの双子の妹ムース姉さん。

 今、近衛騎士団長をしてもらってるけど、おっとりした雰囲気で荒事は苦手なんだ。

 それでも、代々騎士を輩出して来た名門貴族の娘さんだけあって剣の腕は中々だとのことで。

 今は騎士団長として、事務仕事を中心に近衛騎士団全体を統括してもらっているの。


 そんなムース姉さんは小さな頃から本の虫で、家にあった本は早々に読み尽くしてしまったみたい。

 貴族のご令嬢なので、王宮の書庫を利用できるはずなのだけど。

 自宅にある本を読むうちに、その中の記載で『塔の試練』について知ったらしい。


 『塔の試練』の内容については極秘な訳だけど、知恵を問う試練だとは気付いていたらしいよ。

 書物を収めた施設でのことだし、試練突破の証が文官の採用に用いられることも知っていたから。

 知恵を問う内容じゃないとおかしいと、ムース姉さんは考えたらしい。

 むしろ、ジェレ姉ちゃんの想像するような試練だったら、そっちの方が驚きだって…。


        **********

 

 そんな訳で、ムース姉さんは考えたみたい。

 幼少の頃からヤンチャばかりしていて、落ち着きのないジェレ姉ちゃんが試練を突破するのは無理だろうと。

 なので、親切心からジェレ姉ちゃんに忠告したらしいよ。「無理だから止めておけ。」って。


 ジェレ姉ちゃん、後からムース姉さんの気遣いに気付いたそうだけど、その時は馬鹿にされたと感じたみたいで。


「いやぁ、つい勢いで言っちまったんだよ。

 無理かどうかは、やってみないと分からないだろうって。

 ほら、俺、負けず嫌いで、迂闊なところがあるもんだから…。」


 ムース姉さんに『試練』の内容も確かめず、最初に大見栄きってしまったジェレ姉ちゃん。

 生来の負けず嫌いも手伝って、試練の内容が予想と違ったから止めるとは言い出せなかったらしいよ。

 それが、ジェレ姉ちゃん姉妹が六歳の頃らしい。


「でも、よく最終試練まで突破できたね。

 ジェレ姉ちゃん、普段から頭を使うのは苦手だと言ってるじゃん。

 試練の内容はドンドン難しくなるのでしょう。

 途中でギブアップしそうなものだけど…。」


 おいらが、思ったままの感想を口にすると。


「俺、頭脳労働が嫌いなだけで、馬鹿じゃないですよ。

 ムースと双子なんですから、頭のデキも同じようなもんでさぁ。

 最初は、途中でめげそうになったことも一度や二度ではなかったけど…。

 ムースの奴が、最初に試練突破の証を取って帰ったら。

 お袋が凄く喜んで、極上のシルクのドレスを仕立ててもらったんでさぁ。

 丁度その頃、俺も、新しい剣が欲しくて…。」


「ああ、物欲に負けたんだね。」


 しかし、六歳の娘さんの欲しい物が新しい剣ってどうなのよ…。


「いえ、それだけじゃないですよ。

 うちも一応子爵家だから、令嬢が市井を出歩くのは良い顔されなくてね。

 でも、『試練の塔』へ通うと言うと、すんなりと外出を許可してくれたから…。」


 アントルメ子爵家のお屋敷はそこそこ広い敷地らしいけど、腕白なジェレ姉ちゃんには少々物足りなかったみたいで。

 子供の頃は何時でも、屋敷の塀の外に行ってみたいと思っていたそうなの。

 初めてここに来た日に見た王都の街並みが、ジェレ姉ちゃんの記憶に残っている最初の外の世界なんだって。

 馬車の窓から見る王都の街並みにジェレ姉ちゃんは目が釘付けになったらしいよ。


 そして、ムース姉さんと一緒に『試練の塔』へ行くと言えば、誰も外出を咎めない。

 それが頭を使うのが苦手なジェレ姉ちゃんにとって、『試練』突破に関する原動力になったみたい。


 年齢が上がり十二歳を過ぎる頃には、ジェレ姉ちゃんの剣の腕前は男性騎士を凌ぐくらいになり。

 ムース姉さんを護衛して、従者を付けずに試練の塔へ通うことを許されたそうなの。

 そうなると、家の人の目を盗んで街をぶらぶらほっつき歩いたり、屋台で買い食いしたりして…。

 屋敷の外での自由を満喫するようになったらしいよ。


「やっぱり、自由に外出するためには成果を示さないとダメでしょう。

 ムースばかり試練を突破して、俺が全然じゃ…。

 何時、親父やお袋が俺の本当の目的に気付くか分からないからな。

 外出したらダメなんて言われたら、堪ったもんじゃないし。

 ムースからかなり遅れてでも、試練は突破するように頑張ったぜ。」


 せっかく手にした行動の自由を手放さないために、ジェレ姉ちゃんは苦手な学問を頑張ったらしいの。


「この()、本当に凄いわね。

 そんな邪な動機なのに、最終試練を突破できるなんて…。

 テルルのハイスクールの学生でさえ、満点取るのは難しい問題なのに。

 勉強を好きでもない人が、独学で突破するなんて信じられないわ。」


 ジェレ姉ちゃんの話を聞いて、マリアさんは呆気に取られてたよ。

 マリアさんの想定では、最終試練を突破するような人は探求心が強く、仮にテルルに生まれていたなら学者になれたような人だったらしい。

 嫌々学ぶような姿勢では、およそ突破不可能なレベルの設問を作ったつもりなんだって。


 しかも、試験問題は各試練何百種類も用意されていて、お御籤によって問題用紙が決められるし。

 一度引かれたお御籤棒は筒の中の棒が尽きるまで、元の筒に戻さないルールになっているらしい。

 なので、何度挑戦しても同じ問題に当たることは皆無らしく、過去問による対策が役に立たないそうなんだ。

 それによって、知識の未熟な者による試練突破を防止しているんだって。


 それだけに、試練を突破しようとする者は、その階層の蔵書に幅広く目を通していないといけないらしい。

 だから、よほど知識欲旺盛な人じゃないと最終試練まで突破するのは困難だとマリアさんは思ってたみたい。

 自由に外出したいとか、新しい剣が欲しいとか、そんな不純な動機で突破できるシロモノでは無いって。


「そうか? 確かに最終試練なんか五回も失敗したが。

 途中で投げ出したいとは思わなかったぞ。

 自由に街を歩ける権利は、何事にも代え難いものだったからな。

 それに…。

 ここへ行くと言えば、ダンスやら、刺繍やらの練習をサボれるし。

 さっきタルトが言ってたが。

 この塔の屋上から眺める景色は最高でな。

 天気の良い日に、剣の鍛錬の後、ここへ来て。

 屋上で夕方まで昼寝するのがお気に入りだったんだ。」


 家にいると花嫁修業と称して、ダンスやら刺繍やらの練習をさせられるそうで。

 ここへ通うことは、それをサボる口実として都合が良かったらしいの。

 因みに、穏やかな気質のムース姉さんだけど、やっぱり花嫁修業は苦手らしくて。

 ジェレ姉ちゃんと二人で、ここへやって来ては日がな一日本を読んで過ごしていたらしい。


 おいら、アントルメ子爵家の双子ほど、この塔を使い倒している人はいないんじゃないかと思えて来たよ。

 

お読み頂き有り難うございます。

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