第667話 『俺をそんな目で見ないでくれ』だって…
『塔の試練』を終えて試練を受けた部屋から出て来ると。
「お帰りなさい。
塔の『試練』はどうだった?」
蔵書の閲覧室で待っていたマリア(マロン)さんが結果を尋ねて来たよ。
マロンさん、『試練』の内容を知っていたようで、受ける必要は無いからとここで待っていたんだ。
「それが…、試練を突破できたのはオラン一人だったよ。
おいらもタロウも太刀打ちできなかった。」
おいらが肩を落として告げると。
「マロンちゃんは今十三歳だったっけ?
そう気を落とさなくても平気よ。
あれは、テルルにあったエレメンタリースクールの学習内容なの。
だいたい、十二、三で卒業する初等学校ね。
マロンちゃんはライブラリーなんて縁の無い辺境で育ったのでしょう。
出来なくても仕方が無いわ。
やる気があるのならこれから勉強すれば良いだけのことよ。」
マリアさんは言ってたよ。
おいら達が挑んだ最初の試練は、テルルでも初等学校をサボっていたら満点は取れない内容だと。
それから、こんなことも教えてくれたよ。
次の試練をミドルクラス、三番目の試練をハイクラスと言うらしいけど。
その名前はテルルの教育制度にあった学校の呼び名から来ているらしい。
二階にはテルルのミドルスクールで得られる程度の知識の書物が収めてあり。
三階では同じくハイスクールで学べる水準の知識を得ることが出来るそうだよ。
テルルでは、一階から三階までに収蔵された書籍の内容を十二年程度かけて学ぶそうで。
マリアさんの国では一、二階の内容を教える学校は義務教育と呼ばれ、国民の子供全てが学ぶ内容だったみたい。
そして、最上階の四階に納められた書物は、テルルの最高学府で学ぶ内容だそうで。
四階を突破する試練は設けられていないそうだよ。
マリアさん曰く、「学びにゴールは存在しない。」だって。
そんな訳で、四階まで辿り着くことが出来れば、塔の屋上に上がって景色を楽しむことが出来るんだって。
「この塔の屋上から眺める景色は最高ですよ。
何と言っても、王都で一番高い場所ですから水平線の彼方まで見渡せます。
しかも、三階層を突破した者だけに許された眺望ですからね。
ちょっぴり優越感にも浸れます。」
そんな護衛騎士タルトの言葉に、ジェレ姉ちゃんとトルテも頷いてたよ。
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「ところで、ダーリンも突破できなかったようだけど…。
ダーリンの世界って、結構文明が発達していたのよね。
原子力とか、遺伝子工学とかが実用段階にあったみたいだし。
もしかして、ダーリンの国って義務教育が無いほどの貧しい国だったの?
テルルにもあったわよ、例えばテルルを滅亡に導いた頭のおかしい国。
大量破壊兵器の開発に国富の大部分を費やして、国民にロクな教育をしなかったそうなの。
一部の特権階級の子息は先進国顔負けの教育を受けてたらしいけど。
大分部分の貧しい国民は飢えに苦しみ、子供を学校へ通わせることなんかできなかったみたい。」
十八歳のタロウが最初の試練を突破できなかったことに、マリアさんはとても驚いた様子で。
タロウの故郷『にっぽん』がとても貧しい国か、貧富の差が激しい国じゃないかと想像したみたい。
タロウが『にっぽん』でとても憐れな境遇にあったのではと、気の毒そうな目で見ていたよ。
「落ち込むから、そんな憐れみの目で見ないでくれ…。
俺の故郷は地球でも指折りの先進国で、ちゃんと九年の義務教育があったぞ。
もっとも、俺は八年目の途中でこの世界に飛ばされて来たから中学卒業してないけどな。
それに俺んちだって典型的な中流家庭で、決して貧乏じゃなかったぜ。
単に俺は勉強が苦手だっただけだよ。中二病も患ってたし。
日本じゃ、小学校の内容を完全に理解してなくても中学へ進めるからな…。」
タロウの故郷『にっぽん』じゃ、試練を突破しなくても先へ進むことが出来るそうだよ。
それをいいことに、タロウったら全然勉強しなかったみたい。
中二病って病気を患って、漫画とかアニメとかゲームに現を抜かしてたら勉強が疎かになったんだって。
「あら、そうだったの。
学校へ通えるなんてとっても貴重な経験なのに、勿体ないことしちゃったね。
私が生まれた時には、頭のおかしい国のせいで教育制度が崩壊しちゃったものだから。
学校なんて通ったことが無くて…。ダーリンの居た世界が羨ましいわ。」
大洋の中に孤立した大陸にあったマリアさんの母国は、戦争の直接被害は免れたものの。
大量の放射性降下物のため、子供を学校に通わせられる状況に無かったそうで。
マリアさんは学校と呼ばれる施設に通ったことが無いんだって。
そう言えば、以前アカシアさんから見せてもらった映像の中でそんな話があったね。
マリアさんは、生命化学の権威を集めた研究所の中で生まれ育ったので、その分野だけ最高の教育を受けたって。
「でも何で、マリア姉さんはこんな『試練』なんて考えたんだ?
普通に学校制度を整えれば良かったじゃないか。」
「えっ?
だって、この大陸の人全員に読み書き計算が出来るようにしてあげたじゃない。
現在の文化水準で識字率百%を達成しているのに、現時点で学校なんている?
何でも私が与えてしまって良いものじゃないわ。
教育制度なんて、この大陸に住む人が必要に応じて創り出さないと。」
マリアさんの説明では、今現在、この大陸の文化水準はテルルの歴史で言えばまだ中世くらいらしい。
マリアさんが暮らしてた時代から千年くらい前の水準だって。
その頃のテルルの人々の識字率って多分一割にも届いていなかったみたいで。
全員が読み書き計算をこなせるなんて、当時では考えられないことらしいの。
と言うより、マリアさんが生まれる数十年前、最終戦争が起こる前の時点だって。
テルルにあった最貧国の中には、識字率五十%に届いていない国が幾つもあったらしいの。
もっとも、マリアさんは残された文献から得た知識で、戦前の最貧国の実情は知らないそうだけど。
マリアさんの考えでは、現時点では無理に学校を造る必要もないだろって。
もう少し社会が進歩して高度な教育が必要になったら、その時に創れば良いんじゃないかと言ってたよ。
それまでは、真に学びたい者、知識を求める者だけが、自発的にライブラリーに通って知識を得れば良いだろうって。
そして、独学で知識を正しく理解できているかを確認するために『試練』が設けられているそうだよ。
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「でも、凄いわね、マロンちゃんの護衛の娘達は。
まさかその若さで、ハイスクールの学習内容を修得しているなんて。
確かに、テルルでは十八歳までに学ぶ内容だけど…。
誰にも指導されること無く、独学で学ぶとなると。
十八歳くらいじゃとても無理だと思ってたわ。」
おいらの護衛騎士三人を眺めながら、マリアさんが感心していたよ。
確かに、ジェレ姉ちゃんは近衛騎士に採用した時に十八歳だったからね。
それ以降ここに通ってる時間なんて無いはずだし、遅くても十八歳までには三階の試練を突破しているんだね。
タルトとトルテに至っては採用した時十五歳だからね。幾ら小遣いを貰うためとは言え、凄すぎるよ。
「そうだね、商人の娘さんのタルトとトルテはまだ分かるけど…。
ジェレ姉ちゃんが最後まで試練を突破していたとはビックリだよ。
書類仕事や頭脳労働は苦手だと言ってたじゃない。」
『試練』の内容を知った今となっては、不思議で仕方がないよ。
おいら、最初の試練で躓いたと言うのに、…。
脳筋だとばかり思ってたジェレ姉ちゃんが、アレより難しい試練を二つも突破してると言うんだもの。
お読み頂き有り難うございます。




