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第663話 いや、おいら、やるとは言ってないよ…

 それからしばらくして、タロウの屋敷に立派な浴室が出来たんだ。

 屋敷の別棟を一棟丸ごと浴室と脱衣場に改装したので、建物を建てる時間は不要だったみたい。

 工期二月ほどと、結構な短期間で完成してたよ。


 浴室は壁を取り払って幾つのかの部屋を一つにして、床には防水のため板石が敷き詰められた。

 そして、肝心の浴槽はマリア(マロン)さんが計画した通り、トレントの木材で造られてたんだ。

 その広い浴槽は、お湯を張るとほのかに木の香が漂ってとても心地良かったの。


「あ~、極楽、極楽、やっぱ、広いお風呂が家にあると良いわね。」


 トレントの角材で出来た湯船の縁に両腕を置き、それを枕にしてるマリアさん。

 うつ伏せに寝そべったお湯の中で、お尻をプカプカと浮かべながらご満悦の様子だったよ。


「でも、このお風呂、王宮にある湯船より大きいじゃない。

 こんな大きな物を作るなんて予想外だったよ。」


 完成したばかりのお風呂にお呼ばれして来たら、想像以上の大きさに驚いたよ。

 二十人以上が余裕で湯船に浸かれる大きさだったからね。


 おいらが、そんな感想をもらすと。


「このお屋敷、意外に住人が多いのよ。

 ダーリンのお嫁さんに、シフォンさんお抱えのお針子さん。

 それに、下宿しているひまわり会の職員もいるからね。

 他にもしょっちゅうひまわり会の娘さんが泊まりに来ているし。

 みんな一緒に入ろうと思ったらこのくらいの広さは必要かなって。」


 相変わらずお尻をプカプカ浮かべたままの姿勢で、マリアさんはそんな事を言ってたよ。

 そう言えば、このお屋敷、ひまわり会の寮も兼ねているんだっけね。

 ここに住んでないギルドのお姉さんの中にも、泊まりに来る人がいることは前に聞いてたよ。

 何でも、ムラムラしたらタロウに解消してもらうとか言ってた。

 マリアさんは、この屋敷に集う沢山の人達が同時に入浴しても余裕な広さの湯船を造ったらしい。


「真水が貴重なこの町ではとんでもない贅沢だよ。

 ホント、『積載庫』さまさまだね。」


「ええ、本当ね。

 海水から塩分を取り除いて真水を作るなんて考えもしなかったわ。

 テルルの技術でやろうと思えば、浸透膜をつかうか、蒸留するしかなかったもの。

 一応、飲み水を作るための浄水器は持っているけど、流石にお風呂にはね…。」


 テルルには、浸透膜と呼ばれる布を使って水をろ過する浄水器と言うものが有るらしく。

 研究所でもそれを使っていたそうだけど、お風呂で使う水を作るほどのキャパシティーはないらしい。

 それに、その浸透膜と呼ばれるものが詰まったカートリッジはもう残り少ないそうだよ。

 それを作るのには大規模な設備が必要で、この星の技術水準ではとても作れるものではないみたい。

 一方で、蒸留と呼ばれる方法で海水から真水を作ろうとすると、燃料が大量に必要になるんだって。

 そんな訳で少量の飲み水ならともかく、お風呂のために海水から真水を作ることは現実的じゃないんだって。


 マリアさんは固定観念にとらわれていたんで、『積載庫』の機能を使うことに思い至らなかったそうだよ。


「ところで、マロンちゃん。

 この国には、庶民が気軽に入れる公衆浴場は無いのかしら?」


「あれ、タロウから聞いてない?

 この国の東の端にあるマイナイ伯爵領に一つだけあるよ。

 温泉を利用して、ひまわり会が経営しているんだ。」


 宰相にも尋ねてみたけど、今まで公衆浴場なるものは一つも無かったって。

 真水が貴重な王都は言うに及ばず、他の町ではお風呂を沸かすために使う薪が馬鹿に出来ないそうだよ。

 おいら達はハテノ男爵領で温泉を利用した公衆浴場を知っていたから。

 マイナイ伯爵領で湧く温泉を目にして、公衆浴場を創ることを思い付いたけど。

 そうでなければ、公衆浴場を創ろうなんて思いもしなかっただろうね。


「あら、それは初耳だわ。

 温泉って良いわね。

 今度、ダーリンに連れて行って貰おう。」


「うん、おいらが育った辺境の町にもあったけど。

 温泉って良いよね。

 辺境の町じゃ、タダで入れたから毎日入ってたよ。」


 お湯は溢れるほど豊富に湧いていたからね。

 ハテノ男爵の好意で誰でもタダで入れたんで、辺境の町の住人はみんな清潔だった。


「そう、それよ。

 体を清潔に保つのは大事なことなの。

 皮膚病や感染症の予防になるの。

 マロンちゃんなら、この町に公衆浴場を作れるんじゃない? 

 『積載庫』の機能を利用すれば、無尽蔵に真水が作れるのだから。」


 マリアさんは事も無げに言うけど、そう簡単じゃないよ。

 無尽蔵に作れるのは真水だけだもの。


「無理だよ。

 それじゃ、おいらがこの町を離れることが出来ないじゃい。

 おいら、視察で国中を回ることもあれば、休暇を取って出掛けることもあるんだよ。

 その度に休業にしてたら、年の三分の一くらい休業日になるよ。」


 王宮じゃ、お風呂の度においらが真水を供出しているんだ。

 王都に公衆浴場を作って毎日営業するとなると、おいらが毎日真水を提供しに行かないといけないじゃない。

 別に偉ぶる訳では無いけど、毎日に風呂焚きのために公衆浴場に通う女王ってのはどうかと思うよ。

 まあ、それは構わないとしても、長期間王都を離れられなくなるのは困るよ。

 毎年、二ヶ月の休暇をもらって辺境の町へ里帰りするのは外せないから。


「それね、王都の外に貯水池を造れば良いと思うのよ。

 マロンちゃんが直接公衆浴場に真水を供給するのではなく。

 貯水池に真水を溜めておいて、そこから引いて沸かすの。」


 マリアさんは言ってたよ。

 王都の外は岩がちな荒れ地が多く、周辺の土地の多くが未利用地になっていると。

 なので、そこを利用して貯水池を造れば良いと。

 別に用途を公衆浴場に限定しなくても、真水の需要は幾らでもあるから造っておいて損は無いって。

 大規模な貯水池を造れば、おいらが二、三ヶ月留守にしたところで問題ないだろうってもね。


「でも、水は汲んでおくと腐ると聞くよ。

 そうでなくても、貯水池にゴミが入ったり、ボウフラが湧いたりして。

 お風呂の水には使えないんじゃないの?」


「異物の混入が嫌なら、地下貯水池にしたら?

 貯水池から街へも暗渠を使って引っ張って来れば良いじゃない。

 この街、意外と浅いところに岩盤があるから可能だと思うよ。」


 いや、そんなに簡単にはいかないでしょう。

 貯水池なんて広さの岩盤をくり抜くのに、どれだけの労力が必要だと思って。


        **********


 おいらが、マリアさんの提案にしり込みしていると。


「マロンちゃん、聞いて。

 惑星テルルの歴史上、最初の大国家はね。

 市民の娯楽のために、公衆浴場、円形闘技場、劇場などを造ったの。

 それによって、為政者は市民の支持を得たのよ。

 私は円形闘技場なんて野蛮なモノはどうかと思うけど。

 公衆浴場と劇場は真似をしても良いと思うわ。

 特に公衆浴場は、疾病対策として公衆衛生上も有用だからね。」


 その国は、支配地域を広げるとその三つを造ったんだって。

 円形闘技場というのは、そこで人と猛獣や人同士を闘わせたらしい。

 合い間に、犯罪者の公開処刑をしたりして市民に好評だったそうだよ。

 暴力が嫌いなマリアさんは円形闘技場を毛嫌いしてたけど。

 市民に娯楽を与えるのも、為政者の役割だと教えてくれたの。


 もっとも、それを造るために増税するようでは本末転倒だとも言ってたけど。

 人々に追加の税負担を求めることなく出来るのであれば、是非やるべきだと言ってたよ。


 勿論、地下貯水池なんて難しいと思うので、返事を留保して帰って来たんだ。


 でもね…。


「何と、地下貯水池ですか。

 陛下、真に御慧眼でございます。

 私や官吏が言い出すまでも無く、街道網の整備を命じられた時も驚きましたが。

 良くぞ気付きましたな、この王都の発展を阻害しているのが真水の不足である事を。

 政の手解きを誰からも受けて来なかった、僅か十三歳の陛下がそこに思い至るとは。

 まさに、天賦の才としか言いようが御座いませぬぞ。」


 いや、言い出したのはおいらじゃなくて、マリアさんだって…。

 王宮に戻ってマリアさんから聞いた件を宰相に相談してみたんだけど。

 おいらの発案だと早合点した様子で、宰相ったらムチャクチャ感動してたよ。


 宰相は、真水の制約が王都の人口の制約になっていて、王都の発展が停滞していることを憂慮していたんだって。

 おいらが永年の憂慮に解決策を提案したものだから、宰相はとても感心したらしいの。


「そう言うことであれば、早速、官吏に候補地の選定と貯水池の設計をさせましょう。

 それと、予算の捻出ですな…。

 陛下は増税はするなとの思し召しですので、無駄な歳費の洗い出しを急がせます。

 いやあ、陛下が真水を無尽蔵に供給してくださるとは心強いですな。」


「いや、ちょっと…。」


 おいら、まだ、やるとは言ってないし。

 そもそも、宰相に相談に乗ってもらおうと思って話したんだよ。

 なのに、何で、もう決定事項みたいになっているの…。

お読み頂き有り難うございます。

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