第642話 オバチャンだって、危機一髪だった…
中央広場で大捕物があってから数日経ったけど、教団の悪党捕縛は連日続いていたの。
特に『歓び隊』のお姉さんに関しては、チラン達ノノウ一族が頑張って捕えてくれたよ。
うかうかしていると、タロウにお姉さんを独り占めされると危機感を持ったみたい。
勅令では『教団』の犯罪については例外なく死罪としてあったけど。
『歓び隊』のお姉さんに関しては、チランのたっての要望で捕えた人に払い下げることにしたんだ。
もちろん、表向きは『歓び隊』のお姉さんも全て死んだことにするよ。
まあ、スルガの弟君が捕えたお姉さんなんて、人として終っている感じだし。
死罪にしたのと大差ないようにも思えたよ。
だって、尻尾を生やした上、玉みたいなモノを口に咥えて涎を垂れ流しているんだもの。…例外なくだよ。
チランは、一人で十人ものお姉さんを捕らえてご機嫌だった。
「あにぃったら、あれ、絶対に女に稼がせて、自分はヒモになるつもりですよ。
娼館でも開業して、そこで客を取らせようって魂胆かもしれません。」
そんなチランをウレシノは冷ややか目で見ていたよ。
まあ、『美人局』みたいな犯罪行為をしなければ、何をしてもかまわないけどね。
ノノウ一族の男衆が頑張ってくれたおかげで、『歓び隊』のお姉さんはあと数名みたいだから。
そして、また、王都を巡回していると…。
引き締まったウエストを誇らし気に覗かせる、そんな服装のお姉さんがいて。
「奥様、毎日少しの運動で無理なく痩せられるエクササイズがあるんです。
愛好会で毎朝集まってエクササイズをしているんですが。
毎朝、ちょっとの運動でこの通りウエストすっきり。
一人だとついついサボっちゃうけど、皆で集まるから続けられますし。
エクササイズは無料で指導してますから、一緒にいかがですか?」
「何だい、それは本当かい。
私、こう言っちゃなんだけど、運動は苦手なんだよ。
少しだけの運動で、本当に痩せられるなら願ったりだけど…。」
知り合いのオバチャンが、ダイエットエクササイズの勧誘を受けていたの。
オバチャン、日頃、ビール腹を気にしているから興味津々だったよ。
すると、「陛下、少々お側を離れることをお許しください。」と告げたウレシノが、オバチャン達に近付いたんだ。
「エーッ、その話マジー?
それなら、私も混ぜて欲しいなー。
最近、ここのお肉がプニプニ摘まめるようになっちゃって。
このままじゃ、マジヤバだとチョー焦ってたの。」
脇腹のお肉を摘まみながら、ウレシノはエクササイズを勧めるお姉さんにチャラい口調で話しかけたの。
「あら、あなたもダイエットに興味あるの?
女性の永遠のテーマですものね。
良いですわよ、沢山でやった方が楽しいですものね。
じゃあ、さっそく行きましょうか。」
ウレシノの申し出を、お姉さんは快く受け入れていたよ。
でも、気のせいかな。
あのお姉さん、一瞬「してやったり」って感じの嫌な笑みを浮かべたように見えたんだけど…。
そして、勧誘のお姉さんはウレシノとオバチャンを連れて広場から出て行ったんだ。
「さっ、陛下、あの三人を追いましょうか。
はやく追いかけないと見失いますよ。」
ウレシノの妹カラツがおいらの袖を引いて歩き始めたの。
「あっ、やっぱり?
ウレシノが突然離れるから変だと思ったよ。
アレもそうなんだ?」
「もちろん、あれも典型的な『教団』の手口です。
ノコノコ付いて行くと、教徒たちに取り囲まれて。
入信すると言うまで、帰してもらえなくなります。
エクササイズの釣り文句には、色々バリエーションがあるんですよ。
『肩こりに効く』とか、『疲れ目に効く』とか。
タロウさんなんて、何時も疲れた表情で歩いてますから。
絶対に声を掛けられると思ってたんですが…。」
そう言うカラツの指差す先には、タロウが知らない男の人に話しかけれていたよ。
何をしているのかと見ていたら、次の瞬間、タロウは男を取り押さえてた。
どうやら、また『教団』から違法な勧誘を受けていたみたいだね。
「タロウさん、よほど騙し易そうに見えるのか。
教団の詐欺師共に間断なく言い寄られている様子ですし。
エクササイズネタで誘われる間も無かったのでしょうね。」
カラツが教団のアホさ加減に呆れていたよ。
タロウが信徒を捕縛する場面に出くわした他の信徒が居るだろうに。
何故、情報を共有してタロウを警戒するように広めないんだって。
カラツの指摘通り、タロウは今回の件で捕縛件数ナンバーワンなんだよね。
宰相なんて、その功績でタロウを貴族に叙しても良いじゃないかなんて言ってるし。
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ウレシノ達を追って、やって来たのは下町の住宅街だった。
空き家と思しき一戸建ての家には、『イキイキ体操の会』と記された手製の看板が掲げられてたよ。
どうやら、教団で空き家を借りたみたい。もしくは不法占拠かも知れないけど。
何処にも『幸福な家庭の光』とは記されてないから、ここで勧誘したら即刻勅令違反だね。
中に入る訳にもいかないので、外から様子を窺っていると…。
バタン!とか、ドスン!とか、
何やら、人が争うような音が聞こえてきたかと思えば、やがて…。
「エクササイズで釣って教団の勧誘とは。
またカビの生えたような手を使ったものです。
勅令違反ですから、覚悟する事ですね。」
ウレシノの冷ややかなセリフが聞こえ。
続いて玄関扉が開いて、男が次々と蹴り出されてきたの。
「カラツ、居るんでしょう。
こいつ等を捕縛してちょうだい。」
ウレシノの指示を待つまでも無く、カラツと護衛騎士が動いて転がる男達に縄を打って行ったよ。
最後に、広場で勧誘してきたお姉さんをお縄にしたウレシノが、オバチャンを保護して出て来たの。
「いやぁ、おまえさん、強いんだね。
助かったよ。私一人じゃ絶対に逃げられなかったわ。
私を助けるために、わざわざついて来てくれたんだろう。
本当、感謝してるよ。」
「いえ、仕事ですので、礼には及びません。
連中が悪事を働く現場を抑えたかったものですから。
それより、被害が無くて何よりです。」
「しっかし、面目ないね。
この前、女王さんからあれだけ注意されてたのに。
コロッとひっかるところだったよ。
ダメだね。用心してたつもりだけど。
連中、ピンポイントに人が気にしているところを突いてくる。
ホント、怖ろしい連中だよ。」
オバチャン、日頃からお腹の贅肉を気にしてたからね。
少しの運動で無理なく痩せられるとか、タダで指導してもらえるとか。
そんな魅力的な餌をぶら下げられて、目が眩んじゃったんだって。
オバチャン、言ってたよ。
先祖の祟りとか、地獄に落ちるとか。
そんな目に見えないことには絶対に騙されない自信があったって。
でも、目に見えるお腹の余分なお肉に関する甘い誘惑には抗えなかったって。
「はい、連中は人の心の隙を巧みに突いてきます。
先ずは、何事も上手い話しなど無いと心しておくことです。
実際、エクササイズでダイエットは可能ですよ。
但し、今まで蓄えたエネルギー以上の消費をしないといけません。
失礼ですが、そのお肉を落とすのであれば、相当な運動しないと。
それと言い難いのですが…、摂食も必要かと。」
「あんた、耳に痛いことを言うね。
まあ、でも、それは常日頃、旦那からも言われてるんだ。
食っちゃ寝してないで、少しは体を動かせってね。
何時も、でっかいお世話だって無視してたんだけど…。
この腹の肉が悪い連中の標的となるなら放っておく訳にゃいかないか。
仕方ないね。食事を減らして、少しは体を動かすかね。」
オバチャン、耳が痛いと言いつつ、さして気を悪くしたようには見えなかったよ。
ウレシノのアドバイスを容れて、ダイエットに挑戦するつもりになったみたい。
口だけにならなければ良いね。
お読み頂き有り難うございます。




