第629話 ノノウ一族、召し抱えておいて良かったよ…
冒険者ギルドのお姉さんから、新たな情報がもたらされたんだ。
何と、食い逃げ犯の連中、『神の杖』と称してご禁制の鉄砲をこの国に持ち込もうとしたらしい。
連中、何でも『魂の救済』と称して、自分達の意に沿わない相手を鉄砲で殺害しているんだって。
そんなのがおいらの国に入り込んだらシャレにならないよ。
「なあ、それで、このイカレタ連中、何人くらい入国したか分かるか?」
タロウがギルドのお姉さんに尋ねると。
「はい、しっかり覚えていますよ。
この四人だけですから。
この四人から鉄砲を取り上げた段階で。
それを見た他の連中、船に引き返してしまったのです。
どうやら、鉄砲を取り上げられるのを恐れたようですね。」
幸いにして、まだ入国したのはこの四人だけみたい。
「それなら、この四人が無銭飲食をしたこと。
それからご禁制の鉄砲を持ち込もうとしたこと。
この二つを理由に入国の拒否と港からの退去を命じれば良いね。
そしたら、この国の民が被害に遭うことは無いし。」
おいらは他の連中が入国する前に、港から退去させようと思ったんだ。
でも…。
「それじゃあダメよ。
王都の港を退去させても、他の国で悪さをするかも知れないし。
場合によっては、他の港からこの国に入国するかも知れないわ。」
アルトはおいらの考えに反対したんだ。
もしかしたら、近隣の国に上陸してそこで蔓延るかも知れないと。
近隣国で勢力を伸ばして、陸路で王都以外の場所からこの国を侵食するかも知れないって。
それに、その気になれば他の港からこの国に入ることもできるだろうって。
交易の施設や整備された埠頭は王都にしか無いけど、漁港程度の港はこの国にも幾つかあるから。
ヌル王国の侵攻みたいに、大型の軍用船多数でやって来て大軍勢を上陸させるならこの港以外に選択肢は無いけど。
たった一隻の船くらいなら小さな漁港がある港町でも、上陸は可能だろうとアルトは言うんだ。
船の大きさの関係で港に接岸できなくとも、沖合に停泊させて小船に分乗して上陸することも可能だろうと。
それなら砂浜にでも上陸できるから、港である必要すらないって。
「それじゃ、どうすればいいの?」
「先ずは監視のために人手を割きなさい。
そして、連中は野放しにして良いわ。
但し、誰一人として監視の目を離してはダメ。
上陸した連中を四六時中監視して、違法な事をしたら片っ端から捕縛するの。」
アルトは敢えて国の中に入れて、連中を一網打尽にしろと言ってたよ。
どうせロクでもないことを仕出かすだろうからって。
「それなら、真っ先にしないといけないのは法を制定する事ですね。
何をしたらいけないのかをはっきりさせておかないと。
連中、法の目を掻い潜るのが得意でして。
法で禁止されていないことを取り締まるのは不当だと喚くのが常套手段です。
幸い、私達ノノウ一族は連中の手口は熟知してますし。
マロン陛下の勅令をもってすれば、直ぐに制定できるでしょう。」
アルトの計画を聞いて、ウレシノがそんなアドバイスをしてくれたの。
連中、何が鬱陶しいかと言うと、何かというと集団で騒ぎ立てるだって。
「不当逮捕だ!」とか、「教団弾圧だ!」とか。
大挙して王宮や役場の前で騒ぐものだから、そんな事された日には煩くて仕事にならないそうだよ。
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ここは素直にウレシノの助言を受け入れることにしたよ。
ウレシノ達はヌル王国で『教団』の摘発に協力していたみたいだから。
「アルト、取り敢えずこの四人だけど。
ちょうど良いから、ムルティにお土産として渡そうと思うんだ。
こんな奴らを野放しにしたら、周りに迷惑をかけるのは目に見えているから。
『海の民』なら、少しは役立てること出来るでしょう。」
繁殖のために…。
「あら、良いわね。
手ぶらで帰るのもなんだろうし。
良い手土産にはなりそうね。」
アルトも賛成してくれたので、ムルティに渡してもらうことにしたの。
早速、アルトは食い逃げ犯四人を『積載庫』に仕舞ってたよ。
「繁殖には栄養が必要だしね。」とか呟きながら。
「タロウ、ちょっと頼まれてくれる?
ジェレ姉ちゃんと一緒に港へ行って欲しいの。
そこで今日の入国管理業務を終了するように指示してちょうだい。」
港の入国管理施設は二つ。
一つは入国そのものを管理する王宮の入国管理室。
もう一つは疫病と武器の持ち込みを防ぐためにギルドに委託した武器預り所。
それぞれ、権限者が違うから、ジェレ姉ちゃんとタロウの二人が行かないと指示出来ないの。
「あいよ。
法が出来るまで、その怪し気な連中を入国させないつもりだな。」
皆まで言う必要も無く、タロウはお願いの意図を酌んでくれたよ。
すぐにジェレ姉ちゃんと港に向かったの。
そして、王宮に戻ったおいらはすぐに宰相を執務室に呼んだんだ。
「何と、そんな厄介な者共がこの国に来ておりましたか。
しかし、入港したその日に捕捉する事が出来て幸いでしたな。
そんな者達に水面下で暗躍されたら大変なことになるところでした。」
ウレシノから『教団』の説明を聞いた宰相は、最初苦い顔を、次いで安堵の表情を見せたよ。
厄介な連中を水際で防げて良かったって。
それから、宰相とウレシノ達ノノウ一族を交えて法の検討に入ったの。
だけど、これが意外と骨の折れる仕事だったよ。
何が大変だって、何を取り締まるのかって定義が一番難しかったんだ。
『神』とか、『宗教』とか、『教団』とか、従来のこの大陸には無い概念だからね。
連中に付け込まれないように最新の注意を払って、取り締まる対象の定義をしたうえで。
何をしたら罰せられるかを決めて行ったよ。
例えばこんなバカバカしいことまで取り締まらなくちゃ行けなくなったの。
「連中の常とう手段の一つはハニートラップですね。
若い女性教団員が、街でモテなそうな若い男性をデートに誘うのです。
例えば、一緒に食事をしないかとか、飲みに行かないかと。」
「それが、どうしていけないの?」
別に珍しいことではないよね。
シフォン姉ちゃんだって、街でイケメンを食事に誘っていたみたいだし。
「いえ、食事に誘われてついて行くと、そこには複数の教団員が待ち構えていて。
集団で取り囲んで教団への入信を勧誘するんです。半ば、強引に。
他にも、教団の施設に連れ込まれて、三日三晩不眠不休で教義を聞かされるとか。」
ウレシノは『洗脳』と言ってたけど。
各教団の教義ってのは、他人から金品を巻き上げるためにでっち上げた荒唐無稽なものが多いそうだけど。
壺を一つ買えば先代の罪が祓える、二つ買えば先々代の罪が祓えるとかね。
そんな戯言でも、眠らせてももらえずに延々と刷り込まれるとそれが正しいように思えてくるんだって。
狂信者と呼ばれる盲目的に教義に従う壊れた人間を作ることもできるそうだよ。
狂信者の中には、借金までして金貨一枚もする壺を五十個も買った人までいるとか。
なにそれ、五十代前の先祖っていったい何年前の人よ…。
「後は、肥満で悩む女性に痩せることが出来る体操を教えるとか。
ストレスに悩む人に、ストレス解消に効く体操を教えるとか。
そんな手口で勧誘するってのも良くやってますね。」
「なにそれ、体操すると痩せられるの?」
「ええ、痩せますよ。
別に特別な事なんて何も無いです。
摂取したカロリー以上に、カロリーを消費すれば良いだけですから。
肥満の人が痩せようとすると、結構大変ですが…。
それを連中、さも楽して痩せられるような言葉で騙すのです。
ノコノコとついて行くと、そこに複数の教団員が待ち構えていて…。
後はハニートラップの時と同じです。
連中、甘い言葉でアリ地獄へ誘い込むんですよ。」
「つまり、布教の目的を隠しての勧誘を禁止すれば良いんだ。
デートに誘って、教団の勧誘をしたら死刑とか。」
「そう、その通りですね。
他人の弱みに付け込んで騙すような輩は、極刑で良いでしょう。」
そんな風に、『教団』の手口を一つ一つ潰して行ったの。
他人の家を訪問しての勧誘の禁止とか、道端を歩いている人への声掛け勧誘の禁止とかね。
何か、『教団』って、以前の冒険者ギルドの連中とやっていることが同じじゃない。
質の悪い押し売りやぼったくり酒場のキャッチとか…。あっ、美人局もか。
そんな訳で、ウレシノのアドバイスに基づいて宰相に法案を作ってもらったよ。…一晩で。
おいら、朝一番でそれをチェックすると、すぐさま御名御璽を入れて勅令を発布したんだ。
それと同時に、法案と並行して作成された予備の文面を各所の掲示板に張り出してもらった。
もちろん、入国管理事務所の掲示板にも目立つように張ってもらったよ。
さてさて、連中、どんな顔をするだろう。
お読み頂き有り難うございます。




