第605話 こうしてゴミスキルが生まれたらしい…
ゴキが不思議な空間の中で生存可能だったことを確認したマロンさん。
今度は…。
「これが、アカシアの知覚した空間…。
本当にだだっ広いだけの何も無い空間なのね。」
自分の目で確かめたいと言って、マロンさん自身が空間の中に入ったの。
オリジンを伴なって不思議な空間に足を踏み入れたマロンさんは、目の前に広がる空間に目を見張ってたよ。
「本当に不思議ね。
この空間、いったい何処にあるのかしら?」
だだっ広い空間なのに普通の人には知覚できないものだから、オリジンは首を傾げてた。
「そんなこと考えても埒が明かないわ。
今は、この空間の特性を把握することを優先しましょう。
これは色々と使い勝手が良いかも知れないわ。」
物理学にはとんと縁が無いと言っていたマロンさん。
不思議な空間の原理を考察するのは先送りしたようだった。
「ところで、この空間、アカシア自身は入れるのかしら?
操作者は入れないとかの制約がありそうよね。」
アカシアさんが知覚できているからこそ、この空間にモノの出し入れが出来るのだから。
この空間への出し入れを操作しているアカシアさん自身は入れないのではと、マロンさんは言っていたんだ。
「そんなこと無いわ。
腕を入れることが出来るのですもの。
全身だって入れない理屈は無いでしょう。」
なんと、良いタイミングでアカシアさんが現れたの。
「あら、アカシア、良いタイミングで来たわね。
丁度、あなたのことを話題にしてたのよ。」
「ああ、マロンとママの話が聞こえたのよ。
私が入れるかどうかって。」
出迎えたマロンさんにそんな言葉を返したアカシアさん。
マロンさんは意外そうな顔をして。
「この空間での会話が、アカシアには聞こえるの?
光は完全に遮断されるのに、音は遮断されないのかしら。
同じ波なのに?」
そんなことをアカシアさんに問い掛けたの。
「正確に言うと、音が漏れている訳じゃないの。
耳に聞こえるのではなく、脳で知覚できる感じなの。」
「へえ、空間把握能力って突き詰めればそんなことまで出来るものなんだ…。」
マロンさん、自分が作ったナノマシンの予想もしなかった効果に呆然としたたよ。
そこへ、オリジンさんが少し焦り気味に尋ねたんだ。
「アカシア、あなた、ここへ入って来ちゃったけど。
元の位置に出ることは出来るのでしょうね。
あなたがここに入って来たということは。
外部で座標を定めている者はいない状態なのよ。
元の空間へ戻ったら汚染区域のど真ん中なんて嫌よ。」
アカシアさんが元の空間に居て出し入れをしているからこそ、元あった場所へ戻せるのでは。
オリジンさんはそんな予想を立てていたらしいの。
「多分大丈夫だと思うけど…。
さっきまで私がいた場所の座標が把握できるもの。
私がここへ入った時点で、元居た場所にアンカーが打たれるみたい。」
オリジンさんの懸念に答えたアカシアさんは二人を伴なって元の空間に戻ったの。
戻った先は、アカシアさんの言葉通りマロンさんの研究室だったよ。
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無事にマロンさんの研究室へ戻れた三人。
「ねえ、アカシア、他にどんなことが出来るか分かるかしら?」
不思議な空間に興味津々なマロンさんが尋ねると。
「どんなことが出来るかと言われても…。
具体的にこれが出来るかと問われればやってみるけど。」
漠然と何ができるかと言われても、流石に検討がつかないって。
そんな訳で、モニターの中では色々なことが試みられることになったの。
そして、映像は半月ほど後の場面に切り替わったよ。
「凄いわね、空間を切り取って、別の空間に入れちゃうなんて…。
ホント、訳が分からないわ。」
絶句してるマロンさんの目の前には、部屋がくり抜かれて廊下にガランと空間を晒している建物があったよ。
その時は、居住棟の空き部屋を調度品ごと不思議な空間に収納できるかを試していたの。
元は独身研究者向けの部屋だったらしいけど、ベッドルームにリビング、それにユニバスと呼ばれる小部屋がついていた。
何処かで見覚えのある部屋だと思ったら、これってアルトの『特別席』だよ。
「ちょうど良いわ。
この独身寮の部屋、片っ端から入れてみましょう。
この間、分からなかったその空間の収納能力を測れるし。
ベッドとか調度品とか、仕舞っておけば何かの役にも立つでしょう。」
オリジンはアカシアさんにそんな提案をしたんだ。
「うん、ママ、やってみるね。」
素直に頷いたアカシアさんは、部屋を次々と不思議な空間に収めていったの。
やがて…。
「嘘みたい…。
この大きな独身寮ががらんどうになっちゃうなんて。
部屋だけじゃなくて、大浴場や大食堂まで…。」
「うーん、でも…。
まだまだ入りそうな感じがする。
スカスカだもの。」
外壁と廊下、それに太い柱だけ残してがらんとしてしまった独身寮。
その様子を目にして、マロンさんはまたもや惚けていたよ。
一方のアカシアは、ケロッとした表情でまだまだいけると報告してたんだ。
「マロン、これは凄いことよ。
これまでの実験で、この不思議な空間はとても有用なことが分かったわ。
空間のキャパシティーもさることながら、その特性には目を見張るものがあるわ。」
マロンさん達は半月くらい他の研究そっちのけで、アカシアの不思議な空間の実験をしていたみたいなの。
その時点で、おいらがアルトに教えてもらったことくらいは把握したみたいだったよ。
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「そうね、この不思議な空間、今私達が存在する空間とは隔離されているようだし。
その反面、二つの空間はリンクしているみたいですものね。
いざと言う時は避難場所に使えるかも。
このナノマシンを量産して、多くの個体に投与してみようかしら。」
マロンさんは、半月ほどの実験を踏まえてそんな評価をくだしていたの。
「でも、あのナノマシン、私以外に投与するとなると問題アリアリだわ。」
前向きに不思議な空間を活用したいと考えたマロンさんに、アカシアさんは待ったを掛けたの。
「問題? どんな?」
マロンさんはアカシアさんの指摘に思い当たる点が無い様子だったの。
「あのナノマシン、脳に与える負担が大きすぎるわ。
妖精族の私でも七転八倒するほど苦しんだのよ。
私達って、脳の強化に全振りして開発されたのでしょう?
他の種族に投与したら、おそらく脳がパンクして廃人になるわ。」
「あっ、そうか…。
確かに、アカシアの指摘はもっともね。
でも、あのナノマシン、妖精族だけにしか使わないのは勿体ないわ。」
アカシアさんの指摘を受けて、マロンさんは考え込んでしまったの。
しばらく、無言で頭を抱えていたマロンさんだけど。
ハッとした表情で顔を上げ。
「それなら、あのナノマシンの成分を無茶苦茶希釈しちゃいましょう。
いっぺんにあの分量を投与するんじゃなくて、少しずつ投与するの。
併せて脳機能の活性化を促進するナノマシンも投与するわ。
脳の基礎的機能を強化しつつ、空間把握能力も徐々に強化するの。
そうすれば、アカシアと同じ能力を無理なく発現させられるんじゃい?」
最初は、一錠とかから投与を始めて、脳機能の強化と共に投与数を増やす形にすれば良いって。
そうすれば、脳に対する負担を抑えつつ『不思議な空間』へアクセス可能になるのではと、マロンさんは言ってたんだ。
うん、確かに、おいらが『積載庫』を取得した時、頭痛は起こらなかった。
ただね、『積載量増加』なんて見当違いなスキル名だし、脳の強化期間は何の変化も感じられないんだもの。
そんな状況で『積載庫』の有用性を理解しろってのは無茶だと思うよ。
モニターの中が何年前の話か知らないけど、『不思議な空間』があることすら伝わって無いし。
おいらの時代には、ゴミスキルの最たるものになってるよ…。
お読み頂き有り難うございます。




