第603話 色々と想定外なこともあるみたいで…
壁のモニターの中の映像は尚も続き、また画面は切り替わったの。
今度は裸のマロンさんが大きなお風呂の中で、小さな女の子に泳ぎを教えていたよ。
相変わらずマロンさんは疲れた表情だったけど。
その胸の張りから想像するに、まだ二十代前半じゃないかと思う。
タロウったら、モニターに映し出されたマロンさんの裸に目が釘付けだったよ。
鼻の下を伸ばしているもんだから、アルトからきついお仕置きをされてた。
スケベな目で見てるんじゃないって。
すると、モニターの中ではオリジンとアカシアさんが浴室に入って来たんだ。
「どう、メロウはもう泳げるようになった?」
どうやら、女の子の名前はメロウちゃんらしいね。
「うん、もう、お魚も真っ青なくらい上手に泳ぐわ。
期待した通り、本能レベルで水に親和性を発揮している。」
オリジンの問い掛けに、嬉しそうに答えたマロンさん。
どうやら、メロウちゃんはマロンさんのお眼鏡に適っているらしいね。
「そう、でも、思い切ったことをしたわね。
下半身を魚の尾びれみたいにしちゃうなんて。
しかも、思春期が来たら随意に変態できるんでしょう。
そんなこと、本当に可能なの?」
今、映し出されている映像では確認できないけど、メロウちゃんの下半身は魚なんだって。
前の映像中にあった会話通り、マロンさんは水の中で生息可能な人の創造に成功したらしい。
その会話から予想できたけど、やっぱり『水底の一族』はマロンさんが生み出した存在だったよ。
「下半身が尾びれから、人と同じ足に変態するってこと?
うーん、多分成功しているはずだけど…。
こればっかりは、後十二年ほどしないと確認できないわ。
だから、もうひとパターンを作成中なのよ。
形態は人のままでエラ呼吸も可能な種族を…。」
マロンさん、メロウちゃんが繁殖可能な歳になるまで待っていられないって。
きっと、それで生み出されたのが『歌声の種族』なんだね。
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「うーん、こんなはずじゃなかったのに…。」
またまた画面が切り替わると、そんな言葉を零しながらマロンさんが頭を抱えていたよ。
「やっぱり、何処に問題があるのか分からないの?」
「うん、ちゃんとここにY染色体は存在するのよ。
Y染色体の末端近くに性決定遺伝子があるのも確認したし…。
なのに、何故か女の子になっちゃう。
どうして、男の子が生まれて来ないのか…。」
映像中のマロンさんは、手許のモニタにーに映し出された縞模様の横長の帯を指差しながら説明してたの。
どうやら、『海の民』に男の人が生まれないのは最初から問題になっていたらしいね。
「ねえ、この子達、普通の人族とは交配可能なのでしょう?
それなら、そんなに悲観的にならないで。
いざとなったら、人族と交配して子孫を残せば良いじゃない。」
オリジンはマロンさんを慰めるように言葉を掛けたの。
「それじゃ、ダメでしょう。
この子達は、人族が生存不可能な状況を想定して創り出したのよ。
それに、不可能ってことは無いはずなのよ。
地中生活を前提に生み出した子供達は、ちゃんと男女同数生み出せたのだから。
ここで諦めはしないわ、もう少し詳細に検討してみる。」
でも、それに満足できないマロンさんは、まだ諦めてはいない様子だったよ。
「ところで、その地中生活前提の子供達はどうしたの?
見当たらないけど。」
どうやら、『山の民』の創造にも成功しているみたいだね。
「ああ、それね。
可哀そうだけど、一足早くコールドスリープに入ってもらったわ。
もし、『箱舟』が完成したらその時、目覚めさせる…。
って、ダメか…。
宇宙船に穴を開けたら大変だわ。
その時は、コールドスリープ状態でカプセルごと飛ばすしかないかしら。」
またもや、マロンさんは頭を抱えて返答したの。
「どうしたの?
あの子達はあなたの意図した通りだったのでしょう。」
「あの子達ね、本能が強過ぎて…。
歩けるようになった途端、壁に穴を開け始めたのよ…。
身近な鉄製のモノでガンガンと壁を削ろうとするの。
ほら、そこの壁を見てよ。」
マロンさんが指差す先には、ぽっかりと壁に穴が開いてたよ。
その壁、コンクリートと言う石のように固いモノで出来ているらしいけど。
一歳児の力で、そこに穴を穿ってしまったらしいの。
研究所が壊されたら大変ってことで、真っ先に眠らせてしまったらしいの。
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そして、また映像は切り替わり…。
「ねえ、アカシア、これを食べてもらえるかしら。
新たな機能付加の試作品なんだけど。
注射は嫌だとオリジンが言ってたから。
経口摂取タイプを開発してみたの。」
相変わらず目の下に隈を蓄えたマロンさんが四角い塊を差し出してた。
見た目は、焼き菓子のようだけど。
「あら、実験台は私じゃなかったの?
私の娘に、危ないモノを投与するんじゃないでしょうね。」
アカシアさんと一緒に居たオリジンが、マロンさんに不審そうな目を向けていたよ。
「大丈夫、体に害のある物じゃないわ。
それは保証する。
ただ、今回の試作品は脳の機能の強化をしたアカシアじゃないとダメなの。
オリジンも相当優秀に作ってはあるけど。
多分、これを投与したら脳に負担が大きすぎると思う。」
「マロン、あなた、一体何を作ったのよ。
体に害がありまくりじゃない。
そんなの大事な娘に投与しないでよ。」
オリジンは、憤慨してマロンさんに噛み付いていたよ。
「だから、オリジンでは実験をしないんじゃない。
私の大切な家族を傷つけるようなマネはしたくないから。
アカシアのスペックはオリジンの約百倍よ。
これを投与したところで、大した負担は無いはずなの。」
マロンさんに『大切な家族』と言われて、オリジンは少し機嫌を直した様子だったよ。
「本当にアカシアに害は無いのでしょうね。
ところで、それ、何の機能を賦課するのよ?」
「大丈夫、大丈夫、アカシアなら何の害も無いから。
私を信用してちょうだい。
これはね、空間把握能力の強化よ。
空を飛んで、航空測量をするとかできれば便利でしょう。」
新天地に言った際に、地図とかを直ぐに作れたら便利だろうって。
それ以前に、何処に行っても瞬時に正確な方位がわかるなら、それだけでも役立つとか言ってたよ。
「ママ、大丈夫よ。
マロンが自信を持って差し出したのだもの。
マロンは、私達に害を及ぼすことはしないわ。」
渋るオリジンに対して、当のアカシアさんはマロンさんを信頼しているみたいだった。
アカシアさんがそう言うものだから、オリジンもダメとは言えなくなったよ。
で、マロンさんが差し出した四角い焼き菓子みたいなものを受け取ったアカシアさん。
机の上にちょこんと座って、ハグハグとそれをかじり始めたの。
「経口摂取だと、効き目が出るのに少し時間がかかるのよね。」
アカシアさんが食べ終わると、マロンさんはそんなことを呟いていたけど…。
「痛い、頭が割れる…。」
突然アカシアさんが、頭を抱えて机の上に蹲ったの。
それから、頭を抱えたまま、机の上を苦しそうに転がり回ったの。
予想外の出来事だったのか、マロンさんは呆然としてたよ。
「マロン、あなた、何てことをしてくれたの。
娘があんなに苦しんでいるじゃない。」
「そんな、絶対に問題ないはずなのに…。」
オリジンから責められても、マロンさんはそれしか言葉に出来なかったの。
やがて、アカシアさんは転がるの止めるとムックリと起き上がったよ。
「ああ、酷い目に遭った…。
ママ、心配してくれてありがとう。
もう平気よ、特に悪い所も無いから安心して。」
どうやら、アカシアさんを襲った痛みはすっかり引いたみたいだね。
「ごめんね、アカシア。
これから精密検査をしましょう。
どこか体に悪い影響が残ったら大変だわ。」
謝罪をして、体の検査をしようと言ったマロンさんに対し…。
「その心配は無いと思う…。
さっき食べたアレに込められていた付加機能。
マロンの想定以上に脳に対する負荷が大きいみたい。
だって、こんなことが出来るのですもの。」
そう言うと、アカシアさんはおもむろに腕を横に突き出したの。
壁を殴るかのように横に突き出した腕。
不思議なことにその腕の肘から先が消えたんだ。
あたかも空間に飲み込まれるように…。
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