第573話 やっと独立が受諾されたよ…
自国の切羽詰まった状況を理解し、宰相の主張する『領土拡張政策の放棄』を受け入れたダージリン王だけど。
今までの行いを反省している様子は微塵も窺えず、戦力が回復した暁には再び外国への侵略を始めそうな言動だったよ。
そんなダージリン王の暴言を耳にして。
「まっ、三つ子の魂百までと言うし。
その歳までどっぷりと海賊気質に浸かっていたのですもの。
今更改めろと言っても無駄なのでしょうね。
別にいいですよ、ハーブ諸島の独立と今後一切の不干渉さえ認めてもらえば。
私と母は今日を限りにこの国とは縁を切り、ティーポット島へ帰りますので。」
ジャスミン姉ちゃんは心底愛想を尽かした様子で、ヌル王国の王族からの離脱を宣言したよ。
「儂はまだハーブ諸島の独立は認めておらんぞ。
爺の言う通り植民地を放棄したとしてもだ。
ティーポット島は重要な補給拠点だ。
あそこさえ維持しておけば、再度の版図拡大に望みが繋げるではないか。」
それに対してダージリン王はまだ往生際の悪いことを言ってるけど。
「陛下、現状我が国に残された戦力でハーブ諸島を維持するのは不可能です。
ハーブ諸島に駐留させていた武装船団が失われた現在、新たに駐留させる戦力はありません。
現在、本土に残された武装船は恐らく二十隻にも届かないでしょう。
ハーブ諸島を除く植民地に駐留している武装船は四十五隻。
これを全て本土防衛に充てたとしても。
六十五隻程度では、我が国の長い海岸線を守れるかどうか心許ないのです。
ハーブ諸島の維持は諦めて、潔く独立を認めましょう。」
ハーブ諸島の維持に戦力を裂いたら、この王都が他国に蹂躙されることになると宰相は言ってたよ。
更に、宰相は現状のヌル王国は無い無い尽くしで戦力を元に戻すのは不可能だと、ダージリン王を諭したんだ。
武装船を改めて建造するにもヌル王国には木材が無い、大砲を造るにも溶鉱炉も燃料も無い、大砲・鉄砲を揃えても弾を飛ばす火薬が無い。
駄目押しにそれらを造るための資金が無いってね。
「素直に宰相さんの進言を受け入れた方が良いと思うよ。
この国、近いうちに近隣諸国から攻め込まれると思うからね。」
おいらも宰相の言葉に相槌を入れたよ。
「マロン陛下、近隣諸国から攻め込まれると言うのはいったい?
何やら、確信がお有りのご様子ですが。」
おいらが自信満々に伝えたものだから、宰相は不思議に思ったみたい。
「おいら、知り合いの商人に書簡を託したの。
ノノウ一族が間者を送り込んだ、王家、宮廷、貴族家宛てにね。
内容はさっき宰相さんに渡した書簡と同様の内容だよ。
さっき、広場でばら撒いたチラシの内容を、家毎に詳細に記載してあるの。
有力貴族の暗殺なんかもしているし、宮廷に潜入して極秘情報なんかも入手しているからね。
タダでは済まないと思うよ。
宰相さんの指示通り、海外に駐留している武装船を早く戻した方が得策だと思う。」
頭領さん達と別れてから半月、そろそろ隣国の港に着いているはずなんだ。
首尾良くいけば、目的の貴族や宮廷に既に書簡が届いているかも知れないの。
「何と、それは拙いですな…。
陛下の命で他国の有力貴族を暗殺したとなると。
相手国にとっては、我が国に攻め込む絶好の口実となります。
陛下、大至急、海外に駐留している武装船を呼び戻してくだされ。
一国の猶予もありませんぞ。」
宰相は泡を食って、ダージリン王に海外駐留部隊の撤収を進言していたよ。
「貴様ら、疫病神か!
何の恨みがあってこんな酷いことをするんだ。
せっかく広げたこの大陸の版図も、海外植民地も、諜報態勢も…。
我が王家の長年に亘る成果が貴様らのせいで水の泡ではないか。」
何の恨みがあってって、…。
こいつ、おいらの国に攻め込んでおいて恨みを買って無いとでも思っているのかな。
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「と言うことで、ハーブ諸島の独立と今後一切の干渉禁止は受け入れてくれるね。
商船、軍船を問わず、ハーブ諸島への大砲、鉄砲を積んだ船の寄港は認めないから。
もちろん、政治的な干渉も一切無しだよ。」
おいらが再度、ダージリン王に迫ると。
「分かったわい。
もうハーブ諸島どころでは無いわ。
我が国の残存武装船が爺の予想通り六十五隻程度だとしたら。
王都を守るだけで精一杯だわ。
北部や南部の主要都市が攻め落とされるのも覚悟しておかんといかんぐらいだ。
全く、疫病神共が要らぬことをしてくれおって。」
こいつ、自分が敗者だと言うことを自覚しているんだろうか、態度悪いな…。
「陛下…、最初に喧嘩を仕掛けたのはこちらですよ。
返り討ちに遭って、この王宮まで攻め込まれたのです。
本来なら、陛下は首を刎ねられても文句を言えない立場なのですよ。
少しは口を慎まれたらいかがかと存じますが。」
「煩いわ、一戦を交えて敗北したならまだしも。
コソコソと空き巣に入られて、全て奪われたでは負けた気がせんわ。」
この脳筋王はガチンコで戦って負けないと敗北を実感できないらしい。
陰で暗躍されて気付いた時には国家滅亡の危機という状況を、心情的に受け入れ難いみたい。
「陛下も納得してくださったので、ハーブ諸島の独立は承認いたします。
加えて、マロン陛下が示されました付帯する条件も全て受諾いたします。
ですが、ジャスミン様、ハーブ諸島の我が国からの独立は諸刃の剣ですぞ。
そのことはお分りで御座いますか?
ハーブ諸島の独立を維持するのは並大抵のことではございませんぞ。」
宰相はハーブ諸島の独立要求を正式に受諾すると、ジャスミン姉ちゃんにそう進言したの。
「ハーブ諸島、とりわけ水と食料が豊富なティーポット島の立地のことでしょう。
今現在、この大陸の諸国が植民地確保に進出している海域。
そこへ航海する上で、ハーブ諸島が重要な補給拠点となっていますものね。
ヌル王国が手を引いたとなると、他国がハーブ諸島に触手を伸ばすと言いたいのでしょう。」
宰相の指摘は、うまく立ち回らないと支配者がヌル王国から他国に替わるだけだと言うこと。
最悪、ヌル王国より苛酷な支配になるかも知れないって。
だけど、ジャスミン姉ちゃんはちゃんとそこは理解していたんだ。
そして、そんな事態を避けるための手も打ってあるし。
「その点は心配ないよ。
この大陸の他の国も海外植民地を求める余裕は無くなるから。
とてもハーブ諸島なんかに構っていられないよ。」
「それはいったい?」
おいらの言葉に宰相はとても関心を示したよ。
近隣諸国も海外進出する余裕がなくなるということは、戦力が低下すると言うことだものね。
「おいらの最終目的は、おいら達が住む大陸にこの大陸の国が手出しできないようにすることだもの。
この国の戦力を奪っただけじゃ、さっき宰相さんがジャスミン姉ちゃんに警告したことと同じ懸念が残るじゃない。
この国に替わって別の国が、おいら達の大陸の征服に乗り出すかも知れないでしょう。
だから、妖精族の知り合いに他国の武装船を奪うようにお願いしてあるの。
この大陸のあちこちを回って武装船を奪って歩くはずだから、どの国も自国の近海を護るので精一杯になると思う。」
頭領さんの護衛として付き添っていった妖精フェティダが、行く先々で武装船を奪ってくれるはずだもんね。
フェティダは相当張り切っていたから、周辺諸国からもかなりの戦力を削ってくれるだろうと期待しているんだ。
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「随分と用意周到なのですな。
それほどハーブ諸島に肩入れするとは。
マロン陛下は、最初からあの島々の重要性に気付いておられたのですな。
あそこで補給が出来なければ、新大陸まで辿り着くことは不可能なのでしょう。
ハーブ諸島への武装船の寄港を阻止してしまえば、新大陸遠征は阻むことが出来ると。
ならば、私はこれ以上は何も申しますまい。」
そう言った宰相は、少しだけ安堵したような顔つきだったよ。
他国も武装船を奪われるようだと知り、この国が一方的に敗北することは無いと思ったみたい。
これで、ハーブ諸島独立の問題は片付いたのだけど…。
「ううっ…、儂は悔しいぞ。
世界中の美姫を辱めて、我が子を孕ませるという野望が道半ばで挫折するなんて…。
『強くあれ』と言う亡き父王の教えを忠実に守って来たのに、何故儂がこんな目に遭わねばならぬのだ。
弱い者は奪われるのが自然の摂理。
強き者は財宝でも、女でも望むがままに奪えば良い。それもまた自然の摂理だと教えられたのに…。」
ダージリン王はそんな泣き言を零していたよ。
どうやら、先王なる人物のも大概ロクでもない人間だったみたいだね。
「まあ、諦めなされ。
もう良いお歳なのですから、色狂いも大概になさりませ。
見てください、ジャスミン様の陛下を見る目。
汚物でも見ているような眼差しで御座います。
今回の件も、陛下のその趣味が仇となったではございませんか。」
項垂れたダージリン王の肩をポンポンと叩いて、宰相が宥めてたよ。
まあ、ジャスミン姉ちゃん、ダージリン王に対する嫌悪感から出奔しようと考えたらしいからね。
これもまた、身から出た錆だね。ダージリン王、錆びだらけだ…。
お読み頂き有り難うございます。
 




