第571話 こいつ、まだ諦めないのか…
気付かないうちに自国の戦力が壊滅的な打撃を受けていると知り、宰相はダージリン王に対して近隣諸国と和平を結ぶように進言したんだ。
と同時に、殆どの武装船を失って本土の防衛が手薄になっているので、海外植民地に駐留している武装船も引き揚げるようにとも告げたの。
宰相は和平を結ぶに当たって、今まで奪った領土の返還を交渉の材料にしようと勧めているし。
海外植民地からの武装船引き揚げは、海外植民地を放棄しろと言っていることに等しいんだ。
でも王様は、いまだに領地拡大の野望を捨てきれず、宰相の進言きっぱりと拒否したよ。
すると、宰相は王様の頭の悪さに愛想を尽かしちゃったの。
王様の諦めの悪さにおいらも苛立ちを強めていると、傍聴していた貴族の一人が王様に平易な説明をしてくれた。
武装船と武器弾薬に加えて、武器の生産拠点を破壊し尽くされて、現状国が丸腰に近いこと。
武器を生産しようにも生産拠点は破壊され、生産拠点を再建しようにもその為の資金を奪われていること。
そして、無理に再建資金を調達すると、謀反や反乱を引き起こしかねないこと。
更には、仮に生産拠点の再建に成功したとしても、肝心な熟練職人が失われていて従来通りの生産は見込めないこと。
それらを順序だてて子供のおいらに分かるくらい平易な言葉で、血の巡りの悪い王様に説明したんだ。
駄目押しとばかりに、おいらもヌル王国に三ヶ所しかない火薬作りの里を壊滅させたことを伝えたの。
すると、説明役を買って出てくれた貴族はお手上げのポーズを取りつつ、宰相に詫びを入れるように王様に対して進めていたよ。
すると。
「ううっ…、嫌じゃ、嫌じゃ、嫌なのじゃ。
儂は海賊王と呼ばれた開祖様と並び称される偉大な王になりたいのじゃ。
何で、こんな所で躓かないとならないのじゃ。
新大陸は鉄砲も、大砲も造れない原始人の住む場所じゃ無かったのか。」
ダージリン王、今度は子供のような駄々を捏ね始めたんだ。
いや、海賊王って…、それ何の自慢にもならならないと思うよ、おいら。
自分の一族の出自が、無法者の親玉だと公言しているようなものだし。
「それが浅はかだと言うのです。
鉄砲に大砲、新しい玩具を手にした子供のようにはしゃいで、良い気になるから。
常々申し上げているではないですか。
世の中には上には上があるのだから、努々慢心すること無かれと。」
王様の愚痴を聞いて、復活した宰相が戒めていたよ。
「ふざけるな! 誰が最初から想定してると言うんだ。
至近距離で撃たれた鉄砲の弾を避けられる人間が居るなどと。
こんなバケモノがいるなんて想定外だ。」
またバケモノ扱いして、ホント、失礼な奴。
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おいらの前で子供のように駄々を捏ねるダージリン王。
おかげで、中々交渉が前に進まないの。
とは言え、おバカなダージリン王に何時までも付き合っている訳にはいかないからね。
「それで、最初の要求は呑んでもらえるかな。
おいらが接収したものは、今挙げた通りだよ。
受諾してもらえなくても返すつもりは無いけどね。
受け入れてくれなければ徹底的にやるまでだから。
これ以上傷を広めないうちに、受諾した方が良いと思うよ。」
おいらは最後通牒をしたんだ。
「承知しました。
ウエニアール国側が接収した財貨その他について、一切の返還請求権を放棄致します。
まあ、二つ目、三つ目の要求を見れば、端から返還を期待するのは難しそうでしたから。」
まっ、当然、要求書には隅から隅まで目を通しているよね。昼行灯のダージリン王じゃないんだから。
「おい、爺、要求の二つ目、三つ目とは何なのじゃ?」
ダージリン王の言葉に、おいら、脱力したよ。
宰相も呆れ果てたって目で、ダージリン王の手許を見てた。
「陛下、そのお手許にある文書は何でございましょうか?
私の記憶に間違いなければ、私の手許にある物と同じ内容が記載されているはずですが。」
そう、要求書は全く同じ物を予め複数作成してもらったんだ。
双方の交渉当事者が全員同時に目を通せるようにね。
なのに、王様は目を通そうともしないで、文句ばっかりだったの。
「ふむ、何々、…。
二つ、ウエニアール国が所在する大陸に対する一切の武装船の渡航禁止及び政治的干渉の禁止。
三つ、ハーブ諸島の独立の承認。ハーブ諸島への一切の武装船の渡航禁止及び政治的干渉の禁止。
って、こんなことを認められる訳が無かろうが。
植民地の独立など認めた日には、他の植民地も独立を言い出すではないか。
それに、ハーブ諸島のティーポット島は、我が国水軍が水と食料を補給する重要な拠点だぞ。
あそこを手放したら、植民地へ武器弾薬を補給する上で支障がでる。」
この昼行灯、まだ言うか。自分の立場が理解できないのかね。
ただ、一点だけ見直したよ。
ダージリン王って知恵が足らない人かと思っていたけど。
支配している地域の戦略的な重要性とかはちゃんと理解しているんだ。
「陛下がそのような態度だから。
マロン陛下は武器弾薬その他の戦力をこの国から奪ったのですよ。
我が国はマロン陛下から全く信用されていないのでしょう。
だからこそ、予め戦力を取り上げたのです。
新大陸やハーブ諸島に手出しできないようにと。
マロン陛下は先程おっしゃられていたでしょう。
武器弾薬や金銀財宝の接収は略奪が目的では無いと。
その証拠に、文官貴族や王都の民に対しての略奪は一切ないようですし。」
宰相はその後で言ってたよ。
仮に二つ目、三つ目の要求をヌル王国が呑んで条約を交わしたとしても。
おいらはヌル王国がそれを遵守するとは思わないだろうと。
いきなり砲撃するなんて無法者のような事をしていれば、誰だって信用しないって。
戦力とそれを補充するための財力を奪われたことは、普段からの行いが悪かったのだと諦めるしか無いってね。
「だ、だが…。
ティーポット島は植民地支配の要となる島なのだぞ。
あの島無しでは、植民地支配は成り立たないぞ。」
宰相に諭されても、まだ諦めきれないダージリン王。
だから、おいらが教えてあげたんだ。
「ティーポット島は既に事実上独立しているよ。
おいら、駐留部隊を襲撃して、武装船五隻を全て接収したし。
隊員も全員捕えて抵抗勢力に引き渡したよ。
抵抗勢力から随分と恨みを買っていたみたいでね。
隊員全員、すぐさま処刑されちゃったよ。」
ティーポット島の現状を伝えると、ダージリン王は放心してたよ。
貴重な武装船が更に五隻失われたことに加え、ハーブ諸島に睨みを利かせることが不可能になったからね。
放心状態のダージリン王を目にした宰相は大きなため息を吐き。
「ですから、先ほど申し上げたでは無いですか。
植民地に駐留させている武装船を全て引き揚げて、本土の防衛に充てましょうと。
もう植民地支配は無理です。
ティーポット島を含むハーブ諸島の独立承認を機に、全ての植民地を手放しましょう。」
再度、植民地支配の放棄をダージリン王に進言していたよ。
がっくりと肩を落としたダージリン王は無言で首を縦に振ったんだ。
これは、おいらの要求を呑んでくれたと思って良いのかな?
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