第565話 今度は王宮前に置いてみたよ
広大な敷地を有するヌル王国の王宮、その一画に在る船着き場で御座船を失敬していると。
「ややっ、係留中の御座船が四隻とも無くなっている。
おかしいな、今日出港する船があるとは聞いてないんだが…。
また、泡沫王子の誰かが、船遊びにでも勝手に使ったのか?
取り敢えず、船の管理室に行って聞いてみるか。」
王宮内の警備を担当しているらしい銃騎士が、巡回警備に来てそんな呟きを漏らしてたよ。
どうやら、御座船の無断使用は日常茶飯事のようで、奪われたとは思いもしない様子だった。
「王子が多過ぎるせいか、躾がなってないな。」なんて、ボヤキながら戻っていったよ。
因みに、その巡回の銃騎士もイマイチやる気が無さげで、明らかに部外者のおいらに職務質問すらしなかったよ。
もしかして、無くなった船に気を取られて、港の隅っこに居たおいらに気付かなかったのかも知れない。
どちらにしろ、余りあの銃騎士の質は高くないみたい。
あの銃騎士の報告が管理室という部署に届けば、きっと大騒ぎになるだろうね。
アルトの積載庫に乗せてもらって次に向かったのは王宮前広場。
そこでアルトは、再び檻を二つを出したんだ。
今度は王宮の官吏や王宮に出入りする貴族達の目に留まるようにね。
サルと化した遠征部隊を収監した檻には、新たに捕えた銃騎士達も括りつけてあるよ。
そして、アルトもおいらが居る積載庫の部屋に入って来たの。
身を潜めて、王侯貴族連中の反応を窺うためにね。
王宮前に檻を設置して早々、王宮警備の銃騎士達が何事かと集まった来たよ。
「おおっ、銃騎士達よ。儂を早くここから出すのだ。」
例によって、プーアル伯爵が横柄な態度で銃騎士達に命じたんだ。
ところが…。
「出せと言われても、あんたは一体誰なんだ?
檻に捕らわれてる者を迂闊に外へ出す訳には…。
罪人を解き放ったとなれば、俺達が叱責されるし。」
銃騎士はパンツ一丁の人物が大将軍だとは露とも思わないようだったよ。
大将軍らしい格好をしてないと、誰にも気付いてもらえないって…。
これ、アルトが教えてくれた記号と言うやつだね。
きっと日頃から王宮の部屋でふんぞり返っていて、現場に姿を見せてもいないんだろう。
だから、下っ端銃騎士は顔も覚えてないし、大将軍らしい服装と言う記号が無いと認識できないんだ。
下っ端の銃騎士達にとっては、大将軍らしい『記号』だけが敬意を払う対象で、こいつ自身には何の敬意も払って無いんだろうね。
「馬鹿者! 儂はお前らの頂点に立つ大将軍だぞ。
ヌル王国大将軍のプーアル伯爵だと言えば分かるか。」
また、大声で家名を言い触らすプーアル伯爵。だから、それ、恥の上塗りだって…。
「はあ? 大将軍? プーアル伯爵?
少し待ってくださいね。
今、分かる者に取り次ぎますから。」
銃騎士の一人が、そう言うと王宮の中に走っていった。
その場の銃騎士達は、誰一人としてプーアル伯爵の顔を知らなかったよ。
その言葉を聞いて伯爵はまた憤っていたけど。
おいら、銃騎士の対応としては合格だと思うな。
檻の中に入れられた不審人物を、本人の証言だけで放免することはリスクが高いもの。
ここは、国王が住まいする王宮だからね。
こうなるのを防ぎたければ、日頃から下級銃騎士とも親しく接して顔を売っておかないと。
しばらく様子を窺っていると、相談に走った銃騎士が連れて来た上官らしき人を連れて来たよ。
「これは、プーアル伯爵。
一体どうなされました、そんな格好で。」
上官は面識があるようで、檻の中のプーアル伯爵を見て仰天してたよ。
プーアル伯爵は簡単に経緯を話すと、詳細は後回しにして取り敢えず檻から出すようにと命じたんだ。
上官に命じられて、すぐさま銃騎士達が捕えれている人達を檻から出そうとしたの。
だけど…。
「隊長、この檻、出入口がありません。
しかも、繋ぎ目一つ見当たらないのです。」
『積載庫』の機能を利用し、鉄塊から一体成型で造った檻に手を焼いていたよ。
報告を受けた隊長は、「じゃあ、どうやって中に入れたんだ?」って呟き、首を傾げてた。
「これ一体、何で出来ているんだ…。
金鋸じゃ全く歯が立たないし、ハンマーで叩いてもビクともしねえ。」
何があっても壊れない頑丈な檻って念じながら造ったから、きっと『積載庫』が要望を叶えてくれたんだね。
結局、王宮の銃騎士達はおいらの造った檻にお手上げだったんだ。
銃騎士達が悪戦苦闘する間にも、王宮の官吏や貴族達が集まって来て…。
檻の中の者達は、民衆だけじゃなく貴族の仲間内でも晒し者になっちゃった。
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そのうちに、王宮前広場は貴族達でいっぱいになり…。
中には、檻のサル達の中に肉親や知人を見つけ、その変わり果てた姿に嘆く人も見られたよ。
「これは、一体何の騒ぎであるか。
陛下に仕える官吏が仕事を抜け出して、このように屯しているとは嘆かわしい。
速やかに職務に戻りなさい。」
王宮前の喧騒を聞きつけたのか、宰相がやって来て官吏たちを注意してたよ。
その後ろにダージリン王と初めて見るオッチャンが一人ついて来てた。
「あれがノノウ伯爵。ノノウ一族の総帥です。」
初見のオッチャンを指差してウレシノが素性を教えてくれたの。
注意された官吏達はこんな面白い見せ物なのにと、宰相の指示に不満気に見えたけど。
後ろに国王が居るのに気付くと、そそくさと職場に戻って行ったよ。
「しかし、この者達、本当にウーロン殿下の遠征にお供した者達なのでしょうか?
私には、サル、若しくは未開の原始人にしか見えませぬが…。」
宰相は檻の中に捕らえられているサルを眺めて首を傾げていたよ。
どうやら、ウーロン王子と共に新大陸を目指した者達だという噂は、王や宰相の耳にまで届いたようだね。
「宰相、間違いありませぬぞ。
この檻の中に、ウーロン殿下の参謀としてお供した儂の息子が居りますゆえ。」
檻の中からプーアル伯爵が、宰相に噂が真実だと伝えてたよ。
「おや、大将軍、そのような姿で如何なされました。」
「いや、恥ずかしながら…。
ウーロン殿下の一軍を撃退したと申す不遜な小娘が居りまして。
成敗しようとしたところ、返り討ちのあってこのありさまで…。」
さしもの大将軍も、この国のナンバー二たる宰相にまでは横柄な態度をとれないようで。
小娘のおいらに負けた恥ずかしさも手伝ってか、しおらしい話し方だったよ。
「何と、大将軍を手玉に取る小娘とな…。
その小娘がこの檻を運んできたと?
このような巨大なモノを一体どうやって?
ともあれ、新大陸は迂闊に手出しできないところのようですな。」
一を聞いて十を知るじゃないけど、宰相はすぐにおいら達を手強い相手だと理解したみたいだった。
そこへ…。
「あなた! 一大事です!
ノノウ島が敵の襲撃を受けて壊滅しました!
敵はウーロン殿下を撃退したと申す小娘です。」
ノノウ伯爵夫人が伯爵に声を掛けたんだ。
ノノウ一族を捕らえた檻は、サル共を入れた大きな檻の陰になって伯爵の位置からは見えなかったみたい。
伯爵は夫人の声を頼りに檻の方へ歩いて行ったよ。
「何だ、これは…。
我が一族の秘密が丸々暴露されておるではないか…。
あっちの檻、噂では街の広場に置かれていたそうだが。
よもや、この檻も広場で晒し者になっていたのではあるまいな。」
ノノウ一族を閉じ込めた檻に掲示されている看板に気付いた伯爵。
それに目を通した伯爵は、暴露された内容のヤバさに青褪めていたよ。
「あなた、申し訳ございません。
不覚にも、門外不出の文書の全てを奪われてしまいました。
私の方からは、その看板に記された内容を知る由もございませんが。
この檻、早朝より広場に置かれ、町の者共に晒されておりました。」
檻に掲げられた看板に目が行ってしまった伯爵だけど、その声で夫人に目が行ったみたい。
「おお、アサミヤ、そなたは無事であったか。
襲撃を受けたと申すが、ノノウ島は多少のことで落ちるような島では無いぞ。
いったい、如何ほどの大軍に攻められたのだ。
ここに捕らわれている者はいやに少ないようだが、…。
まさか、他の者は全て討ち死にしたと言うのではなかろうな。」
夫人の無事に安堵した様子の伯爵は、残りの一族の安否を尋ねたの。
伯爵は捕らわれたのが夫人達だけで、他の人は少なからず落ち延びていると期待しているみたい。
「そ、それが…。
襲撃したのは、小娘一人と妙な羽虫が一匹。
それに小娘の付き人と思しき者が数名です。
その羽虫、雷を操るという怪しげな力を持っており。
雷の一撃で、屋敷は灰燼に帰してしまいました。」
伯爵夫人は言い難そうに返答したよ。
そりゃそうだよね、少数の女子供に蹂躙されたなんて恥ずかしくて言いたくないよね。
「それでは、残りの者達は炎に巻かれて屋敷と共に…。」
夫人の言葉から伯爵は、一族の人達の大多数が焼け死んだと思った様子で痛ましい表情になったの。
伯爵のその表情を目にして、夫人はますます言い難そうな顔になって。
「いえ、それが…。
命を落とした者は一人もおりません。」
「では、他の者は一体どうしたのだ?
全員、島の何処かに潜伏しておるのか。」
「………。」
伯爵の問い掛けに、夫人は答えることが出来なかったよ。
まあ、言い難いよね。
分家を含めて、一族の大部分が敵に寝返ったなんて。
お読み頂き有り難うございます。




