第557話 ノノウ一族の暗部を垣間見たよ…
工作メイドの見習い全員を保護したおいら達が次に向かったのは船着き場。
そこに停泊していた大きな帆船二隻、アルトの『積載庫』に収まったよ。
これで、一族に捕り逃しがあっても逃げられないはず。
そして、いよいよ敵の本丸、ノノウ伯邸の本館に乗り込んだの。
例によって、アルトは建物の外壁に沿って飛び、窓から室内の様子を窺って回ったよ。
見習い達が消えたことは既に発覚しているみたいで館の中は大騒ぎだった。
そして、ある部屋を覗くと…。
「あなた方はいったい何をしていたのです。
昨夜は、房中術の実習で同衾していたのでしょう。
同じベッドで寝ていた娘が、消えた事に気付かないなんて何事ですか。
しかも、六人もいて皆が皆同じ失態を犯すとは。
少し、弛み過ぎではありませんか。」
六人の男が床に正座をさせられ、性格のきつそうなオバチャンに説教を食らっていたよ。
男達は六人共、立場が無さそうにシュンとしてた。
「今、男衆を叱っているのが、ノノウ伯爵夫人。
この島の事実上の支配者で、各地に散った工作メイドの総元締めです。
床に座らされている男達は皆、分家の当主かその息子。
見習い達に課された房中術実習のお相手は、分家の男衆の役割ですから。
あら、座らされている中にうちの父さんもいますね。」
おいらの後ろで部屋の様子を眺めていたウレシノが説明してくれたよ。
ノノウ伯爵がこの島を訪れるのは年に何回かで、併せても滞在期間は一月に満たないそうなの。
年の大部分は、王の側近として王宮での仕事に従事しているらしい。
伯爵に代わって島を切り盛りしているのが伯爵夫人なんだって。
工作メイドの養成から派遣まで、全て伯爵夫人が差配しているそうだよ。
今床に座らされて叱責を受けているのは、一人部屋の寄宿舎で見習いと一緒に寝ていた男の人みたい。
一緒に寝ていた娘が起きたことに気付かなかったこともさることながら。
同じ寄宿舎に住む数十人の娘達が同時に失踪したのに、呑気に寝ていたとは何事だと叱責されてたよ。
何十人もの娘が短時間に廊下を移動すれば、普通、足音で目が覚めるだろうって。
伯爵夫人のキツイ叱責に対して、床に座らされている男も黙っているだけではなく。
「いえ、お言葉ですが、大奥様。
私は見習いが消えて直ぐに気付いたのです。
昨夜、彼女の体に覆い被さったまま寝落ちしてしまい…。
明け方、彼女の体がすっと消えて、ベッドに体が落ちた衝撃で目覚めたのです。
でもその時既に、部屋には彼女の姿が無かったのです。」
自分には落ち度が無いと言わんばかりに状況を説明する者もいたの。
その時は、ベッドに娘さんの温もりが残っていたので、消えて間もないはずだと言ってたよ。
にもかかわらず部屋にその姿は無く、部屋の扉が開閉された形跡も無かったと。
すると、今度は別の男が…。
「そもそも、おかしいと思いませんか?
我々が同衾していた六人以外の見習いはベッドごと消えているんですよ。
あんな大きなベッドを背負って、寄宿舎を抜け出したと言うのですか。」
うん、それ、なんでもっと早く気付かなかったんだろう。
その指摘に、伯爵夫人はこめかみに指を当てて頭が痛いって顔をしてたよ。
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すると、今度は廊下を掛けてくる足音が近づいて来たの。
「大奥様、大変です!
船が! 船が二隻とも消えてしまいました!」
そして扉を開けるやいなや、息を切らしたメイドがそんな報告をしたんだ。
報告を耳にした伯爵夫人はいっそう表情を険しくしたよ。
「何ですって! 見習い達が船を奪って逃走したと言うのですか。
あなた方、見習い達を捜索する過程で船の点検はしなかったのですか?」
苛立ちを隠さずに、船の中をちゃんと探さなかったのかと問い詰める伯爵夫人。
「いえ、船の中も隅々まで探しました。
船の中に隠れている見習い達が居ないことも確認しましたし。
船に近付けないように、見張りも配置していました。
その見張りの前で、忽然と船が姿を消したのです。」
「あんな大きな船が消える訳が無いでしょう。
その見張りの者、居眠りをしていて夢でも見たのではありませんか。」
メイドはありのままを答えたんだけど、伯爵夫人は信じようとしなかったんだ。
すると、次の瞬間、アルトは室内にある立派な執務机と鉄製の金庫を『積載庫』に収めたの。
「えっ、金庫が消えた…。
じゃない、金庫を探すのです。
あの中のモノは何があっても外部に流出させる訳にはいきません。」
金庫が消えた瞬間、一瞬惚けていた伯爵夫人だけど。
ハッと正気を取り戻すと、狼狽した様子で金庫を探すように指示したの。
「大奥様、これは探しても無駄ではございませんか。
目の前で、忽然と消え失せましたし…。
これは、報告にあった船が消えたと言うのと同じ現象かと。」
「無駄でも何でも探すのです。
あれが表沙汰になったら、ノノウ一族はお終いです。」
メイドは一瞬にして消えてしまった物は探しようが無いと言ったのだけど。
金庫の中の物は相当重要なものらしく、伯爵夫人は無茶振りしていたよ。
すると、おいらの前にその金庫が現れたんだ。
と同時にアルトが現れて。
「マロン、みんなで手分けをして金庫の中身を洗いなさい。
何か重要なモノが、入っているみたいだし。
私は仕上げに掛かるから。」
おいら達にそんな指示を出して出て行ったよ。
「マロン様、これ、どうやって開けるのでしょうか?
鍵が見当たりませんけど…。」
おいらの護衛を務める騎士のトルテが金庫を確認しながら尋ねてきたの。
「ああ、それ、大奥様が肌身離さず持っているはずです。
しかも、鍵に加えてダイヤルで六桁の数字を合わせないと開錠しません。
もちろん、その数字は大奥様の頭の中です。」
ウレシノの説明にトルテは肩を落とし…。
「それじゃ、ダメじゃないですか。
マロン様、如何致しましょうか?」
お手上げですとおいらに告げたよ。
「まあ、心配しないで良いよ。
前に冒険者ギルドを懲らしめた時、似たような事があったから。
危ないから少し下がっていて。」
おいらは『積載庫』から錆びた包丁を取り出すと、金庫に向けて軽く振り下ろしたんだ。
包丁が金庫に当たるとキーンという小気味良い金属音がして…。
目の前で二つに分かれて左右に転倒し、中身をまき散らす金庫。
もちろん、クリティカル関連の二つのスキルが良い仕事をしてくれたんだよ。
「冗談でしょう!
鋼鉄の金庫が真っ二つって有り得ない…。
しかも、何で中身は無事なの?」
それを目にしたウレシノが驚嘆してたよ。
まあ、スキルって摩訶不思議なものだからね。
「何だこれは? 手紙か?
何々、これ、どっかの伯爵の隠し子についての密告だな。」
タロウが足元に飛んで来て封筒を手に取って内容を教えてくれたよ。
「こっちは、子爵の娘がお抱えの馬丁と密通しているって。」
「ありゃ、これ、武器の横流しについての密告ですよ。
何処かの侯爵が賄賂を貰って、懇意の商人に流したって。
王宮の武器庫にあった鉄砲って、これはヤバいでしょう。」
ウレシノが呆然としている間にも、散らばった中身に目を通す人達が続いたんだ。
おいらも試しに、足元に落ちてた帳面を拾ってみたんだ。
「ええっと…、六月一日、メイド二人をソノタ男爵家に派遣、派遣メイド マテ、フー。
これ、工作メイドの派遣記録かな?
随分前の日付から、つい最近の日付まであるけど。」
そこには、備考欄もあり、その後の状況とかも書かれてた。
任務完遂で帰還とか、男爵夫人に収まりお家乗っ取り成功とか、更には消息不明とかもあったよ。
おいらの呟きを耳にしたウレシノが背後から覗き込んできたかと思うと。
今度は、足もとに落ちていた同じ装丁の帳面を手に取ってパラパラと目を通したの。
「これ、ノノウ一族が国内の貴族に送り込んだメイドの管理簿ですね。
幾つかに分冊されていますが。
過去から現在に至るまで、全て網羅されているようです。
これ、本当にヤバいですよ。
反国王派だけではなく、親王派の大貴族の家にも送り込んでますもの。
現宰相の家にまで…。」
工作メイドを何処に送り込んでいるかは、伯爵と伯爵夫人しか知らない機密事項らしく。
ウレシノも初めて目にしたと言ってたよ。
ノノウ伯爵は、自分と同じ派閥に属する国王の側近にまで送り込んでたらしいね。
密かに工作メイドを送り込んで、貴族の弱みを探らせていたみたいなの。
確かに、そんな事が発覚したらノノウ伯爵の信用は失墜しちゃうよ。
そして、タロウ達が読んでいた手紙は派遣した工作メイドから報告書らしい。
どういう手段を使うのか、これまた密かにここに集約されていたみたいだね。
その手紙の内容は、派遣した家毎に分冊されて整理されてたよ。
それを見れば、その家の秘密や不正が手に取るように分かるようになってるの。
こんな物が流出したら大変だね。伯爵夫人が狼狽するのも納得だよ。
お読み頂き有り難うございます。




