第552話 この島、独立するそうだよ
ティーポット島の埠頭、ヌル王国が駐留させている部隊の駐屯地前に来ているよ。
おいらの前には、ヌル王国の軍属が二百人以上縄で拘束されて転がされているの。
おいらに目の前の連中を見張らせて、アルトと護衛騎士は駐屯地の中の武器や火薬を押収しに行ったよ
「貴様ら、一体何奴、この島のモンじゃねぇな。
俺達にこんな狼藉を働いてタダで済むとは思うなよ。」
提督と呼ばれていた男が、おいら達に毒づいたよ。
縄を打たれて地面に転がされた姿勢で叫んでもね、…負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ。
「うーん、タダで済むんじゃない?
船は全部消えちゃったし、オッチャン達もこれから消えるんだ。
半年くらいすれば、連絡が途絶えたことに本国が心配するかも知れないけど。
それから遣いが送られて来たとしても、何の手掛かりも無いんだもん。
オッチャン達が海賊行為に出港して、途中で行方不明になったとでも思うよ、きっと。」
「ちょっと待て、オメエら、俺達を殺すつもりか。
分かってるのか、俺達は大陸に覇を唱えるヌル王国の軍人だぞ。
ここに居る者の殆どは貴族の家の者だ。
オメエらには、貴族に対してはらう敬意と言うものがねえのか。」
何処の国にでも居るんだね、貴族風を吹かせれば手出しできないと思ってる愚か者が。
敬意を持って接して欲しければ、貴族らしい振る舞いをすれば良いのに…。
「いや、オッチャン達がやっていることって海賊と変わらないじゃない。
平穏に暮らしている島の人々を征服して、略奪してるんだから。
そんな海賊崩れが貴族を名乗れるのなら、そんな国滅んじゃった方が良いと思うよ。」
おいらが、率直な感想を口にした時だよ。
パチ、パチ、パチ、…。
おいら達の背中から疎らな拍手が聞こえたんだ。
振り向くとそこには、いつの間にかこの島の民らしき人々が集まっていたんだ。
武器の代わりにするつもりか、鍬やら、鋤やら、斧やら、その手には農具を携えてたよ。
「お嬢ちゃん、良いこと言うじゃないか。
ホント、その通りだぜ。
そいつら、二十年程前に突然襲ってきて殺戮と略奪をした海賊の癖に。
この島を統治してやってんだから年貢を寄こせだなんて言いやがる。
盗っ人猛々しいとは、このことだぜ。」
「おじさん達は何方かな?
みんな、農具を持ってるけど、野良仕事の帰りかな?」
「おお、俺たちゃ、元からこの島の住人でな。
日頃から、こいつ等のことに抵抗運動をしてたんだ。
この港を見張ってた同士から、船が突然消えたと報告を受けてな。
千載一遇のチャンスと、こいつ等をやっつけるために集まったんだ。
それにしても、お嬢ちゃん達強えぇな、…。
女子供だけでこれだけの軍人をのしちまうんだから。」
二十数年前に国を滅ぼされヌル王国の支配下に入った後も、それを良しとしない人達が抵抗運動を続けていたらしいよ。
夜陰に紛れて、駐屯地に放火したり、腐臭の酷い魚を投げ込んだり、そんな嫌がらせをしてたって。
なんか、子供のイタズラみたいに聞こえるけど。
ここは元々争いが無い平和な島だったそうで、武器なんか皆無だったためそんな抵抗しか出来なかったらしいの。
おいらの護衛に残っていたタロウが「農民一揆みたいだ。」なんて零していたけど、今も携えてるのは農具だもんね。
「おじさん達、船が消えたからって、そんなモノで抵抗するのは無謀だって。
船が無くなっても、こいつ等まだ鉄砲を持っていたんだ。
農具なんかで向かって言ったら、的になるだけだよ。」
「いやあ、面目ねえ。得物になりそうなのがこれしかなかったもんでな。」
おいらが注意すると、おじさんは本当に面目なさそうに頭を掻いてたよ。
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「あら、随分と人だかりが出来ちゃったわね。
ねえ、あんた達、この島の住人さん?
ここに転がっている連中の処分だけど。
あんた達にお任せして良いかしら?。
縛り首でも、火炙りでも、好きにして良いわよ。
気乗りしないなら、私達が処分しちゃっても良いけど。」
駐屯地から出て来たアルトが尋ねると。
妖精を目にするのは初めてなのか、アルトの姿を見てしばらく惚けていた住人達だけど。
やがて、住人の一人が口を開いたんだ。
「積年の恨みがあるから、俺達の手で血祭りにあげたいのは山々なんだがな。
如何せん、俺達の得物はこんな物しか無いんだ。
もし、俺達がこいつ等を殺したのが本国にバレるとどんな報復をされるか…。」
島民の抵抗にあって駐留部隊が全滅したとなると、苛烈な報復を受けるのでは懸念している様子だった。
「多分、報復を受けることは無いと思うよ。
おいら達、これからヌル王国に乗り込むんだ。
オイタが過ぎるので、王様達に少しお仕置きをしようと思って。
本国を護るので手一杯になるくらいに、お仕置きするつもりなの。」
おいらは島民たちを安心させるために今後の予定を教えてあげたよ。
「貴様、本当に我が国の王宮を襲撃するつもりか!
馬鹿も休み休み言え!
たったそれだけの手勢で、我が国に喧嘩を売ろうだって。」
それを耳にした提督が、転がったままの姿勢で再び怒声を上げてた。
「自己紹介が遅れたけど、おいら、マロン。
『霧の海』を越えた向こうにある大陸からやって来たんだ。
この間ウーロンって王子が率いて来た船団がおいらの国にやって来てね。
いきなり攻撃を加えてきたんだよ。
街に被害が出ると困るから、即行で撃退したんだけど。
そんな礼儀知らずの国は放っておけないから、報復に来たの。
多分、これだけの手勢があれば、ヌル王国を滅ぼせるよ。」
「貴様、ウーロン殿下の軍勢を撃退しただと。
そんな馬鹿な。
ウーロン殿下は二十五隻もの軍船を率いて出港したと聞いておるぞ。
そのウーロン殿下を撃退できる国が未開の大陸にある訳が無かろうが。」
ジャスミン姉ちゃんの話だと、あの船団はこの島には寄らなかったそうだけど。
提督は何処からかウーロン王子の航海のことを聞いていたらしい。
おいら達の住む大陸って、鉄砲や大砲が無いだけで随分と侮られているんだね。
「幾ら鉄砲や大砲を持っていても。
さっきみたいに、船ごと消しちゃえば攻撃できないよね。
沖合いで船を消したら、泳げなくて溺れちゃった軍人さんがいっぱい居たよ。
提督だって、船が無くなって困っているでしょう。」
「船を奪ったのは貴様か!
どうやって奪ったのかは知らんが。返せ! 返すのだ!」
「嫌だよ、返したらまた悪さをするじゃない。
さっき言ったでしょう。
ここの駐留部隊は、船と一緒に行方不明になるんだ。」
「ふざけるな!
国王陛下からお預かりした大切な船なんだぞ。
奪われたなどと知れたら、面目が立たんではないか!」
いや、いや、このまま行方不明になるんだから、面目も何も無いと思うよ。そう言うのは生きていてこそだから。
「お嬢ちゃん、どうやって船を消したか分からんが。
要するに、ヌル王国は力を失うから報復の心配は無いってことだな。
それじゃ、お言葉に甘えて積年の恨みを晴らさせてもらうことにしよう。
おう、みんな、こいつ等の息の根を止めちまおうぜ。
今日を限りにこの島は海賊共から独立するぞ!」
「「「「「おーう!」」」」」
住人の一人がみんなを煽ると、その場に集まった人達が呼応して農具で軍人を屠っていったよ。
と同時に、おいら達は街中に移動することにしたの。
流血沙汰は見るに耐えなかったから、後は住人たちに任せることにしたんだ。
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気分転換を兼ねて街中を散歩していると…。
「そこにいるのはもしや、カモミール様ではございませんか?
お帰りになられたのですか。」
そんな声がしたかと思えば、初老のご婦人が小走りでジャスミン姉ちゃんに近付いて来たの。
そして、ジャスミン姉ちゃんの返答も聞かずに…。
「やはりカモミール様。
お久しゅうございます。
お忘れでございますか?
乳母を務めさせて頂いたタイムでございますよ。
さあ、さあ、参りましょう。
ローズマリー様もお喜びになります。」
よほど嬉しかったのか一方的に捲し立てたの。
そのまま、ジャスミン姉ちゃんの腕をとって何処かへ連れて行こうとしたんだ。
「ちょっと、待ってください。
カモミールは私の母ですが…。
もしかして、ここは母の故郷なのですか?
母の生まれ故郷のことは何も聞かされてなくて…。」
「カモミール様のお嬢様?
さっ、さようでございますよね。
カモミール様が連れ去られたのは二十年以上前。
あの頃と同じ姿のはずがございませんよね。
私としたことが失礼しました。
余りにも、カモミール様と瓜二つだったものですから。」
なんか、数年前のおいらとパターツさんの出会いを思い出したよ。
お読み頂き有り難うございます。




