第525話 何か、新手が現れたよ…
オードゥラ大陸の話はそこまでとなり…。
「なあ、アルト姐さん、『ゴムの実』の『皮』を補充して欲しいんだ。
それと、申し訳ないけど、一つ頼みたいことがあるんだが。」
『妖精の泉』の水を汲み終えたタロウが、アルトにお願いごとをしていたの。
「ああ、二月も留守にしたものね。
そろそろ補充が必要になると思ってたわ。
それで、他に頼みってのは?」
と言うことでやって来たのは、港にあるひまわり会の事務所脇。
そこにはずらりと荷車が並んでいたの。
「オードゥラ大陸の船乗り達が、トレントの収穫物を船積みするために借りていくんだが。
連中、荷車を引いて狩場の外には出られるが、入っちゃ来れないだろう。
アルト姐さんの結界があるからよ。
だから、ここを返却場所にしたんだが…。
毎日、五台、六台と借りて帰るものだから。
俺一人じゃ、回収が間に合わなくてな。
申し訳ないが、これ、買取所脇の荷車置き場まで持って行ってくれないか。」
この荷車、本当はひまわり会の本部に設けた荷車置き場に返却することになっていたんだけど。
荷車を借りてく人が船乗りさんしかいないので、便宜を図って港に返却場所を設けたの。
入国管理事務所の隣にある『武器預り所』の建物脇スペースね。
ただ、貸し出す数が多いものだから、回収するのが大変みたいなの。
狩場に自由に出入り出来る人の中で男手はタロウ一人だけだからね。
毎日、タロウが荷車を引いて狩場と港を何往復もするハメになっちゃって。
「仕方ないわね。
良いわよ。
どうせ森に帰る時に通るから、大した手間でもないわ。」
仕方ないわねと言いつつ、気安く引き受けてくれたアルト。
すぐに、荷車を『積載庫』に仕舞ってくれたよ。
すると、そこに…。
「おう、ギルドの若いの。
毎日すまないな、荷車の回収に来てもらってよ。」
頭領さんが、今朝貸し出した荷車を引いてやって来たんだ。
「気にすること無いぜ。
こっちも毎日、賃料を貰っているんだ。
当然のサービスだぜ。
早いところ、返却手続きをしてきてくれ、それも回収していくから。」
「おう、そうか、じゃあ、事務所で返却手続きをしてくるぜ。
ちょと待っててくれ。」
頭領はタロウに返事をすると、事務所に入っていったよ。
今日で狩りは最後だったらしいから、荷車の保証金を返してもらわないといけないからね。
そして、事務所の職員に返却した荷車を確認してもらい…。
「若いの、返却手続きは終わったから、回収してもらって良いぜ。
ほら、保証金も返してもらったし。」
事務所から出て来た頭領さんが、銀貨の入った布袋を掲げて見せると。
すかさず、アルトが『積載庫』に荷車を収納したんだ。
「えっ、おい、今荷車が消えちまったんだが…。
いったい、どうなんてるんだ。」
アルトの能力を初めて目にした頭領が目を丸くして驚いていたよ。
もっとも、それがアルトの仕業だとも気付いていないようだけど。
「頭領さん、紹介するね。
トレントの狩場がある森の主、アルトだよ。
今のは、アルトの不思議な力で何処か分からない所にしまったの。
アルトに狩場まで運んでもらうんだ。」
「おや、これは可愛いお嬢さんだ。
空を飛べる人なんて珍しい。
まあ、木が人を襲ったり、精製済みの砂糖を落とす土地だから。
何があっても驚きゃせんが、凄い力をお持ちだ。」
「あら、この歳になって可愛いなんて言われると照れちゃうわ。
私、こう見えても百年以上生きているのに。」
頭領に可愛いと褒められて、頬に両手を当てながらフルフルと首を振ったアルト。
百年以上…、まあ、間違ってはいないね。五百年でも百年以上には違いないから…。
「頭領さん、上手な対応だね。
アルトに気に入ってもらえたようだよ。
アルト、おいらが知る限り一番強いから気を付けないといけないの。
初対面でアルトを侮った人は、みんな身を滅ぼしているんだ。」
「あんなでっかい荷車を瞬時に消し去るお方を侮れる訳ないだろう。
俺は、アルトのお嬢さんに底知れねえ恐ろしさを感じるぜ。
愛らしい外見に釣られて、それを見落とす奴は大馬鹿だよ。」
それもそうか、荷車を消したのを見ているものね。
しかも、宙に浮いてるし。
他にも人とは違った力を持っているんじゃと、用心する方が当然な気がする。
「愛らしいは良いけど、底知れない恐ろしさは心外だわ。
私と私の身内にさえ迷惑かけなければ、手出しすることは無いから。
恐れる必要はこれっぽっちも無いわよ。」
「その代わり、アルト姐さんの身内にちょっかい掛けると死ぬほど後悔するけどな…。」
愛らしいと言われて嬉しいのか、心外だと言いつつアルトはニコニコしてたよ。
アルトの言葉に、タロウがなんか突っ込んでたけど。
「おお、そうなのかい。
じゃあ、アルトお嬢さんの機嫌を損ねないように気を付けることにしよう。
まあ、俺と俺の手下どもに関しちゃ、心配無さそうだな。
何処に行っても悪さはしないようにと、普段から躾けているからな。
アウエーじゃ、地元民の恨みを買わないに越したことは無いからよ。」
頭領さん、強面の顔をしているけど、中々の世渡り上手みたいだよ。
アルトにも気に入られたみたいだし。
**********
そんな風に和やかに会話を交わしていると…。
「マロン、何やら、随分と大きな船団が向かってくるのじゃ。
あんな大きな船団、故郷トマリの港でも見たこと無いのじゃ。」
沖合に姿を見せた船影を指差して、オランが驚きをはらんだ声を上げたの。
オランの言葉通り、船団を組んだ船が沖合に姿を現したよ。
どれも頭領さんの船同様に三本のマストを持つ大きな船ばかりで。
その数…。
「ひぃ、ふう、みぃ、よっ…。
本当だな、全部は見えないが二十隻は有りそうだな。
この港、あれだけの船が停泊するスペースは無いだろう。
沖合に停泊してもらうか?」
二十隻くらいらしい。
船影を数えながら、タロウがそんな言葉を口にすると…。
「おい、何を呑気な事を言っているんだ。
あれはヌル王国の水軍だぜ。
あのタヌキ、トレントの苗木を探してこいなんて、商人に命じといて。
交易じゃなくて、侵攻する気満々じゃねえか。」
タヌキってのは、ヌル王国の国王の事かな?
トレントが魔物だって情報を知った者が、最初にこの港を出たのは二ヶ月ほど前のこと。
オードゥラ大陸まで戻るのに半年以上かかるそうだから。
まだ、帰り着いてはいないはずだし、当然、トレントの情報を知らないはずだよね。
と言うことは、商人の情報を待たずに出航してきた訳だ、あの船団。
頭領の言葉通り、最初からトレントの産地を侵略するつもりだったのかな。
おいらがそんな事を考えていると…。
「マロン、あの船、途中で曲がったのじゃ。
こちらに、船の側面を見せておるぞ。」
オランに声を掛けられて沖合に目を向けると。
それまで港を目指して直進してきた船が、ゆっくりと舳先の向きを変えていたよ。
ちょうどこちらに側面を見せる形になってた。
この港、二十隻もの船が停泊するには手狭だからね、入港を諦めたのかな。
「マロン、ありゃ、ヤバいぞ!」
「うん? 何がヤバいの?」
慌てふためくタロウに、その理由を尋ねた時。
「おや、なんじゃ、あれは? 煙かのう?」
オランの言葉通り、一隻の船の側面から白い煙が上がったよ。
すると、少し遅れて「ドーン!」という低い音がして…。
そのうち、ひゅるひゅると音を立てて何かが飛んできたんだ。
「ああ、どうやら港まで届くのがやっとのようだな。
あれなら、人にでも当たらない限り大した被害も無いだろう。
とは言え、家の壁くらいはぶち抜くか…、迷惑な…。」
どうやら、タロウは飛来物の正体に気付いてるようだね、呑気な事を言ってたよ。
「タロウ、あれ、何だか知ってるの?」
「ああ、あれな…。」
おいらの問い掛けに答えて、タロウが何かを言いかけると。
ガシャーン!
王都の一部が少し海側に張り出した街区からそんな破砕音が聞こえ、土煙が上がったよ。
「大砲って言って、鉄か石でできた玉を飛ばす武器だよ。
見た感じ、随分と初歩的なモンで大した射程距離も無いようだな。
海に突き出したあの一画にやっと届いた感じだぜ。
とはいえ、重い玉を飛ばして来るから、…。
当たった建物は壁が粉砕されるだろうな。」
あんな遠くから、壁を粉砕されるようなモノで攻撃されるのなら十分脅威だと思うけど…。
タロウは依然として、のんびり構えていたよ。
「若いの、そんな呑気なことを言ってる場合か。
あれは、ヌル王国の新兵器だぞ。
奴らの常とう手段だぜ。
最初に問答無用で大砲をぶっ放して、町を破壊して見せるんだ。
そこでマウントを取って、強気の交渉に出るってな。
放っておくと、あの一画、粉々にされるぞ。」
頭領は深刻そうな表情をして声を荒げていたよ。
ヌル王国は最初に脅しておいて、相手が怯むと無茶な要求を叩きつけるらしいよ。
ぶっちゃけ、ヌル王国の支配下に入れと言う内容らしいけど。
そこで拒否すると本当に戦争になるらしい、鉄の玉が雨のように降って来るって。
「そうだよ、タロウ。
このまま町を破壊されたら困るよ。
あそこにいる人が怪我でもしたら大変だよ。」
「まあ、まあ、そう慌てんなよ。
確かに、もう少し近付いて街中や港を攻撃されたら困るがよ…。
あの一画、無人なんだ。
ひまわり会が買い取って、閉鎖してあるからな。
このまま攻撃して建物を壊してくれれば、手間が省けるかと思ってよ。」
タロウが言うには、あの一画はおいらには話せないようなお店が集まっていたらしいよ。
小さな半島状で海に突き出しているので、隔離されたように特殊な歓楽街になったとか。
『風呂屋』とは違うのって尋ねたら、もっとディープな世界だとか意味不明な事を言ってた。
今、この王都の夜のお遊びはひまわり会が経営する風呂屋の一人勝ち状態で。
その一画に在るお店は、壊滅状態になったんだって。
そこで、ひまわり会がその一画を買い取って、風呂屋の四号店を出すことにしたそうだよ。
ただ、小さなお店が密集していて、取り壊しが一苦労だったらしく、計画が遅れていたんだって。
あの大砲で一画全部を壊してもらえば大助かり、なんて虫の良いことを言ってたよ。
そんな都合よく行く訳ないじゃないと思ってたんだけど…。
その後も、断続的の砲撃を受けたにもかかわらず、被害は全て海に突き出た一画に留まっていたの。
タロウの想像通り、大砲と言うものの射程がギリギリで街中までは玉が届かないみたい。
そして頭領の言葉通り、どうやら攻撃は交渉を有利に進めるための脅しみたいだ。
だって、撃った玉の半分ぐらいは陸に届かずに海に落ちているんだもの。
本気で戦争しようと言うのなら、もう少し陸に近付いてから攻撃を始めるよね。
そして攻撃が止む頃、その一画にあった建物は一つ残らず、タロウの希望通りに粉砕されてたよ。
「おお、キレイになった。後は残骸を片付けるだけだな。」
タロウは満足そうだったけど。
「ふふふ、舐めたことをしてくれたじゃない。
いきなり喧嘩を吹っかけて、マウントを取ろうですって…。
タロウが満足したなら、今度は私のターンね。」
アルトはお気に召さなかったみたい…。
お読み頂き有り難うございます。




