第522話 当事者同士で解決してよ…
身なりの良いオッチャンが、屈強な男達の集団に追い回されているのに遭遇したおいら達。
オッチャンが袋叩きにされるのを見過ごす訳には行かないので、割って入ったんだ。
話を聞くと、追いかけていたのはオードゥラ大陸から来た船の船乗りさん達、追われていたのはその雇い主の商人らしい。
追われていた商人、船乗りさん達に操船以外の仕事を押し付けたらしい。
何でも、船乗りさん達に冒険者研修を受けて来いと命じたとか。
「それで、冒険者研修は合格して、登録証は貰えたんでしょう。
何で、このオッチャンを追いかけてたの?
そんなに怒って。」
「ああ、こいつな、俺達が研修を終えた時に受け取った銀貨を取り上げようとしたんだよ。
業務命令の遂行中に手に入れた金は雇い主のものだとか何とか理屈をコネてな。
おじさん達、予定外の仕事を押し付けられた上に、死にそうな思いをして手に入れた金だと言うのに。」
筋骨隆々とした厳つい顔のおじさんが、外見からは想像できない人当たりの良い口調で答えてくれたの。
研修中に倒したウサギやトレントは換金されて、研修終了時に均等に分けられるんだ。
冒険者研修の受講者は田舎から出て来たばかりの人が多く、大したお金も所持していないから。
当面の生活が安定するようにね。
研修中は、五人一組で一日に一体のトレントを狩るのがやっとだから。
研修終了時に受け取れる銀貨は千枚ほどだけど、それなりの大金だからね。
船乗りさん達は航海で鍛えた体と連携を活かして、大したケガも無く研修を終えたそうだけど。
トレント狩り実習では、これは死んだと肝を冷やす場面が何度もあったそうなんだ。
そんな大変は思いはしたものの、研修終了時に思わぬ臨時収入があって留飲を下げていたそうなの。
ところが、その銀貨を商人が取り上げようとしたので、コメカミに青筋が浮かんだって。
「お頭の言ったことだけじゃないんですぜ。
俺達が研修で稼いだ金を取り上げるだけじゃなくて。
これから毎日、トレントの狩場に潜り込んで苗木を探せと言うんだ。
冗談じゃない、そんな危ないことが出来るかってんだ。
船乗りは陸に上がったら、航海の疲れを癒すと昔から相場が決まっているんだ。」
どうやら、強面だけど人当たりの良いおじさんは、船乗りの頭領らしいね。
研修で受け取ったお金を取り上げると言われた時、血気盛んな若い船乗り達が暴動を起こしそうになったらしい。
その時は、何とか頭領が宥めたそうなんだけど。
トレントの苗木を探して来いと言われて、流石の頭領もプツンと切れたらしい。
そんな事をしたら、大事な船乗りたちの命が危ないって。
そして、頭領は商人に反旗を翻したらしいんだ。
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おいらの心証では、船乗り達の言う事の方がもっともだと思うけど…。
国が違えば法もしきたりも違うのが当たり前だし、ましてや遠い大陸の事だものね。
商人と船乗り、どっちの言い分が正しいのかは分からないよ。
「お前ら、何を言ってやがる。
船乗りが船主を害することは、重罪だぞ。
国に帰って、俺が役人にお前らのことを突き出せば。
全員、縛り首なのだからな、分かってんのか。
分かってんなら、俺に逆らうのは止めて。
さっさと、トレントの苗木を探しに行かんか!」
うん、やっぱり、この商人の方が悪いんじゃないかな。おいらの直感がそう告げてる。
だいたい、こいつ、馬鹿だよ。
国に帰って役人に突き出すなんて脅せば、国に帰る前に口封じされると思わないのかな。
「ねえ、オッチャン。おいら、子供だから良く分かんないんだけど。
船乗りさんって、普通、港に着いたら休息をとるものなんでしょう。
何で、船乗りさんにトレントの苗木を探せなんて命じるの?
オッチャン、大きな商人なら、使用人を沢山連れて来ているでしょう。
使用人に探させれば良いじゃん。」
おいらが、素朴な疑問をぶつけると…。
「そんなの、最初にやったわい。
トレントってのは木の分際で攻撃してくるって言うじゃないか。
うちの使用人達は、全員、冒険者研修を受けて大ケガだ。
みんな、俺が手塩に掛けて育てた手代達だってんだぞ。
今回は大仕事だったんで、秘蔵っ子連中を連れてきたのに。
大怪我を負わされて、これで苗木が手に入らなければ大損だわ。
だから、腕っ節の強い船乗り達に命じたんだ。」
どうやら、一応最初に商人の使用人を研修に送り込んだみたい。
でも、使用人達は商人としては優秀な人材だったようだけど、腕っ節はダメダメだったらしい。
全員が研修二日目でリタイヤして帰って来たそうだよ、ウサギにボコボコにされて…。
「なら、せめて、船乗りさん達に特別手当を弾めば良いじゃない。
本来、船乗りさん達の仕事は船を操ることだけなんでしょう。
手当てを出すどころか、研修で稼いだお金を巻き上げるなんて問題外だよ。
それじゃ、船乗りさん達が怒るのも当然だと思うな、おいら。」
「子供が何知ったような口を利きやがる。
儂は、王命を受けてトレントの苗木と木炭を入手するためにやって来たのだ。
ところが、木炭はひまわり会なる商会の独占で馬鹿高いわ。
苗木は何処にも売ってないわで。
仕方がないので、もう一月も、産元を探してこの国を彷徨ったのだ。
それだけでも、予定外の経費が嵩んでおると言うのに。
この上、特別手当など出そうものなら大赤字だ。
爵位の一つくらいじゃ、とても割に合わんわ。」
ムッ、このオッチャン、ひまわり会が独占しているせいで『トレントの木炭』が高いと思ってる。
まるで、ひまわり会がぼっているかの言い様だね。
言い掛かりも甚だしいよ、『トレントの木炭』の貴重さも知らない癖に。
あれは、一流の刀匠が一級品の刀剣を造るために必要な物だから高価なんだ。
間違っても、そんじょそこらの鉄を大量に造るためにあるもんじゃないよ。
そもそも、おいらとスフレ姉ちゃん以外には、トレントの木炭の大量生産なんて出来ないんだよ。
トレントの討伐が容易でないこと以上に、ムチャクチャ重いトレント本体の回収が難しいから。
しかも、一月もこの国を彷徨って時間を浪費したのは、自業自得じゃない。
船乗りさん達に、手当を支払わない理由にはならないよ。
トレントの苗木を献上したご褒美は爵位らしいけど、赤字になるのが嫌なら諦めれば済む話なのに。
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「トレントの苗木は諦めた方が良いよ。
あれは、危なくて採れたもんじゃないから。
たぶん、おいらにも採るのは無理だと思う。
傷口を広げる前に、ひまわり会から木炭を買って帰った方が良いよ。
この大陸中を探しても、ひまわり会より安く売っている商人は無いから。」
アルトから聞いた話だけど。
トレントって、苗木を護るため群落の中央に発芽させるんだって。
一見木に見えるけど、魔物なので、根っこを器用に動かして移動するんだ。速度はゆっくりだけどね。
群落の外周部のトレントが討伐されたり、枯れたりすると、そこを埋めるため成木が順繰りに移動するの。
なので、苗木は常に群落の中央部分に発生しているらしいよ。
苗木を採集しようとしたら、トレントの森の中央部まで辿り着かないといけないの。
アルトみたいに、一足飛びに群落の中央まで飛んで行ければ楽なんだけど。
空を飛べない人間の身では、外周部からトレントを倒しながら進む必要があるんだ。
おいら、トレントと戦っても負けはしないけど、多分途中で力尽きるよ。
疲れ果てたところを、トレントに食べられちゃうのが目に見えるようだ。
おいら、そのことも商人のオッチャンや船乗りのみんな教えてあげたよ。
「鍛えてないとは言え、仮にも大人の使用人が負けちまうんだ。
お前みたいな、子供に敵う訳ないだろう。
お前に出来ないからと言って、屈強な船乗りに出来ないとは言えないだろうが。
儂の国では商人が貴族に成り上がれる機会など皆無なのだ。
そう簡単に諦められる訳が無かろうが。
船乗りを使って、是が非でも苗木を手に入れるぞ。」
オードゥラ大陸でも貴族階級は様々な特権を持っているみたいで。
爵位を持っていると、商売をするにも何かと都合が良いらしいの。
貴族に列せされれば、所領も貰えるそうだしね。
そして、長いこと市井の民が貴族に列せられたことは無いらしいよ。
大商人達は、特権階級になれる稀有な機会だと、皆躍起になっているみたい。
なら、ケチらないで、赤字になっても特別手当を出して上げれば良いのに…。
まあ、それでも大事な船乗りさん達を損なうだけで、無駄な努力だろうけど。。
「分かったよ。
トレント苗を諦めるつもりも、船乗りさんに特別手当を出すつもりもない訳だ。
じゃあ、おいら、これ以上は口は挟まないよ。
ねえ、頭領、このオッチャンをこの国で袋叩きにするのは止めてくれない。
法に基づいて、船乗りさん達を捕縛しないといけなくなるから。
それと、おいら、オードゥラ大陸のしきたりは知らないから。
どう解決するかは、当事者に任せるよ。
港にある擁壁の外なら、どうしようと関知しないので好きにすれば良いよ。」
おいらは、商人と船乗りさんの双方に向けてそう告げ。
商人を船乗りさんに引き渡すよう、護衛騎士に指示したの。
「おい、こら、あんたら騎士だろう。
儂は保護を求めているのだぞ。
何で、無法を働こうとしている連中に引き渡すんだ。
あんたら、無法者の肩を持つつもりか。
だいたい、何で、そんな子供の言うことに従っているんだ。」
おいらの指示に従おうとする騎士達に、オッチャンは抗議したけど…。
「いえ、船乗りの皆さんに肩入れするつもりはありません。
陛下の仰せの通り、我々には国交のない国の法は分かりかねますので。
この国の外へ出て、当事者同士で解決して欲しいと言うことです。
この国に揉め事を持ち込まないでください。
船乗りさんに引き渡さないと、あなた、またこの街中を逃げ回るでしょう。
それでは、困りますので。」
ジェレ姉ちゃんはオッチャンの肩を押して船乗りさん達へ突き出したよ。
「おい、こら、ちょっと…。」
船乗りさん達に両腕をがっしり掴まれたオッチャンは、まだ騎士達に助けを求めようとするけど。
助けを求める言葉を発する間もなく、ズルズルと引き摺られて行っちゃったよ。
お読み頂き有り難うございます。




