第516話 不審者にいきなり抱き付かれたよ…
王宮へ戻ったおいらは、宰相にその日あった出来事を報告し。
タロウの助言通り『パンの木』の国外持ち出しを禁止する法を定めるように指示したよ。
港の管理事務所で公布した勅令についても、もちろん、ちゃんと報告したよ。
一字一句違えること無く書いて見せると、宰相は渋い顔をして…。
「勅令を発したことは、まあ、やむを得ないとは存じますが…。
陛下、法というものは、体裁や用語法が定められておりまして。
これからは、みっちりとその辺を勉強せねばなりませんな。
それと、陛下のお立場と言うものもございますし…。
文字はもう少し綺麗にお書きになられた方がよろしいかと。
文字の書き取りもお勉強に加えましょうか。」
とんだ藪蛇だったよ…。
おいらの日課に法令文章の書き方と綺麗な文字の練習が加えられちゃった。トホホ…。
思い付きで発した勅令にはついては、宰相が細かい点を詰めて手直しをしてくれるそうだよ。
後日、改正の形で公布するんだって。
取り敢えず、ヤバい伝染病を意図的に持ち込もうする輩を厳しく罰することにしたことに異論は無いそうだよ。
商人の身柄を押さえたのも褒めてくれたよ。
『妖精の泉』の水なんて、非常識なモノが表沙汰になったらロクなことが無いだろうって。
欲深い商人ならまだしも、欲深い為政者の耳に入れば戦争の火種にすらなりかねないって。
それから、エチゴヤの幹部達を呼んで、『パンの木』の苗木についてきつく注意しておいたの。
外部へは販売するな、盗難や不正持ち出しにも気を付けろってね。
『パンの木』を栽培している畑もちゃんと塀で囲まれているらしくてね。
エチゴヤを任せている幹部達は、泥棒に入られる心配は無いだろうと言ってたよ。
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その数日後、日課のトレント狩りをするため狩場を訪れた時のこと。
狩場に着いてその門を潜ろうとすると…。
「えっ、うごっ!」
門の外にあった茂みの影から、飛び出してきた影がおいらが騎乗するバニーに飛び乗ったかと思ったら。
ギュッとおいらのお腹にしがみ付いて来たんだ。
余りにきつくしがみ付くものだから、苦しくて戻すかと思ったよ…。
「貴様、何奴!」
不意を突かれた護衛のジェレ姉ちゃんが、慌てた声を上げてたけど。
おいらが、お腹に回された手を振り払うと。
「うわっ!」
おいらにしがみ付いていた何者かは、バニーから振り落とされてコロコロと地面を転がったよ。
おいらのような小さな女の子に、大の大人を振り払う力など無いと思って油断していたみたい。
いともあっさりと、おいらのお腹から手を放したんだ。
「陛下の玉体を抱きしめるとは、なんと羨ま、いや、無礼な。
貴様、覚悟は出来ているんだろうな。」
羨ましいって…、トルテ姉ちゃん、本音がダダ洩れだよ。
転げ落ちた何者かを取り押さえた護衛のトルテ姉ちゃんが、その首筋に剥き身の剣を当てて凄んでいたよ。
「ひっ! 陛下?
命ばかりは、勘弁してください!
その子供が陛下と呼ばれるような人だとは知らなかったのです!」
凄い剣幕のトルテ姉ちゃんに気圧されて命乞いする者をよく見ると…。
とても凶悪犯には見えない、二十過ぎくらいの何処にでもいそうな兄ちゃんだったよ。
「この国で一番愛らしい陛下をご存じないなんて。
貴様、この国の者ではないな…。
さては、貴様、小っちゃくて愛らしい娘にしか欲情しないド変態だな。
大方、危険人物として郷を追われたのであろう。」
剣を突き付けたまま、そんな勝手なプロフィールを口にしたトルテ姉ちゃん。
一番愛らしいって…、そう思ってるのはトルテ姉ちゃんくらいだと思う…。
「い、いや、俺、こんな子供に欲情する変態じゃないから…。
身分の高い人の体に触れたのは謝るけど。
まさか、こんな子供が陛下と呼ばれるような身分だなんて思わなかったんだ。
ちょっと、便乗させてもらってこの中に入ろうとしただけなんだよ。
だから、命ばかりは勘弁してくれよ。」
「貴様、女王陛下の玉体にしがみ付いておいて。
知らなかったで済まされると思っているのか。」
半泣きで命乞いする男に、隊長のジェレ姉ちゃんが呆れた顔をして詰め寄ってたよ。
そうだよね、知っていようが、いまいが、関係ないよね。
普通、こんな風に王族の体に触れたら、問答無用で首を刎ねられても文句言えないのだもの。
もしかしたら、王族の命を狙う刺客かも知れないのだから。
「まあ、何の実害も無かったし、首なんて刎ねなくても良いよ。
それより、その男を尋問したいから、日課は後回しだね。
一旦、近衛騎士の詰め所に戻ろうか。」
買取所にある空き部屋を借りても良いけど、…。
こいつの目的からすると、狩場の中に入れない方が良さそうだもんね。
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王宮の敷地内にある近衛騎士の詰め所に戻って来て。
「さてと、おいらはマロン。
一応、この国の女王だから、心して話してね。
ニイチャンは、何処で何をしている人なの?
どうしてあんな所に潜んでいて、おいらの後ろに飛び乗って来たの?」
後ろ手に回して縄で拘束した男を床に座らせて、おいらは尋問を始めたの。
「私は、オードゥラ大陸から来た貿易商の端くれです。
この大陸で安価な砂糖が幾らでも手に入ると聞き付けて来たのですが…。」
オードゥラ大陸から半年近くかけて大海原を渡って来たそうだけど。
最初に着いたサニアール国では、砂糖は余り安くなかったらしいの、量も十分じゃなかったし。
どうやら、『砂糖』が安く沢山入手できるというは、サニアール国の商人から見た話らしいんだ。
冒険者が活発にトレントを狩るようになって、甘味料三種を潤沢に交易へ回わす事が出来るようになったけど。
船に積める数量には限度があるからね、しかも、交易しているのは甘味料だけじゃないし。
なので、船を増やさない限り仕入れることができる量には限界があるの。
サニアール国の商人にしてみれば船に積める限度一杯まで仕入れることができるから。
安く幾らでも入手出来るようになったと感じる訳だけど。
一方で、今まで高級品だった甘味料が安く手に入るようになったため。
サニアール国の国内で甘味料の需要が飛躍的に増えてるらしくてね。
商人としては、国内の流通に回すので手一杯になっているらしいんだ。
だから、オードゥラ大陸からやって来て商談を持ち掛けられても、回せる量は限られているし。
その限られている量に買い手が群がれば、足元を見られるのも容易く想像できるよね。
「サニアール国で、この港に来れば幾らでも手に入ると聞いて来た訳だ。
でも、何であんなところでコソコソ隠れてたことにつながるの?
冒険者ギルドに行けば、無制限に買えるはずだし、値段だって格安に設定してるよ。
もし、冒険者ギルドにある在庫で足りないようなら、もっと備蓄を増やすようにもできるし。」
『ひまわり会』の直販所では、王都の小売商に卸す価格と同じ水準で交易に供しているの。
だから、他から仕入れるよりも、とても割安になっているんだ。
「いえ、それが、この港に着いて話を聞くと。
『ひまわり会』と言う冒険者ギルドが『砂糖』の販売を独占していると知りまして。
かと言って、ひまわり会が専売特許を与えられている訳では無いようですから。
砂糖の生産者から直接買い付けすれば、ギルドの中抜きが無い分安く仕入れられるのではと。
オードゥラ大陸から来た同業者は、皆躍起になって砂糖の生産者を探しているのです。」
オードゥラ大陸の商人って、どんだけがめついんだ。
ひまわり会は最低限の利益しか乗せていないのに…。
連中、ひまわり会が相当の独占的利益をピンハネしていると考えているみたい。
商人によっては、使用人や船乗り達に命じて王都周辺の農地を探らせているらしいよ。
サトウキビ畑を見つけ出せってね。
でも、サトウキビ畑なんて一ヶ所も見つからなくて、どの商人も途方に暮れているんだって。
「ここへ来て、あの森から『砂糖』が搬出されているとする情報が流れまして。
どうやら、あの森の中に大規模な精製所があるのではと噂されたのです。
それで、私も、精製所から直接仕入れることができないか、交渉しようと思いまして。
ところが門は開いているのに、何故か私は入れないのです。
私の目の前を乗合馬車や荷車を引いた少年が入って行くのにですよ。
仕方ないので、誰か入れる人に便乗しようと思って待ち構えていたのです。」
アルトの結界に阻まれて入れなかったのに、このニイチャンは諦めなかったみたい。
誰か、中に入れる人と一緒なら入れるかも知れないと思ったそうだよ。
荷車を引いた少年ってきっとタロウの事だよね。
立ち入りを許されている人の中で、荷車を引いて出入りするのはタロウだけだものね。
「私、自慢では無いですが、腕っ節はからきしで…。
どうやら、あの森は機密性が高そうですから。
拒絶されたら、ごり押しできる相手は望み薄なのですよ。
そんな時、か弱そうな少女が現れたので…。
ここは強引に連れて入ってもらおうかと思いまして。」
どうやら、敵わないと思ったようで、タロウには絡まなかったみたい。
そんな時、おいらが通り掛かったって訳なんだね。
森の中に入って直ぐに降りれば、謝って済ますことが出来るだろうと思ったみたい。
か弱い子供に抱き付いて、無理やり結界の中に押し入ろうって、なんて身勝手なんだ。
謝って済む訳がないじゃない。普通の女の子だったらトラウマものだよ。
こいつには少しキツイお灸を据えてあげないといけないようだね。
お読み頂き有り難うございます。




