第512話 海の向こうで噂になっているみたい
トレントの狩場にある『ひまわり会』の買取所で聞いた報告では、狩場への侵入を謀った輩が居るらしい。
同一人物かどうかは定かではないけど、異国の商人がこの狩場のことをコソコソ嗅ぎ回っているなんて噂もあるみたい。
一体、何が目的なんだろうね? それが分からないと対処のしようもないよ。
タロウもしばらく様子を見ることにしたみたいで、戸締りだけは厳重にするよう指示していたよ。
狩場の門扉は勿論のこと、買取所の出入口と金庫の戸締りもね。
最近は『銀貨引換券』での支払いが増えて銀貨の受け渡しは減ったけど。
端数分の銀貨や銅貨の支払いはあるから、常に一定額のお金が買取所の金庫に用意されているから。
トレントの本体の回収と『妖精の泉の水』の採集を終えたおいら達は、港の入国管理事務所へ向かったの。
優先順位が一番高いのが、港から入国する人に飲んでもらう『妖精の泉の水』を届ける事だからね。
欠品を起こして、異国から病気を持ち込まれると拙いから。
王都の港は、堅固な塀で王都と隔てられているの。
港から王都に入るための出入口は一ヶ所だけで、扉を潜った先は『ひまわり会』の事務所になってるよ。
港から入国する人はそこで武器の類を預けて、『水』を飲まされるの。
それが済むと、次の部屋は入国管理事務所になっていて、役人が入国手続きをするんだ。
部屋が分かれているのは、入国管理事務所で働く役人の安全を確保するためだよ。
前もって、武器を取り上げておくことで、役人の安全を確保したんだ。
以前は、警備のため入国管理事務所の中を武装した騎士が多数徘徊していて物々しかったの。
今は、港側と王都側の出入口にそれぞれ二人ずつ警備の騎士を配置しているだけだなんだ。
『妖精の泉』の水を届けに入国管理事務所を訪ねると。
「何だ、これは、本当にこいつの病が治ったのか?
着いて早々、お目当てのものにぶつかるとは幸先が良いぜ。」
そんな声がひまわり会の事務所、その待合室から聞こえてきたの。
見ると、恰幅が良く身形の良い中年男が、ボロを纏いやせ細った男を連れて座っていたの。
「おい、そこの娘、その水は何処に行けば手に入るのだ?」
中年男は横柄な態度で、『水』を配っていたギルドのお姉さんに問い掛けたんだ。
因みに、ギルドのお姉さんには、この『水』の効能は知らされてないよ。
入国して武器類の持ち込み検査を待つ間、サービスに『水』を配るとしか聞かされていないから。
『水』の効能は、ごく一部のギルド幹部だけの秘密になっているんだ。
知らなければ、秘密を漏らすことも無いからね。
「はい? この水ですか?
さあ? その辺の井戸で汲んでいるのではないですか。
ここに着かれるお客さんは、長い航海の間飲み水に不自由していたはずだからと。
お待ちいただいてる時間に、サービスでお水をお出ししているだけですから。」
「嘘を吐け!
その辺の井戸で汲んだ水の訳があるか!
この男、死病を患っていたのだぞ。
それが、その水を飲んだ途端にケロッと回復したのだ。
ほれ見て見ろ、顔中水泡だらけだったものが、あばたも残さず消えている。
熱だって、すっかり下がっておるし。」
こいつ、何てヤバい病気持ちをおいらの国に連れ込もうとしてたんだよ。
「そんなことを言われましても…。
私は、『水』をお配りしているだけですし。
このお水にそんな効果があるなんて聞いたことが無いです。」
中年男に問い詰められて、お姉さんが困っていると。
「まだ、そんなシラを切るか!
こんな奇跡みたいな水をタダで配っておるのだぞ。
この国には万病に効く水が有り余っているのであろう。
耳にしない訳があるか!」
中年男は是が非でも聞き出そうと、お姉さんの胸倉を掴んで怒声を上げたの。
突然、怒声が響いたので、何事かと周囲の視線が集まったよ。
これは拙いかなと、おいらが出て行こうとしてたら。
「あのう、その様な大きな声を出されると周りの皆様のご迷惑になりますし…。
何より、これは当ギルドに対する業務妨害になりますので。
申し訳ございませんが、排除させて頂きますね。」
お姉さんは蚊が鳴くような声で中年男にそう告げて…。
「うごっ!」
次の瞬間、強烈な拳を中年男の鳩尾に叩き込んだの。
不意を突かれた中年男は、その場で膝から崩れるように倒れ伏したよ。
まさか、か弱そうなお姉さんから、強烈な一撃がくるとは思わなかったんだろう。
でも、『ひまわり会』の女子職員は全員レベル十以上にしてあるからね。
荒くれ冒険者を制圧できるのが前提だから。
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床に倒れ伏した中年男は別室に移して尋問することにしたの。
すると、この中年男、とんでもないことを言ってたよ。
何でも、この中年男はサニアール国の港町である噂を耳にしたらしい。
「ウエニアール国の王都に行くと、何故か、どんな病気でもたちどころに治る」って。
普通なら荒唐無稽な与太話と聞き流すのだろうけど、この中年男は違ったの。
この中年男は、もしそれが本当なら、良い儲け話になりそうだと思ったみたい。
そこで、死病を患った痩せた男を実験台として拾って来たらしい。
因みに、何がとんでもないかと言うと。
その死病、とんでもなく感染力の強い流行り病なんだって。
感染すると体中に水泡が出来て、高熱に苦しみながら半月くらいで死に至るらしい。
船の中では、厳重に隔離して連れて来たそうだよ。
港に着いてからは長い棒で突っ付いて、中年男に近づかないようにして歩かせていたそうだよ。
今も、不自然に間隔を開けて座っているの。
死病を患った男に街中で色々な事をさせて、何が病を癒すのかを調べようとしてたみたい。
そんな事をして、この街で死病が広まったらどう落とし前を付けるつもりだったんだ、こいつ?
「俺はな、この大陸に来れば貴重な『砂糖』が幾らでも安く手に入ると聞いて。
一旗揚げようと、霧の海を越えてやって来たんだ。
ところがどうだい、サニアール国の港について見れば同業者ばかりだ。
これじゃ、大した儲けにならないと思ってよ。
他に何か儲け話が無いかと思っていた矢先に、その噂を聞いたんだ。
他の奴らは、そんなホラ話誰が信じるかとか言ってたが。
俺は、その噂話に賭けてみようと思ったのさ。
やっとの思いで霧の海を越えたのに、大した儲けも無いんじゃ適わないからな。」
「この大陸? 霧の海?
オッチャン、いったい、何処からやって来たの?」
おいら、部屋の隅で大人しく尋問を聞いていたんだけど。
聞きなれない言葉が出て来たんで、思わず口を挟んでしまったよ。
「何だ、このチビは? 物知らずなガキだな。
ここから、船で半年ほど掛る場所に別の大陸があるんだよ。
俺は、その大陸にあるヌル王国からやって来たんだが。
二つの大陸の間には常に深い霧が出ている海域があってな。
そこは岩礁がゴロゴロしている海の難所なんだ。
今までは、そんな危ねえ航海をしようなんて物好きは居なかったんだ。」
物知らずなおいらを小馬鹿にするように、中年男は話し始めたの。
従来、ヌル王国がある大陸では、この大陸には大した交易品は無いと思われていたそうなの。
航海の難所を越えてまで、この大陸まで来ようと言うもの好きは少なかったらしいの。
莫大なお金をかけて航海をしても赤字になるだけだってね。
ところが、その数少ない物好きからもたらされた情報。
この大陸に行けば、貴重な砂糖が幾らでも安価に手に入ると。
それを聞いた商人達は色めき立ったらしいよ。
そして、次々に船を仕立てて航海に乗り出したそうなの。
この中年男は少し出遅れたみたいで、この大陸の玄関口サニアール国に着いてびっくり。
港は、同じ穴の狢でいっぱいだったんだって。
これでは、早晩、砂糖の交易は旨味が無くなると、この中年男は焦ったみたいだよ。
何でも、莫大な借金をして船を仕立てたから、大儲けできないと拙いんだって。
そこに「どんな病も治る」という噂が降って湧いたそうで。
この中年男、イチかバチか、その噂話に賭けることにしたんだって。
困ったね、こんな輩が湧いて出ると・・・。
お読み頂き有り難うございます。




