第507話 スフレ姉ちゃんの憂鬱
そう言えば、クッころさんをはじめとするハテノ領の騎士八人は爵位と共に王都の屋敷を賜ったのだけど。
下賜された屋敷は、全て今回お取り潰しになった貴族から没収された屋敷ですぐにでも住める状態だったよ。
それまでの住人と使用人を全て退去させ、王宮の官吏による屋内の点検が終了すると。
保存状態が良く、かつ、爵位に見合う物件が下賜される屋敷の候補に挙げられたの。
騎士団長のクッころさんとカズヤ殿下の義妹のカズミ姉ちゃんは子爵なので、男爵に叙せられる六人より広くて立派な屋敷が選ばれてた。
一人に数か所の屋敷が紹介され、その中から当人が一番気に入った屋敷を選ぶことになっていたんだ。
一月の間、おいらも暇を持て余していたんで、騎士のみんなの屋敷選びに付いて行ったんだ。
今回叙爵される中で一番下っ端のスフレ姉ちゃんが、最後に屋敷を選んだのだけど。
「ふうっ…。」
塵一つなくピカピカに磨かれたダイニングルームで、椅子に腰かけたスフレ姉ちゃんがため息を吐いてたの。
「どうしたの、スフレ姉ちゃん、ため息なんて吐いちゃって。
こんな立派なお屋敷を貰えたのに嬉しく無いの?」
紹介された屋敷は三ヶ所、どれも素敵なお屋敷で立派な調度品や豪華な食器まで残されていたんだ。
その中で、スフレ姉ちゃんが選んだのは、少し小さめだけど一番手入れが行き届いたお屋敷だったの。
この屋敷も趣味の良い調度品や食器が残されていて、今すぐにでも住み始められる状態だったよ。
おいらの目には申し分ない屋敷に見えるんだけど、スフレ姉ちゃんは何が不満なんだろう。
「あっ、いえ、嬉しいのは嬉しいのです。
王都では貧乏長屋生活で、生活に困窮していましたので…。
爵位を頂いた上に、こんな立派なお屋敷まで下賜して戴けるなんて夢のようです。
ですが、もし、このことをお父さんが嗅ぎ付けたら。
それを考えると、悪い予感しかしなくて気が重いのです。」
憂鬱のタネを教えてくれたスフレ姉ちゃん。
スフレ姉ちゃんの親父さんは、仕事もせずに日がな一日博打と酒に明け暮れているらしい。
そんな親父さんに嫌気が差して、お母さんは家を出て行ったきり消息不明だそうで。
スフレ姉ちゃんは、シューティング・ビーンズを狩って生活を支えて来たと聞かされてたよ。
大人になった途端に風呂屋に売り飛ばされそうになって、スフレ姉ちゃんは家出してきたんだ。
「大丈夫じゃない?
お父さん、スフレ姉ちゃんが騎士になったことも知らないんでしょう。
家名を貰って、普段はデセール卿とか、デセール男爵とか呼ばれるんだから。
お父さんも、スフレ姉ちゃんのことに気付かないと思うよ。」
「なら良いですけどね…。
父さん、うまい汁が吸えそうなことには敏感ですから。
ワイバーン撃退の時、私も貢献者の一人として王都の広場で紹介されちゃいましたので。
そろそろ、私のことを嗅ぎ付けてやって来るのではと不安なんですよ。
このお屋敷も、気付かないうちに高利貸の抵当に入れられちゃうかも…。」
スフレ姉ちゃん、自分の父親を腐臭を嗅ぎ付けるハエのような人だと酷いことを言ってたよ。
「父さんも、まだ、そんな歳じゃないんで堅気の生活をして欲しいのですが…。
酒と博打にどっぷり浸かっているので、更生は望み薄でしょうね。」
そう言うと、スフレ姉ちゃんはまたため息を吐いたんだ。
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その数日後…。
「全員、そこを動くな! 我々は騎士団である!
ここに居る全員を賭博の現行犯で、捕縛させてもらう。
逃げる者、抵抗する者はこの場で斬り捨てるので覚悟するように。」
繁華街の裏通り、いかがわしい雰囲気のするその建物にモカさんのご子息が指揮する騎士団が突入したの。
目的は、恒常的に開帳されている賭場の摘発。
この国でも博打はご法度になっていて、見つかると捕縛されて強制労働刑が科されるの。
でも、前の王様の治世になってから賭場が摘発されたことは無かったんだって。
本来、市井の民が犯した犯罪の取り締まりは、平民で構成された衛兵隊の仕事らしいけど。
賭場の元締めが衛兵隊の幹部や貴族に鼻薬を利かせて、お目溢しをしてもらってたそうなんだ。
真面目な衛兵が摘発しようとすると、幹部から待ったが入ったり、貴族から圧力がかかるらしいの。
王様が無関心だったこともあり、半ば公然と汚職がされていた訳だけど。
賭博って、殺人や放火に比べたら大した犯罪でもないので誰も気にしなかったみたいなの。
突入した時、往生際の悪い跳ねっ返りが一人、騎士に向かって斬り掛かって来たけど。
躊躇なく騎士が斬り捨てると、賭場にいた者達は観念してお縄になっていたよ。
そして、騎士団の詰め所に戻り…。
「みんな、悪かったね。
本来は騎士の仕事じゃないのに無理を言って。」
おいらが騎士のみんなに詫びを入れると。
「このくらいお安い御用ですよ。
ワイバーンの襲撃からこの王都を護ってくれた功労者からのお願いですから。
ついでに賭場の元締めとつるんであこぎな商売をしていた高利貸しも摘発できたし一石二鳥ですよ。
で、あいつ等は、法の定めに従い強制労働に就かせるってことで良いので?」
モカさんのご子息はそう言って、捕縛した人達の処罰について尋ねてきたの。
他国の君主であるおいらにそれを尋ねるのも変な話だけど。
今回は特別、おいらが頼み込んで摘発してもらった事案だからね。
「目的のオッチャンをおいらに任せてくれさえすれば。
後の人はどうなっても良いんだけど…。
みんな、どんな刑罰になるかな?」
「賭博が摘発されるのはレアケースですが。
その割に、刑罰はけっこう重いのですよね。
最低でも五年、元締めと常習者は十年の強制労働となってます。
この国の強制労働はかなりキツイので、…。
十年無事に勤め上げて、娑婆に出て来られる者は稀でしょうね。」
今、罪人が強制労働に送り込まれている現場は銀山らしくてね。
最低限の食事で長時間坑内作業をさせられるので、数年で命を落とす人も少なくないらしいよ。
ほとんど死罪と変わらないと、巷では噂されているらしい。
「賭場にお客さんとして来た人が、おいらの我が儘で強制労働五年は厳しいね。
賭場の元締めとその一味は、原則通りの強制労働にして。
定職に就いている人は、キツイお灸で勘弁してあげて。
無職の賭博常習者は、目的のオッチャンと一緒においらの所に連れて来てちょうだい。
オッチャン一人だけだと、仕込みだと勘ぐられちゃうからね。」
「そうですね、今まで十年以上賭場の摘発はありませんでしたから。
それで捕縛されて強制労働五年じゃ、不運としか言いようが無いですからね。
きちんと定職に就いている者は厳重注意の上、家族に引き取りに来てもらいましょう。」
賭博で捕縛した者達の処遇については一応の方針は決まったので。
おいらは高利貸の件を尋ねることにしたの。
「それと、高利貸の方はどうだった? 借金の証文は押収できたかな?」
「あの高利貸、イカサマ賭博やぼったくり酒場と結託していて。
かなりあこぎな商売をしてました。
目的の男も、イカサマ賭博のカモになっていた様子ですね。
ご依頼の証文はこちらです。
陛下の予想通り、借金のカタに娘を差し出す約定になっていました。
博打の負けも込んでるようで借金が大きいし、金利がトイチですから。
端から娘の方が目当てで、返済なんて当てにして無いのだと思います。」
差し出されたのは十枚にもなろうかと言う借金の証文で、その担保として『スフレ』の名前が記入されていたよ。
そう、この一連の捕物はスフレ姉ちゃんの親父さんを捕まえるものなんだ。後顧の憂いを断つためにね。
お読み頂き有り難うございます。




