第5話 お駄賃をもらいに行こう!
「にっぽん爺、いる?」
おいらが、小さな家の引き戸を引きながら呼びかけると。
「おお、その声はマロンか。
今日は、もう仕事は終いか?
この老いぼれの話でも聞きに来たんかい。」
薄暗い家の中、寝室のベッドからにっぽん爺の声が聞こえた。
ここはにっぽん爺の家、私のお隣さんだ。
この周辺は同じ間取りの小さな平屋の家がいっぱい建っている。
引き戸を引いて家に入ると少し広めの土間があって、カマドが設えてあって。
土間の奥には、一段高くなった板張りの寝室が一つ、ただそれだけの家。
寝室と言っても仕切りがある訳じゃないから、部屋とは呼べないか。
今も奥の暗がりに、ベッドで横たわるにっぽん爺の姿が、薄っすら見えるし。
そうそう、トイレもちゃんとあるよ、土間の隅っこに。
「にっぽん爺に、お客さん連れて来たの。
なんか、にっぽん爺と同じところから来たみたいだよ。」
寝台の上で体を起こしたにっぽん爺に、来客を告げると。
ドタン、バタン。
にっぽん爺は体勢を崩したようで、ベッドから落ちたようだね。
体が悪いのに、慌てて起きようとするから…。
「おい、マロン、それは本当か!」
ややあって、寝室から急ぎ足でこっちに向かってくる音がする。
狭い家だし、それも大した時間ではなく。
間も無く、暗がりの中からにっぽん爺が姿を現した。
ボサボサの白髪で隻眼、隻腕のお年寄り、それが『にっぽん爺』だ。
そのケガのせいで、急に起き上がったりするのが苦手なんだ。
おいらには良く分かんないけど、上手くバランスが取れないんだって。
にっぽん爺、どんな修羅場を潜ってきたのかと言う姿をしているけど。
おいらたち子供にはとっても優しくて、ここいらの子供の人気者なんだ。
「うん、今、外で待ってもらっている。
おっしゃん、入って来て。」
おいらが、外で待つおっしゃんに声を掛けると。
「お邪魔しまーす。」
と言う軽い挨拶と共におっしゃんが引き戸をくっぐってきた。
「おお、その服はスエットか…。
スエットを見るのは何年振りか…、もう五十年になるかな。
懐かしい…。
たしかに、地球からやって来たようだ。」
そんな呟きを漏らしたにっぽん爺。
少し声が震えていて、一瞬泣いているのかと思ったよ。
どうやら、故郷の衣装を見て、感動しているみたい。
おっしゃんの服、見ない格好だと思ったら、民族衣装だったんだね。
にっぽん爺の故郷の方の。
おっしゃんがにっぽん爺と同郷なのは間違いないようだね。
ならば、感動に浸っているにっぽん爺には申し訳ないけど…。
おいらは右手をにっぽん爺の前に差し出したよ。
あえて、空気を読まないで。
「うん?
なんだ、マロン、その手は?」
「えっー、にっぽん爺、忘れちゃったの?
いつも言ってたじゃない。
『にっぽん人』を連れてきたらお駄賃くれるって。
銀貨一枚。」
私の言葉に、一瞬、にっぽん爺は渋い顔をしたけど…。
少し間をおいて、懐から巾着袋を取り出すと。
「おお、そうだったな。
悪い、悪い。
はい、約束の銀貨一枚だ。
日本人を保護してきてくれて有り難う。」
その言葉と共に、にっぽん爺はおいらの手のひらに銀貨を乗せてくれたの。
いつもの優しい笑顔で。
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貰うモノも貰ったし、おいらはさっさと立ち去ることにしたんだ。
同郷の人同士、積もる話もあるだろうから、おいらがいたら邪魔だろうし。
おいらも、シューティング・ビーンズを売りに行かないといけないから。
にっぽん爺に別れを告げて、立ち去ろうとすると。
「ちょっと待っておくれ、マロンよ。
ここで、老いぼれの話を一緒に聞いて行かんか。
隣人のよしみで、この少年の事を何かお願いするかもしれん。
事情を知っていた方が良いだろう。」
引き留められちゃった。
正直、おっしゃんは迂闊な事を口にするんであんまり関わりたくないんだけど。
第一、態度が失礼だよね、おいらのことをお前とか、ガキんちょとか言って。
「えええぇ、ヤダ。
おいら、これからシューティング・ビーンズを市場に売りに行くんだもん。
早く行かないと、買取が終っちゃうよ。」
おっしゃんと関わりになりたくないとは言えないので、豆を理由に断ると。
「それなら、この老いぼれが買ってやろう。
市場よりは、少しイロを付けてあげるぞ。
枝豆を摘まみながら、久し振りに日本の話を聞くとしよう。」
にっぽん爺は、巾着からまた銀貨一枚を差し出してきたんだ。
おいらが持っているシューティング・ビーンズはだいたい銅貨五十枚分くらい。
にっぽん爺が差し出したのは、その倍だ。
おいらは、すぐさま、シューティング・ビーンズを差し出したね。
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同時に、第5話から第8話を投稿しています。続けてお読み頂けると幸いです。
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