第492話 館にいた連中を一網打尽に捕えたよ
いつもなら光の玉一つなのに、今回に限り同時に三つも宙に浮かべたアルト。
何時でも建物内部に押し入ることが出来る態勢を整えたクッころさん達に向かって。
「準備は良いわね、相手が混乱している間に素早く押さえるのよ。
じゃあ、行くわよ!」
そんな指示を出すと共に、建物の外壁に向かって光の玉を放り投げたよ。
ダーン! と言う大きな破砕音が三つほほ同時に響き渡ると建物の外壁が白い煙に包まれ…。
煙が晴れると、沢山の人影があった部屋の外壁は粉砕されて風穴があいてたよ。
と同時に、室内に充満していたヤバい葉っぱを焚いた煙も外に吸い出されて視界が晴れたんだ。
一瞬にして堅固な石壁がぶち抜かれたことに騎士達が唖然としていると。
「エクレア、ぼさっとしない!
サッサと行動しなさい!
もたもたしてると、建物が崩壊するわよ!」
石積みの壁を広範囲に粉砕しちゃったもんね、建物自体が崩壊しても不思議じゃないかも。
アルトに一喝されたクッころさん達は慌てて部屋に突入していったよ。
それに続いて、シフォン姉ちゃん達も布と服を持って入っていった。
さて、壁が粉砕されて視界が晴れた部屋の中はと言うと…。
やっぱり、部屋の中にいる人達は全員丸裸だったよ。
ソファーや寝台の上では、男共が娘さんを組み敷いてた。
やっぱり、突然の大音響と共に外壁が崩落したものだから、度肝抜かれた様子で殆どの男共は固まってたよ。
やがて…。
「おい、いったい何があったんだ!」
我に返った者がそんな声を上げると、部屋の中がパニックになったんだ。
ただ、男共は右往左往しているんだけど、娘さん達はみんなぼうっとしてるの。
視点が定まっていないような虚ろな目をしてね。
あれが、アブナイ葉っぱの効果なのかな。
男共が右往左往がする中。
おいら達を積載庫に乗せたままのアルトは、騎士二人を連れて部屋を一気に突っ切ったよ。
二つある扉の一つから廊下に出ると、騎士二人に二ヶ所の扉を固めさせたんだ。
中の男共を逃がさないためと、この館の用心棒を部屋に入れないためにね。
廊下へ出たアルトは二階にあるはずのエロスキー子爵の執務室に向かったの。
辺境の町で捕らえたお爺ちゃんから子爵の居所を聞いていたから。
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階段を登って、二階の一番奥の部屋。
アルトは扉の前で一旦停まると、静かに扉を開いて部屋に忍び込んだの。
扉の隙間から明かりが漏れていて、誰かが部屋にいる気配がしたから。
扉の開け閉めの音で気付かれるんじゃないかと心配したけど。
中に居る人物は気付く様子も無く、取り越し苦労だったみたい。
気付かれないように天上付近に高度を上げたアルト。
おいら達がいる『特別席』の窓から見えたのは、でっぷり太った醜い四十男だった。
こいつがエロスキー子爵なんだと一目で分かったよ。
だって、どら息子同様、全裸で机に座ってたんだもん。
この親子、裸族なんだろうか…。
「ふ、ふ、ふ…。今日の稼ぎは銀貨五千枚ってところか。
一晩でこれだけ儲かるのだから笑いが止まらんのう。
娘は街で拉致ってくればタダだし。
葉っぱも裏庭で栽培しておるから、タダ同然だしな。
こら、何をサボっておる。
きっちりご奉仕せんと、貴様も処分するぞ。」
子爵らしき男はそんなセリフを独り言ちてたよ。
アルトが扉を開けたのにも気付かなかったのは、銀貨を数えるのに没頭してたからみたい。
一階であれだけの騒ぎになっているのに、こいつ全然気付いてないんだね。
でも、おかしい…。こいつ、今、誰かを叱っていたけど…。
天井付近から見下ろしても、部屋には誰も見当たらないんだ。
「ひっ、お赦しください、子爵様。
先ほどのモノが余りに濃くて、喉に絡まっていたものですから…。
すぐに続けますので、命ばかりはお赦しください。」
「ええい、言い訳は要らんわ!
さっさと続けんかい!」
変だと思っていたら、机の下から女の人の命乞いが聞こえた来たよ。
声の雰囲気からして、若い娘さんのようだった。
やっぱり、こいつがエロスキー子爵だったんだね。
「ふーん、処分するって…。
今の娘の口振りからすると、あの肉塊、飽きた娘は消しているみたいね。
とんでも外道だわ。」
そんな言葉を呟くと、アルトは机の上の銀貨を消し去ったよ。
もちろん、『積載庫』に入れちゃったんだけど。
「わ、儂の銀貨が…、いったい何処へ消えた。
お、お前、儂の銀貨を見なかったか?」
いや、机の下にいる人に言っても知ってる訳ないじゃない…。
「ふが、ふぐっぐ…。」
「痛ててっ!
馬鹿者、咥えたまま、しゃべる奴があるか!
千切れるかと思ったではないか!」
机の下からくぐもった声が聞こえたかと思ったら、いきなり子爵が怒り始めたよ。
一体何が、そんなに激怒するほど痛かったんだろう?
**********
「そろそろ、茶番も終わりにしないとね。
こんなバカに何時までもかまってられないし…。
マロンの教育にも悪いわ。
モカ、準備は良いわね。」
アルトは子爵の目の前に降りて来て、見下したように言ったんだ。
「何だ、この羽虫!
羽虫の分際で生意気な口を利きおって。
お前、いったい何処から入って来た!」
バカにされた子爵が声を荒げると…。
「いや、アルト様はその扉を開けて入って来たぞ。
五千枚の銀貨を数えるのに没頭していたから気付かんかっただけであろう。
ご禁制の薬と拉致した娘を使って、お仲間の貴族から巻き上げた銀貨をな。」
突然目の前に現れたモカさんがアルトに代わって答えたよ。
「き、貴様、クレーム!
近衛騎士団長のお前がどうしてここに居る!」
「決まっておるではないか。
子爵がご禁制の薬を大量に市中に流している証拠を掴んだからだ。
子爵をご禁制の薬の製造、所持、販売の罪で捕縛されて貰う。
悪いが一階にいた連中は、『薬』の服用の現行犯で捕縛させて貰ったぞ。
子爵も大人しく、お縄についた方が身のためだぞ。」
「くっ、貴様、儂を捕縛すると申すか。
王の腹心のこの儂をそのような微罪で。
貴様、後悔するぞ。
捕らえたと言う一階のお客様の中には、伯爵様もおられるのだからな。」
こいつ、自分が罪に問われるなんて露ほども思っていないよ。
それどころか、伯爵の力を使ってこの事実を揉み消し、更にモカさんに意趣返しするつもりだよ。
「そんな脅しに屈する訳には参りませんぞ。
『ラリッパ草』の栽培だけでも、死罪に処すべき重罪ですからな。
揉み消すことなどできませんよ。」
モカさんが毅然とした態度で言い放つと。
「やれやれ、聞きしに勝る堅物よ。
少しは融通を聞かせたらどうなんだ。
仕方あるまい、貴様には消えてもらうことにしよう。
たった一人でこの部屋に乗り込んできたのが運の尽きと思えよ。」
子爵はその言葉と共に、机の上のハンドベルを鳴らしたんだ。
すると、子爵の後ろに隠されてた扉が開いて、ゴロツキが十人ほど出て来たよ。
「侵入者だ。
あの男に目にもの見せてやるのだ。
殺してしまってかまわんぞ。」
「マロン、オラン、やっちゃって。」
子爵が手下に命令を下す声と、それを倒せと指示するアルトの声が重なったよ。
子爵の左右から、剣を手にしてモカさんに襲い掛かる手下たち。
おいらとオランは右と左に分かれて積載庫から出されたの。
「このガキ、どこから現れやがった!
そこを退きやがれ! 邪魔だ!」
手下の一人がおいらを蹴とばそうとしてきたの。
子供のおいらには剣を使うまでも無いと思ったか、それとも蹴とばした方が早いと思ったか。
おいらは蹴り込まれたその足を軽く手で払ったんだ。
「痛でえーーーっ!」
ボキッという耳障りな音と共に男の悲鳴が響き、男は床に転がったよ。
「このガキ! 何しやがる!」
それを目にして激昂した仲間が今度は剣を振り回して、おいらに襲い掛かって来て…。
「マロン嬢、相変わらずお強いですな。
オラン様も、たった二人で大の男十人を瞬殺とは…。」
「貴様ら、いったい何者なんだ。
儂が大枚叩いて集めた護衛の者共をいとも容易くのすなんて…。」
おいら達に感心するモカさんとは対照的に、子爵はムチャクチャ狼狽していたよ。
「マロン嬢がどのような身分のお方は後で教えて差し上げましょう。
ただ、一つ覚悟しておいてください。
子爵の今の行動で、あなたの死罪は確定したということを。」
まあ、知らぬこととは言え、手下が他国の君主に剣を向けたんだもの。
それを命じた子爵も極刑を免れるはずないよね。
用心棒を失った子爵に逃れる術も無く、あとは簡単に捕えることが出来たよ。
机の下にいた娘さんを保護し、証拠になりそうなものを全て押収してこの場ですることは終わったよ。
子爵は、その醜い容姿からは想像できないくらい几帳面な性格らしく。
パーティーやご禁制の葉っぱの顧客名簿、それに葉っぱを何時誰にどのくらい売ったかキッチリ記帳してたんだ。
モカさん、帳簿をパラパラ捲って喜んでいたよ。
「これで宮廷に巣食っているドブネズミを一掃できます。」って言ってた。
階段を降りて行く頃には一階の捕物も終わっていたよ。
お読み頂き有り難うございます。




