第462話 向こうも順風満帆みたいだね
隣国にあるイナッカ辺境伯領から買付けにやってきている大店の若旦那。
この町の風呂屋へ通うのが一番の楽しみだなんて、しょうもないことを声を大にして主張してたよ。
「若旦那、久し振りだね。
商売繁盛みたいだけど、風呂屋通いは程々にした方が良いんじゃない。
あんまり、風呂屋で散財すると大旦那から大目玉を食らうよ。」
セーナン兄ちゃんと会話を交わす若旦那に、おいらが声を掛けると。
「おや、マロン嬢ちゃんじゃないか、それにオラン殿下も。
最近顔を見ないと思っていたが、本当に久しぶりだね。
しかし、お恥ずかしい会話をきかせちゃったな。
まさか子供が聞いているとは思わなかったよ。」
若旦那は、おいら達が話を聞いてたのを知り、バツの悪そうな顔をしてたよ。
「いつも言っておるが、私を街中で『殿下』と呼ぶのはやめて欲しいのじゃ。
私は、この町の民に自分の素性を明かしたことは無いのじゃから。
それに、私は既にシタニアール国の王家を離れたので、殿下では無いのじゃ。」
オランは、初対面で若旦那に素性を言い当てられたの。
その時、市井の民の暮らしぶりを見聞するために、民に紛れて暮らしていると説明し。
身分がバレると色々と都合が悪いので、殿下とは呼ぶなと伝えてあったんだ。
「ああ、失礼しました。
では、従来通りオラン様と呼ばせて頂きます。
しかし、オラン様が王家を離れたとは聞き及んでいませんが。
どうかなされたのですか?」
まあ、王族の出来事なんて重要なこと以外まで民に知らせることも無いだろうから。
地方の一商人に過ぎない若旦那が知らなくても不思議ではないけどね。
若旦那も、王族に対して『どうかなされたのですか?』なんて、普通聞く?
場合によっては、とっても不敬に当たることもあるんじゃない。
「私は、一年程前、正式にマロンの婿になったのじゃ。
勿論、父上や母上と縁を切った訳では無いのじゃが。
王族の籍からは抜けたのじゃ。」
別に答えなくても良いのに、オランが律儀に返答すると…。
「おや、それはおめでとうございます。
しかし、随分とお早いご結婚ですな。
貴族様の政略結婚ですら、そのお歳では珍しいでしょう。
しかも身分違いの婚姻となれば、良く周囲の方々がお許しになりましたな。」
若旦那、空気読まないな…。
オランがわざわざ、おいらの身分は隠したと言うのにそこを突くとは。
「若旦那、マロン嬢は特別でござるよ。
怖い妖精さんが、後見人に付いているでござるからな。
一国の王とて、妖精さんに逆らうのは無理でござるよ。
逆に言えばマロン嬢を味方につけておけば。
妖精さんを味方につけたようなものでござるよ。
そんじょそこらの政略結婚よりずっと価値があるでござる。」
こっちは、ちゃんと空気を読んでるね。
ゼーナン兄ちゃんがもっともらしい事を言ってくれたよ。
身分を明かしたくないおいら達の意図に気付いたみたいだね。
まあ、実際、シトラス兄ちゃんが耳長族と婚姻を結んでアルトを味方につけたから。
シタニアール国の王族は、セーナン兄ちゃんの言う通りの事をしてるんだけど。
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「そう言えば、マロン嬢ちゃんはあの妖精さんの庇護を受けているのでしたな。
イナッカの領主も、あの妖精さんの逆鱗に触れて首を挿げ替えられたんだっけ。
確かに、あの妖精さんが二人の結婚を認めろと言えば、誰も逆らえませんね。」
舞台袖で宙に浮かぶアルトを見て、若旦那は納得してたよ。
セーナン兄ちゃんの言葉は、若旦那にとって十分な説得力があったみたい。
現に自分の住む町の領主が、アルトの手で代替わりさせられたからね。
「まっ、そんなところだよ。
それで、おいら、若旦那に聞きたいことがあったんだ。
新しい辺境伯は上手く領地を治めているかな。
耳長族のお嫁さんとは仲良くやってそう?」
あれからイナッカに行く機会が無かったので、少し気になっていたんだ。
若旦那はイナッカに大きな店を構えているそうだから、少しは情報を持っているかなと思ったの。
そしたら、若旦那はこんな事を言ってたよ。
「ああ、マロン嬢ちゃんも前領主の首を挿げ替えた件には関りがあるんだっけ。
前のロクでもない領主を退治した時に、マロン嬢ちゃんも一緒だったと言ってたね。
あの時、妖精さんが、領主と悪ガキ二人、それに不良騎士共を消し去ってくれただろう。
おかげで、イナッカの町は随分と暮らし易くなったよ。」
諸悪の根源だった、領主と正妻の息子二人、それに取り巻きの騎士達をアルトを広場で公開処刑にしたの。
そして、残った騎士や広場に集まった冒険者達に宣告したんだ。
耳長族や町の堅気衆に悪さをしたらこんな目に遭わせるってね。
どうやら、ちゃんと薬が効いているみたい。
難を逃れた騎士達は、悪さをするのを止めて真面目に領内の警備をするようになったみたい。
冒険者は相変わらずならず者ばっかりだけど、取り締まりが厳しくなると表立って悪さをする者は減ったし。
みかじめ料の徴収や高利貸もきつく取り締まられるようになると。
冒険者共は、蜘蛛の子を散らすようにイナッカの町から居なくなったそうなの。
ハテノ男爵領みたいに、冒険者の更生までは手掛けてないので真っ当な人間にはならないようだけど。
シノギがし難くなって、イナッカ辺境伯領に見切りをつけて出て行く冒険者が増えたみたい。
元から魔物狩りもロクにしないで悪さばかりしてたので、冒険者が居なくなったところで何の実害も無いそうだよ。
今は、騎士達が魔物狩りをしているので、魔物被害も減っているみたい。
冒険者が少なくなったので、街の治安がとても良くなったって住民たちは喜んでいるらしい。
更に若旦那は続けて言ってた。
「今の領主様はとても良くやっていると思いますよ。
騎士を陣頭指揮して、魔物退治や野盗と化した冒険者狩りをしてますし。
奥様と一緒に街へ出て来ては、民の話に耳を傾けています。」
妾腹で正妻の息子二人に虐められていたのが良かったのかな。
腰が低くて、全然横柄な態度をとらない領主様ということで、民の評判はとても良いんだって。
それと、アルトが高レベルの騎士を一人処分した時に、その『生命の欠片』を若領主に渡しているんだ。
その甲斐あってか、若旦那の言葉によれば、領地の魔物狩りを率先してやっているようだね。
今まで、領主はおろか騎士ですら、領内の魔物狩りなんてしなかったものだから。
陣頭に立って魔物を狩る若領主に対する民の好感度はうなぎ上りなんだって。
夫婦そろって街へ出て来ることもしばしばで、仲睦ましい姿を見せているらしい。
街に出て来ると、領主夫妻の方から積極的に民に声をかけているみたいだよ。
「何か、困っていることは無いか」って。
耳長族のお嫁さんは、その美しい姿と愛想の良さから、町の人々の羨望の的らしいよ。
そして、何と…。
「つい先日、私がここへ来る前のことですが。
領主ご夫妻に、お子様がお生まれになりましてね。
玉のように可愛らしい女の子だとのことですよ。
何でも、今は女の子でも領主になれるそうで。
領主様は大喜びらしく、広場で住民に振る舞い酒をしていました。」
若旦那がイナッカを出て来たのは半月ほど前のことらしく、その頃に領主待望の赤ちゃんが生まれたらしいよ。
誕生の翌日に世継ぎ誕生との発表があって、町の広場で街の人に料理とお酒が振る舞われてんだって。
その日の広場は、終日お祭り騒ぎだったみたい。
三男さん、気弱そうで自信無さ気な人だったけど、今は幸せそうで良かったね。
そして、イナッカ辺境伯家の跡取りは耳長族になりそうだよ。
アルトの目論見通りだね。
お読み頂き有り難うございます。




