第452話 どうせそんな事だろうと思ったよ…
何がそんなに嬉しいのか?
ミントさんはあっという間に出掛ける準備を整えて、上機嫌で戻って来たよ。
王后様だと言うに、侍女の一人も伴わずにカズヤ殿下にカバン持ちをさせてるの。
そしてモカさんは、相当せっつかれた様子で、ゲンナリしながらお祝いの品を積み上げてた。
モカさん、正式な役職は近衛騎士団長なのに、まるで王夫妻の小間使いだね。
「さっ、さっ、アルト様、ハテノ男爵領へ参ろうではございませんか。」
準備が整うと、ミントさんは言外に早く連れて行けと匂わせ、アルトを急かしていたよ。
「まあ、今日中に王都を発つつもりだったから良いけどね…。
でも、あんた、一国の王后が突然出掛けちゃって良いモノなの?
スケジュール調整とかは、大丈夫なんでしょうね。」
まあ、私の知った事では無いけど、なんて呟きながらアルトは尋ねたの。
「平気ですよ。
日頃、陛下が事務仕事を厭うものですから。
大部分を私が代行しているのです。
毎日、朝から晩までですもの。
たまには休暇を戴かないと、私も倒れますわ。
それに、陛下には私の有り難さを知って頂く良い機会です。」
全然平気じゃないじゃん…。
王様、自分じゃ仕事をサボってミントさんに押し付けていたんだね。
それじゃ、ミントさんが居なくなったら王宮の事務が滞っちゃうよ。
「左様でございますな。
陛下は、日頃、王后様に頼り過ぎでございます。
この機会に、その立場に相応しい仕事振りを見せて頂くことに致しましょう。
陛下の職務に関してましては、私が滞りなく進捗を管理させて頂きますので。
どうぞ、王后様におかれましては、日頃の疲れを癒して英気を養ってくださいませ。」
どうやら、王様が仕事をしないことに関してはモカさんも快く思っていなかった様子で。
キッチリ働かせると意気込んでいたよ。絶対にサボらせないって。
せめて、夕暮れ時の行燈くらいには役立つようになれば良いね。
「おい、常々后に振っている仕事を儂にやれと申すのか?
あんな大量の書類仕事を儂がやったら、毎晩徹夜しないとならぬではないか。
儂は嫌だぞ。そんな事になったら子作りが出来ないではないか。
だいたい、何故、王である儂が下っ端役人のような書類仕事をせにゃならんのだ。」
「陛下、陛下に回ってくる仕事は下っ端役人の仕事とは全く違いますぞ。
この国の政についての最終決定権は全て陛下に在るのです。
陛下は、下の者が上げて来た施策案に目を通して諾否を判断しないとならないのですぞ。
それを今まで、面倒くさいと言う理由だけで王后様に放り投げていたのです。
だいたい、先王は殆ど御自らなされていたことですぞ。」
「煩い、父上は真面目に仕事をしておったから早死にをしてしまったではないか。
儂は、激務に翻弄された果てに早死になんて真っ平御免だ。
そんな事より、儂は子作りがしたのだ。」
どうやら、先代は真面目な王様だったみたい。
国の施策に関する決裁文書は、必ず自分で読んで可否を判断していたそうだよ。
お后様に仕事を振るのはごく僅かだったとモカさんは言ってた。
でも、王様の言う通り、激務が祟ったのか若くして崩御されたみたい。
王様の方はと言うと、やっぱり、カズト殿下を王太子の座から引き摺り降ろしたいようで。
国の政に関する事より子作りの方が、王様にとっては優先順位が高いらしいね。
「お安心なされてください。
朝から、サボることなく集中して仕事をなされれば夕刻には終わります。
現に、王后様は夕刻には仕事を終えているでありましょう。
私も徹夜仕事に付き合うのは遠慮したいですし。
夕刻には終わるように、キッチリ時間管理をさせていただきます。
それからであれば、気の済むまで子作りに励んで頂いて結構ですよ。」
要するに、王様がサボらないように、モカさんが目を光らせているってことだよね。
きっと、昼食とトイレに要する時間以外は、執務机に拘束されるんだろうね。
「分かった、分かったから。
その物騒なモノをしまわんかい!」
いきなり王様が折れたからどうしたのかと思ったら。
おいらの後ろで、アルトが禍々しい光を放つ青白い玉を宙に浮かべていたよ。
どうやら、王様達のやり取りに焦れて、王様に無言の圧力を掛けていたみたい。
「早く、ウンと言え」って。
「では、モカ、留守中、政務の件は頼みましたよ。
陛下、子作りに励むのは結構ですが…。
もう、よいお歳なのですから、程々になさいませ。
ゆめゆめ、腹上死などという外聞の悪いことはなさらぬように。」
ミントさんの言葉に、王様は「うぐぐっ…。」とか声を漏らして不満そうな顔をしていたよ。
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そんな訳で、ミントさんとカズヤ殿下が旅に加わったんだ。
「一年前、マロンちゃんから話を聞いてからずっとハテノ男爵領へ行きたいと思っていたのよ。
あの方のことを思うと年甲斐も無く体が疼いてしまい、我慢も限界でしたの。
ですが、王后である私が動くとなると大事になるでしょう。
お忍びであの方のもとを訪ねることなど、とうていできない相談で…。
この一年間、体が疼いて悶々としていたのです。」
「母上は、一体何を仰っておられるのですか?」
アルトの『積載庫』の中、昼の間だけおいらとオランの部屋に同乗したミントさんがいきなりぶっちゃけたよ。
ミントさんの唐突な告白に、カズヤ殿下が戸惑っていたよ。
どうやら、出産のお祝いに行くと言うのは口実で、こっそりにっぽん爺に会いに行くつもりだったみたい。
元からミントさんは、にっぽん爺に思慕の情を抱いていたそうなんだけど。
一年前においらからにっぽん爺の近況を耳にしてその念がより深まったらしいんだ。
しかも、王様が毎夜子作りに励むものだから…。
ミントさんの言葉は難しくて良く解からないんだけど。
王様はねちっこく責めてミントさんに火を点ける癖に、余りに粗末なモノだから毎夜不完全燃焼に終わると言うんだ。
何、その火遊び…、寝室で『火』を点けたら危ないでしょうに。完全燃焼しちゃったら猟奇殺人だよ。
おいらがそこをツッコんだら、「あと五年したらわかる」と返されたよ。
ついこの間までは「あと十年」とか言われてたから、おいらも少し成長したのかな。
それはともかく、ミントさんの言葉を借りると。
毎夜、王様に焦らされる度に、逞しいにっぽん爺への思慕が募っていったらしい。
「逞しい? にっぽん爺って結構スマートな体形で…。
公衆浴場で見かけたことがあるけど、筋肉ムキムキって感じでもなかったよ。
お世辞にも逞しいとは言えないと思うけど。
若い頃は筋肉ムキムキだったとか?」
おいらの問い掛けに。
にっぽん爺を思い起こしている様子で、ミントさんは顔を上気させると。
「あの方は昔からスマートな方でしたわ。
決して筋肉ムキムキの暑苦しい殿方ではございませんでした。
ですが、それでいて、あの方はそそり立つような逞しい…。」
「母上! 子供の前で一体何を口にされるおつもりですか。
しかも、実の息子の前で秘め事の話などやめてください。」
ミントさんが何かを言い掛けたところで、カズヤ殿下のダメ出しがでたよ。
どうやら幼子や肉親に聞かせる話では無いみたい。
秘め事だって言ってるから、他人にはナイショにしておくことなんだね。
「あら、ゴメンなさいね。
二十余年ぶりにあの方にお目に掛かれるかと思ったら。
つい、理性のタガが外れそうになってしまいました。
カズヤ、とうの昔に気付いているかも知れませんが。
あなたは王の子供ではありません。」
「それは気付きますよ。
母上も父上も鮮やかな金髪なのに…。
私は、両親とは似ても似つかぬ黒髪ですから。
しかも、父上は何かと私を目の敵にしますし。
私には父上とは別に血の繋がった男親がいて。
それが誰かを父上が知っているとしか思えません。」
他に聞いている人がいないと思って、ミントさんはまたまたぶっちゃけたよ。
誰もが思っているけど、決して口にしてはいけない言葉を。
それに対して、とうの昔に気付いていたカズヤ殿下は全く動じること無く返答してた。
「それもそうね。
私は、今回の旅の最中に、あなたの本当の父親カズト様に会いに行きます。
あなたのことも紹介するから付いて来なさい。」
ミントさんは、もはや隠そうともせずに、にっぽん爺との逢瀬を楽しむつもりだと宣言してたよ。
おおっ、感動(?)のご対面だね。
お読み頂き有り難うございます。




