第426話 次に向かったのは…
しないといけないことを済ませたおいら達は、ウノの町を立ち去ることにしたの。
「おお、やっと、王都へ戻るのか。
儂はこんな物騒な町からは、早くおさらばしたかったんだ。
さあ、さあ、早く王都へ連れて行って貰おうじゃないか。」
酔牛に腕をもぎ取られた前マイナイ伯爵が、王都へ行くのを待ちわびていたよ。
お世話係に大きなカバンを持たせて、準備万端で待ち構えていたの。
こいつ、この町で生まれ育って四十年以上になるくせして、全然故郷に愛着が無いんだね。
魔物に怖じ気付いて逃げ出したいみたいだけど、魔物に襲われたのだって自業自得だと分からないのかな。
日頃からちゃんと魔物を間引いていれば、腕を失うことなど無かったのに。
「父上、くれぐれも陛下に失礼の無いようにしてください。
それと、王都へ行ったら付き合う人間を良く選んでくださいね。
旧キーン一族派の不逞貴族とは、くれぐれもお付き合いなさらないように。
父上の生活費は民の血税ですから、浪費は慎むようにして下さいね。
先日話し合いで決めた金額までしか、毎年の出費を認めませんので心してください。」
旅立ちを前に浮かれている前伯爵に対して、レクチェ姉ちゃんは不安そうに注意をしていたよ。
こいつ、ヒーナルの主張に傾倒して、今まで贅沢三昧の暮らしをしていたみたいだからね。
「レクチェは厳しいな。 儂の父上そっくりだ。
やれ浪費は慎めだ、やれ民に負担を強いるな、などと娘から言われるとは思っても無かったぞ。
父上が亡くなって、煩い事を言う者が居なくなったと清々しておったのに。
ヒーナル陛下が王位に就かれて、やっと贅沢三昧の日々が送れると喜んでいたのだが。
これでは、暗黒時代に逆戻りではないか…。」
そんな風にボヤいているけど、ヒーナルが王位を簒奪する以前も十分に贅沢な生活をしていたと思うよ。
執事のお爺ちゃんやレクチェ姉ちゃんの話を聞く限りはね。
こいつが、民に重税を課して度を越した贅沢をしていただけじゃない。
だいたい、おいらの出した法をことごとく無視していたんだから、お家お取り潰しでも文句言えない所なのに。
隠居するだけで赦してもらえたんだから、あんまり贅沢を言うのは如何なものかと思うよ。
そんな訳で、王都にあるマイナイ伯爵家別邸で隠居生活をする前伯爵を連れて、おいら達はウノの町を後にしたの。
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そして、五日後。
「快適な旅ではあったが、流石に五日も部屋に籠っていたら息が詰まるわ。
やっと、王都へ着いたか…。
って、此処はいったい何処なのだ?
儂が知っている王都では無いぞ。」
ここで一休みと、アルトは全員を『積載庫』から降ろしてくれたんだ。
久しぶりにアルトの『積載庫』から降ろされた前マイナイ伯爵。
周囲をキョロキョロと見回して、驚き交じりの言葉を発していたよ。
「ここは、ウエニアール国の南西の辺境地域だよ。
王都に帰る間に、やらないといけない事があるから寄ったんだ。」
「南西の辺境って、…。
儂の居たウノの町は国の北東部だぞ、見当違いな方角じゃないか。
王都へ寄って儂を降ろしてから来れば良かったではないか。」
今いる場所を聞いて、前伯爵は腹を立ててたの。
「でも、一旦、王都へ帰るより国を斜めに突っ切っちゃった方が早いからね。
アルトなら、道や川、高い山さえ関係なく、真っ直ぐに飛べるから。
それにね、王都へ帰る前にやっとくことがあったんだ。」
町の広場に降り立って、前伯爵とそんな話をしていると。
「おっ、そこの嬢ちゃん二人。
半年ほど前にこの町にきた嬢ちゃん達じゃないか。
嬢ちゃん達が、この町に巣食っていたゴロツキ騎士を退治してくれたんだろう。
本当に助かったぜ。」
おいらとオランの存在に気付いた屋台のオッチャンが声を掛けてくれたの。
あの時はオランも女装していたんで、相変わらず娘の二人連れだと思われているよ。
「久しぶりだね、覚えていてくれたんだ。
どう、あの不良騎士達が居なくなってから、少しは町が良くなったかな?」
「あの後、騎士共がせしめていた金を町の世話役が分配してくれたんだ。
それに、無体な税やみかじめ料を徴収されることも無くなったからな。
ほれ、腸詰挟みのパンもこの通り一つ銀貨三枚に戻したぜ。
あん時の礼だ、ほれ、出来立てを持っていきな。」
オッチャンは、ご機嫌な様子でおいらの問い掛けに答えると。
腸詰を挟んだパンをごそっと十個も渡してくれたよ。
おいら達一行全員に行き渡るようにと思ったんだろうね。
この町は、おいらがウエニアール国で最初に訪れた町だけど。
その時は、これが一つ銀貨五枚もしたんだ。
しかも挟んである腸詰めも今より小さかったの。
「オッチャン、こんなにもらったら悪いよ。
ちゃんとお金払うってば。
十個だから、銀貨三十枚で良いかな?」
おいらが『積載庫』から銀貨を取り出して差し出すと。
「子供が遠慮してるんじゃないぜ。
嬢ちゃんのおかげで、浮いた金はこんなもんじゃないんだ。
そんなの、ほんの気持ちだぜ。
遠慮せずに取っとけよ。
一人で食い切れなければ、一緒に居るみんなで分けな。」
そう返答したオッチャンはお金を受け取ってくれなかったの。
「それじゃ、有り難くもらっとく。
オッチャン、有り難うね、凄く嬉しいよ。
その様子だと、この町にはちゃんと王宮からの御触れは周知されているんだね。
ちゃんと、パンの実も塩も、銀貨一枚で買えるようになったかな。
新しくこの町に配属された騎士は悪さをしていない?」
貰ったパンをみんなに分けながら、おいらが命じたことが周知されているかを尋ねてみたんだ。
「おう、なんでも王様が変わったそうだな。
一月ほど前に王宮からの御触れ書きが出されてな。
税が廃止されたことやパンの実と塩が銀貨一枚と決められたこと。
それに、エチゴヤを通さずに物の売り買いをして良いことが広められたぜ。
おかげで、物の値段が下がって大助かりだ。
ほれ、腸詰めだって昔の大きさに戻せたぜ。」
良し、良し、この町の役人さんは誰かさんと違って、ちゃんとおいらの命に従っているんだね。
おいらが、前伯爵を白い目で見ていると。
「ちっ、ここの領主は馬鹿正直にあんな御触れに従っているのか。
あんなもん、無視しとけば実入りが増えるものを…。」
おいらの視線に気付いてないのか、前伯爵はそんなことを呟いていたよ。
こいつ、全く反省してないな…。
おいらが、その言葉に呆れて更に冷たい眼差しを送っていると。
「そこにおられるのは、陛下ではございませんか。
このような辺境の町にまで視察でございますか?」
「町の巡回をしているのかな、お疲れさま。
町の人達に迷惑は掛けていないだろうね。」
「イヤですな、陛下。
町の民に迷惑など掛ける訳が無いではございませんか。
私達は日夜、民の安寧を護るべくこうして巡回を行い。
不逞の輩の取り締まりに力を注いでいます。」
そう、おいらに声を掛けて来たのは、この町に派遣した騎士達。
ここに派遣した騎士の一番の仕事は、ヒーナルの治世下で悪化した辺境の町の治安の回復だけど。
それに加えて、開拓のために辺境に送り込んだ元騎士や街道警備に配置したキーン一族派の騎士の監視の役目を命じてあるの。
「あっ、騎士さん、ご苦労様です。
騎士さん達が巡回してくださるおかげで、冒険者が悪さをしなくなりました。
ほんに、有り難いことです。」
騎士の答えに嘘は無いようで、屋台のオッチャンが騎士に感謝の言葉を掛けていたよ。
そんな会話を交わす間にも、通りすがりの人が騎士に挨拶をして行き町に馴染んでいる様子も窺えたの。
「そう、町の人に慕われているようで良かったよ。
これからも、町の人が安心して暮らせるように精進してね。
そうそう、おいら、今回は辺境の街道整備の様子を視察に来たの。
ついでに、街道整備の仕事に送り込もうと二人程連れて来たんだ。
性根を叩き直して欲しい人がいたもんでね。」
この町は辺境で街道整備をしている一団への物資供給の拠点となっている町なの。
街道整備の工事を進めるうえで必要な資材や食料はこの町から供給されているんだ。
この後、街道整備の現場を訪ねる予定なんだけど。
その前に、物資の供給が円滑に行っているか、この町がその恩恵に与ることが出来ているかを確認に来たんだ。
うん? 街道整備の仕事に送り込む二人って誰かって?
決まっているじゃない、レクチェ姉ちゃんの兄貴二人だよ。
廃嫡した訳だけど、堅気に働く気が無い様子なんで王都に置いておくと悪さをすると思ったの。
だから、騎士の監督の下、規則正しい生活と真っ当な仕事をさせて更生させようかなと思ってね。
お読み頂き有り難うございます。




