第424話 風呂屋の前で話をしてたら…
風呂屋の泡姫さんに大分貢いでいると思しき兄ちゃんに出会ったよ。
オランが、泡姫さんにうつつを抜かしてなんかいないで、お金を貯めてお嫁さんを貰えと意見すると。
お兄ちゃんは、お金を貯める術が無いと言っていたんだ。
そこへ、タロウが冒険者ギルドにお金を預けたらと勧めると。
「冒険者ギルドだと?
この町にある冒険者ギルドと言えば、『タクトー会』じゃねえか。
バカ言ってんじゃないよ。
タクトー会って言ったら、鼻つまみ者、ならず者の集団だぜ。
そんなところに金を預けるなんて、盗っ人にくれてやるようなもんじゃねえか。
だいたい、高利貸をしてるのはよく聞くが、金を預かってるなんて聞いたことがねえぜ。」
うん、分かり易い説明有り難う。
兄ちゃんは、普通の人なら当然思い浮かべるであろうことを全部言ってくれたよ。
「ああ、この町じゃ十日ほど前までタクトー会って看板を掲げてたもんな。
そう思うのも無理は無いか。
もう、タクトー会なんて頭が悪そうな名前のギルドは無いぜ。
今は、『ひまわり会』って言う、堅気の冒険者ギルドになってるんだ。」
「はあ? おめえ、何を言ってるんだ?
堅気なギルドって、そいつは言葉としておかしいだろう。
そもそも、冒険者ってのは堅気じゃないモンのことだし。
その集まりをギルドって言うんだから、堅気な訳がねえだろうが。」
「いや、だから、ひまわり会では冒険者にならず者稼業から足を洗わせたんだよ。
俺が、ならず者に見えるか?」
「あんたが冒険者?
裏なりのキュウリみたいな、その貧相な体つきで?
見えねえ、見えねえ。
冒険者ってのは、一睨みされたらちびっちまうくらい凶悪な人相してるもんだろう。
あんた、ギルドに出入りしてるなら『遣いっぱ』か何かだろ。」
タロウを眺めた兄ちゃんは、ならず者云々以前に冒険者に見えないと言ってた。
精々が冒険者の遣いっ走りをして小遣い銭をもらっている半端者だろうって。
「兄ちゃん、兄ちゃん、その人、ひまわり会の新しい会長だよ。
タクトー会はおイタが過ぎたんで、国に接収されたんだよ。
会長をはじめ主だった幹部は全員死罪になって。
目の前にいるタロウが女王の命でギルドの建て直しに入ったの。
ならず者みたいな冒険者もみんな追放したから、今は凄く真っ当だよ。」
おいらは、二人の会話に割って入り、タロウの素性と経緯を簡単に話したの。
タロウと兄ちゃんの会話を聞いてたら、埒があきそうにないからね。
「何と、あんた、ギルドの会長さんかい。
若いのに偉いんだな。
人は見かけによらないってのは、正にこのことだぜ。
全然そうは見えねえぜ。」
この兄ちゃん、さりげなくタロウをディスってるよね。
「見えなくて悪かったな、でっかいお世話だぜ。
それで、話を戻すと。
最近ギルドで、『銀貨引換券』ってモノを始めたんだ。」
ディスられて機嫌を悪くしたタロウだけど、気を取り直してギルドの新たな取り組みを説明し始めたの。
役所が作った冒険者登録制度のおかげで、まともな冒険者が増えたこと。
女王が用意したトレントの森でトレント狩りをするようになって冒険者の稼ぎが増えたこと。
それに伴い大量の銀貨の運搬や保管の問題が起きたこと。
タロウは、そんな背景を説明すると。
役所に登録済の冒険者を対象に、銀貨を預かるサービスをギルドが始めたことを知らせたの。
そして、預けた銀貨を引き出すための証書が『銀貨引換券』だと。
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「それで、今はギルドに所属する冒険者のためだけのサービスなんだけどな。
『銀貨引換券』のことを聞きつけた商人から要望が来ているんだ。
冒険者以外の銀貨を預かって欲しいとか。
王都以外でも、銀貨引換券を使って銀貨を引き出せるようにして欲しいとかな。」
そんな要望を受けたタロウは、まず手始めに王都とウノの町の間で『銀貨引換券』を流通させようと考え。
その準備のための、ウノを訪れていると話したの。
銀貨を着服しそうな不良職員を放逐したり、信頼できる人を支部の幹部に据えたりとか。
ウノ支部の浄化を図っていて、闇金や賭場の廃業、風呂屋の縮小も業務の適正化の一環だと言ってたよ。
「へえ、タクトー会はそんなことになってたんかい。
いや、今はひまわり会って言うんだっけ。
まあ、役所の後ろ盾があるなら、金を預けても大丈夫なのかも知れんが。
俺は冒険者じゃないぜ、当然役所に登録なんかもしてないし。
それでも銀貨を預かってもらえるのか?」
「最初に言っただろう。
元々、冒険者の利便のために始めたことだけど。
冒険者達の評判が良いことを聞きつけて、商人が利用したいと言って来たんだ。
体制さえ整えば、商人だけではなく、広くサービスを解放するつもりだったんだよ。」
ここで砂金採りがけっこうな稼ぎをしていること、その稼ぎのかなりの部分を博打と風呂屋で浪費してること。
そんな砂金採りの状況を耳にしてタロウは思ったらしいよ。
『銀貨引換券』の需要があるんじゃないかと。
ギルドとエチゴヤが賭場と風呂屋から撤退すると、砂金採りの連中が散財する場所も減るからね。
今まで「宵越しの金は持たねえ」なんて言ってた砂金採りの連中も少しは貯蓄をしようと思うかも知れないって。
「そっか、そう言われれば俺ももう二十歳過ぎだものな。
いつまでも、浮草みたいな生活をしてないで、身を固めることを考えないとな。
そうだな、明日から砂金を採って稼いだ金はひまわり会に預けることにするよ。
有り難うよ、良い話を聞かせてもらったぜ。」
兄ちゃんは生活を改める決意をしたみたい。
これからは泡姫さんに貢ぐのは、止めてお金を貯めるとも言ってたよ。
ゆくゆくは堅気の仕事について良いお嫁さんを貰うんだって。
ウノ支部の最初のお客さんゲットだね。
話しは終わったようなので、その場を立ち去ろうとしていた時のことだよ。
「ねえ、あんた達、このお店の関係者かい。
急に店を休業すると言われてもう十日になるんだけど。
いつになったら、店を再開するんだい?
私もいつまでもお茶を引いてる訳には行かないのよ。
こっちだって稼がないとメシが食えないからね。」
今度は二十歳くらいのお姉さんが声を掛けて来たよ。
どうやら、このお店で働いていた泡姫さんみたいだね。
「うん、あんた、休業と聞いたのか?
この店は休業じゃなくて、廃業したんだぞ。
もう再開はしないから、他の仕事を探したらどうだ。」
タロウがおいらの代わりに説明してくれたよ。
「そんなの初耳だよ。
それじゃ、私ゃ、これからどうやって食ってけば良いのよ。」
「ねえ、お姉さん。
お姉さんは、エチゴヤに無理やり泡姫さんをさせれてたんじゃないの?
法外な金利で借金をさせられたとか、拉致されてきたとか?
もしそうなら、相応の慰謝料を支払うように指示しておいたんだけど。」
一応、無理やり働かせていた泡姫さんには、慰謝料として銀貨二万枚を渡すように指示しておいたんだ。
今まで処理した他の風呂屋と同じ条件なんだけど。
銀貨二万枚もあれば、数年は遊んでいても暮らせるはずだから食うに困ることは無いはずだけど。
このお姉さんは貰えなかったのかな。
「うん? お嬢ちゃん、何でそんなことを知ってるの。
確かに、無理やり連れて来られた娘達は何かでっかい布袋を渡されていたわね。
でも、私ゃ、自分から進んでこの店の扉を叩いたモンだしね。
お嬢ちゃんの歳じゃまだ知らないだろうけど。
何の特技もツテも無い娘がたんまり稼げるのはこれしかないのよ。」
どうやら、このお姉さんは自発的に働いていたみたいで慰謝料の対象じゃなかったようだね。
何か、仕事を紹介してあげようかと思っていると。
「あら、あんた、何時も贔屓にしてくれている旦那じゃないかい。
もしかして、私を買いに来てくれたのかい。
どうだい、これからオールで銀貨五百枚で遊ばないかい。
聞いての通り店が潰れちまって、十日ほど稼いでないのよ。
一晩中、うんとご奉仕してあげるよ。」
お姉さん、いきなり客引きを始めたよ。
「そうなんだよ。
マルグリットちゃんを指名しに来たのに、店は廃業だって言うし。
せっかく、金を貯めて来たのにって、ガッカリしてたんだ。
銀貨五百枚でオールなら安いもんだ。
喜んで、遊ばせて貰うぜ。」
おい、兄ちゃん、鼻の下伸ばして即答かい。
さっきの言葉は忘れちゃったの。
もう、泡姫さんに貢ぐのはやめるって言ってたじゃん。
「なあ、マルグリット姉さん。
そんな風に街娼をするくらいなら、他の仕事をしないかい。
街娼なんてロクな目に遭わないぞ、変な客が多いからな。
暴力を振るう奴とか、質の悪い病気を持っている奴とか。
堅気の仕事をするなら、仕事の紹介は出来るぞ。」
そこへ、タロウがそんなことを持ち掛けたの。
「何だい、坊や。
あんたみたいな子供がどんな仕事を紹介できるのさ。」
「そうだな、冒険者ギルドの職員とか、冒険者とか。
後は、王室御用達の服職人のお針子の仕事なんかもあるぞ。
もちろん、真面目に働くと言う条件付きだけどな。
どうしても、そっちの仕事が好きだと言うのなら、…。
ひまわり会で経営してる風呂屋って手もあるぜ。」
「王家御用達の服職人って、坊やいったい何者なの。」
「俺か? 俺は冒険者ギルド『ひまわり会』の会長で、タロウという者だ。
王家御用達の服職人ってのは、俺の嫁なんだ。
今、店が繁盛してるんで、お針子の手が足りてないようだからな。」
タロウの話を聞いて、少し思案している様子のマルグリットさん。
「おーい、マルグリットちゃん。
銀貨五百枚でオールって話はどうなったんだい…。」
兄ちゃんが小声で話しかけるけど、マルグリットさんは無視だったよ。
「そうだよね、何時までもこんな稼業が続けられる訳が無いものね。
今まで堅気の仕事なんて考えもしなかったけど。
堅気の仕事を紹介してもらえるなら、こんな機会を逃がす手は無いか。
決めた、私、娼婦稼業からきっぱり足を洗うよ。」
「そうか、それならこれからギルドに来てくれ。
待遇について詳しい話をしようじゃないか。」
そんな訳で、タロウはマルグリットさんをギルドの支部に連れて行くことになったんだ。
「まっ、マルグリットちゃーん。
俺との約束は…。」
忘れ去られて、置き去りにされた兄ちゃんが、そんな泣き言を零していた。
だから、泡姫さんに貢ぐのはやめて、お金を貯めようよ…。
お読み頂き有り難うございます。




