第416話 レクチェ姉ちゃんの魔物狩り初体験
目の前に群れる酔牛を目にして、幼い頃にあったという『牛祭り』を思い出したと言うレクチェ姉ちゃん。
おいらが、酔牛を沢山間引いて盛大な『牛祭り』を復活させようと勧めると。
レクチェ姉ちゃんだけではなく、騎士達も凄く乗り気になってたよ。
「それじゃ、早速、狩りを始めようか。
酔牛が向かって来たら、真っ正面からぶつかっちゃダメだよ。
力負けしちゃうから。
酔牛の突進を躱して、斬り付けるの。
その時、剣を力任せに振るわないでね。
あの牛、酔っ払いのように体を振らつかせて避けるから。
少し力を抜いて、剣の軌道に余裕を持たせるの。」
そんなアドバイスをしながらウサギから降りると、おいらはお手本を見せるために酔牛の群れに近付いたの。
「私も一緒に行くのじゃ。
酔牛が都合よく一匹だけ向かってくるとは限らないのじゃ。
さすがのマロンでも、十匹も同時に襲って来れば対処できないのじゃろう。」
多数の酔牛が同時に襲ってくることを懸念してオランが横に並んだよ。
ちなみに、おいらが乗っていたウサギは、体を縮こまらせてみんなの所に残ってた。
あのウサギ、ホント、臆病なんだから、魔物の癖に。
ある程度近付いたところで、おいらは足元に転がる石ころを拾ったの。
そして、それを一番近くにいる酔牛に投げ付けると。
「ムッ、モオーーー!」
怒りの籠った鳴き声を上げてこちらに向かって突進してきたの。
しかも、その咆哮に呼応したのか、周囲の酔牛も走り出した一頭を追うように群れになって向かって来たよ。
オランの心配した通りになっちゃった。
「「「「陛下!」」」」
焦りが混じった叫び声が背後に聞こえると、すぐに近衛騎士の四人が駆けつけてくれたよ。
「結局、戦う事になるんかよ…。
俺、本当に血を見るのは苦手なんだって。」
最初から『戦いたくないオーラ』をまき散らしていたタロウも、渋々って感じで剣を抜いておいらの隣に立ったんだ。
「まっ、仕方ねえな。
『牛祭り』で特上カルビを腹いっぱい食えることを期待して狩るとするか。」
なんて言って、自分を奮い立たせていたよ。
そして、先頭を走る一匹は、迷うことなくおいらに突進してきたの。
その頭にある二本の角は、とても鋭利でおいらの小っぽけな体なんて貫通しちゃいそうだったよ。
でも、おいらのスキル『完全回避』は期待を裏切らなかったよ。
突進してきた酔牛が、おいらの手前で突如速度を落としたかに見えると、寸でのところでその鋭い角を躱したの。
と同時においらの体は酔牛を討ち取るのに絶好の位置に移動して…。
後は、目の前を過ぎる酔牛の首筋を斬り付けるだけになっていたよ。
「えいっ!」
おいらが気合いを入れて剣で斬り付けると…。
「モォーーーー!」
首筋深く剣が斬り込み、断末魔の鳴き声を上げて突進して勢いそのままに地面に倒れ込んだよ。
「マロン、その酔牛邪魔なのじゃ。
すぐに片付けるのじゃ。」
そんな、オランの指示が聞こえたんですぐに『積載庫』に収納したよ。
すると、次の瞬間。
「イノシシじゃあるまいし。
そんな一直線で突進して来るのなら、幾らでも対処のしようはあるのじゃ。」
やっぱり、酔牛を上手に避けたオランが一撃で仕留めていたよ。
「よし、俺達も続くぞ!
マロン陛下、オラン様の負担にならないように。
なるべく俺達で片付けるぞ!」
ジェレ姉ちゃんが騎士達の号令を掛けると、突進してくる酔牛の群れに対峙したよ。
そして、一人が二匹づつ危なくげなく屠ると、酔牛の襲撃は一息ついたの。
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おいらは、みんなで狩った酔牛を『積載庫』に納めてから。
「こんな感じで、狩るんだよ。
最初は、おいら達がサポートにつくから。
怪我をしないことだけを考えてね。
酔牛の角、一撃で前の伯爵の腕を千切っちゃうくらい危険なの。
絶対に正面から受けたらダメだよ。」
おいらは、注意を喚起するともう一度、足元の石ころを酔牛に向かって投げつけたよ。
さっきと同じように石をぶつけられた酔牛は怒り狂って突進してくると。
それに引き摺られるように、一群の酔牛が追随してきたの。
「怖くない、怖くない。
幼少の陛下が果敢に立ち向かうのですもの、私も負けていられないわ。」
自分を叱咤するけど、レクチェ姉ちゃんの腰は引けてて、構えた剣もブルブルと震えてたよ。
「そんな怖がらなくても、平気だから。
さあ、落ち着いて、深呼吸だよ。
レクチェ姉ちゃんの身体能力は十分底上げされてるから。
落ち着いて対処すれば、酔牛なんて恐れるに足りないよ。」
緊張気味のレクチェ姉ちゃんに声を掛けると。
「レクチェ様、陛下のおっしゃる通りです。
レクチェ様だって、先代のご指導で剣の稽古をしたではないですか。
あの時の剣の振り方を思い出してください。
それに、私達だって共に戦うのです。
万が一にもレクチェ様にお怪我がないようにフォローして見せます。」
幼馴染のラフラン姉ちゃんも、そう言って励ましていたよ。
そんなラフラン姉ちゃんはと言うと。
剥き身の剣を手に極自然体にしてて、全然気負った様子は見られなかったよ。
そして。
「さあ、レクチェ様、『牛祭り』を食材を調達しましょう。」
他の騎士達もやる気満々で臆した様子は無かったの。
中には、「牛祭りに備えていっぱい狩るぞ。」と言っている姉ちゃんまでいたよ。
最初の酔牛が突進してくると、「最初は、私が。」と告げてレクチェ姉ちゃんが立ちはだかったの。
騎士のみんなに励まされたおかげで、すっかり、怯えた様子が消えてたよ。
でも…。
「キャッ!」
実際に酔牛が目の前に迫るとやっぱり怖かったようで、小さな悲鳴を上げて横に飛び退いたよ。
とはいえ、そこはレベル五十まで底上げされた身体能力を持つ身だものね。
一歩脇へ退くと、次の瞬間、酔牛に向かって剣を振り下ろしたの。
レクチェ姉ちゃんの振るった剣は、酔牛に致命傷を与えることは出来なかったけど。
酔牛の前足を深々と切り裂き、バランスを崩して勢い良く地面に倒れ込んだんだ。
「レクチェ様、今です、トドメを!」
そこラへフラン姉ちゃんの声が掛かり…。
「あっ、はい。
ゴメンなさいね、これも領地の安寧のためなの。
赦してね。」
その声に答えたレクチェ姉ちゃんは倒れた酔牛に近付くと、その首筋に剣を突き立てたの。
本当に心優しいんだね、酔牛への詫びの言葉を口にしてたよ。
「モオーーー。」
そして、レクチェ姉ちゃんは、断末魔の声を上げてこと切れる酔牛に手を合わせていたよ。
「レクチェ様、お見事です。
よし、みんな、レクチェ様に続くぞ!」
ラへフラン姉ちゃんは、レクチェ姉ちゃんを称えると、他の騎士達を鼓舞して酔牛の群れの襲撃に備えたの。
そして、突進してくる酔牛の群れ。
「レクチェ様が先陣を切って見せられたんですもの。
私達騎士が臆する訳には行きませんわ。」
そんな頼もしい言葉が聞こえ、一斉に酔牛と交戦状態になったよ。
その言葉に違わず、騎士のみんな、果敢に酔牛に挑んで行ったの。
戦わずして尻尾を巻いて逃げ出した、先代騎士達の娘とは思えないくらい勇敢な戦い方だった。
途中、何度か危ない場面もあって、おいら達が手助けすることもあったけど。
怪我をすることなく、酔牛を討伐していたよ。
「すげえな、初陣で百頭以上の酔牛を狩っちまったぜ。
俺なんて、最初はハエの魔物を倒すのだってビビってたって言うのに。
やっぱ、本物の騎士教育を受けた者は違うな。」
おいらが、討伐した酔牛を『積載庫』にしまって回ってると、タロウがそんな風に感心してたよ。
そうだね、イメトレしかしてなかった騎士のクッころさんとは、大分違うね。
「陛下、申し訳ございません。
陛下に荷物持ちみたいな事をさせてしまって。」
酔牛を回収して回ってるおいらに恐縮した様子のレクチェ姉ちゃん。
「そんな事、気にしなくてもいいって。
せっかく、便利なものがあるんだから利用しない手は無いよ。
これから、何日か、魔物狩りを続けるんだもの。
こんなに沢山の獲物を乗っけた荷車を引くのは大変でしょう。」
最初からおいらが運ぶつもりで、今回は荷車を用意すらしてないけどね。
それでも、レクチェ姉ちゃん恐縮してるみたいだけど、それ以上は何も言わなかったよ。
数えてみたら、レクチェ姉ちゃん達が狩った酔牛は百十九頭に上ったよ。
これだけあれば、『牛祭り』で大盤振る舞いできるね。
酔牛の後片付けが済むと、日も傾き始めていたんだ。
なので、今日はこれまでとして、夕食の準備に取り掛かろうとしている時のこと。
「あら、外が騒がしいと思ったら…。
珍しいお客さんね。」
何処からか、そんな声が聞こえてきたの。
まさか、魔物の領域で見知らぬ人から声を掛けられるとは思わなかったよ。
お読み頂き有り難うございます。




