第411話 領主の館へ戻ってみると…
魔物襲来の第一波を撃退したおいら達は、一旦撤収することにしたんだ。
日も暮れて来そうだし。
対岸にいた魔物に夜行性のモノは居ない様子だったとアルトが教えてくれたから。
川岸に集まってた野次馬に、数日は不必要な外出はしないように注意して。
おいらは、領主の館を訪ねたの。
「陛下、ご無事で何よりでございます。
こうしてお戻りになると言う事は、あの魔物達は撃退なさったのでございますか。」
館に入ると執事のお爺ちゃんが出迎えてくれ、魔物の様子を尋ねて来たの。
「今日のところは、一段落と言う感じかな。
対岸から向かって来た魔物は一匹残らず討伐したよ。
『酔牛』と、『ギーヴル』、それに『ワイバーン』。
今日襲って来たのは、この三種類だね。
どれもあんまり沢山いるからビックリしたよ。」
おいらの返事を耳にしたお爺ちゃんが顔を真っ青にして。
「何と、ワイバーンまで群れを成しておったのですか。
陛下をこの町にお導きくださった天の采配に感謝しないとなりませんな。
ワイバーンなどと言う厄災の如き魔物。
一匹だけでも大災害なのに、群で襲来した日には町が壊滅してしまいます。
陛下のお慈悲に深く感謝申し上げます。」
お爺ちゃんは、深々と頭を下げて感謝してくれたんだ。
だけどね…。
「こら、爺、何をそんな小娘の戯言を真に受けておる。
ワイバーンなんて魔物、そんなにおる訳なかろうが。
だいたい、儂は生まれてこの方聞いたことが無いぞ。
この近辺にワイバーンがおったなどと言う話は。
ワイバーンなど、この館を襲って来たはぐれモノ一匹に決まっておるだろうが。
その娘は、そんな戯言を言っておるのは。
大方、儂に難癖付けてお家取り潰しにしようって魂胆なのであろう。」
伯爵はおいらを非難してきたの、酔牛に千切られて肘から先が無くなった腕をブラブラさせながら。
おいらが伯爵を陥れるために難癖を付けてるなんて言ってるし。…そっちの方が難癖だよ。
「へえ、助けてあげたのにそんな事を言うのね。」
伯爵の言葉にムカついたのか、アルトはそう言うと広いホールにワイバーンの死骸を積み上げたよ。
「うわっ、何だ、このワイバーンは!」
幾らこの館のホールが広いと言っても、ワイバーンの巨体はそう何匹も置けないからね。
アルトが積み上げたのはほんの三体だよ。
それでも、ホールいっぱいに積み上げられたような圧迫感を感じたよ。
「こんなの、ほんの一部よ。
それでも、さっきの一匹じゃなかったのは理解できたでしょう。
私の『妖精の不思議空間』の中にはまだ五十匹以上あるわよ。
何なら、ここで出して見せてあげようか。」
いや、それは脅迫だよ。五十匹も出したらホールから溢れちゃうじゃない。
「妖精さん、殿が失礼な言葉を口にして申し訳ございません。
殿に代わって謝罪いたしますので、どうぞお気を鎮めください。
しかし、私も裏の山にワイバーンが棲んでいたとは知りませんでした。
今まで襲ってこなかったのは幸運だったのですね。」
再びお爺ちゃんが頭を深々と下げてたよ。今度は謝罪で。
「ああ、それ、多分最近住み着いたのよ。
餌になる魔物が増えたんで、その匂いに惹かれてやって来たみたい。
誰かさんが、魔物を間引かなかったから。」
アルトは嫌味タップリの口調で告げると伯爵を白い目で見てた。
「知らん、そんな事まで儂のせいにされたら堪らん。
魔物増えたから、ワイバーンが棲みついたなどを言われても困るわ。
儂の領地は裏の川まで、対岸のことまで面倒見きれんわ。」
伯爵はバツが悪そうに目をそらしながらも、自己弁護に走ったよ。
「殿、領地を護るのは殿のお役目。
今のお言葉、無責任にもほどがありますぞ。
先代、先々代は、このような事が起こらないよう。
定期的に魔物狩りをしていたのです。
今回は陛下が助けてくださったから良いようなモノ。
常に陛下が居合わせる訳では無いですよ。
これから、毎年騎士の魔物狩り訓練を再開いたしましょう。」
そんな伯爵をお爺ちゃんは諫めたのだけど。
「イヤだ、儂は絶対に魔物狩りなんてせんぞ。
そもそもが、利き腕を失くしどうやって魔物を狩れと言うのだ。
加えて我に従う騎士団も既に無いであろう。
さっき、全員が辞職願を出して来たではないか。」
伯爵に雇われていた騎士団、魔物をみて全員逃げちゃったの。
その時、騎士は辞めると言ってたけど、本当に辞めちゃったんだね。
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「殿、先程も申しましたが。
領地を魔物から護るのも領主の大切なお役目です。
今の殿のお言葉は領主の義務を放棄すると宣言したに同然です。
陛下の前では決して口にして良いお言葉ではございませんぞ。
お家取り潰しになっても文句が言えない失言です。」
お爺ちゃんは、魔物狩りを拒否する伯爵を諭したんだ。
「あんな魔物が、ウヨウヨ湧いてくる領地なんか要らんわ!
儂は楽して贅沢がしたいのだ。
だから、儂と志を等しくするヒーナル陛下を支援したのに。
質素倹約を謳う旧王族の小娘がしゃしゃり出てきおって。
金輪際、儂は魔物狩りなんて危険な真似はせんぞ。
見ろ、この腕。
一度魔物狩りに出ただけでこれでは、命が幾つあっても足りぬわ。」
でも、伯爵は魔物狩りをするくらいなら、領地なんか要らないって言い出しちゃった。
これには、お爺ちゃんも困った顔をしていたよ。
こいつ、おいらが公布した法を全て無視してたんだから、それだけでもお家取り潰しの理由にはなるんだよね。
でも、余り安易に貴族を取り潰すと反感をかうから、なるべく穏便にと宰相から言われてるんだ。
「ねえ、伯爵、子供は何人いるの?
片腕で職務を続けるのも大変だろうから、家督を子供に譲って隠居したら?」
仮に、後継ぎがまともな人物なら、取り潰す必要も無いだろうからね。
「そうか、それは良い。
儂は隠居して何処か安全な町で暮らすこととしよう。
王都など、魔物の領域から離れていて良いかも知れないな。
さっそく、倅を呼ぶことにしよう。
爺や、子供達を連れて参れ。」
おいらの提案に伯爵はノリノリで、直ぐにでも隠居すると言い出したよ。
そして、この町を離れるって。
余っ程、魔物に腕を奪われた時に恐怖を感じたんだね。
そして、お爺ちゃんが連れて来たのは。
「ダッセーな親父、その腕、魔物にやられたんだって。
普段、人類最強クラスのレベルなんて自慢してるのに大したことねえな。」
「それで魔物に怖気づいちまって、隠居したいんだって。
ホント、ダッセーな。」
うん、何処かで見たような光景…。
息子二人はガラが悪くて、見た目に領主失格って感じだよ。
ダメな貴族の息子って、やっぱりダメダメだね。
「お父様、お怪我をなさったと伺いました。
お加減は如何ですか。」
最後に入って来たのは娘さんだった、多分、ジェレ姉ちゃんと同じくらいの歳の。
「殿が魔物との戦いで負傷し、隠居なさりたいとのご意向ですので。
皆さんに、お集まり頂きました。
これから、マイナイ伯爵家の後継ぎを決めさせていただきます。」
お爺ちゃんが三人に告げると。
「おい、爺、何をお前が仕切っているんだよ。
この国の家督は長男が相続すると決まっているだろう。
俺が次期伯爵に決まってるじゃないか。」
長男がそんな主張をしたんだ。
「兄ちゃんが、この領地を継ぐの?
それじゃ、さっそく明日から魔物の領域に魔物狩りに行ってね。」
おいらが魔物狩りに行くように指示をすると。
「何だ、このガキは生意気な口を利きやがって。
おい、爺、何でこんなところに薄汚いガキを入れてるんだ。
とっとと追い払わないとダメだろうが。
だいたい、何で領主の俺が魔物狩りなんていかなきゃならねえんだよ。
そんな事は、騎士にやらせておけば良いだろうが。
手が足りなければ、冒険者でも動員しやがれ。」
「若、口を慎んで下され。
こちらにおわすは、マロン女王陛下に在らせられますぞ。
殿や不甲斐ない騎士共に代わって魔物を討伐してくださったのです。
魔物から領地を護るのは、領主の大切なお役目です。
先々代も、先代も、先頭に立って魔物退治をしたのですぞ。」
おいらの指示を拒否した長男を諭したお爺ちゃん。
それに続けて今日あったことを説明したんだ。
そして、魔物の間引きをしてなかったためスタンピードの恐れが生じていること。
大至急、魔物の領域に討伐に向かわないといけないこともね。
「何だって、魔物退治に行くことが領主になる条件だって。
それも、永年間引きをサボっていて溢れかえった魔物を狩れと言うのか。
何で、横着をした親父の尻拭いを、俺がしねえといけないんだよ。
嫌だね、魔物狩りだなんてそんな厄介なことは。
俺はパスだ、オメエが領主をやれよ。
俺は領主補佐で良いぜ、この館で楽させてもらうわ。」
長男は都合の良いことを言って、次男に話を振ったの。
仕事をしないで、禄だけもらおうって感じでね。
「俺だって御免だぜ。
生まれてこの方、剣なんか握ったことも無いんだ。
しかも、親父をこの場で殺してレベルが貰える訳でもないんだろう。
ワイバーンがいるかも知れない場所に、丸腰で攻め入る馬鹿が何処にいるってんだ。
ほれ、兄貴、こんな時こそ長男の出番だぜ。
いつも威張ってるんだから、長男の威厳を見せてくれ。」
だけど、次男もダメな感じの兄ちゃんで、魔物狩りを拒否したんだ。
この二人、魔物の脅威を他人事みたいに言ってて、領地に住む民のことなど全然心配してないの。
領地が魔物に蹂躙されたら、税を納めてくれる民も減っちゃうのにね。
そんな事も分からない二人には、領主になって欲しくないね。
お読み頂き有り難うございます。




