第382話 おかえりなさい! かえりを待ってたよ!
「マロンちゃん、助かったわ。
こんなに早く対応してもらえるとは思わなかった。
おかげで、間一髪、品切れを起こさずに済んだわ。」
注文品を届けに来たシフォン姉ちゃんが、木箱の中からパンツを取り出しながら嬉しそうに言ってたよ。
エチゴヤにガサ入れしてマイド達をひっ捕らえると、その噂は瞬く間に王都中に広まり。
同時に、エチゴヤが独占していた品々について自由に商いして構わないとするお触れも一緒に伝わったんだ。
利に聡い商人達は翌日には、エチゴヤ抜きの仕入れを始め、あっという間にそれが定着したよ。
その知らせが国の隅々にまで伝達するにはまだ少し時間が掛かると思うけど。
少なくとも、王都では物の流れはすっかりヒーナルが王位に就く前の状態に戻ったみたい。
それに伴って、おいらの目論見通り物の値段もドンと下落した様子だよ。
ヒーナルが物品に課してた税とエチゴヤの中間搾取分が、丸々剝げ落ちたからね。
シフォン姉ちゃんが困っていた布地や糸もトアール国と変わらない水準に値が下がったみたいだよ。
「それは、良かった。
ちゃんと、布地の値段も下がったんだね。」
「マロンちゃん、アレはえぐいわ。
物品毎に幾らの税が課されていたか、エチゴヤが幾らピンハネしてか。
事細かに、告知板に貼り出しちゃったじゃない。
あれをされたら、欲深い商人だってピンハネできないわよ。」
おいらは税とエチゴヤのピンハネで物の値段がどの程度上がってたかを詳しく調べさせたの。
役人が調べた結果がまとまると、それを一覧表にして全ての告知板に貼り出したんだ。
そうしないと、どさくさに紛れて不当に儲ける輩が出たかも知れないからね。
エチゴヤがピンハネしていた部分を自分の儲けにして。
「でも、マロンちゃんがエチゴヤをそのまま残したのには驚いたわ。
私、てっきりお取り潰しにしちゃうものだと思ってた。」
「だって、エチゴヤが『パンの木』と『塩田』を独占しちゃってるんだもん。
パンの木や塩田を変な輩に払い下げて暴利を貪られたら困るでしょう。
なら、いっその事、国がエチゴヤを営めば良いと思ってね。」
そう、最初はエチゴヤをお取り潰しにしようかと思ったんだけど。
この国にあるパンの木も塩田も、全てエチゴヤが所有していたんだ。
シフォン姉ちゃんに話した、変な輩に払い下げする訳にはいかないと言う理由もあるんだけど。
そもそも、パンの実や塩と言った民の生活の根幹にかかわる物品を商人に委ねるのもどうかと思ったんだよね。
パンって主食だから、値段が上がっても買わない訳にはいかないもんね。
塩だってそう。
だから、エチゴヤそのものを国が接収して、パンと塩の流れを国が管理することにしたんだ。
それと同時に、エチゴヤはパンの実と塩以外の物品からは手を引くことにしたよ。
パンの実は一つ銅貨十枚、塩は量り売りで一壷銅貨十枚を国が定める値段にしたの。
これは、ヒーナルが王位を簒奪する前の水準で、トアール国じゃ今でもこの値段なんだ。
エチゴヤはそれぞれ銅貨五枚で商人に卸して、商人は市井の人々に銅貨十枚で売る。
商人が値引きをして売るのは勝手だけど、銅貨十枚以上の値段で売ることは厳禁としたよ。
違反したら、厳しい罰則が科されることになっているの。
勿論、その値段は定期的に検討して実勢と乖離したら見直すことになっているよ。
国が定めた値段を変更する時は告知板で周知することにして、その旨もちゃんと告知したよ。
それと、エチゴヤを存続させたのにはもう一つ訳があるの。
エチゴヤはヒーナルに取り入って色々な物品を独占していたから、商いが無茶苦茶大きくて。
それを維持するために沢山の人を雇っていたんだ。
もちろん、番頭や手代、それに用心棒みたいガラの悪連中も多かったけど。
商いのために雇われた真っ当な使用人も多かったんだ。
エチゴヤを取り潰して、真面目な使用人を路頭に迷わす訳にはいかないからね。
商いをパンの実と塩だけに絞っちゃって、そんなに多くの人を雇い続けられるのかと心配する意見もあったけど。
エチゴヤって、ヒーナルの庇護があるのを良い事に、嫌がらせで他の商人から商権を奪って来たから。
そのために素行の悪い連中をいっぱい抱えていたんだ、どう見てもならず者にしか見えない連中。
そんなのを洗い出して全員クビにしたら、パンの実と塩だけを扱うのに丁度良い人数になったんだ。
当然、塩田やパンの木で作業に携わっている人もそのまま雇い続けることにしたよ。
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それで、捕らえたエチゴヤの連中の処遇だけど…。
宰相やジェレ姉ちゃんは、おいらに剣を向けたことで全員を死罪にするように主張したんだ。
でも、実際のところおいらやオランに指一つ触れることは出来なかっ訳だし。
ならず者とはいえ、若いニイチャン達を三十人以上死罪にしちゃうのも勿体ないと思ったんだ。
ヒーナルの治世の九年間で大分国土が荒廃しちゃったみたいだしね。
それで、マイド、番頭、それに手代は死罪にして、他の手下共は国のために働いてもらうことにしたよ。
死罪を免れた連中は、まず最初に父ちゃんに預けて一月の矯正措置を施してもらったの。
一月も延々とトレント狩りを繰り返させると、ならず者の殆どは大人しくなるからね。
大人しくなったら、次は強制労働。辺境の地で街道整備をしてもらうことにしたよ。
連中は囚人だからね、正規に雇った人達からは隔離された別の工区を整備してもらうんだ。
強制労働刑だから無給で衣食住だけが与えられ、刑期は街道整備が終るまで。
連中に矯正措置を施している一月の間に、担当させる工区を用意するように街道整備の部署に指示したよ。
もちろん、人里離れていて、脱走が不可能な辺境の地でね。
そして…。
「やめろ、ワイはエチゴヤの店主やで。
ワイに手を出したらどないなっても知らんで。」
「うるせえ!この守銭奴!
テメエのせいで、俺達がどんだけ迷惑したと思ってるんだ。」
王都の中央広場、ボロボロとなったエチゴヤの店主マイドが数人の男達の蹴りを入れられてたよ。
「あいつ、懲りないな…。
もう一月近く、ここで晒し者になっているんだ。
街の人の神経を逆なでするような事は言わなきゃ良いのに。
まだ、誰かが助けてくれると思ってるのかな?」
偉そうな口を利いて街の人から制裁を加えられてるマイドを見てタロウが呆れていたよ。
マイド達、エチゴヤの幹部三人は死罪に決めたのだけど…。
まだ、ちょっと待っている事があって、それまで広場で晒し者にしたんだ。
例によって、罪状を細かに記した看板を立てて、制裁自由にしておいたよ。
かれこれ、一月近く経つのだけど、マイドは懲りずに制裁を加えてくる街の人に噛みついてたよ。
その度に、より手酷い制裁を受けるんだけどね。
「マロン、久しぶりね。
何かまた、面白そうなことになっているじゃない。」
「あっ、アルト、お帰りなさい。
お義父さん達をシタニアール国まで送ってくれたんでしょう。
有り難う、お疲れさまでした。」
マイド達を眺めていると、アルトが長旅から戻って来たよ。
おいら、アルトの帰りを待ちわびていたんだ。
「良いのよ。
私も自分の森や『STD四十八』の連中を放りっぱなしと言う訳にもいかないし。
シタニアール国へ遣ったブランシェ達のことも気に掛かるからね。
それで、ここにいるキモい連中は何者かしら?」
「こいつら、ヒーナルに取り入って、この国の商いで暴利を貪っていた連中なんだ。
それより、アルト、聞いて。
こいつがヒーナルに『魔王』倒す入れ知恵をしたんだって。
しかも、トアール国の『ハエ』魔王討伐にもこいつが関わってたんだよ。」
罪状が記された看板を指差しながら、おいらが返答すると…。
アルトは看板をマジマジと見詰めていたよ。
そして、振り返ってマイドを睨んだアルト。
その背中に灼熱の炎が見えたような錯覚を覚えたよ。
「ふ、ふ、ふ、舐めたことをしてくれたじゃない。
あんたのせいなのね。
私が三日三晩、汚らわしい虫の魔物と戦い続けるハメになったのは。
マロン、こいつら、死罪とあるけど。
私が殺っちゃってもいいかしら?」
「アルトならきっとそう言うだろうと思って待ってたんだ。
でも良いの?
何度も聞くようだけど、妖精って『殺しはご法度』じゃなかったの?」
そう、おいらがこの三人の死罪を引きのばしていたのはアルトを待っていたの。
アルトなら、生まれてきたことを後悔するくらい酷い目に遭わせてくれると思ったから。
「それなら、いつも言ってるでしょう。
殺るべき時は、きちんと殺らないとダメだって。
安易な殺生は厳と慎むべきだけど、赦しちゃダメなことだってあるのよ。」
まあ、こいつのせいで何千人もの村人が命を落としているんだし。
情状酌量の余地は全くないからね。
「じゃあ、アルトの気の済むようにすれば良いと思う。
それで、何か面白い案はあるの?」
「こんなのはどうかしら?」
アルトが耳打ちした案はとってもイケてるモノだったよ。
**********
「凄いのじゃ。
ダイヤモンド鉱山解放の時よりも沢山魔物がいるのじゃ。
しかも、みんな強そうなのじゃ。
これが、『魔物の領域』というモノなのか、怖ろしい場所なのじゃ。」
アルトの『特別席』の窓から、眼下に広がる魔物の領域を眺めてオランが驚嘆してたよ。
あれから、おいらは一旦王宮へ戻って、宰相に外泊許可を貰って出て来たんだ。
目指すはだだっ広い『魔物の領域』の真っただ中、アルトが飛んでも丸一日掛る辺り。
窓の外にはお馴染み空飛ぶ巨大マムシのギーヴルが飛び回り、眼下には巨大なベヒーモスが群れを成していたよ。
魔物の領域で一夜を明かし、翌日の昼前頃。
「この辺でどうかしら?
あんまり奥へ進んじゃって、サニアール国へ近づく訳にはいかないし。
ここからでも一番近い人里まで、人間の足では一月くらい掛るわ。
と言うより、途中、ベヒーモスのテリトリーを始め強い魔物が沢山いるし…。
マロンやオランでもない限り、生きて人里まで辿り着くのはまず無理ね。」
アルトがおいら達のいる『特別席』に入って来て言ったの。
「うん、良いんじゃない。
おいらなら、絶対に帰ってこれない自信があるよ。
さっき、八本も首のある大蛇の魔物がいたじゃない。
アレには絶対勝てないと思ったもん。」
アルトはおいらやオランを買い被り過ぎだよ。
あんな魔物が闊歩する領域を踏破するのは無理だって。
まあ、そんな訳で…。
「おいらから、オッチャン達三人に特赦の機会を与えるよ。
ここから、無事に人里まで辿り着けたら死罪は免除してあげるよ。
その後も自由に振る舞って良いよ。」
おいらは、地面に放り出したマイド達三人を前にして宣言したの。
「念のために聞くけど、ここは何処や。」
「ここ? 魔物の領域だよ。
西の辺境から人の足で一月ほど掛かる場所。」
「魔物の領域から生きて脱出せぇと? そんなせっしょうな。
ワイらに死にぃと言ぉてるようなものやしまへんか。」
いや、だから、死罪だって言ってるじゃん。生還出来たら特赦だって…。
おいらは、ぶうぶう文句をたれる三人を問答無用で放置してしてきたよ。
着替えも、武器も、食糧も、一切与えずにね。
アルトの提案で、この三人は魔物の餌になってもらうことにしたよ。
『魔王』を倒すことで発生した二回のスタンピード、そこで犠牲になった幾千の村人と同じ目に遭わせることにしたんだ。
魔物に襲われる恐怖を存分に味わってもらおうかと思ってね。
お読み頂き有り難うございます。




