第352話 役得、役得、トレント狩りのおこぼれを…
トレント狩り研修の初日、研修に臨んだ四グループは、指導員のお姉さんの力を借りながらも何とかトレントを倒してた。
ケガ人も一人で済んだし、初心者でも指導役が注意を払っていれば研修課題に加えても問題ないと確信したよ。
まあ、凶暴な魔物を前にして鼻をほじっているなんてマヌケは問題外だけどね。
そのマヌケの属する三人組だけど…。
各グループが狩ったトレントの収穫物を荷車に載せる作業に散った時のことなんだ。
「痛てて、…。
ちくしょう、もう、俺は我慢できねえ。
やめだ、やめ。こんなこと付き合ってられるか!
おい、オメエら、ここからずらかるぞ。」
マヌケを除く二人が倒したトレントの収穫物を荷車に積み込みながら、マヌケが二人を唆していたの。
みんながそれぞれのトレントの所に散って、おいら達以外には近くにいないからって、そんな迂闊な事を口に出してたよ。
「でもよ、この砂糖壺とスキルの実を売ると最低でも銀貨二千枚になるらしいぜ。
田舎に帰っても、こんな稼ぎが出来るような仕事はねえぞ。
ここでトレントの狩り方を覚えてだな。
仲間を増やして、トレント狩りをして暮らした方が贅沢できるんじゃねえか。」
「そうだぜ。
この王都では、強請りは結構重い罪らしいぜ。
王様が変わってから、色々とお触れを出して冒険者の悪さを禁止しているって。
飯を食っている時に、王都の連中に聞いたじゃねえか。
王都で一番でっけえギルドは役人にガサ入れされて。
何十人もの冒険者が死罪になっちまったってよ。
ここを抜け出したところで、どうやって稼ぐって言うんだ。
ここは、大人しくウサギ狩りでもして生きてく方が良いんじゃねえか。」
二人は、最期まで冒険者研修を受けて狩りの技術を習った方が得だと言って、ここを抜け出すことに反対してたの。
田舎の村では腕っ節自慢だったようだけど、王都では雑魚に過ぎないと二人は自覚したみたいなんだ。
そもそも、冒険者に対する取り締まりを強化されて、大っぴらに悪さをすることは出来ないと理解した様子だよ。
そんなことで、二人は真面目に冒険者をした方が良いと思い始めているみたい。
でも…。
「バカ野郎、テメエらはケガ一つしてねえからそんなこと言えるんだ。
俺なんか、初日からここの女にどつかれるわ、魔物に殺されかけるわで、散々な目に遭ってるんだぞ。
オメエらだって、肩にでっけい穴をあけられたら絶対に嫌になるぜ。
悪いことは言わねえ、サッサとこんな所からずらかった方が身のためだって。
厳しく取り締まっているって言ったって、悪党なんて幾らでもいるんだ。
俺達が、ちょいとばかり悪さをしたって捕まる訳がねえって。」
ケガをしたのは自分がマヌケなせいなのに、それを棚に上げてこんなことを言っていたよ。
しかし、こいつ、捕まる訳ないって、何を根拠に言ってるのかな。
仕方ないね、おいらが少しやる気を出させてあげますか。
「ねえ、ニイチャン達、冒険者登録の申請書を出す時に、一緒にもらった紙を読まなかったでしょう。
研修中に倒したウサギやトレントを売ったお金は、最終日に全員均等に配分されるんだよ。
そっちのウサギ狩りに失敗したニイチャンにも頭割りで均等にね。
今日のトレントだけでも、一人当たり銀貨四百枚にはなるはずだから。
研修を終えた時には、銀貨二千枚くらいになるんじゃないかな。
脱走したら、それ、貰えなくなるけど良いの?」
みんな、添付書類を読んでないみたいなので、最後のお楽しみにナイショにしておこうと思ってたんだけど。
こいつ等を引き留めるために、教えてあげることにしたよ。
「えっ、そんな事が書いてあったんで?
おい、銀貨二千枚なんて言ったらおいそれと手に入る金じゃないぞ。
たった八日で手に入るんだったら、逃す手は無いぜ。」
「そうだな。
ケガをしない魔物の狩り方を教えてもらえて、その上金がもらえるなんて有り難いこった。
途中で抜け出すなんて、そんな勿体ないことできねえぞ。」
「おい、オメエら、裏切るのか!
俺は嫌だぞ、そんな堅気みてえな生き方が出来るかって。」
案の定、マヌケを除く二人はお金がもらえることに知り、研修を続ける意欲を示してくれたよ。
マヌケは最後まで抵抗してたけど…。
結局、一人で脱走する根性も無い様子で、憮然としながらも二人に従ってた。
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現金なモノで、お金がもらえると知ると、二人はテキパキと『シュガーポット』と『スキルの実』を荷車に載せてたよ。
それまで、やる気なさそうにもたもたと積み込んでいたのとは態度が違ってたよ。
みんな、書類に目を通してないようなんで、研修の最後に驚かせてあげようかと思っていたけど。
こんな事なら、最初に口頭でも説明しておいた方が良かったかも。みんな、やる気を出してくれそうだもの。
で、全てのグループが収穫物を荷車に積み終えると、収穫物をお金に換えるべく王都へ向かって行ったんだ。
トレントの林の前に残ったのは、おいら達だけになったの。
「女王様、もう用はお済ですよね。
そろそろ王宮へ帰りませんか。
あまり長い時間留守にすると、また宰相が心配しますよ。」
護衛のルッコラ姉ちゃんがおいらにそう進言してきたの。
「うん? おいらの本当の目的はこれからだよ。
直ぐに済むから、少しだけ待っていてね。」
おいらは、ルッコラ姉ちゃんに答えてトレントの林に近付いてたの。
そして、冒険者研修の受講者が残していったトレントの本体を『積載庫』にしまったの。
もちろん、結晶化していない砂粒のような『生命の欠片』も漏らさずにね。
そう、父ちゃんとの打ち合わせで、倒したトレントの本体と『生命の欠片』はおいらが貰うことにしたんだ。
どの道、『生命の欠片』は『積載庫』持ちじゃないと回収も結晶化も出来ないからね。
『積載庫』持ちは現状ではおいらだけだから、おいらが貰わないと無駄になっちゃうもん。
そして、トレントの本体はおいらが『トレントの木炭』に加工して王都の名産品にするの。
現状、『トレントの木炭』を量産しているのは、ハテノ男爵領だけだからね。
高級な刃物を作るのに必要な『トレントの木炭』は欲しい人が多くて、需要が供給に追い付いてない状態なんだ。
だから、ウエニアール国での『トレントの木炭』の供給は、おいらがする事になったの。
もちろん、ハテノ男爵ライム姉ちゃんと仲違いする訳にはいかないから、ちゃんと許可は取ってあるよ。
「トレントが消えた…。
もしかして、女王様が消したので?」
「ルッコラ姉ちゃんをギルドから解放した時に『妖精の泉』の水を飲ませたよね。
ギルドの連中、質の悪い病気を持っていることが多いからって。
あの水を出した時に言わなかったっけ?
おいらがアルトから授けられた『妖精の不思議空間』のこと。
今、おいらは『妖精の不思議空間』にトレントの本体をしまったの。」
「へえ、『妖精の不思議空間』って随分と大きな物が入るんですね。
だけど、トレントなんて何にするんですか?
ただの丸太ですよ。」
おいらの言葉を聞いたルッコラ姉ちゃんは、そんな疑問を口にしたんだ。
ただの丸太って、丸太だって木材として立派な利用価値はあるのに…。
「トレントの本体って、大きくてとても持ち運びできないから放置されることがほとんどだけど。
実際はとても価値が高いんだ。
ほら、これが出来るんだよ。」
おいらが、『積載庫』の中で加工した『トレントの木炭』を一欠片手渡すと。
「炭ですか、いやに固いようですが…。」
「トレントの木炭は普通の炭とは少し違うんだよ。
火力が凄く強くて、火持ちが良いの。
温度が凄く上がるんで、鍛冶屋さんが高品質の刃物を作るのに使うんだ。
トレントって狩るのが大変だし、大きくて持ち運びが難しいでしょう。
だから、無茶苦茶貴重なんだ、目が飛び出るほど高価なんだよ。
でも、おいら、『妖精の不思議空間』を持ってるから楽に持ち運べるんだ。
しかも、最高品質の木炭への加工も出来るの。
これから毎日、ここでトレントが狩られるでしょう。
おいらが回収と木炭への加工をして、王都の特産品として売り出すんだ。」
「へえ、女王様、便利なモノをお持ちですね。」
ルッコラ姉ちゃんはおいらの話を聞いて素直に感心してたけど。
「マロンはちゃっかりしているのじゃ。
研修で狩らせたトレントを回収して王都の特産品にしようするなんて。
研修で狩った魔物の収穫物は、研修生に分配するのではなかったのか。」
オランは半分呆れていたよ。
「良いんだよ。
冒険者にとってトレントの収穫物と言えば、普通は『シュガーポット』なんかと『スキルの実』なんだから。
通常、トレント本体は持ち運びできないで放置されちゃうものだから、収穫物には含めないの。
おいらがしているのは、廃品利用だね。
良いじゃない、『トレントの木炭』を売ったお金の一部はこの研修施設の維持費にもなるんだから。」
おいらの釈明を聞いたオランは、納得したような、しないような釈然としない表情をしていたよ。
これから研修を受ける人が増えれば、毎日狩られるトレントも増えるはずだけど。
その日は四本しかなかったので、おいらは自分で三種類のトレントを一本ずつ追加で狩ったよ。
収穫物は王宮へのお土産だね。
まあ、ルッコラ姉ちゃんにはナイショだけど、一番の収穫は『生命の欠片』なんだよね。
お読み頂き有り難うございます。




