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ゴミスキルだって、育てりゃ、けっこうお役立ちです!  作者: アイイロモンペ
第二章 ゴミスキルとおいらの平穏な日常
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第29話 『異世界チート』、何それ?

 生卵に火を通さずに食べるという『勇者』の如き行動は断念したタロウ。

 その後は、しばらく大人しくしてたよ。


 おいらは、タロウとはあんまり関わりたくなかったんだけど。

 おいらがシューティング・ビーンズの狩り場にしているのは、妖精の森に面してる。

 妖精の森にある泉でスライムを捕っているタロウとは、目的地が同じ方向なんだ。


 いきおい、朝、広場の露店でごはん買う時に顔をあわせて、一緒に行くことになるんだ。

 タロウに妖精の泉を教えたのは失敗かも。

 これじゃあ、タロウを遠ざけることが出来ないよ。


 その日も、広場の露店で串焼きとパンを買って、二人並んで食べていると。


「このパン、美味いよな…。

 しかも、銅貨十枚でこんなに大きいのが買える。

 俺、串焼き二本食べるとパンが食い切れなくて。

 半分残して、昼めしにしてるよ。」


 タロウは、一欠けらのパンを見ながら、しみじみと言ったんだ。

 こいつ、今更なに感動しているかと思ったね。

 だって初日から食べているんだもん。


「うん、安くてお腹いっぱいになるから助かるね。」


 取り敢えず、相槌を打っておくと。


「そうなんだよ、安いんだよ。

 しかも、バターたっぷりで、フワフワの柔らかパンときていている。

 近所のベーカリーでホテルブレッドとか称して売ってる少し高いパンみたいだ。

 これで、日本円なら百円程度だってんだからな。

 これじゃあ、異世界チートの出番なしだぜ…。」


 タロウって、時々言ってるよね、その『異世界チート』って言葉。いったい何なんだろう。


「ねえ、タロウ、その『異世界チート』ってどういう意味?」


「チートっての元々ネトゲの、っても分かんねえか。

 まあ、ズルというか、ルール違反をする事だと思っときゃいいさ。

 それが転じて、ズルいほど凄い力のことを言うようになったんだがな。

 それで、『異世界チート』ってのはな、ラノベっていう俺達の世界の娯楽の中では定番なんだ。

 だいたい、異世界に飛ばされると日本よりも遅れてる世界って設定でさ。

 日本の知識を利用して活躍するんだ。

 その世界にはない、日本の進んだ知識を使っていることをチートって呼んでるんだ。」


 タロウが言うには、ラノベとかいうにっぽんの娯楽で異世界へ飛ばされた主人公の物語が流行りらしい。

 その中で、主人公が、神様やらなにやらから、凄い力をもらうパターンが一つのお約束。

 タロウが時々、『選ばれし勇者』なんて言う妄言を吐いているのがそれだね。

 もう一つが、今タロウが言ったにっぽんと異世界の知識格差を利用して大活躍するんだって。


 でも、実際には、にっぽんの物って機械が無いと作れない物が多いらしくて。

 素人のタロウに出来る物って、意外に少ないらしいよ。


 石鹸とか、マヨネーズとか、この前から言ってるモノならタロウにも作れるらしいけど…。

 石鹸は、タロウが作れるモノに引けをとらない代用品があったし。

 マヨネーズは一番肝心な原料の生卵が、生では食べられないし。

 そんな訳で、タロウの野望は出足から躓いたらしいの。


 それで、なんで今、パンを見詰めて黄昏ているかと言うと…。


「異世界に行くと、だいたい、硬いパンを食べてるってのが定番でよ。

 主人公が、天然酵母を持ち込んで、フワフワで柔らかいパンを作るんだ。

 それで大儲けしたり、貴族や王様の目に留まってご贔屓にされたりで。

 それを足掛かりに、出世していくってのがあるんだよ。

 俺、小学校の時、博物館だかがやってた夏休みの理科教室に参加したんだ。

 『天然酵母から作るパン作り』ってやつ。

 それで、今でも、天然酵母の作り方は覚えてるんだけどよ。

 正直、俺が作ったんじゃ、こんなに柔らかくフワフワにはならないんだよ。

 これじゃあ、日本でも一流のパン職人のパンだぜ。

 まあ、俺、一流のパン職人のパンなんて食ったことねえがな。」


 タロウが目論んでいた『異世界チート』がまた一つ挫折して落ち込んでたらしい。

 タロウの話じゃ、今食べているパン。

 にっぽんではちゃんとしたお店を構えて銅貨四、五十枚で売っているって。

 とても、露店で銅貨十枚で売っているようなパンじゃないって。


「この世界のパン職人てレベル高いな…。

 露店売りのパンでこんなに美味いんだものな。」


「パン職人?」


 何か、話が噛み合わないと思ってたんだけど…。

 やっぱり、誤解があるみたい。


「うん? どうかしたか?」


「ちょっと、ついて来て。」


 おいらは、タロウを誘ったの。

 本当は、シューティング・ビーンズを狩りに行きたいんだけど。

 まあ、最近は懐に余裕も出て来たし、少しくらいの道草はかまわないと思ったの。


    ********


 おいらがタロウを連れて来たのは、町の市場。

 目的のお店の前で、おいらは店のおばちゃんに声をかけたの。


「おばちゃん、それ一つちょうだい。」


 指差したのは、おいらでは抱えきれないくらいの大きな緑色の実、黒い縞模様が入ってる。


「スイカか?」


 何て呟きをもらすタロウ。

 あれ? にっぽんにもあるの? 

 じゃあ、何であんなことを言うんだろう?


「おや、マロンじゃないか。

 久しぶりだね、うちに買いに来るなんて。

 父ちゃんがいなくなってから、一人じゃ食い切れないって。

 ずっと、屋台で買ってたんだろう。」


「うん、おいら一人じゃ、とても無理。

 今日は、お隣のタロウと半分こにしようと思って。

 包丁あるでしょう、半分にしてもらえる?」


「あいよ! じゃあ、銅貨二十枚だよ。

 先に貰えるかい。」


 おいらが銅貨二十枚を渡すと、おばちゃんは一番大きな実を見繕ってくれたの。


「おい、マロン、これから仕事に行くのにスイカなんてどうするんだよ。」


「いいから、ちょっと見てて。」


 おばちゃんは、その大きな実を抱えて一旦店の奥に入るとすぐに戻って来た。

 

「ハイよ、半分に割って来たよ。

 半分は、こっちの兄ちゃんに渡せば良いのかい?」


「うん、お願い。おいらじゃ、二つも抱えられないから。」


 おいらは、おばちゃんに差し出された半切れを受け取ったの。

 これでも、抱えるほどの大きさなんだけど、重さは意外と軽いの。


 半切れを受け取ったタロウは目を丸くして…。


「なんだ、このスイカは中身が真っ白じゃねえか!

 しかも、全然、瑞々しくないぞ!

 こんなスイカ食えるんか!」


 また、大声を出す…。

 店の人の前で、『食えるんか』は失礼だよ。


「なんだい、この兄ちゃん。

 パンを知らないなんて、どんな貧乏人だい。

 パンが白くなくてどんな色をしてるってんだ。」


 おばちゃん、怒るかと思ったけど…。

 タロウの余りにも的外れな言葉を耳にして、怒る以前に呆れちゃったみたい。


「ゴメンね、おばちゃん。

 タロウはちょっと物知らずなんで、許してあげて。」


 おいらは、おばちゃんに謝ると早々に市場から退散したよ。

 まったく、こんな人混みの中で大声出すんだもの、恥ずかしいな…。


    ********


 タロウを引き摺るようにして、市場の外れの空き地までやって来た。


「タロウ、『パンの実』のお代、半分の銅貨十枚ちょうだい。」


 そう言ってタロウに手を差し出したおいら。


「勝手に買っておいて、金払えって、おまえ、何言って…。

 って、えっ、『パンの実』だってぇ!」


 何を今更…。


「そう、『パンの実』。

 誤解があるみたいだから、教えてあげようと思ったの。

 良いでしょう、銅貨十枚くらい払っても。

 同じ値段で露店で買う大きさの倍以上あるんだから、凄いお得だよ。

 どうせ今晩も買うつもりだったんでしょう。」


 おいらの言葉を聞いたタロウは、『パンの実』を一摘み千切って口に運んだの。


「うめぇー…。

 これ、さっき露店で買ったパンと同じだ…。」


「そうだよ、これ、『パンの木』農家が栽培してる『パンの実』。

 町外れに大きな農園があるよ。

 この町、一、二を争うお金持ちなんだ。

 町の人の食生活を一手に引き受けてるんだからね。

 『パンの木』って、毎日『実』を付けるんだって。」


 そう、この町にパン職人なんて存在しないよ。

 あの露天は、市場で買った『パンの実』を小分けにして売っているだけ。


 この『パンの実』少し硬い皮を割ると、中身がスッポリ取れるの。

 大きさに多少のバラツキはあるけど、食べられる部分はだいたい露店の四倍。

 それで、値段は露店の倍だから、とってもお得なの。

 家族持ちは、露天なんかじゃ買わずに、みんな市場で買ってるよ。


 でも、おいら、一人じゃ食べきれなくて、カビさせちゃたりするんだ。

 だから、割高だけどおいらは露店で買ってるの。

 その場ですぐに食べられるしね。

 一人暮らしの人はみんな露店で買うから、割高でも商売が成り立つんだって。


「何だよ、この世界じゃ、パンは焼くもんじゃなくて、木に生るんかよ!

 最初から、天然酵母の出番なしじゃないか!」


 うん、やっと理解してもらえたようだね。

 分かったなら、早く銅貨十枚ちょうだい。  

   

お読み頂き有り難うございます。

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