第282話 この国の王族って、ホント、しょうもな…
おいら達の住む町に来ないかとのアルトの提案に、何の迷いもなく飛びついたセーナン兄ちゃん。
だけど、一緒に聞き捨てならない言葉を口にしたよ。
「セーナン、あんた、私達が何故この町にいるのか、その訳に気付いているの。」
アルトは、意外そうな顔をして尋ねたよ。
まさか、少しぼんやりした雰囲気のセーナン兄ちゃんに気取られるとは思いもしなかったみたい。
「今日、屋敷を抜け出したついでに、少し街をふらついたのでござる。
広場のベンチに座って一休みしてた時のことでござる。
井戸端会議のおばさんの話声が聞こえて来たでござるよ。
ウサギに乗った二人の幼女の噂。
辺境で年端もいかない幼女が、素行不良の騎士を成敗して回っていると。
その時は、いったい何の冗談かと思ったでござる。」
セーナン兄ちゃん、屋敷に軟禁されているとはいえ、見張りの一人もいないので。
時折今日のように、こっそり屋敷を抜け出して街をふらついていたそうなの。
町の人の噂話を耳にする中で、この国の騎士は冒険者と嫌われ者の双峰を成す存在だとは知っていたそうなの。
自身でも街中で傍若無人に振る舞う騎士を目にしていて、この国の騎士はロクでも無いと思っていたって。
オバチャンの井戸端会議を耳にした時に、そんな騎士に反抗する者が現れてもおかしくないと思ったそうだよ。
ただ、その噂が荒唐無稽だと感じたのは、『幼女二人』がと言うところ。
幾ら素行が悪く、まともに仕事をしていない騎士でも、幼子に負けるほど情けない訳は無いだろうって。
辺境から王都へ噂が広まる間に、何処かで面白可笑しく捻じ曲がったものだと考えていたらしいの。
「でも、今さっき、妖精さんにお目に掛かって噂が本当ではないかと思ったでござる。
ハテノ男爵領の辺境の町で、酒場のオヤジに聞いたことがあるでござるよ。
この町の陰の支配者は、妖精の森の長とその庇護下にある幼い娘だと。
実際、ハテノ男爵領の旧騎士団は、大勢の人前でその幼女に叩きのめされたと。
そして、その幼女の名はマロン、井戸端会議で噂されていた幼女も同じ名前。
今、拙者の目の間に妖精さんがいるでござる、だとすれば…。」
セーナン兄ちゃんはそこまで言うと、おいらの顔の方に視線を移したんだ。
イヤだな、アルトもおいらも町の支配なんてしてないよ。
おいら達に迷惑かけなければ、余計ことに首を突っ込まないもん。
それはともかくとして。
アルトとおいらを目にして、ハテノ男爵領で耳にした話と今日聞いた噂話が繋がったそうだよ。
おいらが噂の幼女で、この国の辺境の町や村で騎士を退治して歩いたのだろうと。
そもそも、おいら達がこの町にいることが凄く不自然なんだって。
おいら達は、ここから馬車で二ヶ月も掛かるハテノ男爵領に住んでいるのだから。
何か特別な目的が無いと、こんな遠くまで来るはずが無いって。
「井戸端会議のオバチャンの話では、…。
幼女が辺境の村や町を去る時に国王をお仕置きすると言い残しているようなのでござる。
爺殿がどうして妖精さんの機嫌を損ねたのかはわからんでござるが。
まあ、色々と悪事を重ねていますので、何処かで虎の尾を踏んだのだと思ったでござる。」
オバチャンの噂話から、おいら達がこの町に来た目的が国王を懲らしめることだと予想したみたい。
セーナン兄ちゃんは、祖父である国王に会ったことも、話をした事も無いので、何をしてアルトの機嫌を損ねたかまでは予想できないみたい。
ただ、原因は何にせよ、おいら達一行を相手取り、国王や王太子が敵う訳ないと思ったそうだよ。
辺境で多数の騎士を打ち負かしたという幼女に加え、刺客を一撃でのしたタロウ、極めつけは不思議な力を持つ妖精アルトだものね。
「そう、あんたの考えている通りよ。
この国の辺境から騎士を退治したのは、この娘マロンよ。たった一人でね。
そして、私達の目的は今の国王にお仕置きすること。
その訳は、この国の王が私の庇護下にある耳長族を拉致しようとしたから。
その巻き添えで、私の可愛いマロンまで誘拐されそうになったしね。
私が国王に突き付ける要求は、今後一切耳長族に手を出さないこと。
聞き入れないのなら、国王、いえ、王族には消えてもらうわ。」
アルトは、セーナン兄ちゃんが予想つかないと言っていたおいら達がここへ来た理由を明かしたの。
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「ああ、耳長族の女性でござるか。
拙者も舞台で演奏する耳長族を拝見しましたが、皆さん美形でござるな。
まあ、爺殿も、親父殿も負けず劣らずの女好きで。
気に入った女子なら何としてでも手に入れようとしますゆえ、然も有りなんでござる。
まあ、口頭で警告しても諦めることは無いでござろうな。
やはり、王家はこれまででござろう。
社会の害悪のような王家ゆえ、早々に途絶した方が世間のためでござろうな。」
セーナン兄ちゃんは言ったの。
例え、国王を消したところで、次は兄ちゃんの父親である王太子が耳長族を手に入れようと画策するし。
王太子を消したところで、弟セーオンが同じことを考えるって。
とにかく、一族揃って自己中で欲しいモノは手に入れないと気が済まない性格だから、死なない限り諦めないだろうって。
「あんた、血の繋がった肉親を良くもそこまで悪しざまに言えたものね。
自分の肉親が私達に殺されるかも知れないのに、何とも思わないの。」
アルトがセーナン兄ちゃんの言葉に呆れていると。
「拙者、衣食住に事欠かない生活をさせてくれたことに関しては親父殿に感謝しておりますが。
そもそも、拙者は親父殿の悪行がもとで生まれた人間でござる。
お袋は、目の前で夫と子供を殺され親父殿を心の底から憎んでいるでござる。
親父殿の狂気とも言える愛情に恐怖を覚え、心を殺して親父殿に従っているでござる。
拙者は親父殿の被害者であるお袋を四六時中見ていますがゆえ。
正直、親父殿に肉親の情を覚えたことは無いでござるよ。」
セーナン兄ちゃんのお母さんは、王太子セーヒに対する恐怖心にさいなまれ心が壊れかけているらしいの。
お母さんの心が完全に壊れてしまう前に、王太子から解放され、自由な生活をさせてあげたいんだって。
でも、一つ気に掛かったことがあって、おいらは尋ねてみたの。
「セーナン兄ちゃんは、こんな贅沢な暮らしを捨てることができるの?
ここを出て自分の力で稼いでいくとなると、こんな贅沢な暮らしは出来なくなるよ。
それに、知っていると思うけど、ハテノ男爵領は凄い田舎だよ。
こんなに何でもある王都とは違って、不便な街だよ。」
今はこの館に軟禁された状態で自由に振る舞うことが出来ないけど。
セーナン兄ちゃん自身が言っていた通り、生活面では恵まれているんだよね。
広くて豪華な家に住んで、美味しいものを食べて、キレイな服を着てね。
「そんな事は無いでござる。
ハテノ男爵領、特にあの辺境の町はユートピアでござるよ。
あの町の『風呂屋』の泡姫さんは、拙者のようなキモブタでも優しくしてくれるでござる。
拙者、商売とは言え、若い女性にあんなにやさしく接してもらったのは初めてでござるよ。」
キモブタって…、そこまで卑下しなくて良いと思うけど。
「そんなの、当たり前だろう。
セーナンはお客で、高い金を払っているんだから。」
セーナン兄ちゃんの言葉にタロウがツッコミを入れると。
「そんな事は無いでござる。
他人にこんな話をするのは恥ずかしいでござるが。
拙者も成人男性でござるゆえ、溜まるものは溜まるでござる。
何年か前、拙者、勇気を振り絞って王都で一番の娼館の暖簾を潜ったでござるよ。
ところが、指名した娼婦は皆、拙者の相手をするのが嫌だと言うのでござる。
拙者のような『キモブタ』の相手は死んでも嫌だと言うでござるよ。」
セーナン兄ちゃんは、その時初めて『キモブタ』と言う言葉を知ったらしいよ。
「何だ、そりゃ、お客にそんな失礼な事を言うなんて。
サービス業に携わる人間として失格だろう。
店の支配人とかは注意しねえのか。」
娼婦のお姉ちゃんの対応が悪いと、タロウは憤慨していたけど…。
「それが、支配人は平身低頭して拙者に謝罪し、色を付けてお金を返してくれたでござる。
娼婦達も普段はそんな事は言わないし、そんな失礼な態度は取らないというでござる。
拙者、その店に行ったタイミングが悪かったでござるよ。
娼婦たちが、拙者にそんな態度を取った訳を支配人から聞いたら怒れなかったでござる。
ただ、世間の若い女性の間では、拙者のような容姿の者を『キモブタ』と呼ぶことを心に刻んだでござるよ。」
セーナン兄ちゃんがその後に聞かせてくれたのはとんでもない話だったよ。
その数日前のこと。
腹違いの弟セーオンがその娼館を訪れていたんだって。
セーオンは『筆おろし』に来たと言ったそうなんだけど。
いきなりやって来て、常連客から人気のある娼婦さんを軒並み買い占めたそうだよ。
ほとんどの娼婦さんが、馴染みのお客さんから指名が入っていたのに無理やりキャンセルさせたらしいよ。
セーオンは、娼婦のお姉ちゃんに色々と注文を付けて普通ではしないサービスをさせたうえ、凄く乱暴だったらしいの。
そんなことをしておいて、既定の料金しか払わなかったって。
予約に入っていた馴染み客って、たいていの場合、既定の料金にイロを付けてくれたり手土産を持って来たりしてくれるらしいの。
大事なお客さんの予約を不意にされた挙句、乱暴な事をされ、余禄も無しということで娼婦のお姉ちゃんはカンカンだったそうだよ。
お店の方も、予約を入れていた常連さんに違約金を払って大損だったらしいの。
そのくせ、セーオンは『俺様が来てやったんだから有り難く思え。』って捨て台詞を残して立ち去ったらしいよ。
そんな暴君セーオンの容姿はと言えば、小柄で小太り、縦に伸びる分を横に広げたような体形で、だらしない二重あごが目立つんだって。
その細い目で笑うと、好色さを伺わせるニヤつきで思わず嫌悪感を感じるらしいよ。
しかも、脂性でテカテカ光っているうえ、凄い汗っかきで体臭が酷く臭うらしいの。
怒髪衝天の娼婦のお姉ちゃん達は、二度と『キモブタ』の客は取らないと息巻いていたんだって。
そんな事があってから数日後、ほとぼりが冷めないうちにセーナン兄ちゃんが行ったもんだから、冷たくあしらわれたみたいなんだ。
キーン伯爵家の血は凄く濃いみたいで、代々小柄で小太り、二重アゴが特徴なんだって。
精悍でないといけない騎士団長が小太りってなんかイヤ…。
絶世の美女から生まれたセーナン兄ちゃんですら、残念なことに特徴的形質を受け継いでいるんだ。
でも、今の話を聞いていると、セーナン兄ちゃんが嫌われたというより、一から十までセーオンが悪いんじゃん。
そんなことがあった後、おいらの町の『風呂屋』に行って、その濃厚なサービスに感激したらしいの。
あれだね、『にっぽん爺』が色々と手解きしたという、独特のサービス。
そん訳で、セーナン兄ちゃんはハテノ男爵領へ引っ越すことを歓迎している様子だよ。
お読み頂き有り難うございます。




