第182話 ヒット商品になったんだって
体を張った『実用試験』と『市場調査』の末、にっぽん爺は『ゴムの実』のお店を出すことにしたんだって。
お店と言っても、にっぽん爺に店舗を構えるお金なんて無くて、自由市場の露店から始めたらしいよ。
その頃のにっぽん爺は、本当にカツカツの生活をしていたみたい。
『市場調査』の時に看板とチラシを作ったでしょう。
その費用を捻出するため、当時唯一の楽しみだったギルドの風呂屋に行くのを何度か諦めたって言ってたよ。
自由市場で最初に露店を出したのは、オバチャン達相手に『市場調査』をした数日後のことだったらしいけど。
オバチャンの口コミネットワークの凄さは、時空を超えて共通のようで、…。
開店までの数日で、オバチャン達の間にすっかり噂が行き渡っていたんだって。
お店を出した早々、『市場調査』に協力してくれたオバチャンがやって来て。
「おや、今日からお店を出すのかい。
待ちかねていたよ。
みんな、いつから売り出すのかねって期待していたんだよ。」
そう言って、一つ銀貨一枚という結構な値段がするにも関わらず、十個もまとめ買いしてくれたそうだよ。
ちなみに、『ゴムの実』って、十分に完熟して果肉がゼリー状になってから売るんだって。
果肉がゼリー状になってから食べないと、果肉が上手く剥がれなくて、最悪皮を破っちゃうらしいの。
完熟してから販売するのは、それを防止するためなんだって。
完熟しているから、販売後三日くらいしか日持ちがしないそうだよ。
にっぽん爺がそのことを伝えて、十個も買って大丈夫かと尋ねたみたい。
そしたら、「平気、平気、このくらい一日よ。」って言葉が返って来て、戦慄を覚えたって言ってた。
初日はオバチャン達が次々にやって来て、そんなに日持ちしないのに五個、十個と買って帰ったんだって。
開店初日に用意した『ゴムの実』五百個はあっという間に売り切れたらしいよ。
それまでのにっぽん爺は、どんなに多くても日に銀貨十枚稼ぐのがやっとだったらしいの。
この日は、あっという間に銀貨五百枚の稼ぎになってビックリしたって言ってた。
それは開店初日だけではなく、むしろ日に日にお客さんが増えていって毎日すぐに完売してたそうだよ。
露天を出して数日目には、にっぽん爺のが店を出す前から待ち構えている状態になっていたみたい。
にっぽん爺の売り出した『ゴムの実』は瞬く間に王都で評判のヒット商品になったんだって。
最初は口コミに乗ったオバチャンが、お客さんの中心だったみたいだけど。
そのうち、若いお姉ちゃんや男の人の耳にも届いたようで、次第に客層が広がっていったらしいの。
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にっぽん爺も予想外の売れ行きに喜んでばかりはいられなくなったんだって。
開店前に採り溜めて用意した在庫が、早々に底をついてしまったらしいの。
その時の売れ行きの良さは、ある意味大誤算だったらしいの。
『ゴムの実』が取れる山は、王都から往復で一日かかる場所にあるそうなんだ。
スキル『野外移動速度アップ』が、レベル十のにっぽん爺の足でも、それ以上の短縮はできないって。
にっぽん爺の観察結果では、『ゴムの実』は一定の大きさになってから熟し始めるそうで。
その大きさまで育てば、早めに採集して追熟させることが出来るそうなんだ。
逆に言えば、それより前に採っちゃうと追熟しないで腐っちゃうらしいの。
追熟期間は約十日、一定の大きさに育ったばかりのモノを収穫すれば完熟するまで十日保存できるって。
完熟してからの賞味期間は、にっぽん爺がオバチャンに説明してたように三日くらいなの。
なので、にっぽん爺はなるべく若いモノを十日連続で採集して、開店に向けて在庫を溜めていたらしいの。
にっぽん爺は、当初、そんなに人気が出ると思わなかったんだって。
在庫が無くなったら露店を出すのを休んで、また十日くらい連続で採集すればいいやと考えていたみたい。
でも、その時の繁盛ぶりときたら、十日も休むと言おうものなら暴動が起こりそうな状況だったらしいよ。
冒険者が採集してくる他の物品と同様に、お店か冒険者ギルドに売ってしまえば楽なんだけど。
その時のにっぽん爺にはある計画があって、それはしたくなかったそうなの。
仕方がないので、一日置きに採集と出店を繰り返すことにしようと考えたんだって。
それなら、木生りで完熟している実を選んで採取して来れば良いからね。
在庫が底をついた日の朝一番に、お客さんに向かってそう言ったら…。
無茶を言うオバチャンがいたんだって。
「ええーーーっ!露店を休むのかい。
アタシゃ、これ無しでは一日たりとも我慢できないよ。
そうだ、あんた、朝に町を出て夕方には戻ってくるんだろう。
だったら、うちに届けてくれないかい、どうせ使うのは夜なんだから。
なんなら、仲間内に声を掛けて、欲しい者を集めておくよ。」
さすが、オバチャン、臆面が無いね…。
にっぽん爺、それを聞いて思ったって。
「もういい歳なんだから、一日くらい旦那さんを休ませてあげたら。」と…。
にっぽん爺としても、朝も早よから出て行って採集を終えて戻った時には疲れている訳でしょう。
それから、お客さんに商品を届けて回るなんて嫌だと思ったらしいの。
オバチャンの無茶な要求を断ろうとしたら…。
「あのう…、それをして頂けるのなら助かります。
私、男の人も買いに来ている中で並ぶのは恥ずかしくて…。
できれば、こう言うモノは人目の無いところで買いたいのですが…。」
恥かしそうに顔を赤らめたお姉さんが、蚊の鳴くような声でお願いしてきたんだって。
「それを言ったのは、まだ二十歳にもならないような娘さんだったのだ。
きっと、新婚さんなのだろう。
あけっぴろげのおばさんとは違って。
男性客もいる露店で買うのは勇気が要ったのだろうな。」
男の人の前で買うのが恥ずかしいって、…。
果物だよね、『ゴムの実』、何でだろう?
「ああ、わかる、わかる、その気持ち。
日本でも、買うのが恥ずかしい人向けに一目のつかない所に自販機が設置して有るし。
コンビニなんかでも、それとは分からないようにオシャレな包装紙に包んで売ってるよな。」
どうやら、にっぽん爺の話をタロウは理解できたみたい。
『にっぽん』では、果物を買うのが恥ずかしいことなの? ますます、理解不能になったよ…。
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お客さんの話を聞いていたら、売りに来て欲しいと言う要望が意外と多かったらしいの。
そのお姉さんと同様に、若い女の人を中心に人前で買うのが恥ずかしいって。
オバチャンのワガママだけなら、無視しようとしていたにっぽん爺だけど。
若い娘さんが、恥ずかしいのを我慢して買いに来るのは、気の毒だと考えたらしいの。
その翌日から、にっぽん爺は露店での販売を止めて訪問販売に切り替えたんだって。
その日一日、露店に買いに来てくれたお客さんにそのことを説明して。
訪問販売を希望する人に、会員登録してもらったそうだよ。
にっぽん爺は、朝、『ゴムの実』の採集に出かけ、王都へ戻ったら会員の家を回って配達したんだって。
それこそ、朝から晩まで働くことになってしまい、無茶苦茶疲れたらしいよ。
それで、お客さんに説明して十日に一日は休ませてもらう事になったんだって。
その頃、王都に一つの流行語が出来たみたい。
『休旦日』、旦那さんを休ませてあげる日なんだって。
何故か、にっぽん爺が配達を休む日は、『休旦日』と呼ばれるようになったみたい。
そんな感じで、にっぽん爺は無茶苦茶忙しくなったけど、会員は増える一方だったらしいの。
新しい会員が入会する時とか、訪問先の旦那さんが留守の時のとか…。
そんな時には『実演販売』をする事もあったそうなんだ。
『実演販売』には若奥様なんかもいて、思わぬ余禄があったんだって。
にっぽん爺がその頃を思い出して懐かしそうに言ってたよ。
でも、『実演販売』って何を実演するの? 何度も聞くけど『果物』だよね。
『ゴムの実』の販売は順調だったらしいけど、反面、にっぽん爺の身辺は怪しくなってきたみたい。
しばらくすると、『ゴムの実』を採集に出かけるにっぽん爺を尾行する連中が現れたんだって。
いかにも人間のクズって感じの奴らで、一目で冒険者だと分かる奴らだったらしいの。
直接聞いた訳じゃないから定かではないとにっぽん爺は言ったけど。
にっぽん爺が『ゴムの実』を採集している場所を探るつもりのようだったって。
採集場所が判明したらにっぽん爺を始末するつもりだったんじゃないかって。
それで、『ゴムの実』の利権を奪おうとしてたんだろうって。
でもね、それはどうってことなかったって。
自分で努力せずに他人の上前をハネようって奴らが鍛錬なんかしている訳ないし。
『野外移動速度アップ』なんて、地味なスキルを身に付けている訳もなく、
『野外移動速度アップ』レベル十のにっぽん爺にはついて来れなかったらしいの。
まあ、何組もそんな奴らがいると、中には少しは頭を使う奴がいるようで。
前回見失った場所で待ち構えて尾行をする奴もいたみたい。
だけど、最期は日頃の鍛錬がモノを言ったんだって。
宝石の原石探しで、山道を歩きなれているにっぽん爺には誰もついて来れなかったらしい。
道がなくなった途端、尾行している奴らはにっぽん爺を見失ったらしいよ。
そして、にっぽん爺をつけ狙う冒険者が増えて、そろそろ身の危険を感じ始めた頃、それに成功したそうなの。
それは何かって? 『ゴムの実』の大量生産だよ。
お読み頂き有り難うございます。




