第180話 若い頃は『勇者』だったみたい
『ゴムの実』を発見したにっぽん爺は、当初目的の宝石の原石探しをほっぽって町へ帰って来たんだって。
この時、にっぽん爺には宝石の原石なんかより、ずっと画期的なアイデアが浮かんでいたらしいの。
「その頃の私は二十代後半、こっちの世界に飛ばされて十年以上が過ぎていた。
片目、片腕になって、地を這うようにして生きてきて…。
正直、生きる希望を見失いかけていたのだ。
『ゴムの実』を発見したのは、そんな時だったよ。
私はこの世界で、『ゴムの実』に類するものを見かけたことが無かったんだ。
これは、一発逆転のチャンスだと思ったのさ。」
見ず知らずのこの国にやって来たにっぽん爺の不幸は、『にっぽん』とは常識が違っていたこと。
やって来た初日、よりにもよって冒険者にレベルのことを尋ねちゃったんだって。
この国でレベルのことを口に出すのはタブー、特に命の取り合いをしているならず者冒険者には絶対しちゃいけい事なんだ。
にっぽん爺は、この国来て最初に声を掛けた人に、剣で斬り付けらけて片目と片腕を失ってしまったの。
そんな逆境を乗り越えて、にっぽん爺は採集専門の冒険者として何とか生業を立てて来たそうなんだけど。
でも、正直、採集専門の冒険者って、そんなに大儲けできる訳ではないないし…。
希少なモノを採集しようとしたら、魔物が跋扈する危険な場所に足を踏み入れないといけないから。
決して、安全な仕事とも言い切れないんだ。
この町と違って、王都って家が高くて、とてもにっぽん爺の稼ぎでは手が出ないんだって。
狭い借家に住んで、一人食べて行くのがやっとだったみたい。
何よりも堪えたのが、堅気の生活をしている同世代の知り合いがどんどんお嫁さんをもらっていくことだって。
自分と同世代の人達が幸せな家庭を築いていく一方で。
にっぽん爺には、たまに行くギルドの風呂屋が唯一の楽しみだったみたい。
にっぽん爺は言ってた。
「繁華街にある風呂屋の暖簾を潜ろうとした時のことだ。
買い物でもしようと繁華街に出て来たのだろう。
奥さんと一緒に楽しそうに歩いてきた知り合いと鉢合わせしてな。
その時の気まずいこと…。
その知り合いの私を見る目が、可哀想なモノを見る目なんだよ。
私は、あの目を今でも思い出すことが出来る…。」
この時、にっぽん爺はまた絶望しちゃったんだって。
もう生きていくのが半ば嫌になっていたって。
「私は、『ゴムの実』を見つけた時に決意したのだ。
私の人生の全てを、コレに賭けてみようとね。
どうせ、このまま生きていても日の目を見ない人生だ。
これでダメなら死んでも良いと思って。
文字通り命を賭けて、『ゴムの実』の実用試験をしたんだよ。」
いつも穏やかな表情のにっぽん爺が、いつになくマジな顔になって言ったの。
一体、どこに命を賭けるところがあったのかな、今の話に?
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「なんだよ、爺さん、そんなマジな顔をして。
一体、命を賭けて何をしたって言うんだ。」
タロウもおいらと同じことを思ったようで、にっぽん爺に尋ねたんだ。
「王都の繁華街には有名な裏路地があるんだ。
通称、『立ちんぼ通り』。
夜になると、訳アリの立ちんぼがずらりと並ぶんだよ。
訳アリって言うのは…。
ありていに言えば、歳がいってるか、病気持ちだな。
まあ、中には男の娘もいるようだがな…。
若くて、キレイな娘は百%病気持ちだ。
しかも、かなりのヤバめのな。
私は、『ゴムの実』の有効性を試すため。
一ヶ月間、毎日ハイリスクグループを買い続けたんだよ。」
『立ちんぼ』とか言われても、どんなものかわからなかった。
というよりも、そこからのにっぽん爺の話は意味の分からない言葉が多かった。
タロウは理解しているみないなので、『にっぽん』という国の言葉なのかな?
にっぽん爺の言葉によると、…。
若くて、キレイな立ちんぼは、十中八九、ギルド経営の風呂屋を追い出されたお姉さんらしいの。
ギルドの風呂屋って、少しくらいの病気を持っていても追い出されないんだって。
売れっ娘ほど、お客さんが沢山つくんで病気をうつされる確率が高くなるらしいんだけど。
稼ぎ頭の娘を簡単に手放したくない風呂屋は、命に関わらないような病気は見て見ぬフリをするそうなの。
追い出されたと言うことは、命に係わるようなヤバい病気をもらっちゃったということらしいよ。
ギルドの風呂屋のお務めってそんなヤバい仕事なんだ…。
そんな、『立ちんぼ通り』に立っているお姉さんって、すごく安いんだって。
でも、みんな、病気が怖いから堅気の人は余り近寄らないらしいの。
お客さんのほとんどが刹那的に生きている低レベル冒険者なんだって、にっぽん爺が言ってた。
「その後、三ヶ月の経過観察を経て私は確信したんだ。
賭けに勝ったと。
こっちの世界のその手の病気は、長くても潜伏期間が三ヶ月と聞いている。
私は自分の体の隅から隅まで細かくチェックして、病気の兆候が一つも無いことを確認したよ。
それで、確信したんだ『ゴムの実』はアレの代用品に使えると。」
良く分からないけど、『ゴムの実』を使うと病気がうつるのを予防できるらしいんだ。
どうやって使うんだろうね?
「爺さん、あんた、ホンマものの『勇者』だよ!
俺みたいなチキンじゃ、そんなマネは怖くてできねえぜ。
使っている最中に破れでもしたら、本当に命懸けじゃねえか!
でもよ、意気込みはともかくとしてだ。
相手が命に関わるような病気を持っているのが分かっているんだろう。
若い頃とは言え、爺さん、良く役に立ったな。
俺だったら、きっと萎えちゃって、役に立たないぜ。」
ちょくちょく『勇者』と言われて馬鹿にされているタロウが『勇者』と言うのだから。
その時の、にっぽん爺の行いって相当無謀な事だったんだね。
ただ、タロウの口調は心底にっぽん爺を称賛しているようだったの。
馬鹿にしているようには、全然見えなかった。
でも、『ナニ』が役に立つ、立たないって話なんだろう…。
「それが、ご都合主義と言うか…。
『ゴムの実』と言うのがだな、まるでナニの営みのためにあるような果物でな。
正直、この実用試験を思いついた時、それが心配だったのだ。
やはり病気は怖いからな、臆してしまって役に立たないのではないかと。
だがな、家に持ち帰って、何本か果肉を食べているうちに気付いたのだよ。
それを食べると、自然に元気になっていることに。
私は、十五歳でこっちの世界に飛ばされてきたので、知る由も無いが…。
きっと、バイ〇グラも真っ青な効き目じゃないかと思ったものだ。」
にっぽん爺の話では、『ゴムの実』の果肉には即効性の精力増強効果があると言うの。
それこそ、食べた途端に元気になっちゃうくらいの。
食べ終わった後なんだけど、ゼリー状の果肉は皮の内側に付着して微かに残っているんだって。
それが潤滑剤の役割をして、着け易いとも言ってたよ。
そんな訳で、自分の意思とは関係なく元気になるものだから。
にっぽん爺は無事に『ゴムの実』の実用試験をすることが出来たんだって。
「何だそれは。
精力剤付きの『ゴム』かよ。
爺さん、『ゴムの実』って大発見じゃねえか。
細菌も、ウイルスも通さねえ、使ってて破れねえとなると。
当然、避妊にも使えるんだろう。」
にっぽん爺の説明を聞いて、タロウは『ゴムの実』を絶賛していたよ。
おいらには、いまいちその凄さが理解できなかったけどね。
確かに、元気のない人が、あっという間に元気になるのは凄いと思うけど。
『妖精の泉』の水にもその効果があるよね…。
「ああ、もちろんだ、それだけじゃないぞ。
『ゴムの実』の皮な、この世界には精密な測定具が無いから正確な事は分からんが。
多分、百分の一ミリ以下の厚さだと思う。
私が日本にいる時に、使っていたモノより薄く感じたからな。
使ってみた感触も、日本のモノに全く引けを取らなかったよ。」
「おい!ちょっと待て、爺さん!
あんた、こっちに飛ばされてきた時、十五歳だと言ってただろう。
なんで、そんなモノを使っているんだ。
なんか使い慣れているみたいに言ってるし。
あんた、オタクだったみたいなこと言ってたが。
実はリア充だったってか!」
にっぽん爺の追加に説明を聞いたら、何故かタロウが怒ってたよ。
にっぽん爺はタロウとおいらの顔を見て…。
「その辺の話は、今度一緒に飲んだ時にでもしてあげよう。
マロンがいるところでは、さすがに差し支えがあるからね。」
おいらがいるところでは出来ない話みたい…、怪しい…。
そんな事があって、にっぽん爺は『ゴムの実』の事業化に着手したんだって。
ここから、にっぽん爺のサクセスストーリーが始まるみたい。
って、この話まだ続くの?
お読み頂き有り難うございます。




