第147話 王様は予想以上の小物だったよ
耳長族が安心して外を出歩けるようにと、アルトは王様に法を定めることを要求したの。
王様は、渋々承諾したんだけど…。
「しかし、アルト様。
恥ずかしながら、二百年前の失態以来、我が国の王家は非常に立場が弱くて。
勅令をもってしても、有力貴族を完全に従わせるのは困難でして。
正直、欲に目が眩んだ有力貴族がおれば、勅を無視して耳長族に手を出す恐れもございます。
それを完全に抑えろと言われるのは、この陛下には些か荷が重すぎるかと…。」
モカさんが、そんな頼りないことを口にしたよ。
そもそも、ここの王家がアルトに頭が上がらなくなった発端、愚王がアルトの森に攻め込んで返り討ちになった事件。
その時に、王を始めとして王家を支える高レベルの人のレベルが、ことごとくアルトに奪われちゃったんだ。
そのせいで、この国の有力諸侯の方が王様よりレベルが高いし、高レベルの家臣を抱えているという事態になっちゃったの。
だから、王様は有力諸侯に強く出られないし、反乱を恐れて有力諸侯の顔色ばかり窺ってるんだ。
「それについては、私に任せてちょうだい。
貴族達には、従わないとどういうことになるか恐怖を味あわせてあげるわ。
ちょうど良い見せしめが、ここに沢山転がっているからね。
そうそう、これに付随する用件なんだけど…。
こいつらは死罪で良いのよね、ハテノ男爵家はどうするつもりなの。」
アルトは、ハテノ男爵とその騎士団の連中を指差して死罪にする事を確認した上で、お家の存続について尋ねたの。
「そんなもん、お家取り潰しのうえ領地没収に決まっておるであろうが!
こ奴、儂の命を縮めるようなことをしたのだぞ。
一族郎党、根絶やしにしても足らんぐらいだ!」
まあ、自分第一の王様だものそう言うだろうと思ったよ。
ハテノ男爵のせいでアルトに詰め寄られてるんだから赦せないだろうね。
「ちょっと待って。
こいつは、直接私に危害を加えようとしたから、同情の余地が無いけど…。
少し話がおかしいのよ。」
ハテノ男爵家をお取り潰しにするという王様の言葉に、アルトは待ったを掛けたんだ。
「何か、おかしなことがございましたか?」
モカさんがアルトに問うと。
「この国には貴族学校ってモノがあるのですって?
先代のハテノ男爵から聞いたのだけど。
先代は貴族学校で、『私に迷惑を掛けること』は勅令で禁じられていると教えられたそうなの。
でもね、そいつは『そんなこと習ってない』と言ってるの。
そいつ、愚かだけど、物覚えだけは良いみたいでね。
こいつが、その勅令を聞いたことが無いという以上、最近教えてないんじゃないかと思って。
ちゃんと周知もしてないで、お家取り潰しまでは酷いんじゃないかと思ってね。」
アルトは王様をジト目で見ながら言ったんだ。
「おや、そんなはずはありません。
私は、先代のハテノ男爵よりも大分年下ですが私の頃はちゃんと習いましたよ。
この国で最重要とも言って良い勅令です。
教えていないはずが無いのですが…。
少しお待ち願えますか、遣いをやって貴族学校の校長に確認させますので。」
貴族学校に遣いを出すと言いつつ王を睨み付けるモカさん。
その目は、「白状するなら今のうちですよ」って言ってるよ。
アルトとモカさんに睨まれた王様、渋々という感じて口を開いたんだ。
「その勅令について、教える必要は無いと貴族学校に指示したのは儂だ…。
だって、仕方ないであろう、儂は二百年前の愚王の話を信じていなかったのだから。
何で、王家の権威に傷をつけるような話を教えなければならないのだ。
この国の王となった者が、ションベンを垂れ流しながら、命乞いをしただなんて。
次男と娘の躾のためにと、モカが早く退廷していた頃に校長を呼びつけて指示したのだ。
儂は、あの勅令も廃止する機会を窺っておったから…。」
だと思った、おいらも貴族学校のことを聞いた時にピンときたもん。
絶対、この王様の仕業だって。
「何と愚かなことを。
と言うことは、この十数年間、貴族学校では教えてないと言うのですか。
あの勅令とその背景にある愚王の行いについて。
あの勅令はこの国にとって最も重要なモノと言っても過言でないのですよ。
王はあと三十年もすればお隠れになるかも知れませんが。
アルト様はこの先何百年も生きられるのです。
あの勅令やその背景を知らない者ばかりになってしまって。
アルト様の勘気に触れる行いをする者が出たらどうするのですか。
今度こそ、国が滅びますよ。」
それからしばらく、王様はモカさんに説教をされていたよ。
王様は「あんなものを教えたら王家の威信が…。」とかボヤいていたけど。
モカさんに懇々と説教される王様の姿を誰かに見られたら、そっちの方が恥ずかしいと思うよ。
威信を保ちたいなら、もう少し真面目に仕事した方が良いと思うな。
結局、『アルトに迷惑を掛けてはならない』という勅令とその背景になった二百年前の愚王の行いについて、再び貴族学校で教えることになったの。
それから、貴族学校で教えられていない世代の貴族を集めて周知徹底することになったよ。
信じない者がいると困るから、王様自らが詳細な説明をすることとなったんだ。
こっちの方が大恥だね。モカさんが罰だと言ってたよ。
**********
「それで、アルト様はハテノ男爵の扱いについて、どのようなご希望があるのですか?」
王様へのお小言が一段落つくと、モカさんが尋ねてきたんだ。
「そんな無理難題は押し付けないから安心して。
私は、ハテノ男爵家の存続とこの娘を次期当主にする事を認めて欲しいの。」
そう言って、アルトは『積載庫』の中から、ゼンベーおじいちゃんとライム姉ちゃんを出したんだ。
「この娘は、先代ハテノ男爵の長女ライムさんよ。
ライムさんがハテノ男爵家を継いだら、私が再興に協力してあげるって約束したの。
聞けば法の上では女でも領主になれるようだし、別にかまわないでしょう。」
王の執務室で外に出されたゼンベーおじいちゃんとライム姉ちゃん。
事前の打ち合わせで言ってはあるけど、いきなり王の御前に出されてまごついていたよ。
ゼンベーおじいちゃんとライム姉ちゃんが型通りの挨拶を交わした後。
「ふーむ、女性領主ですか…。
おっしゃる通り、我が国の法では男児優先にはなっておりますが。
男児無きときは、女児に領主の継承が認められておりますな…。」
モカさんは歯切れの悪い口調で、王様に目配りしたの。
「儂は認めんぞ、口喧しい女などが領主になって領主会議で噛み付かれたらかなわん。
女は奥に引っ込んで大人しくしていれば良いのだ。」
なるほど…、女性領主がいないのも、この王様のせいか…。
「ご存じの通り、二百年前の愚王以来、この国の王家は有力諸侯のご機嫌を窺いながら存続してきました。
王家の婚姻も有力諸侯との誼を結ぶための政略結婚を繰り返してきたのです。
そのため、歴代の王は私生活でも奥方に頭が上がらない状態でございまして。
せめて、公の場では女性にやり込められることの無いようにと。
ここ数代の王は女性領主を認めてないのでございます。
日頃私生活で肩身の狭い思いをしている王が多かったものですから。
近習も憐れみを感じて苦言を呈することはなかったのです。」
想像を絶する小物だったよ、この王様。
家で奥さんに頭が上がらないもんだから、せめて仕事では女の人に頭を下げたくない。
ただ、それだけの思いで、女性領主を認めなかったなんて…。
「あら、そうなの。
公私混同も甚だしいわね。
ねえ、あんた、そんな了見の狭い理由だけで女性領主を認めてなかったのなら。
今回、この娘をハテノ男爵家を継ぐことを認めなさい。
特段、法的に問題がある訳じゃないんでしょう。」
そう言いながら、アルトは目の前に青白い光の玉を浮かべたの。
例のバチバチ音を立てながら、火花を散らしている青白い玉を。
もう、完全な脅迫だね。
「わかった、わかったから、その物騒なモノはしまってくれ。」
王様は、完全に白旗を揚げたよ。
**********
こうして、アルトはハテノ男爵家の存続とライム姉ちゃんの領主就任を認めさせたんだ。
「ところで、アルト様。
先ほどの、貴族を従わせる案とはいかようなモノでしょう。」
モカさんは、最初の話題に話を戻したの。
「モカ、この王都には有力貴族の当主はどのくらいいるのかしら。」
「はあ、国内の主だった諸侯は、たいてい王宮の重職について国政に携わっていますので。
七、八割方は、王都におりますが。」
「そう、それじゃあ。
明日、今現在、王都にいる貴族の当主若しくはその代理を全員王宮に招集しなさい。
良いものを見せてあげると言ってね。
飛び切りの出し物を見せて戦慄させてあげるわ、絶対に耳長族に手を出そうと思わないようにね。」
そう言ったアルトは明日の出し物をモカさんに説明したんだ。
アルトの説明を聞いたモカさん、床に転がるハテノ男爵とその騎士団員を気の毒そうに見て…。
「アルト様、それは余りに惨い…。
いえ、そのくらいはしておいた方が良いかも知れませんね。
陛下にもぜひ見て頂きましょう。
心を入れ替えて真面目に職務に励むようになるかも知れません。」
少し引き気味にそんなことを言ってたよ。
話が済むと、アルトはハテノ男爵とその騎士団員を『積載庫』にしまいながら。
「モカ、急で悪いのだけど。
今日、あんたの家に泊めてもらえないかしら。
もちろん、ハテノ男爵家の二人も一緒にね。
少し、モカに相談したいことがあるのよ。」
唐突にモカさんの家に泊めて欲しいと言い出したアルト。
ここではなく、家で相談したいことがあると言われ、モカさん、何を言われるのかとビクついてたよ。
お読み頂き有り難うございます。




