第145話 今の領主は頭痛のタネだったみたい
アルトが掛けた同情の言葉に、ゼンベーおじいちゃんは。
「ええ、娘のライムもとっくに婚期を迎えているのに、嫁ぎ先が無いありさまで。
持参金は用意できないわ、実家がいつ破綻するか分からないわでは無理もありませんわな。
なので、いっそ、領地と爵位を返納してしまおうかと、常々考えておったのです。」
爵位と領地を返上すると、退職金じゃないけど、国から補償金が貰えるんだって。
それで農地でも買って畑でも耕して生きていこうかなんて、ゼンベーおじいちゃんは言ってるよ。
ライムお姉さんも貴族のしがらみに縛られずに結婚相手を探せるから、その方が良いだろうって。
余程のお金持ちじゃなければ、平民には持参金なんて習慣はないらしいよ。
ライムお姉さんは中々の美人なんで、平民になれば嫁の貰い手は多いだろうって言ってた。
「ふーん、でも、あの領主はそうは考えていなかったみたいね。
私の保護下の耳長族を捕らえて売り飛ばすとか、セバスさんをクビにして増税をするとか。
なんか、自分勝手な事ばっかり言ってて、王都にいるバカ貴族を見ているようだったわ。」
そうなんだ、あの領主、ゼンベーおじいちゃんの息子さんだって言うのに言動が全然似てないの。
それに、お金が無くて屋敷のあちこちが壊れているのに、領主の部屋だけ妙に立派だった。
「ああ、あやつは子供の頃から思慮が足らんで、不出来な息子だったのです。
タダの愚か者であれば、まだ良かったのですが…。
質が悪いことに、あやつ頭はバカではないのです。
子供の頃から読み書き算術は得意で、教えたことはすぐに覚えるのです。
あやつが愚かなのは、杓子定規で臨機応変に動くのが苦手な事と他人の心の機微に疎いところなのですわ。
特に、他人に対する思いやりの心が無いのは、為政者として致命的でしてな。
まあ、それでも子供の頃はまだマシだったのです。
小さな時から親子で一緒に野良仕事をしておったので、それが当たり前だと思っていましたから。
あやつの愚かさに磨きがかかったのは、王都にある貴族学校へ行ってからなのです。」
ゼンベーおじいちゃんは、ため息をついていたよ。
あの領主も、物心つく頃から農家のような生活をして来たので、貴族の生活ってそんなモノだと思っていたようなの。
貴族の跡取り息子って、領地経営とかの知識を身に付けるために王都の貴族学校に通う義務があるんだって。
十代半ばになって初めて同年代の他の貴族に接して、これは違うぞと思ったみたい。
誰も自分のような野良仕事はしてなかったものだから。
贅沢な暮らしをしている同年代の貴族と接することで、今の自分の暮らしは間違っていると思い込んだんだって。
で、あの領主、思慮は足りないけど変なところは頭が良いので、学校にいる間、色々と勉強したみたいなんだ。
その結果、自分領地の税が異常に軽い事が根本的な間違いだと判断したんだって。
何で、敢えて税を低く抑えているのかという、先々代の想いも斟酌せずに。
その辺が愚かなところだって、ゼンベーおじいちゃんは言ってた。
しかも、寄宿舎で他の貴族と一緒に暮らすうちに、貴族の生活はかくあるべきと感化されちゃったみたいなの。
貴族学校を卒業する頃には、すっかり『王都にいるバカ貴族』のコピーが出来上がってたって。
貴族学校を卒業して帰ってきたら、野良仕事は一切手伝わなくなったんだって。
そんなのは貴族の仕事では無いと言って。
あの領主の部屋も勝手に改造したみたい。
貴族の対面を保つにはこのくらいの部屋じゃないといけないと言って。
おかげで、乏しい食卓がますます侘しくなったって、ゼンベーおじいちゃんがボヤいてたよ。
それ以来、自分の執務室に籠っては増税の検討ばかりしているんだって。
浅慮な癖になまじ頭は良いものだから、貴族学校にいる間国中の税を調べてきたそうだよ。
他の領地にはあって、この男爵領には無い税を新設しようとしているみたいなの。
それをセバスおじいちゃんが反対して諫めるものだから、いつもいがみ合っているんだって。
どおりで、セバスおじいちゃん、領主に怒られるのはいつものことですからなんて言う訳だ。
「頭の良い愚か者ほど御し難いものはありませんな。
結婚税やら、通行税やら、悪名高い税を課そうとするものですから困ったもんです。
一言目には、他の領地でやっているのに何が悪いと言うのですよ。
用意周到に、それがこの国のどれだけの領地で課されているのかを全部調べてね。
あやつは、それによってどれだけ人心が乱れるかを全然考えていないのです。
とにかく楽して、税金を取り立てることばかり考えておって。
しかも、貴族学校を全優で卒業したものですから、妙にプライドが高くなってしまって。
領民を見下すような言動が、そこかしこに見られるので困っていました。
儂は目眩がしましたぞ、貴族学校というのはいったいどんな成績評価をしているのかって。」
うん、今の王様を見ていると、どんなヘンテコな事を教えているのかは想像つくよ。
あの王様がお手本になるような事を教えてるのなら、よっぽどだよ。
今の領主には、ゼンベーおじいちゃんも頭を痛めていたみたいだよ。
それに、領主として仕事の面だけでなく、私生活にも問題があるみたいなんだ。
ゼンベーおじいちゃんの愚痴は続いたの。
「あやつも領主を継いだからには、世継ぎを残してもらわんと困るのですが。
二十五を過ぎてもいっこうに嫁をもらおうとしないのです。
こんな貧乏な領地でも嫁に来ても良いという奇特なお嬢さんもおりますのに。
会いもせずにことごとく断ってしまうのです。
そのくせ、領民から略奪するように娘を奪ってきおって…。
そちらのマロンお嬢さんくらいの歳の子供ばかりを。
儂はその度に領民に頭を下げて返しに行くことになり、どれだけ肩身の狭い思いをしたか。」
あの領主、時々町の見回りに行くと言って町に出かけたらしいの。
最初は、真面目に仕事をする気があるのだと感心していたら何の事はない。
おいらくらいの女の子をさらうために町に出かけていたらしいの。
何度か問題を起こして、領主がそう言う趣味を持っていると気付いたゼンベーおじいちゃん。
それ以来、領主が一人で町に出るのを禁じらたらしいよ。
「兄さん、一度、酒に酔って口を滑らしたことがるのですが…。
何でも、貴族学校に通っていた時に知り合った女性から詰られた事があるらしいのです。
その…、何と言うか…、アレが粗末過ぎて話にならないと…。
それ以来、大人の女性が苦手になったようです…。
多分、サイズの面で…、何と言うか…、まあ、小っちゃい子が好きなようで…。
ともかく、それでは世継ぎが望めないとお父様も困っていたのです。」
ゼンベーおじいちゃんが頭を抱えている領主の性癖について。
どうやらライム姉ちゃんは、領主から直接その原因を耳にしたことがあるみたい。
なんか、顔を赤らめて恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら説明してたんだ。
「ああ、なるほど!」
とか言って、アルトは納得してたけど、おいらにはさっぱりだったよ。
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ゼンベーおじいちゃんの話を聞いたアルトは言ったんだ。
「あんた、そこまで出来が悪いと分かっているのに、あれを領主に据えたの?」
さっきまでの同情の表情とはうって変わって、ゼンベーおじいちゃんに対して呆れた様子でね。
「儂も出来ることなら、娘のライムに跡を継がせたいと思っておったのですがのう。
親の贔屓目ではございませんが、ライムは気立てが良くて領民に慕われておりますので。
ですが、この国の法では男子相続が原則でしてのう、女子の相続は男子がいない時に限られておって。
倅がいる限り、ライムに後を継がせる訳には参らなかったのです。」
ゼンベーおじいちゃん、数年前に高血圧で倒れてしばらく寝込んだらしいの。
それで、まだ五十代という若さで領主を退くことになったんだって。
色々な意味で、今の領主に跡を譲るのは凄く不安だったんだって。
「なんとか家宰のセバスが倅を上手く御してくれたので、今まで事なきを得ましたが。
妖精さんの勘気にふれてしまうとは、倅も馬鹿なことをしたものです。
まあ、この男爵領としても潮時なのでしょうな。」
既に、ゼンベーおじいちゃんは諦めの境地だったよ。
「ねえ、あんた、ものは相談なのだけど。
そっちのライムを領主に据えて、男爵領を立て直そうとは思わない?
もし、私達に便宜を図ってくれるなら、領地の立て直しに協力してあげても良いわよ。」
アルトったら、また何か面白い事を考えているみたい。
お読み頂き有り難うございます。




