第122話 家の奥から現れたのは…
おいらが玄関の扉を開けると、「はい、どちら様?」と言いながら奥から若いお姉さんが出て来た。
まさか、自分の家に帰ってそんな言葉を掛けられるとは思わなかったよ。
そのお姉さんは、見た目にシフォン姉ちゃんより若く見えるから、十五、六歳かな。
サラサラの金髪を腰まで伸ばして、卵型の整った輪郭に切れ長の目、鼻筋が通って、口は控え目の大きさの美人さんだ。
ただちょっと、違和感があるのは…、あっ、そうか、耳がやに細長いんだ。珍しい個性だね。
体系はかなりスリムで、胸の膨らみはささやかなだね、かろうじて女性と認識できるくらいに。
なのに、目立っているのはそのお腹、ポッコリ膨れているの。
そこだけ、デブっているとは思えないから、たぶん、赤ちゃんがいるんだね。
すごいね、十五、六歳でもうお母さんか。
そんなことを考えながら、出て来たお姉さんを観察していると。
「あなた、もしかして、マロンちゃん?」
いきなり、お姉さんがおいらの名前を呼んだんでビックリしたよ。
「うん、おいら、マロンだけど。
お姉さんは誰?」
「わたし? 私はミンミン。
今日から、私がマロンちゃんのママよ!」
ハイテンションでそう言うと、ミンミン姉ちゃんはおいらに抱き付いてきたんだ。
「???????」
おいら、頭の中がこんな感じだった…、何が何だか。
すると、…。
「おーい、ミンミン、マロンが帰って来たんじゃないのか?」
家の奥から、懐かしい声がしたんだ。
「父ちゃん…。」
本当に懐かしい、ずっと待っていたあの声が…。
おいら、その声のもとへ走り出したかったんだけど。
お腹の大きなミンミン姉ちゃんの腕を乱暴に振りほどく訳にもいかず、迷っていると。
「おお、マロン、大きくなったな。
長い事一人ぼっちにしちまって、父ちゃんが悪かった。
僅か五歳の子を置き去りにしちまって、無事でいるか心配だったんだ。」
多分、奥のベッドで横になっていたんだと思う。
三年振りに姿を現した父ちゃんは、見るからにやつれて不自由な体をしているのが分かったよ。
左腕なんて、肘から先が無くなっているし…。
「父ちゃん、こそ、無事だったんだ。
父ちゃんがおいらを捨てるはずなんか無いって信じてたから…。
父ちゃん、死んじゃったんじゃないかって。」
おいら、涙がボロボロ出てきて、あとは何も言えなくなっちゃたよ。
そんなおいらを父ちゃんは、優しく抱きしめてくれて。
「ごめんな、辛い思いをさせちまって。
父ちゃんも、早くマロンの所へ帰って来たかったんだけどな。
見ての通り、下手打っちまって、長いこと動けなかったもんでな。」
父ちゃんは肘から下が無くなった左腕をブラブラさせながら言ったんだ。
「うん、うん、生きて帰って来てくれただけで嬉しいよ!」
おいら、三年振りに心の底から嬉しいと感じることが出来たよ。
**********
場所を土間のテーブルに移して。
「三年前のあの日、俺は好奇心から廃鉱を見に行ったんだ。
魔物が居なくなっていればしめたもんだし。
そうじゃなくても、珍しい魔物がいるかも知れないと思ってな。」
かつてのスタンピードで、魔物の巣になったしまった鉱山。
何を掘っていたかは知らないけど、まだまだ掘れる状況だったみたい。
その鉱山があったから、こんな辺境なのにこの町は栄えていたんだ。
鉱山が閉鎖されたせいで、廃れちゃって今では空き家だらけになってるの。
鉱山に住み着いた魔物は、とても倒せないような強い魔物が多かったようで。
鉱山が魔物の巣になったことが確認されて以降人が近づいてないんだって。
元々魔物が住んでいなかった地域なので、もしかしたら去っているかも知れない。
常々、父ちゃんはそう考えてたらしい。
実際にスタンピードが起こって魔物に蹂躙された地域の中には。
魔物にとって住み難い環境だったのか、しばらくして立ち去ることもしばしばあるんだって。
父ちゃんは、長いこと確認していないのは良くないと思ったらしい。
鉱山に魔物がいないのを実際に確認すれば、褒賞金が出るとの欲を出したみたいだけど。
父ちゃんは、子供がそのまま大きくなったような人で、好奇心のおもむくままに行動しちゃうんだ。
だから、世の中にうまく適応できなくて、はみ出し者と言われる冒険者になったの。
人間のクズのような者が多い冒険者の中で、数少ないまともな冒険者はほとんどがこのタイプらしいよ。
動機は父ちゃんみたいな好奇心以外に、一攫千金を狙っている人とか色々だけど。
突き詰めれば、世の中に馴染めずに一匹狼になっちゃう人。
んで、三年前も好奇心に駆られて廃鉱を見に行ったらしい。
父ちゃんは、自分の実力を弁えていて危ない橋は渡らない人だから。
その日も、魔物がまだいるようなら、早々に引き返してくるつもりだったみたいだけど。
「それがよ、やっぱり、あそこはまだ魔物の巣だったんだ。
岩陰に潜んで、廃鉱を観察してたらよ。
強大なイノシシの魔物と目が合ったような気がしたんだよな…。
そしたら、いきなり俺の方に向かって来やがった。
俺みたいなレベルゼロの人間じゃ、絶対勝てねえし。
すぐさま逃げを打ったんだ。」
その父ちゃんの初動が失敗だったらしい。
山の斜面にある鉱山の入り口、そこから斜面を走り降りたんだって、町とは反対側に…。
「町に向かって走れば良いのに、慌てて方向を見失っちまった。
気付いたら町とは反対方向に走ってたんだよ。
後ろからは、イノシシが凄い勢いで追ってくるもんだから進路変更できねえんだ。
仕方なくそのまま走り続けたんだけど、イノシシの野郎、しつこくてな。
幾ら逃げても諦めてくれねえんだ。」
レベルゼロの父ちゃんより、イノシシの方が数段体力があるようで。
絶体絶命の距離まで詰められた時、父ちゃんは一か八かの手を打ったらしいの。
「猪突猛進って言うだろう。
イノシシは全力で走っていると直進しか出来ないって言われてるんで。
俺は、残っている力を振り絞って、進路上から脇に飛び退いたんだ。
そのまま、直進して走り去ってくれればしめたもんだと思ったんだがな…。」
そこで、間をおいた父ちゃん。
「それで、どうなったの。」
勿体付ける父ちゃんにおいらが先を促すと…。
「あのイノシシ野郎、ドリフトをかましやがった。
ほぼ垂直に曲がって、飛び退いた俺に突撃して来たんだよ。
俺はもうヘトヘトで、その突撃を避けようがなくてな。
鋭い槍のような角を突き出して、俺の心臓めがけてツッコんで来やがった。」
そのまま、角が突き刺さったら絶対に助からないと思ったらしい。
父ちゃんは、とっさに左腕でイノシシの角を受けたんだって。
あっけなく、腕が千切れ飛んだらしいけど、襲い来る角の角度は変えることが出来たらしいよ。
角は脇腹に突き刺さったみたいなんだ。
その後イノシシが頭を勢い良く振り回したんで、丁度そこにあった崖下に放り出されたみたい。
「崖から落下して、体を思いっ切り打ち付けた俺はもう虫の息だった。
正直、もうダメだと思ったよ。
まだ小さなマロン一人を残して逝くのが申し訳なくて。
好奇心に駆られて廃鉱なんか見に来たのを後悔してたよ。
その時なんだ、女神が現れたのは。」
そう言って、父ちゃんはミンミン姉ちゃんの方へ視線を向けたんだ。
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