第17話 収穫祭
よろしくお願いします。
爽やかな気候に開かれる収穫祭。城下町はお祭りムードで、シーラ達も準備の手伝いをしていた。
「シーラ、今日は俺から絶対に離れるな」
「うん。約束する」
「・・・もう宝石渡しておくか?」
「うーん。ここはこの国の伝統に従って、夕焼けの沈む頃が一番いいんじゃない?」
その方がロマンティックだしね、とシーラは笑う。
「ガイアの傍にいるから、心配しないで」
そう言ってシーラは大きな尻尾を楽しそうに揺らした。
その様子を見たガイアも、安心したように荷物を抱え直した。
ひと段落着いた頃、茶髪の愛らしい少女がやってきた。
収穫祭も終盤に近付いている。あの夕焼けが、顔を覗かせているのだ。
人に呼ばれてしまったガイアと入れ違いになるように、彼女は来た。今日はいつものメイド服ではなく、淡いピンクのドレスを着ていた。頭の花飾りに映える、いい色だ。
「シーラ様!お変わりありませんか?」
「大丈夫。頭に鳴り響く声も聞こえないよ」
(そう、昨日の声がぱったりと聞こえなくなった。多分、昨日バグに気付いたガイア辺りが細かく消してるんだろうな)
「私以外の誰かが、定期的にバグを消してくれてるおかげみたい」
「・・・」
「エリア?」
突然黙ったエリアを、不思議に思った。
「シーラ様は、バグに触れたことあるんですよね?」
「うん。異常事態が起こったら、大抵バグに触れて念じれば直るよ」
「ですよね・・・。異常事態か」
「あ、まだエリアは無いんだっけ。それは不安に思うのも仕方ないね」
「い、え・・・。あの実は―」
が、エリアの声は第三者によって打ち消された。
「シーラさん、ですよね?」
知らない男の声がシーラの大きな耳に届いた。
「貴方は・・・?」
シーラは目の前の男性を見つめる。
一目で分かる高貴な衣装。・・・貴族だ。
シーラは昨日の会話を思い出す。意味深な言葉を残して消えた、あの声。
(『彼』・・・だ。私は、この人をガイアから守る?)
「は、初めまして」
「初めまして。少し見かけたのでご挨拶に伺いました。またどこかで」
言いたい事だけ言って『彼』は、あっさりと去ってしまった。
「用心するに越したことはないよね。・・・ってエリア!?」
先ほどまで目の前にいたエリアが、いない。
(何か言いたげにしていた様子だったから、勝手にいなくなるなんて考えられない。しかも、『彼』と会話して数十秒も経ってない!)
キョロキョロと辺りを見渡すが、見つからない。
「ガイアもいないし、下手に動かない方がいいかな・・・」
悩んでいると透き通った金髪が視界に映った。
収穫祭、ということもあって通常より凝った意匠の服を身に付けている。
「アルマ王子!」
シーラはほっとした。何かとエリアを気に掛けていた彼のことだ。エリアの考えることはお見通しかもしれない。
それに、バグの使い手である彼ならば私よりも上手に事を運んでくれる。
「やぁ、シーラ。そんなに焦ってどうしたの?」
「エリアがいなくなったんです。今日は何が起こるか分からないから、不安で・・・」
「あぁ、大丈夫。彼女なら―」
***
「どうしよう・・・。私のせいだ」
エリアは暗く、狭い部屋で慌ただしく歩いていた。
どこまでも続く黒い空間。見渡し限り、黒、黒、黒。気が可笑しくなりそうだ。
「早く出ないと!」
頭の髪飾りも取られた。何故気付けなかったのだろう。
「シーラさん・・・」
どうか、どうか無事でいて欲しい。私は彼女に向けられた、執着じみた感情に気付けなかった。一番そばにいたのに。
(私も、『彼』に操作されていたんだわ。・・・のうのうとしていた自分が憎い。早く、もっと早く!バグに触れておけば!!)
おそらく、ここはバグの空間だ。
『彼』は私を殺すつもりはないだろう。私が消えたら、『彼』の目論見も泡と化すからだ。
(可笑しいと早く気付いていれば、そうすればこんな事態にはならなかった。あぁもう!)
何もできないことに、苛立ちだけが募る。
誰か、誰か気付いて欲しい。
そしてバグを使って、止めて!
『彼』を・・・。
―アルマ王子を!
***
「エリアなら、僕の自室にいるよ。バグの見張りを頼んでいるんだ」
「あ、そうだったんですか・・・。でも、一体この一瞬でどうやって―」
「ねぇ、そろそろ終わりだね」
私の言葉を遮って、王子が空を見上げる。
「そう、ですね。私がガイアから宝石を貰えば終わります」
「駄目なんだよ」
「え?」
声を低くした王子が、
「その結末は僕が・・・嫌なんだ」
苦しそうに顔を歪めた。
「ど、どうしたんですか?!」
(まさか、王子がバグに侵食されたの?)
明らかに様子が違う。焦って手元のサファイアに手を伸ばす。が、
「やめろ」
ばしん、と痛いぐらいに手を叩かれる。転がったサファイアをアルマ王子は池に投げ捨てた。
―池?
いつの間にやら私達は、森の中にいた。人がいない。
「どうして、貴方がそれを持っているんですか・・・」
彼の手には花飾りが握られている。
「どうしてって、僕のバグは動かせないからだよ」
「エリアに何をしたの」
「何も。ただ大人しく待ってくれているだけだ。彼女が死んだら元も子もないからね」
「貴方は何が目的?」
「君が欲しい」
夕焼けが既に私達を包んでいた。
「無理、ですよ」
「知ってるさ。君がガイアしか眼中にないなんて、・・・でも、せめて、これを一番にあげたいんだ」
「これは・・・、黄色い宝石」
「僕の気持ちを受け取って欲しい」
「それは、エリアを攫ってまですることなんですか?」
優しいアルマ王子の記憶が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「あぁ」
悪びれない王子の姿に、カッとなる。
今まで優しい仮面を被って私達を出し抜くことを考えていたんだ。許せない。
「受け取れません。私はガイアが好きですから」
「・・・そうか」
「・・・ごめんなさい」
話せばわかる人だった。アルマ王子は聡明な人だ。
(ただ、今回は暴走してしまっただけ・・・)
「じゃあ仕方がないね」
「・・・は?」
王子はエリアの髪飾りを、こちらに見せつけていた。
「君が手に入らないなら、こちらにも手立てはある。・・・バグがね」
「ま、待って!」
アルマ王子は虚ろな瞳で、
「君が悪いんだ」
と、笑った。
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