第16話 胸騒ぎ
よろしくお願いします。
「どうしたの・・・?」
苦しそうな表情をするガイアと目が合った。
彼はシーラを見て、顔を歪ませた。
「いやだ・・・」
「え?」
「もう失いたくない・・・」
「ガイア?落ち着いて」
シーラは様子のおかしい彼を宥める。飄々とした普段の態度と異なり、弱気なガイアに面食らった。
(嫌な思い出があるみたい・・・。ちょっと、無神経だったかな)
「・・・どこにも、行くな」
力強く、腕を掴まれる。
「・・・行かないよ。ガイアの傍にいる。約束する」
「あの貴族だけには・・・」
「?」
疑問符を浮かべるシーラに、王子が口を開いた。
「僕から説明させてもらう。君は【ガイアルート】で見知らぬ貴族に買われるんだ。・・・これは何度やっても、ストーリー上変えられない事実だった。ガイアとエリアの恋には、君の存在が邪魔なんだ。しかも、それはバッドエンド」
「その売られた先で、私は戦って死ぬ・・・」
「・・・あぁ、許せないよ」
ゾッとするほど冷たい声に、背筋が凍る。
思わず顔を上げると、アルマ王子だけでなくエリアまでもが表情のない顔をしていた。
「・・・え?」
こんな二人の表情は初めてで、シーラはかすかに恐怖を覚えた。
「シーラ。君は意味もなく貴族に売られ、意味もなく戦わされるんだ」
「この城を出れば、ストーリーにはもう関係ない。だから、シーラさんは物語から雑に排除されたんです。それに、私たちの記憶からも排除される。・・・悲しいです」
ぎゅっと握られた腕に力が籠められる。
「・・・俺は、お前が死んだことさえ知らなかった。シーラの記憶が消されていたんだ。俺の記憶が戻った時は・・・。既にシーラは死んでいた」
ガイアの手が力を失ったように垂れた。
「・・・もう死ぬなよ。どこにも行かないでくれ」
「うん」
シーラはガイアの手に、そっと自分の手を重ねる。彼の恐怖を一つでも取り除きたいと思った。
「もう死なない。それに、今は皆が私を覚えている。あとはガイアが私を殺さなければ、無事ハッピーエンド!簡単!ガイアも協力してね?」
元気づけるようにシーラが笑うと、ガイアもようやく笑顔を取り戻した。
「確かに、後は収穫祭を乗り切ればいい。・・・けれど」
アルマ王子が顎に手を当てる。
「ガイアは何故、収穫祭でシーラを殺すことになる?そのシーンに到達する頃には、エンディングが近いから、僕はいつもガイアと会うことが出来ないんだ。・・・確か、エリアと結ばれるには、収穫祭でエリアの瞳の色をした宝石を渡す必要があるけど・・・。あ、そうか」
「「黄色!」」
シーラとエリアは顔を見あわせる。お互いの瞳には、異なる色彩の黄色の瞳が映っていた。
「本当は、シーラさんに宝石を渡すつもりだったんじゃないですか?」
「だけど、それじゃエリアと結ばれない。だから私が邪魔になった・・・」
「それなら、話は早い。シーラが、何としてもガイアの宝石を受け取ればいいんだ。もしその筋書きが邪魔されそうだったら、バグで修正すればいい!」
三人は、勢いよくガイアを見る。
「あ、あぁ。そうします」
ガイアは気恥ずかしそうに頭を搔いた。
シーラに気持ちがバレているとはいえ、告白の確約をしたも同然なのは流石に恥ずかしかった。
***
そして、収穫祭前日。
夕焼け空が眩しい頃、ガイアは中庭のベンチで一人思案していた。
(いよいよ明日・・・)
シーラの日記にそっと触れる。
(明日が運命の日。でももし、俺がシーラに宝石を渡すことに失敗したらどうなるんだ?)
冷たい風が周囲の空気を撫でた。収穫祭の時期は、気温が下がってくる季節だ。
(今回失敗したら、もう取り返しがつかなくなる可能性が高い。今までと違ってイレギュラーが多すぎる。逆に言えば、今までで一番有利な条件だ)
(・・・だからこそ)
「ここで絶対に終わらせる。ストーリーにないハッピーエンドを迎えてやる」
夕焼けが沈んだ。
***
シーラは緊張して眠れず、ベッドの上で天井を見つめていた。
(いよいよ、この時が来た)
(私がガイアから離れず、宝石を貰えば済むだけ。・・・なのに)
―何故か胸騒ぎがする。
不意に、脳内に語り掛ける声が聞こえた。
【明日を迎えますか?シーラ】
【このままだと、貴方はガイアによって命を落とします】
「・・・え?」
【ワタシは、貴方の人格に手を加えることでしか、ストーリーを改変出来ない】
【アルマ王子、エリア、そしてガイアには干渉できないのです】
【大筋の記憶改変はストーリーの決定事項。ワタシは何もしていません】
「・・・あなたは何?」
【私は貴方が言う『ストーリーテラー』。物語の修正役です】
「あなたが元凶ね。私と会話するのは何故?」
【普段はストーリーに支障が出ないように手を加えています。・・・しかし貴方を操作できない回は初めて。ワタシの想定外。だから、交渉しています】
「このまま何もしないで。お願い。私達を解放して」
【ここまでバグの存在が浸透すれば、ワタシも何もするつもりはありません。・・・どうせ貴方に干渉しても直されてしまう】
ストーリーテラーから、チッと舌打ちが聞こえた気がした。
【だから、ワタシもこの役目を放棄します。この時間軸を終わらせ、役目を終える】
「信じられない。・・・私を嫌な奴にしていたのもあんたでしょ」
【では、教えましょう。貴方は明日を迎えたら確実に死にます。ガイアによって】
「ガイアは私を殺さない!」
思わず立ち上がる。これ以上心を惑わされたくない。このバグを消そうと、サファイアに手を伸ばす。
【『殺し』はしませんよ。シーラはある人を庇う。その身を挺して、ガイアの剣から『彼』を守るのです】
「『彼』って、誰?」
サファイアを机に置き、耳を傾ける。
【それは―――】
そこまでだった。突如、声が消えた。
(私以外の誰かが、バグに気付いて消した・・・?)
おそらく、善意からだろう。以前のガイアの様子を見るに、皆、定期的にバグを確認している。
(『彼』・・・)
悩んでいるうちに、シーラは眠りについていた。
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