第七話 再会、そして
「お久しぶりですね、レイ様」
「久しぶりだな、ステラ」
馬車の中で俺たちはそう再会の挨拶を交わした。
護衛は俺一人。
ブレントは騎士中隊が亜人に非道な行いをしないかの監視のために残してきた。
騎士中隊の被害はかなり出ていた。
死亡者はいないが、重傷者は四名。ほかにも怪我人は多数だ。
一部が衝動的な行動に出ないとも限らない。
それとは別に、一緒について来られても困るという理由もあった。
「また会えて本当に嬉しいです。十年ぶりでしょうか? 姫様の代理として孤児院に行ったら、レイ様に会えるなんて夢のようです。しかし、なぜ聖騎士に?」
それは説明しないといけないだろう。
だが、どう説明するべきか。
少し迷ったあとに俺は正直に告げた。
「円卓の聖騎士になりたいんだ。王位継承権を含めたすべてを放棄してきたけれど、父上からは一年でたどり着けないなら帰って来いと言われている」
「一年で円卓の聖騎士に? そんな挑戦をするのはレイ様ぐらいでしょうね」
楽し気にステラは笑った。
難しいと理解しながらも、否定しないあたりステラらしい。
「頑張るって決めたんだ。生まれて初めて、ね」
「その頑張る理由は姫殿下ですか?」
好奇心に満ちた目が俺を見つめてきた。
その目を見返しながら、俺は軽く笑う。
「どうしてそう思うんだ?」
「なんとなく、です」
「なら、そのなんとなくは当たりだ。この十年、彼女の横に立てる自分になるために頑張ってきた。まだまだ至らないけどな」
ログレス騎士皇国の聖皇姫。
その横に立つためには、円卓の聖騎士たちにすら認められないといけない。
騎士の中の騎士にならなければいけない。
ハードルは恐ろしく高いけれど、低いよりはマシだ。
超え甲斐があるというものだ。
「きっと……レイ様ならできます」
「ありがとう。まだスタートラインにも立ってないけどな。それとなんだが……俺がいることは内緒にしてもらえるか?」
「姫様にもですか?」
「ああ。会うのは会えるだけの功績を立てた時でありたいんだ」
苦笑しながら俺が言うと、ステラは笑顔で頷いてくれた。
同時に馬車が止まった。
城についたのだ。
馬車を下りると一人の壮年の騎士が迎えに出て来ていた。
刈り上げた金髪。他者を威圧する大きな体。
威風堂々たるその姿は聖騎士たちの憧れだ。
「円卓序列第二位……ラグネル・ゴーヴァン」
小さく呟き、俺は深呼吸をした。
見ただけでわかる。
この威圧感は前にも味わっている。
かつても彼がステラを迎えに来ていた。
「護衛ご苦労、騎士レイベール」
「はっ」
「ステラ、姫殿下がお待ちだ」
「はい、すぐに参ります」
ラグネルが踵を返すと、その背中をステラが追っていく。
去り際にステラは小さく手を振ってきた。
軽く手を振り返したあと、俺はため息を吐いた。
また城に入ることもできなかった。
ハードルは高いほうが超え甲斐があると思ってはいるが、やっぱりちょうどいい高さのほうが人間、気分がいい。人間だもの。
城を見上げたあと、大きくため息を吐いて俺は隊舎に戻った。
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「次からは護衛に私をお付けください」
「できるならそうしたいですが、あなたを連れていくと子供たちが怖がってしまいますから」
聖天城の最上階。
玉座の間にてステラはラグネルにそう答えた。
その後、ハッとしたあとに笑いながらホワイトブリムを取り外す。
するとステラの髪が長い薄桜色に変化する。
そのままステラは魔法で服を着替えた。
メイド服から純白のドレスへと。
「あなたの安全のほうが大切なのです。〝姫殿下〟」
「わかっていますわ。次からは何か手を考えます。騎士中隊が護衛についていれば問題ないと思っていたのですが……相手が予想外でしたわね」
玉座に座って、ラグネルに答える姿は愛嬌のあったメイド〝ステラ〟から、知性的で可憐な聖皇姫〝エステル・ヴァン・ログレス〟へと変化していた。
長い薄桜色の髪は艶やかで、水色の瞳は見る者を引きこむほど透き通っている。
エステルは絶世の美女に成長していた。
とある著名な芸術家は、エステルの似顔絵を任されたが、あまりにも本物が美しく、どれだけ精巧に似せても自分の絵が拙く見えてしまうため、筆を折って辞退してしまった。
また、とある探検家は大陸中を旅して、絶景を見てきたが、エステルほど美しいモノを見たことがないと絶賛した。
そんなエピソードがあるほど、エステルは美しく、その美しさは広まっていた。
「保険のために聖都の巡回を任せていた騎士レイベールがいて助かりました。最短記録で小隊長になっただけはあり、大隊長クラスの力は持っているようです」
「あらあら? 円卓の聖騎士にその人ありと謳われたラグネル卿ともあろうお方が、彼に気付きませんでしたの?」
おかしそうにエステルは上品に笑う。
ラグネルは何のことかと怪訝な表情を浮かべた。
「彼とはレイベールのことですか? あの者に何か秘密が?」
「いずれ気づくことになりますわ」
意味深にエステルは呟き、機嫌良さ気にニコニコと笑い続ける。
姫殿下直属のメイド、ステラとして外出するのはエステルの秘密の趣味だ。
始まりは十年前。
ガリオール王国で初めて、エステルはステラとして外出した。
他国のこと。民のこと。
知りたいことは山ほどあった。
だが、知れたことよりも嬉しい出来事がエステルにはあった。
友達が出来たのだ。初めての。
その体験がエステルの趣味に繋がった。
エステルを昔から護衛しているラグネルとしては、その趣味は胃が痛い問題だった。
かつてよりもエステルの存在は騎士皇国にとって大きなモノになってしまった。
だが。
常に大きな問題に取り組むエステルは、心の底から笑うことが少ない。
そのエステルが笑っている。
ステラとして動くことでストレス発散になっているのだろうと納得し、ラグネルは小言を引っ込めることにした。
だが、国の幹部として言わなくてはいけないことがあった。
心苦しいと思いつつも、ラグネルはそれを口にする。
「話は変わりますが、獣虎族が着ていた鎧。相当な代物です。製作できる者は限られているかと」
「そうですか……仲間を思う獣虎族を刺激した者がいるはずですわ。見つけて相応の報いを」
「はっ! 必ず見つけ出します」
一礼したあとラグネルはエステルを見た。
すでに上機嫌だったエステルの姿はない。
国の象徴であり、実質的な王。聖皇姫としての顔になっていたのだった。