第六話 怪しい亜人
聖都治安維持。
聖騎士の任務の中では退屈な方に入るだろう。
俺はブレントと二人一組で聖都を見回っていた。
「何も起きないっすね」
「聖都だからな。早々問題は起こらんだろうさ」
一応、ちゃんと見回っているが不審な人物なんかは見当たらない。
当然といえば当然だ。聖騎士は必ず聖騎士だと示すマントを着ている。俺たちが歩いているということが、犯罪を抑制するわけだ。
ここは聖騎士たちの根拠地だ。何かあればどんどん聖騎士が出てくる。下手をすれば円卓の聖騎士も出撃してくるだろう。
そんな場所で問題を起こすような奴はよほどの馬鹿か。
「よほど追い詰められている奴らか……」
俺は前を歩く背の高い虎顔の亜人に目を向けた。
亜人の獣虎族だ。
ログレス騎士皇国の隣には亜人による巨大な連合国がある。
俺のお師匠様が三百年ほど前に、何かムカついたからと言う理由で討伐した吸血鬼族の始祖。その部下が興した国だ。
基本的にはログレス騎士皇国とは敵対しているその連合国だが、そこからの亡命者をログレス騎士皇国は受け入れている。
だから人間が作った国なのに、ログレス騎士皇国には亜人が多い。
聖都を歩いていても珍しくはない。
だが、その亜人はどうも挙動がおかしかった。
動悸は激しいし、妙に俺たちを警戒している。
ゆっくりと呼吸を整えて、俺は左目だけ強く閉じてから開く。
俺の左の眼は黒の中に一筋の星光が宿ったモノに変化しているだろう。
魔眼。特異体質の一種で、それを俺は持っている。
効果は〝あるかもしれない可能性を視る〟。それが俺の魔眼。
黒極星の魔眼だ。
百年に一度の頻度でしか出現しない最高レア度の魔眼だが、こいつのせいで俺は魔法をほとんど使えない。
しかも全力で発動すると色んな可能性が視えてしまう。そんなことをすると、俺の脳に負担がかかる。片目で調整しているのはそのためだ。
調整した場合は、割と高い可能性が優先的に視える。
一瞬。俺の眼に可能性の未来が映った。
亜人が変わった鎧をまとって、どこかで暴れている。
周りには仲間らしき奴らもいる。
だから俺はブレントに告げた。
「そろそろ時間だ。別ルートで隊舎に戻るぞ」
「了解っす」
そろそろ時間なのが事実なため、ブレントは素直に俺へついてきた。
追跡されていないことを確認し、俺はブレントを路地裏に引っ張り込む。
「な、何するんっすか!?」
「戻るぞ。気配を消してな」
「えっ!? 何でっすか!?」
ブレントは隊舎で休めると思ってたのか、そんなぁと情けない顔を晒す。
よく聖騎士になれたもんだ。素直に感心する。
「怪しい亜人がいた。追うぞ」
「怪しいって……あの先はたしか孤児院しかないっすよ?」
「なら孤児院が狙いなんだろう。行くぞ」
そう言って俺は軽く飛んで、近くの屋根に着地する。
追いつくにはショートカットが必要だ。
「気配は極力消してついてこい」
「はい!? ちょっと! 隊長についていくだけでもしんどいのに!」
後ろで喚くブレントを置き去りにしながら、俺は真っすぐ孤児院を目指した。
■■■
孤児院にたどり着いた時。
そこはもう戦闘中だった。
「もう始まってたか」
「はぁはぁ……隊長ぉ……ちょっと休ませて……」
「休んでる暇はないな」
ブレントは汗だくで荒い息を吐いている。
ちょっと走っただけで息切れするなんて、修行が足りてないな。
「そんなぁ……ああ……なんか騎士中隊がいるじゃないですか……任せましょうよぉ……」
疲れているから、それともまるで戦況が読めてないのか。
どっちにしろ問題発言をブレントはした。
なにせ。
「よく見ろ。その騎士中隊が押されている」
数は同等。
だが、妙な鎧を身に着けた亜人に聖騎士たちは苦戦していた。
既に何人かの亜人は防衛線を突破しているようだ。
「行くぞ。騎士中隊がいるってことは、要人が孤児院にいるってことだ」
「そんなぁ……また手柄泥棒とか言われるっすよ?」
「言わせとけ。それに今回はそんなことを言う余裕は向こうにない」
孤児院の横から回り込み、孤児院の中へと入っていく。
孤児院の建物はなかなか大きく、建物内には多くの子供たちが震えていた。
それを確認しながら、俺は正面の入口に視線をやる。
ここまでたどり着いた亜人は三人。立っている聖騎士は一人。
その最後の一人である聖騎士が、一際大きな亜人に吹き飛ばされていた。
「狙いは私ですか?」
「そのとおり」
そんな亜人の前には一人の少女がいた。
メイド服姿のその少女は肩にかかる茶色の髪に同じ色の瞳をしていた。
綺麗というよりは可愛いタイプのその少女は、十年前に出会った少女の面影をしっかりと残していた。
すぐにわかった。
彼女は。
「聖皇姫は少数のメイドしか傍に置かないと言われている。その一人であるステラというメイドがお前だな?」
「たしかに私はステラですが、私の身を使っても姫様と取引することはできませんよ?」
「ふん、それはどうかな。やってみる価値はある」
「一族の命運をかけてですか? 獣虎族はせっかく亡命が認められたというのに……」
「認められたのは我らだけだ! まだ連合国には我が仲間たちがいるのだ! すべて認めてもらわねば困る!」
「それはすぐには認められないという結論になったはずです」
「それでは我が仲間たちが粛清される! 円卓の聖騎士を導入すれば容易く亡命させることができるはずだ!」
「それをすれば戦争だという結論になったはずです」
議論は平行線。
どうしても仲間を助けたい獣虎族と、戦争のリスクは負えないという騎士皇国。
どっちも気持ちはわかる。
正しいとかという話ではない。
ただ。
「強硬手段はまずかったな」
俺はブレントと共に一気に前へ出た。
ブレントも聖騎士の端くれ、しっかりとついてくる。
そして、俺を追いこして先制攻撃を仕掛けた。
「第五深位魔法! 炎牙砲!」
ブレントは三人のうち、比較的小柄な亜人の懐に潜り込むと、炎系の魔法を叩き込んだ。
魔法は深さで表現される。
魔法に必要なエネルギーである魔力は、魂から発生し、より魂に近いほうが良質だからだ。
ゆえに魂までの距離を深さと表現する。
高位の魔法になればなるほど、良質な魔力を必要とするため、魔法を極めていけばいくほど、魔導師は魂に近づく。
だから広く伝わる魔法は〝深位魔法〟と呼ばれる。
これは魔力の使い方さえ学んでいれば、誰でも使えるうえに、種類も豊富だ。
ブレントが使ったのは五段階目の魔法。普通に優秀な分類だ。聖騎士でも第五深位魔法を使えない奴はいる。
さすが、戦闘能力だけで聖騎士になっただけはある。だが、観察力が足りてないな。
「えっ……?」
やったか? という表情を浮かべていたブレントは、煙の中から無傷で出てきた亜人を見て、顔をひきつらせる。
だが、そこで止まるようなヘマはしない。
すぐに安全圏まで下がってきた。
「た、隊長……!! こいつ、魔法が!」
「効かないみたいだな」
「くそっ! なら!!」
学ばないブレント。
今度は剣で斬りかかる。だが、その剣は容易く鎧に弾かれた。
ビビったブレントは一気に下がってくる。下がる速度だけは一線級だ。
「無駄だ! この鎧には魔法も剣も効かん!」
「そんなぁ……」
騎士中隊が苦戦していた理由はそういうことか。
攻撃が通らないとなると、苦戦は免れない。
だが。
「相手の言葉に一喜一憂するな」
「で、ですけど……剣も魔法も通じないなんて……」
「信じてどうする」
呆れて俺はため息を吐いた。
効かないというのは相手の言葉だ。
それを信じていては勝てる戦いも勝てない。
「ふん! 貴様らの攻撃は絶対に通らん!」
ステラと話していた大柄な亜人がそう言いながら前に出てくる。
それに合わせて俺も前に出る。
おそらくこいつがリーダーであり、最強の戦士なんだろうな。
「無理だと分かっていても向かってくるとは……その気概に免じて、名だけは聞いておこう!」
「ロートレック小隊隊長、レイベール・ロートレック」
「良き名だ! 命だけは取らないでおいてやろう!」
「そうか。じゃあ俺も一つ学びを与えてやる。俺に常識やルールは通用しない」
強固な防御はそのまま硬さが武器となる。
獣虎族のリーダーは右手を俺に向かって振り下ろす。
俺はそれを左手で受け止めた。
「なるほど。変わった材質の鎧だな。魔法も組み込まれているみたいだ」
「なに……?」
「さて、尋問はあとでたっぷりしてやる。とりあえず全員逮捕だ」
ガラ空きのボディに右ストレート。
鎧を貫通して、獣虎族のリーダーの腹に拳がめり込む。
死なないように加減しているが、これでしばらく起き上がれないだろう。
鎧を過信していたからだろう。獣虎族のリーダーはズルズルと倒れ込んだ。
鎧は所詮、鎧。
どれだけ優れていても、装着者次第だ。
「族長!!」
「おのれぇ!!」
残る二人が俺に向かって来ようとするが、その前に俺は二人の頭上にジャンプしていた。
「お前たちも寝ていろ」
空中で左右に蹴り飛ばす。
何もできずに二人は吹き飛ばされて、地面に寝そべることになった。
着地した俺はゆっくりと振り返る。
そこにはかつて露店を見て回った少女がいた。
懐かしいというには美人に成長しすぎているが。
地球に居た頃ならモデルやアイドルをやっていてもおかしくない。それくらい美人に成長していた。
それでも全体的に愛嬌のある雰囲気はそのままだ。
俺はそんなステラに笑いかけると、ステラは驚いたように目を見開く。
「レイ様……?」
「これは驚いた……まさかバレるとは」
「目を見ればわかります」
十年前と比べれば、別人といえるほどに変わったつもりだったんだが。
この分だとエステルにもバレるだろうな。
「次からは目にも細工をしようか」
「それでもわかります。レイ様はレイ様ですから」
嬉しいことを言ってくれる。
だが、悠長に話をしているわけにもいかない。
まだ必死に戦っている聖騎士がいるのだ。
「ここにいてくれ。すぐに終わらせてくる」
「はいっ!」
「ブレント。彼女の傍にいろ。俺は他を片付けてくる」
「は、はい……!」
素手で鎧を突破した俺を見て、唖然としていたブレントだったが、俺の指示を受けてステラの前で剣を構えた。
頼りになるとは言えないが、まぁいないよりはマシだろう。
どうせ大した時間じゃない。
軽く地面を蹴り、俺は孤児院の正門へと移動する。
「相手の動きを止めろ! とにかくこれ以上、進ませるな!」
中隊長が一人で二人の亜人を食い止めながら、そう指示を飛ばす。
倒せないまでも食い止めるという意識は称賛に値するだろう。
亜人は十人ほど。
聖騎士たちの足止めに苦労しているようだ。
そんな聖騎士と亜人のせめぎ合いの場に、俺はフラリと現れて。
一発ずつ亜人たちを殴って沈めていく。
状況が呑み込めない聖騎士たちはただ眺めているだけだし、亜人たちも抵抗らしい抵抗ができずに沈んでいく。
最後の一人を沈めたあと、俺は中隊長に告げる。
「小隊長のレイベールです。この場を任せても? 俺は彼女を城へ護衛するので」
「あ、ああ……援護に感謝する……」
「それと全員気絶しただけなので、丁重に扱ってください。姫殿下は無用な流血を好まないでしょうし」
言いながら、俺は倒れた亜人に剣を持ったまま近づく聖騎士に目を向ける。
既に無力化した相手だ。殺す必要はない。
聞かなきゃ駄目なことも多い。
「こいつらは危険だ! 無法騎士は黙ってろ!」
「そうだ! この惨状を見ろ!」
周りには怪我をして動けない聖騎士たちがいた。
たしかに被害が出たことは確かだ。
しかし、無力化した相手に止めを刺すのは違う。
「任務も果たせず、捕らえた敵も殺す。この場にいる全員が聖騎士としての資格をはく奪されかねないが、それでもやるか?」
「なんだと!?」
「よせ! 彼の言う通りだ。すべて承った」
「では」
中隊長が部下を制止して、俺に頭を下げた。周りにいる聖騎士たちは俺を睨みつける。
嫌われたもんだ。
中隊長は部下と共に亜人の鎧を外し始めた。
それを確認して、俺はステラの下へ戻ったのだった。